選択の結果 1
ラフィスがしゃがんだままフォウトへ電撃を浴びせかけた。前が駄目でも背中からなら。そう思ったが、だめだ、同じく無力化されてしまった。ちょうどフォウトの持つ剣の間合いの距離で、消えてなくなってしまうのだ。
――どうして。ただの人間じゃないの?
コルトの心の声は顔に書かれていたようだ。フォウトが鼻で笑い返した。
「立場がら、命を狙われることなど想定済みだ。この広い世界で、異能の優位性を奪う道具が存在していないと思うか?」
フォウトは胸にしまってあるネックレスチェーンを引き上げた。円形の金枠に黒石のプレートがはめ込まれた、少し大きめのトップが現れた。プレートにはまがまがしい模様が彫られている。理屈はまったくわからないが、魔法を打ち消す魔法の道具といったところか。
「ひ、卑怯だ、そんな物」
「己に足りない能力を道具で補う、そのなにが卑怯なのか。理解できないな」
フォウトはネックレスを離し、空けた手でコルトの髪を掴みあげた。乱暴に引っ張って無理矢理立たせ、羽交い絞めにする。そして喉元に剣の刃があてられた。その状態で反転する。誰が見ても明らか、コルトは人質に取られたのである。
「その女を返せ。大人しく従えば、不法行為はすべて見逃してやる。聞かないならこいつを殺し、おまえも殺し、女を連れて帰る。どちらがよいか、選べ」
前に出ようとしたラフィスを、アイルが腕を掴まえて引き戻した。がっちりと、離さないという意志が見えている。
フォウトが一層鋭く目を尖らせ、声も低くした。
「単なる脅しだと思うな。こちらは本気だ」
刃が押しつけられる。皮膚が浅く切れ、首筋にチリチリとした感覚が走る。コルトは息を詰まらせた。痛い、怖い、殺されるのは嫌だ。声にならない悲鳴で口をぱくぱくさせる。
「やめろ」
アイルが冷静に声をあげた。
「コルトは普通の人間だ、俺とは違う。殺人は、しかも子供に対する殺人は、あんたも重罪になるぞ」
いかにも正論だったが、フォウトは一笑に付した。
「亜人とつるみ異能と協力して不法行為を企てた、その時点で法は人間としてみなさない。ギルドの者の方が理解しているだろうに」
それと、とフォウトはコルトのことを揺さぶった。勢いで刃が横に滑るのではないか、戦々恐々としているとわかっていてもお構いなしだ。見ているラフィスも悲愴な顔をしている。
「こいつはもう子供などではない。自らの意志で社会に生き、自分の責任のもと権利を行使する、その時点で大人扱いされるべきだ。大人と同じように聞けと主張しながら、都合がいい時だけ子供扱いして甘く見ろと。おかしいと思わんか、なあ?」
まるで猫の喉をくすぐるかのように、刃が垂直方向へ動かされる。切れてはいないが、ぞりぞりとした嫌な感覚が首から全身に走って、コルトは身震いした。反射的に上を向くと、フォウトが自分のことを見くだす目が見えた。
責任。その単語がコルトに重くのしかかる。この事態を招いた責任はおまえだ、そう改めて突きつけられた気がする。
もしノスカリアに戻るなんて言わなければ、とりあえずでも廃教会から西へ逃げていれば、フォウトの術中に落ちなかっただろう。
アイルに頼りすぎたのも良くなかった。彼が力不足なのではない、逆だ、なんでもできてしまうからなんでもやらせすぎてしまったのだ。今も狙撃による負傷なんて無かったようにしているが、きっと我慢しているだけだ。雇われた者は雇い主の注文には従う他ないのだから、依頼主に責任がある。
そもそもの話、子供面して大人に甘えていたのがすべての原因ではないか。だからジャスパにコロッと騙されて頼れる大人と信じ込み、結果、ラフィスを怖い目に遭わせた。彼女に対する責任も果たさないといけない。
では、責任者として今できることは。この状況を打開するためにどうするのか。考えてみても、みんな無事では難しい。だったら、誰かを犠牲にしなきゃいけないなら――コルトは拳を握りながら、震える声を発した。
「アイルさん、僕のことはいいから、ラフィスを連れて遠くへ逃げて! 僕はアイルさんのこと信じてるから、だから、ラフィスのことを、よろしくお願いします」
アイルは無言で目を細めた。瞬間、コルトはぞくりと寒気を走らせた。表情が消えた、いや、静かに怒っている。完全な味方だとわかっているのに、本能的に怖気づいてしまう。コルトは震える唇を固く閉ざした。
アイルもコルトのことを完全に無視して、再度フォウトの目を見て問いかけた。
「教えてくれ、なぜそこまでこの子を欲しがる。まさか金目的ではないだろう。黙っていれば商会のすべてが手に入るあんたが」
「答える必要はない」
「まともに交渉をする自信が無いのか? ラスバーナ商会の嫡男様が」
フォウトは表情を変えぬまま、こめかみを震わせた。剣を握る手にも余計な力が加わる。心なしか口調にも棘が増した。
「少なくとも、おまえたちよりずっと有効利用できるのは確かだ。私の夢にどのような益があるかは、説明したところでどうせ理解できん。とにかくその女でなくてはならんのだ」
「夢ねぇ……」
コルトも一緒になって考えてみた。金、力、地位、すべてを手にした権力者がさらに欲しがるものとはなんだろう。どうあがいても、自力で手に入らないものだ。そしてラフィスを捕まえてないと果たせないこと。
ラフィスでなければならないのは、彼女と同じ亜人種が近辺に居ないためだろうか。もしかしたら世界中のどこにも居ないのかもしれない、コルトはそう思っている。なぜならば、ラフィスは遥か古の世界からやってきたのだから。ともすれば、フォウトはそれを理解しているのかもしれない。
だとすると欲しいのは、唯一無二の存在である事実か。それとも時を超越して生きることか。両方かもしれない。そんな人智を越えた存在のことを一言で呼ぶなら、神、となるだろう。
そしてコルトとアイルがほぼ同時に声を出した。
「神様になる気……?」
「人の身を捨てるつもりか」
フォウトは軽く眉目をあげて笑った。屋敷でも一度聞いた、どこか狂気じみた笑い声だった。
「その通りだよ。体が永遠に壊れぬ無機物であれば、すなわち永遠の生を得られるだろう。単純な発想だ」
「やってみようと思うのは、馬鹿者の発想だと思うが」
「違うな、凡庸で愚鈍な者には実現する力が無い、だから諦めるしかないだけだ」
フォウトは冷ややかに言い捨てた。
「私は違う。実際に現物が目の前にあるのだから、みすみす機会を逃がすこともなかろう。どのようにして無機物が人の身体と同じように動いているのか、仕組みさえ解明してしまえばよい。研究できるだけの資金も人材も、私には揃っているのだ」
すっかり自分に酔っていてやたら饒舌だ。聞き手が黙っているのを、圧倒したものと思ってなす勝利宣言のつもりだろうか。
「私は不死の存在となる、そしてその価値もあると自負している。おまえもノスカリアの民ならわかるだろう、ラスバーナ商会が不変不動のものとして繁栄することは、公益のためにもなるのだ」
「そこは理解するがな」
「ならばその女を返せ、それは私の物だ。私だけがその女の価値を知っている、おまえたちに渡す事は世界の損失だ」
フォウトはコルトをホールドしたまま、指の先でアイルをあおった。ラフィスがまた前にでようとする。心なしか、彼女を掴まえておく力がゆるんでいるような。それともラフィスが力を振り絞ったのか。
――だめだ、だめだよ! こんな自分の欲しかないやつに、ラフィスを渡しちゃだめだ! お願いだから遠くに逃げて!
叫びたかったが、喉にあてられた刃が邪魔をする。伝える前に切り落とされてしまうかも、そう否が応にも存在を意識して恐怖をかきたてられる。だからただただ唇を噛んで、涙目でアイルに訴えかける。
アイルはしばらく真顔で正面を見据えていた。が、やがて、目を半分ほど伏せて笑った。
「残念だが、この世界の神は、どうやらおまえの野望に否定的だぜ?」
そして後ろを向け、と指差した。
後方、東から馬が迫って来ている。ものすごい勢いで一直線にこちらへ向かってくる。暴れ馬か、いや、人が乗っている。
フォウトが上体をひねった姿勢で確認し、息を呑んだ。動揺が剣にも現れ人質を無闇に恐怖させたわけだが、気づいていないようだ。
コルトはうっかり刃がすべらないか心臓をバクバク騒がせつつ、視線を限界まで東にやって馬に乗る誰かの姿を確認した。一つの予感は抱きながら。
そして、やはり、騎手はシェリだった。馬具も付けずに、肩には大きな布袋を担いだ状態で、異常な興奮状態の馬にしかとまたがって、尋常でないスピードで突っ込んでくる。真剣にまっすぐ正面を向いてぶれない、全員もろともに踏み倒さん気迫だ。
騎馬はぐんぐん距離を詰めてくる。そして激突するよりも早く、シェリは布袋の長い紐を持ち振り回して遠心力をつけた後、フォウト目がけて投げつけた。どうやら頭狙いではあるが、実際の軌道はかなり逸れている。それでもフォウトは、ほぼ反射的に剣で袋を払うように打ち落とした。
ただ馬は止まらず向かってくる。しかもいつの間にか騎手は飛びおりていなくなっている。正真正銘の暴走馬で、もう誰も止められない。それを見てフォウトは固まっている。もちろん、コルトのことは捕まえたまま。
――巻き添えになる!
「うゥわァッ!」
袋を払った時点で懸念の剣は退いている。だからコルトはがむしゃらに暴れ、どうにか逃げようとした。だがフォウトの羽交い絞めからは逃れられず、彼と一緒になって地面に倒れることになった。
横たわる上を間一髪、馬が跳び越えて行った。そのまま西へまっすぐ野をかけて去る。同じ直線上に居たアイルは、とっくにラフィスを連れて進路を避けていた。
フォウトがコルトのことを肘で殴りつけてから、慌てて跳び起きた。なおも人質でとるのはやめないが、剣の先は現れたシェリへ向けられていた。
そして向こうも剣を抜いていた。シェリが腰に帯びていたのは、不思議とよく似た意匠の装飾がほどこされた細剣だった。
「……やはり、おまえの手引きか」
「ええ、ご機嫌うるわしくてなによりです、兄様」
「あ、ええ!?」
兄だなんて、今度はなんの冗談を、とコルトは思った。だが、どう見ても冗談ではない雰囲気だった。
――会長の子供は三人居る。兄が二人と妹が一人。名前は上から順番に、フォウト、カプリ、サシャって……聞いたんだけど。




