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あぶはちとらず  作者: 井氷鹿
第2章 Fall between two stools. 1 1995年 春 崇直編
28/62

入り日よければ明日天気4 Red sky at night, sailor's delight.

 その日は夏祭りの最終日で、オレたちは朝から神社に詰めて手伝いに追われていた。

 何せオレたち兄弟と紅緒と狭山は祭りの主役でもあるお囃子を担当していたから、休む間もなかったんだよな。

 

 祭りの間は母さんと絹ちゃんが交代で、紅緒の側に付いていた。

 最終日は充分祭りを楽しんだからと、亘が朝から病院へ行っていたんだ。

 そしてその日の夜、ずっと意識が混濁していた紅緒の意識が戻ってしまった。

 

 事故から二十日後のことだった。


 目が覚めた紅緒は事故の日までの記憶を失っていた。

 まず両親の記憶がすっぽり抜けていた。

 オレや直樹、樹に亘に友達の狭山の記憶は残っていた。

 母さんや父さん、輝爺にまー爺と婆ちゃん。絹ちゃんと利明さんも覚えていた。

 横浜の祖父母の事は覚えていたが、遊びに行き一晩泊まって帰ってきたこと。

 その時事故にあったことは、全く覚えていなかった。


 

 記憶喪失のメカニズムは、医者ですらはっきり分からないらしい。

 そこで外傷だけで考慮し、紅緒の退院は大まかに2ヶ月後ということになった。

 

 勉強に関しては、主治医によると自転車の乗り方と同じで、一度習得したら簡単に忘れないものらしい。

 日本語を読み書き喋る、これも難なくこなせるのはそのためだと。

 馬鹿になったわけじゃないと分かり、紅緒もオレたちも正直ホッとした。


 だけど紅緒が大好きだった夏祭りには間に合わなかった。

 翌日、祭りが昨日で終わってしまったことを知り、紅緒にひどく泣かれてしまった。

 これには集まった全員参ってしまった。


 両親の死に際して泣けなかった紅緒が、大声を上げて泣いていたのだ。

 それでオレらも何故か一緒に泣いてしまった。

 理由はともかく、ひとしきり泣き終わったら何故かスッキリし、胸につかえていたモノがすっと消えていったような気がした。


 紅緒がいうには、意識が戻るまでの間ずっと夢を見ていたんだという。

 直樹とオレと亘と樹に狭山、みんなと人生ゲームをやったり、アニメを見たりしていたんだと。

 たまにまー爺が出てきたり、母さんが何か言って来たりしてたらしい。


 そう、紅緒の夢は病室内でオレたちがやっていたことだったんだ。

 実は主治医の先生に、なるべく普段通りに毎日過ごしてくれと言われていた。

 先生が言うには、寝ている間に脳みそが良くなろうと、記憶を整理しているからだそうだ。

 そこに紅緒がいるように、名前を読んで、出来るだけお互い名前を呼びあって過ごしてくれと言われた。

 できれば手を握って、頭を擦って、スキンシップも取ってくれと言われていた。

 その注意が見事に的中して、ちょっと怖かったのを今でも覚えている。


 それから随分経ってから、気がついたことがある。

 曖昧な記憶は、感情をリセットしてし上書きされるということだ。

 紅緒は直樹もオレも樹も狭山も亘も、ちゃんと覚えていた。

 物心ついた頃から一緒にいたオレたちの記憶も在った。


 直樹はそんな昔から紅緒が大好きで、紅緒も直樹が隣に居ることが当たり前の、はずだったんだ。

 紅緒も直樹が大好きだった、はずだったんだ。

 確かに紅緒にはその記憶がある。その時の感情の記憶も覚えてたんだろう。

 でも、それは記憶でありその時の気持ちは昔と変わっていたんだ。

 

 紅緒が長い夢から覚めた時、最初に見たのが亘だった。

 それが、直樹だったら多分何の問題も無かったんだろう。

 でも、その時居たのが亘だったんだ。

 

 亘は、転校してきた初日にオレと友だちになった。

 家の神社で遊ぼうと誘い、境内で一緒にみんなで遊んだんだ。

 そこで、亘は紅緒に出会い、紅緒に恋をしたんだ。


 人にバレないように、亘は気をつけていたけどオレには丸わかりだったよ。

 だって、オレは亘に会った日に自分が人と違う事に気がついたんだから。

 

 そんな亘が、目を覚ました紅緒の側に居たんだ。

 その日はずっと朝から側に居て、眠ってる紅緒の手を握って話をしていたんだろう。

 内容までは知らないけど。

 そして目が覚めた紅緒が最初に目にしたのは、びっくりして半笑いの亘の顔だったと言うわけだ。

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