かりそめの安息 2
ふと入り口の方へ目が行く。そしてアイルが、横目でこちらを見ていることに気づいた。彼も笑っている。それでなんとなく気恥ずかしくなって、コルトはラフィスから身を離し、段に正面向いて座り直した。
お互いの位置は変えないまま、アイルが声をかけてくる。
「どうにかなったか」
「うん。そっちはどう? 誰も追ってこない?」
「普通の人間なら追跡はできていない。が――」
「相手は普通じゃない人間だよ」
「そうだな。諦めたとは思えない。ここに居ると探し当てるのが早いか、それともシェリが着くのが早いか」
教会の中に落ちる日向は、だいぶ低い角度から伸びてきた形になっている。しかし、まだ夕陽にはなりきっていない。人に野を歩き回るのをためらわせるには早すぎる。
シェリを待たずに教会を離れる、という選択肢はコルトの頭にも浮かばなかった。フォウトの手下が探し回ってるなら、丘を歩き回るより林が目くらましになるここの方が安全である。それに下手に動いてシェリとすれ違いになってしまったら、それはそれで不安を抱えたまま駆けずりまわる展開になるだろう。とにかく今は、たとえかりそめのものでもいいから安息が欲しかったし、与えたくもある。
しばらくは静かに座って時が過ぎるままに任せていた。
しかし、黙っているとどうにも気が落ち着かず、コルトは離れたままアイルに話しかけた。周りが静かだからわざわざ近寄らなくてもいいし、それほど声を張らなくていい。
「ねえアイルさん、僕、強くなりたいんです。アイルさんは、どうやって強くなったんですか?」
「俺の真似をしてもだめだぞ、俺は特別だからな」
アイルは冗談っぽく肩を揺らした。
でも、とコルトは食い下がった。
「別にアビリスタになりたいとか、武術を教えてほしいとか、ほういうことじゃないんです。ただ、人としてちょっとでも強くなって、ラフィスのことを自分で守れるようになりたいんです」
アイルは少し体をひねってコルトの方へ向き直った。彼の金色の目が真摯にコルトを見つめている。
「まずは体は鍛えることだ。体力が無いと話にならん」
「じゃあ、運動します」
「もちろん、鍛えるばかりじゃなくて休むことも大事だぞ。今みたいな時は特に」
まさに立ち上がって適当な運動を始めようとしていたコルトへ、ぐさりと釘が刺された。コルトは時が巻き戻ったように、なんとも言えない表情をして元通り座った。
「むやみに焦るのが、おまえの一番悪いところだ。もっと心に余裕をもてるようになれ」
「はい……でも、どうやって……余裕なんてないし……」
「そうだな。やばい時はまず深呼吸をするとか、急ぐ時ほど一歩立ち止まってみるとか。おまえは焦らなければ、なかなかいい判断ができる脳を持っている、少し意識すればすぐに変わるさ」
さりげなく褒められたことに少し気を良くし、コルトはにっこにこで頷いた。
「あとは自分の向き不向きをよく理解することだ。なんでも他の人と同じようにやれってわけじゃない、自分の得意な部分で勝負できればいいのさ」
「僕に向いてることってなんだろう」
「それは経験を重ねれば自然にはっきりするさ。しばらく後に落ち着いたら、昨日今日のこともゆっくり反省するといい」
アイルは穏やかに笑って、また外の様子へ注意を向けた。切羽詰まった雰囲気ではなかった。
また静かな時が流れた。
外の風の音が聞こえる。ささやくような風だ。このままで時間が過ぎてほしい、そんな漠然とした安らかさにたゆたい、コルトはラフィスと肩を寄せてぼうっとしていた。
そこへ、今度はアイルの方から話しかけて来た。
「なあコルト、おまえたちはなんのために旅をしているんだ?」
「……気になりますか」
「ああ。言っちゃ悪いが、ギルドでもないのに亜人と人間がペアで動くってのは珍しい。大層な目的があるのかと思ってな。もちろん、話したくないなら構わん」
アイルは外を向いたままである。きっとわざとだ。沈黙を回答とできるように。
むうとコルトは口をとがらせた。大層な目的と言えばそうなのだが、正直に話すとなると気が引ける。ラフィスは神様の類の知り合いで、これからその人に会いに行くのだ、そんなこと言って本気に受け取ってもらえるかどうか。それに、下手に人に話すなとオブシディアから釘を刺されたことも心にある。
このまま黙っていれば、これ以上アイルに質問されることはないだろう。だから秘密を保つならただ座っていればよい。
しかし手詰まりなのも確かだ。そもそもノスカリアに来たかったのは、エスドアに直接つながる手がかりや、東方大陸へ渡るための協力者を見つけるため。こんなことになっているのが予定外で、そうじゃなかったら、今頃あの巨大な町を手がかり求めて奔走していたはず。つまり、親身になって聞いてくれる人がすぐそこに居るのは、またとない好機である。
うむむとうなって、頭をがりがりかき乱し、ラフィスと顔を見合わせて考えに考えて、最後にコルトが選んだのは、遠回りをして知りたいことを聞き出す作戦だった。
「ねえアイルさん、カサージュという名前の魔法使いを知りませんか?」
「魔法使いねぇ……俺の知り合いには居ないな」
アイルは軽く首をひねって、コルトへ目線を渡した。
「シェリが来たら聞いてみろ。あいつは顔が広いし、いろんな伝手を持っている。表に出ないような人を探すのも、あいつにならできるさ」
コルトは露骨に苦い顔をした。既に助けてもらっておきながらなんだが、できればこれ以上世話になりたくない。あの人を見下すような雰囲気、とにかく気にさわる。自分の中で大事にしている使命をまた軽いだの無謀だの嫌味たっぷりに言われたら、今度は我慢して居られないかもしれない。
やはりアイルの方がずっと頼りやすい。いっそラフィスの昔話も含めて本当のことを話してしまおうか。不思議とそうしてもいい気分になっている。
コルトは一呼吸おいて、そしてアイルの目をじっと見てたずねた。
「アイルさんは、神様のことを信じますか」
「神ってのは、こっちのルクノールってやつのことかい?」
「はい」
「それなら悪いな、俺は異教だ。言っただろう、北国の出身だって」
アイルは申し訳なさそうに肩をすくめ、外へ目を向けてしまった。
だが、コルトにとっては逆に好都合な返事であった。異なる神を信奉しているのなら、エスドアの名を出して拒絶反応をしめされることもないだろう。ラフィスの存在について好意的に受け取ってもらえるか、無関心に流されるか、どうなるかはわからないが、少なくとも決定的な溝を作ってしまうことはあるまい。
コルトは隣にくっついているラフィスをみやった。相変わらずぼんやりとしているが緊張した様子はない。ラフィスは自分に向けられる害意に対して敏感だ。コルトがアイルと会話をしていることに不安を感じていない、様子をうかがうことすらもしていない、それはつまり彼女もアイルに一定の信を置いていると判断していいはずだ。
――アイルさんはいい人だもん、正直に話しても大丈夫だよ。
コルトはもう一度アイルに声をかけようとした。
ところが。先にアイルが立ち上がったことで、機会は失われてしまった。
「それにしても、こっちの神様はずいぶんと意地悪だな」
笑顔を伴わない冗談を呟いて、早足でコルトたちの方へ歩いてくる。
「林の向こうで煙があがった」
「煙? 火事なの?」
「いや、ありゃ遠くの仲間へ出す信号だ。もうじき敵がやって来るってわけさ。裏に別の逃げ道はあったか?」
「逃げるって、どこへ? それにシェリさんを待たなきゃいけないんでしょ、いいの!?」
とまで言って、コルトはハッとした。いいか悪いか、決めるのは自分だ。一連の作戦の責任はコルトにある、方針を決めるのも指令を出すのもやらなければ、それが契約の条件だ。アイルももはや問いかけることをしない、従者のまなざしでコルトの発言を待っている。
決断は急がねばならない、今すぐにでもフォウトの手下が乗り込んで来るかもしれないのだ。コルトは手に汗握りながらも一度深呼吸をして、それから自分がどうしたいか、声に出して伝える。
「僕たちは東方大陸を目指してる。だから、西じゃなくて、北か東へ行きたいんだ。シェリさんには悪いけど、ノスカリアの町の中に隠れる場所を作りたい」
「それならミヤノスカを通る必要がある。なるべく大きく迂回をするにしても、ほぼ真っ向からぶつかるかたちになるぞ」
「……また僕たちを背負って突破できる?」
「向こうの本気度次第だが、やってやるさ」
「本気度って、どういうこと」
「たとえば、もし商会の全戦力をあげて囲まれでもしたらの話だ。そうなったらさすがにキツい」
「不思議なんだけど……どうして商会が軍隊みたいな戦力を持ってるんですか」
「荷運びする道中の安全確保とか、商品の警備とか、理由は色々あるだろ。そんなにおかしなことじゃない」
そうこう話しているうちに、外から人の足音が迫り来た。異様な速さと強さだ。
教会の中の者たちが身構えるより先に、入り口から何かが投げ込まれた。筒だ。シュウシュウとかすかな音を立てながら煙を噴出している。本体は小さいのに勢いはすさまじく、入り口付近はあっという間に煙に包まれ見えなくなり、教会の高天井をも埋め尽くさんと拡散し続けている。
しかし、なんだか既視感がある光景だ。数度まばたきして、コルトはあっと血の気を引いた声をあげた。
「僕たち、ああいう煙の筒で眠らせられたんだ!」
声を聞くが早いか、アイルが駆け出した。腕で鼻と口を押さえ、煙に取り囲まれながら筒のもとへ。思い切り足を引いて、外へと蹴り飛ばすつもりだ。
しかし、ほぼ同時に外から煙の中を突っ切って来た大きな影が、アイルの無防備な横っ腹に回し蹴りを食らわせた。
アイルはくぐもったうめき声と共に、煙の中心から遠くへ、勢いよく床に転がされた。横腹を押さえ、さっと立ち上がれないでいる。
「アイルさん!」
コルトが叫び、ラフィスも悲鳴混じりに息を飲んだ。
最中、煙の中から影が追撃に飛び出してきた。正体はまたもやあの頬傷の男だった。普通に息をして煙を吸っているが、気絶する様子はない。つまり発煙筒はただの目くらまし、コルトたちはまんまと罠にはまったのである。




