9 士農工商
正午過ぎ。
エルフの村に人間の軍隊がやってきた。
ここには力を持たない農エルフしかいない。
虐殺激でも起こすのではないかと冷や冷やしながら木陰から様子をうかがっていたのだが、どうも危害を加える様子はないのだ。
先頭には白馬にまたがり白い甲冑をまとった男がいる。鼻筋は高く、精悍な顔つきだ。あの聖騎士風の男が、この軍隊の団長なのだろう。
その後ろを騎馬隊が行進していく。
農エルフ達は納屋に逃げ込み、クワや鎌を手に取ったまま震えながらその様子を見ていた。
聖騎士風の男が白馬から降り、納屋の方に向かって話を始める。
「エルフの諸君。我が名はファラード。人間の王に仕えるパラディンだ。この度、盟友でもあるエルフの王に依頼されて、この土地の領主を任されることとなった」
「パラディンだって。カッコいい」
幼いエルフの女の子が飛び出そうとするのを、母親が掴まえて草むらへと逃げ込もうとする。だが、相当慌てていたせいで派手に転んだ。
ファラードはエルフの親子にゆっくりと近づいていく。
他の種族は力の無いエルフをさらい奴隷にするらしい。人間も例外ではない。その真意は定かではないが、大人たちの間ではそのように噂されている。
だからエルフの大人たちは、この様子を歯ぎしりしながら見ている。
だが、ファラードは意外な行動に出た。
「見せてごらん」
優しくそう告げると、エルフの子どもにすねにそっと手の平を添えた。手の平がほんのり青く染まる。
「大丈夫かい? ヒーリングを詠唱したからもう大丈夫だよ」
柔和な笑みを浮かべたファラードに、エルフの少女はにっこりとうなずく。
「あ、ありがとう」
「お腹は空いていないかい?」
少女は「……う、うん」と一度は頷いたが、人間を目の当たりにして怯えている母親の顔を見て、「ううん」と首を振った。
「ウソをついたら駄目だ。だってこんなに痩せているじゃないか?」
「本当に大丈夫です」と言う母親に、ファラードは布の袋を手渡した。
「パンが入っている。もちろん毒なんて入れていないさ」
「……ど、どうして、私どものような下賤の者にあなた様は施しをしてくださるのですか?」
「農民は国の宝。だから君達は我々の大切な宝物なんだ」
紳士的なパラディンの態度に、隠れていたエルフ達は恐る恐るではあったが、ポツポツと姿を見せていく。
俺は心配で仕方なかった。
もしファラードが少しでもおかしげなことをしたら、即座に奴等を仕留めてやる。大軍を前に俺が選んだ農機具は鋤だ。
右手には紅蓮の鋤を生成する。
鋤とは伝統的な農機具のひとつ。
足で刃先を踏み込み土を起こすのが一般的な使い方ではあるが、優れたプロの農民なら農作業で鍛え抜いた己の脚力を乗せ、アースクエイクを起こすことも可能である。
俺にぬかりはない。
だが。
ファラードは意外な事を口にした。
「私は皆に約束しよう。
君達農民に、素晴らしい地位を授ける。
人間界では農民を大切にしている。
士農工商というのを知っているか?
農民は二番目に偉い。
つまり我々騎士の次に農民は優れているのだ」
農エルフの一人が言った。
「まさか、おら達が騎士様の次に偉いのけ? そんなのウソだ」
「今まで辛い処遇を受け、信じられないのも分かる。だが、考えてみてくれ? 農民がいなくては、国の皆は飢え死にするのだ。農民ほど尊い職業はない。だから農民は偉い! どうか士農工商を受け入れてくれないか?」
次の瞬間。
割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「神だ。この人は神だ!」「天使様がやってきた」
この場にはカイルもいた。
目が充血している。どうやら一晩中俺を探して一睡もしていないようだ。
「あ……あの……。騎士様。
あなたは人間ですが、今までのやってきた領主様の中で一番の人格者に思えます。
俺のような下賤の者が、領主様に口など聞けない事は重々分かっています。
でもあなた様が人格者だから、なんとしても聞いてほしいのです」
「何かな? 遠慮なく申してみよ。私は君達農民を二番目に偉いと断言した。君達の身分は私が保証する」
「この村には5人組制度があります。
よろしければそれを撤廃してくださりませんか?」
「聞いたことがある。エルフ族が考案した連帯責任制度だったよな。でも、どうしてそのようなことを聞くのだ?」
「あ……いえ……」
「察しはつく。申してみよ」
「実は前の領主を殺ったのは……。あ、でも、俺、一生懸命追いましたよ。犯罪者をなんとしても見つけようとしました」
「素晴らしい。君はなんとも勇敢だ。前領主を殺傷した凶悪犯に、君はたった一人で立ち向かったというのか?」
「あ……、は、はい」
「そういう者を私は優遇する。騎士として我が配下に迎えたいのだが、いかがかな?」
「え? え? え??」
あまりの返答にカイルはびっくりして、ローザに顔を向ける。
ファラードは続ける。
「断っておくが、この席は安くない。通常なら他の種族の農民を直属の配下にはしない。我々人間にも厳しいルールがあるのだ。だが私は君のような勇敢な者をこのような場所にうずめておくにはあまりにも惜しい。もっと上を目指すべきだ」
カイルの目が輝き出した。
そんなカイルにローザは小さく言った。
「良かったわね。あなたは一生懸命私達を守ろうとした。それが報われたのよ。もうアキヒコは追わないで……」
カイルもファラードに聞こえないような小さな声で返した。
「あぁ。……アキヒコには悪い事をしたよ。次会ったら、謝る。誓うよ。俺、ファラード様の元で頑張って、認められて、絶対に君やアキヒコを迎えにくるよ」
誰の目からもファラードは紳士に思えた。
だが俺は最強の小作人。
優れた農術者は植物の声が聞こえるという。
そう、俺にも木々の声が聞こえるのだ。
彼らは森の守り神。
大地にしっかりと根を張り、いつも黙って様子をうかがっているだけ。されど、彼らは無言の証人。
それが木。
俺達エルフが見えないものまで、黙って木々は見つめている。
周りの大木は、誰もファラードのことをよく言っていない。
農エルフ達は『士農工商』という新制度に手を取り合って喜んでいる。
「士農工商万歳! 俺達はナンバーツーだ!!」と。




