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あぶはちとらず  作者: 井氷鹿
第1章 Grasp all , Lose all. 1 1995年 春 亘編

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落花情あれども流水意なし3 The love is one-sided.

 あれから、もう一週間か。

 惰性でなんとか仕事をこなす金曜の朝。

 遅々として進まない時間も漸く昼になり、僕はラボを出て社食へ向かった。

 いつもの定食を頼み、定位置となった窓際の隅の席に座る。

 一人になったからか、思わず長いため息が出た。

 紀和(きわ)さんに「セフレ解消ね」と言われるまで、自分がただのセフレだったって気が付かなかったなんて。

 うわぁ~っ! 思い出したくもない。

 あーあ、納得はしてもスッキリしないんだよな、ホント。

 次は自分に夢中になってくれる良い子を見つけるのかなぁ。

 それとも彼女にも好きな人がいたのかな。

 いやいやと頭を振り、背筋を伸ばす。

 そんな事より、問題はあいつだ。

 あの日以来、あいつの顔が頭から離れないんだ。

 紀和さんと別れた夜、ベッドから立ち去るときの彼女のどこか悲しげな瞳。

 あの瞳が、あいつにそっくりだったんだ。

 ずっとずっと忘れようとしても、忘れることができなかった僕の幼馴染。

 あの頃のまま、今でも年を取らない。

 去年の直樹の五年祭では、まともに顔も合わせられなくて話もできなかった。 

 今年四年生だよな。受験前に文転したって聞いた時は驚いたが、上手くやってるのかな。

 うわっ、やばい。大学生になった姿がまーったく想像できない。

 僕、何してるんだろうホント。

 いくら片思いが辛いからって、今まで逃げてたくせに。

 今すぐ会いたいって、そんな都合の良い話なんて無いよな。

 そんな事を考えて、ボーっとしてたら先輩に顔を覗き込まれた。

「どうした。失恋でもしたのか。ため息ついて」

 ビックリして瞬きしたら、涙がぼろぼろとこぼれてくる。

 何? なぜ今涙が出るんだよっ。

 慌てて拭い、顔洗ってきますと断って手洗いに駆け込んだ。

 

 さっぱりして席に戻ったら、なぜか先輩がワクワク顔で待っているよ。  

「なんだ、元気無いなぁ。俺でよけりゃ何時でも相談聞いてやるぞ」 

 そんなニコニコ顔で誘われたって、元気なんか出ませんよ。

「仕事も一段落ついたことだし、今日は元気付けで飲みにでも行くか?」 

 そう言うと先輩は、昼飯の親子丼を食べ始めた。

 僕が手を付けずにいた昼定食を箸で指し、「食べろ」というように促す。 

「……いただきます」 

 目の前で親子丼を食べてる先輩は、名前を平川亮(ひらかわとおる)といい、通産省出身の元技官だ。

 そして僕と同じ大学の研究室に所属していた、大先輩でインターン先の指導員でもある。

 この先輩に、色々ぶっちゃけたら少しはスッキリするかなぁ。

 同門と言うことで特に目をかけてくれ、それには感謝しかないんだけど。


 あーあ、何かの間違いで彼女がひょっこり現れる、なんてことは、絶対にねぇよな。

 ちくしょうっ。

 そうだ、今夜崇直(たかお)が来るから話してみよっと。

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