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あぶはちとらず  作者: 井氷鹿
第1章 Grasp all , Lose all. 1 1995年 春 亘編
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落花情あれども流水意なし2 The love is one-sided.

 真剣な話してんのに。

 何やってんだ、自分。このままだと確実に捨てられっぞ。


「とにかく、亘の顔が好みだったのよねぇ。その上いい大学通ってて、背が高くて、人目惹くから連れてる方は気分良いのよ」 

 それは、僕の方だよ。

 

 紀和さんと一緒に歩くと、周りの男が羨望の眼差しでこっちを見る。

 どこか優越感に浸れたと言うか、自分が大きくなったような気がして、気分が良いんだ。

 大人の、それもとびきり綺麗な女性をエスコートしているって自負。

 

 あれ、紀和さんも同じ大学じゃなかったっけ。

 

「典型的な切れ長の目だよね。亘は自覚無いようだけど、君の目には色気があるんだよ」 

 奥二重がお気に召したのならそりゃ嬉しいですが。

 色気とか言われましても。

 

「お金もせびらないし。むしろ気前いいから、恋愛抜きでもいいかなって思ってたんだけどさ。気持が無いなら、やっぱり無理かぁ」

「……っ」

 

 紀和さん、それよーく聞いたらひどくないスか。

 恋愛抜きって、何それ。

 僕って外見と学歴だけって、そりゃないよ。 


「他に好きな子がいるのは分かってたのよねぇ、はぁー、何だか切ないわぁ」 

 唐突に彼女に「好きな子」と言われ、胸がざらついた。

 

「行動圏が同じだからさ、歩いてるだけで嫌でも目に付くのよ亘は。悪目立ちするから」 

 悪目立ちって、普通に街歩いてるだけなのに。

 

「毎回違う若い女と腕組んで歩いてるとか、あそこのカフェで女と居たとか、ご忠告してくるオトモダチがいーっぱい居てね、私の周りには」 

 突然彼女が僕の髪の毛を乱暴に掴み、無理やり自分の方へ向かせた。

 誰が言ったか知らないが、浮気なんかしてませんから。

 

「それは、向こうが勝手にやってることで僕が誘ったわけじゃ……」

 

 紀和さんの顔が近づいてくる。

 飽きられた訳じゃ、ないよ、ね。

「勝手に腕組まれたぁ? (はず)しゃ良いじゃない。言い寄ってきたんなら断ればぁ?」

 

 紀和さんが、本気で怒ってキレてる。

 はじめてだ、こんなこと。

「自分の意志はねーのかよ、ぁあ?」


 うっそ。怖いんですけど、紀和さんってば。 

「あんた、いつも女の言いなりなわけ?」 

 

 違います違います。

 そんなことはありません、と首を横に振る。


「ぜんっぜん、信じられないんだけど」  

 ご意見ごもっともです。そのとおりです。

 全部僕が悪いです。

 それと、そろそろ頭、痛いんですけど。 

 

「私と寝てる間はあんたは私の男なの。分かる? 他の女と腕くんで歩いてるって聞いて気分良い訳ないでしょうが」 

「紀和さん?」

 

 キャラが変わってますよ。

 もしかしてヤキモチ焼いてくれてる?

 飽きられてたんじゃない?

 やった!!!! 


「なんて、嫉妬なんかしてみたかったわ。痴話喧嘩、できないのよね。性分的に」 

 あー、だるーっ、と僕の頭から手を離し、紀和さんは勢いよく背中から寝転んだ。

 

 軽くベッドが揺れる。

 形の良い乳房が重みで脇に流れた。

 思わず手を伸ばしたくなるが、何してんだ僕、こんな時に。

 

「泣くほど好きな子がいるなら、その子以外の女に手を出してバッカじゃないの」 

 他に好きな子と言われ、また胸がざわついた。

 

「まったく、年いくつよ。ヤることやってるくせに肝心な所はお留守なんだから」 

 お留守って、いや、それより泣いてるって、僕が?

 目に手をやると濡れている。


 紀和さんの目を見ていたら、思い出してしまったんだった。

 ずっと考えないようにしていたのに。

 高校最後の年、あれ以来まともに会って話をしていない。

 顔を思い出しただけで、あいつの笑顔を思い出しただけだぞ。何で? 


「ほら、また他のこと考えてる」 

 そう言うと、紀和さんは強く僕の胸を小突いた。

 

「ねぇ」 

 今度はごろんと僕のとなりに転がって、見上げてくる。

 僕は真意が分からないまま、急いで涙を手でぬぐう。

 

 キスしようと顔を近づけたら、思いっきり頬を(はた)かれた。 

 いたい。

 痛くてまた涙が出る。

 キスもダメなのかよ。

 

「何。こっぴどく振られでもしたの? 一回振られたからって諦めるの。子供じゃあるまいし」 

「いや、そんな振られるとかないですよ。告ってもないから」

 

「なにそれ」  

 まじムカつくわと、僕の胸を強く押し返し起き上がる。

 

「後で後悔するよ、伝えないと。下手に意地はってたら、私みたいになるんだから」 

 視線は合わさず、するりと僕の顔を撫でる。

 

「でもさ、そんなに女が寄ってくるならホストに向いてんじゃない。エッチも巧いし、誰でも抱けるし、大金稼げるわよ」 

 と、満面の笑みでウインクしてきた。

 

「冗談よ。その子と上手くいくといいわね」 

 彼女はそう言って僕を押しのけベッドから降り、ドアノブに手を掛ける。

 

 何で急にホストが出てくるんだよ。

 誰でも抱けるって、ンなわけあるか。

 そう思われてたと思うと、マジ泣けてきたワ。

 

「鍵は、……別にいっか、引っ越すから。シャワー浴びる間に出て行ってね」 

 振り向きもせずそう言うと、紀和さんはピシャリと部屋のドアを閉めたのだった。 

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