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選択の結果 2

 動揺しているのはコルトだけである。当事者たちは冷たい火花を散らしており、ラフィスはともかく、アイルも平然としている。それはつまり、知っていたということなのだろう。


 騙された、とは思わない。ただ、なぜ、という疑問ばかりが前に出る。


 そんなコルトを放置して、フォウトはシェリを嘲笑した。


「いよいよ本性を現したか。私を陥れ商会を乗っ取る絶好の機会だものな、狙わぬはずがない」

「相変わらず後ろ向きな思考をお持ちですね」


 呆れでも煽りでもなく、天気の話をするかのようにさらりと答えた。


「違います。単純に、身内として咎める義務があるだけ。水と人は売買しない、それがラスバーナ商会の掟でしょう。兄様、あなたは掟破りをしたのです。次代を担うと言うならば、あってはならない姿でしょう」


 フォウトは目を冷たく尖らせた。


「もとより亜人に人権は無い、まして、半分は物なのだ」

「物? いいえ。ラフィスは人間よ。兄様は義足をつけた人間を怪物と見なすのかしら。ひどい話」

「そうだ! 物なんかじゃないんだ!」


 便乗してちょっと暴れると、すぐさま肘で頭を殴られる。体を押さえつけている腕にも力がこもって、どうしたって逃がしてくれそうにない。


 だが今のフォウトには焦りがある。コルトに気を取られている隙に、シェリが一歩二歩と前へ出たのだ。慌てた様子でもう一度コルトに剣が付きつけられた。


「剣を捨てろ、妹よ。この小僧が死ぬぞ」

「どうぞ、ご自由に」


 一同が凍りついた。フォウトまでもが目を丸くしている。


 シェリは不敵に笑った。


「でも困るのは、兄様、あなたの方でしょう」

「なにを」

「あれだけ派手な光を打ち上げたのだから、すぐにノスカリアから治安局がやって来る。治安局は誘拐事件として彼らのことを認知している。それと、騒ぎ事が大好きな異能者ギルドの連中も飛んでくるでしょう。もちろん商会の身内も含めてね。煙は既に嗅ぎつけられていますから」

「……おまえが広めたのか」

「さあどうかしら。ご想像にお任せします」


 シェリはわざとらしいウインクを見せた。それはコルトへ向けられていた。


 事実、シェリは何もしていないのだ。治安局も異能者ギルドも、コルト自身が訪ね歩いたものである。もし彼女が言う通りの展開が待っているとすれば、それは諦めずにノスカリア中を駆けずりまわった功績だ。


 一方のフォウトは、自分へ向けられた挑発と受け取ったらしい。不快感をあらわにした。


 そこへシェリが畳みかける。


「ただの兄妹喧嘩ならともかく、他所の子を殺めた現場をおさえられたら、あなたの信頼は地に落ちる。家督を継ぐこともできないでしょう。だから困るのはあなた、と言ったわけです」

「フン、やはり後継狙いではないか。周りがどう言おうと、血のつながりがないおまえに継がせるはずがなかろうに」

「兄様。そんなに私が怖いのですか」

「……黙れ」


 シェリは言われた通りに黙った。代わりに目つきに気迫が増した。細剣を構えつつ、少しずつにじり寄ってくる。しかも単純に前進するだけでなく、フェイントをかけるように横へ跳んだり、緩急をつけたりして、揺さぶりをかけてくる。


 フォウトは大きくは後退しない。シェリが間合いに入って来たらいつでも打ち払えるように剣を構え直し、コルトのことは盾にするつもりで、常に正面を取るように方向を修正する。そうしながら、後方に居るアイルとラフィスのことにも気を配っている。進むでも退くでもないのは、時間稼ぎをして味方が来るのを待っているのか、なんにせよ根競べの様相を呈してきた。


 コルトは人質に取られたまま揺さぶられているわけだが、停滞する状況のなかで割と冷静になっていた。だから、これまでの経緯も含めて真相を導き出すことに思考をさけた。


 つまりシェリ――サシャ=ラスバーナと呼ぶべきなのかもしれないが、彼女によって、まんまと商会の跡目争いの種に利用されたということなのではないか。コルトが無事にラフィスを救出して事態を公の場に示せば、フォウトの失脚へ繋がる。もし失敗してコルトたちが死んだとしても、それはそれで構わない。ノスカリアの市中でラスバーナ商会による誘拐事件をわめき立てていた少年の姿は、非常にたくさんの人が知るところである。その少年の死体がミヤノスカ近くで見つかった、あるいはミヤノスカに行ったきり行方不明だとなれば、人の噂と憶測がフォウトを追い詰める。兄の名声が傷つけば、弟妹を後継に推す声が反比例的に増えるだろう。


 確かにシェリの助力がなければ、アイルの手を借りられなければ、ラフィスを屋敷から救い出すことは叶わなかった。そこは感謝すべきところ、重々承知である。だが、しかし、どうしたって――むかつく人だ、本当に。


 ゴスン、と、足がなにかにぶつかってコルトはハッとした。さっきシェリが投げたひものついた袋だ。背負ってちょうどいい大きさでパンパンに膨らんでいるし、いったい何を詰め込んだのか知らないが妙に固さがある。もし命中していたらびっくりしたと言うだけでは済まなかった、当たり所によっては首が折れていたかもしれない。フォウトだけでなく、盾にされていたコルトも。あの人は危険人物だ、とコルトは改めて思った。


「兄様」

「なんだ!」

「時間稼ぎは無意味でしょう。仮にあなたの部下がやって来ても、私に刃を突き立てる勇気は無いのでは? あなたにすらできていないのに、より強い者が下にいるのかしら」


 それはあからさまな挑発で、瞬間、対峙する兄妹の間でビキリと空気が割れたようだった。


 コルトの全身から嫌な汗が吹き出す。これはもう、いつ切られてもおかしくない、どっちに切られてもおかしくない、黙って待っていたら死に一直線だ。


 それなら、いっそ――何もしないより、やってやれ!


「嫌だよ! 僕は、あんたたちの兄妹喧嘩なんかで死にたくない!」


 心のままに叫びながら、思いきり強くしゃがみこんだ。あわよくばフォウトの腕をほどければと思ったが、それは叶わず。しかしバランス崩して前につんのめらせることができた。結果、コルトは多少の自由をきかせて体勢を低くし、足もとの布袋に手を届かせた。


 袋をつかみあげ、それでフォウトの頭を、体を、手をめちゃめちゃに打つ。板で叩かれるよりも衝撃は重い、たまらずといった風に拘束が緩む。その隙にコルトは腕を押しのけ、噛みつき、振りほどいた。勢い余って地面に倒れ、膝をつく。


 同時にシェリが一気に駆けて踏み込んできた。先端を正面に向けた刺突の構えだ。フォウトは体勢を崩しながらも、関心は完全にそちらへ向けている。もちろん剣も。


 矛先が逸れた今のうちに走って逃げよう、コルトはそう思って立ち上がろうとした。しかし実際に立つより早く、腰のあたりを支点に体が浮き、勝手に野を滑るように進みだしたのである。


「うひゃァ!」


 思わず悲鳴をあげたが、すぐに視界の端に雪の色をした獣の脚がちらつくのに気づき、ほっとした。アイルにくわえられている。今の隙を狙って、救助に飛び込んで来てくれたのだ。


 少し離れたところに居たラフィスのもとへ連れて行かれ、彼女の目の前でコルトは地面に降ろされた。横たわった体を、まずは上体だけを起き上がらせたところでラフィスに抱きつかれる。すぐ耳元で泣きそうな声がした。


「コルト、コルト……!」

「僕は大丈夫だよ、大丈夫だから――」


 泣かないで。その言葉を遮るように、一際激しい剣撃の音が背後から鳴り響いた。二人して思わず真顔になり、同じ方を見る。


 シェリの持っていた剣が宙から地へと飛んでいた。持っていた右の手首を痛めたのか、逆の手で押さえている。しかめた顔、そこへ振り下ろされた剣の切っ先を、彼女はさっと飛びすさって回避した。そのままフォウトと距離を開けていく。


 コルトはそんなシェリと目が合った。すると、彼女はまた先ほどのような意味ありげなウインクをした。


「西へ! 西へ行きなさい、コルト君!」

「西……?」

「その袋は持って行って! じゃあアイル、後はお願い!」


 シェリの呼びかけと同時に、フォウトも忌々しげに一瞥をくれた。が、もうラフィスのことは諦めたようだ。身を翻すことも、言葉で脅してくることもない。代わりに怒りの矛先は、完全に妹へと向けられたままだ。


 コルトはぐっと唇を噛みしめた。相変わらず言葉が足りないし、勝手だし、何を考えているのかわからないし、大人しく命令を聞いてなんかやりたくない。今回は好き嫌いも置いておき、一層の反発心で満ちている。


 ザッ、と強い足音がコルトの耳を打った。アイルのものだ。獣の姿のままコルトの隣で待っている。例の布袋を加えて持ち上げているが、必要以上に強く歯を食いしばっている。重心もわずかに右に寄っている。長い毛に埋もれて見えないが、左肩に残った矢尻が今も骨身をかき回しているのだ。それでも彼は、西を向いて立っていた。


 選択はコルトにゆだねられている。だが、どうするのが正しいのか、どうすれば全員が救われるのか、もう考えることができなかった。


 ただ、自分が一番守りたかったものを守りつつ自分を守ってくれようとした人たちの意志を守れる選択肢、それだけは考えるまでもなく明らかだった。


「行こう、ラフィス。先に乗って」


 唖然としているラフィスをなかば抱えるようにして、一緒にアイルの背へ乗った。ラフィスを抱きこむようにして白い背に掴まると、彼はすぐに駆け出した。負傷も疲労も感じさせない、疾風のような走りだ。あっという間にラスバーナの兄妹は見えなくなった。


 ラフィスはいつまでも後ろを見ていた。なぜ、どんな思いでそうしているのか、コルトは風になびく髪の隙間から彼女の横顔を見ていたが、心はついぞ読めなかった。自分の気持ちだって同様に整理がついていないのだ。助かった、逃げられたと安堵していいはずなのに、そんな喜びはかけらもわいて来ない。


 進む方角に沈みゆく太陽が見える。救出劇の一日が終わりつつある。人の動きを封じる漆黒の夜と完全に交代するまで、もう少しだけ時間が残されていそうだった。

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