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商会の嫡子 2

 翌日、朝の光でコルトは目を覚ました。時計塔の広場には既に人の出足がある。朝市でも開かれるのだろうか、あちこちで行商が石畳の地面に敷物を広げ品物を並べていたり、四方の街道からワゴンを引っ張った商人がやってきたりしている。


 徐々に満ちていく明るい空気に追い立てられながら、コルトは高台へと向かった。高台とはノスカリアの北部区域のことだ。切り立った断崖の上に町が存在しており、一段高みにあるそれは遠目からでも見て取れる。高台の上に行くには、時計塔広場から北の向かって大きな階段を上るか、市街地の東端付近から馬車向けに整備された坂道を上れば良い。コルトはシンプルに広場から北へ行く。


 高台の上には特に裕福な層が居住している。それは道を歩き風景を眺めるだけで明らかだ、下の町とまるで雰囲気が違う。邸宅は総じて大きくかつ手入れが行き届いていて、富を誇示する豪奢な建材が使われていたり、門の向こうに手入れの行き届いた広い庭を備えていたりする。所どころにある店屋もみな堅い構えで、気楽に入ることを許さないでいる。端的に言うなれば、町全体が襟を正した感じだ。


 コルトは大階段を上りきったところで、一息いれつつ崖下の風景をみやった。


 広い。何度目かわからないが、コルトは改めて痛感した。これまでに通過して来た町の人たちを全員収めてしまえるんじゃないだろうか、そう思わせられる。とんでもなく広くあって、建物の密度も高い。四方に伸びる大通り沿いはともかく、全体としてはゴチャっとしている。屋根の色すら統一感がなく、赤土の瓦だったり木の色だったり灰色の石だったりまちまちだ。


 ――こんなのじゃ目が行き届かないよ。だから、悪い奴らがのさばるんじゃないか。


 しょっぱい対応だった治安局の者たちを思い出し、少しむかっ腹を立てながらも、コルトは高台に歩を進めた。目指すラスバーナ家の邸宅は高台の一番奥だという。高台の上も北東方面に向かってゆるやかに傾斜が付いていて、さらに一段高い場所に大きな屋敷がある。きっとあれだと目星をつけて進んで行く。


 やつれたような顔に、ボサボサになった赤茶の髪に、腰にはマチェットや薄汚れた小物入れ。明らかに場違いで悪目立ちするし、実際にコルトを見た住民たちのまなざしは不審者に対する警戒のそれだったのだが、本人は露とも気にしていなかった。



 奇異の目で見られこそすれ特にトラブルは無いまま、高台で一番高い所にたどり着いた。


 他の屋敷と距離を置くように、馬車が二台ゆうにすれ違える幅の道がまっすぐ敷かれた奥に、南向きの豪邸が立っていた。天井の高い三階建てで、かつ外壁は暗い色のレンガを基調としているため、やたらと貫禄があるオーラが漂っている。左右に大きく三軒が連結した様な外観で、その前には広い庭もある。屋敷の背後には林が広がっていると見えるが、もしやそれも敷地内なのだろうか。


 館よりもずっと手前に、黒鉄の門扉が閉ざされている。大型の馬車も通り抜けられる幅広の物だ。その両脇に門番が一人ずつ立っている。コルトが近づくのを察知して、二人ともが門の中央に移動して立ちふさがった。不愛想な顔つきで視線はマチェットに向かい、彼らの手も腰の警棒にかかっている。


 コルトは臆すことなく近づき、守護者と堂々正面切って相対した。


「君、なんの用だね。ここは買い物をするところではないぞ」

「知ってるよ。ラスバーナ商会の会長さんのお家なんでしょ。僕、会長さんに用事があって来ました。会わせてください」

「だめだ、会長は約束が無い相手には会わない。第一、今はノスカリアに居ないのだ、どうしたって会わせることはできない」

「じゃあ会長さんの子供でいい。三人の誰でもいいよ、直接お話をさせてください」

「できるわけない――」

「三人の内の誰かが、僕の親友をさらっていったんだ! お金で買って、むりやり連れていったんだ! 人をお金でやりとりするなんて悪いことでしょ!?」


 門番同士で眉をひそめて顔を見合わせた。アイコンタクトを主体にしてコルトには意味がわからないよう二人でやりとりした後、一人が門の中へ走っていく。わずかに開けられた門扉の隙間から強行突入できないよう残った方が立ちふさがり、そしてわざとらしく失笑して見せた。


「まさか! あろうことか御子息方が人身売買など。君の勘違いだ。さあ、帰った帰った」

「嘘じゃない、売ったって言う人が居たんだ!」

「それは君が騙されているのだよ。御子息方がここを出入りするのは我々も見ているが、知らない子供を連れ帰ったということはなかった」

「そんなの隠して連れ込んだに決まってる。大きな箱に詰めたり、荷物の影に隠したりしてさ」

「あのねえ、ここは商会の事務所でもあるんだよ。ご家族以外にも大勢の人が働いている。荷物に紛れていたとしても、誰かが見つけて大騒ぎになるさ」


 ハハハと軽快に笑い声をあげた。まともに話を聞いてくれない、あるいはそう思わせるようにわざとやっている。諦めて帰るのを待っているのだ。


 そうはいくものかと、コルトは黙って居座る構えを示した。腕を組んで胸を張り、口は山型に固く結んで、目はキッと怒らせ門番を射抜く。


 門番はほとほと困り果てたため息を漏らした。


「とにかく通すことはできないよ。仮に事実だとしても、私に通行許可を出す権限は無い」

「だったら偉い人に伝えて許可をもらってください」


 今度はコルトが会話にならないポーズを取る番であった。つっけんどんに言い放った後、また口を閉ざして頑と譲らない。


 しばらくの膠着の後、もう一人の門番が屋敷側から走って戻って来た。門扉を通り抜けながら、相方に告げる。


「やはり来客の予定は無い。念のため確認をとったが、入れてはならないとのこと」

「だ、そうだ。君の言う『偉い人』に伝えた結果さ。ほら、帰りなさい」

「偉い人って誰だよ、どんな説明したんだよ! 犯人だったら、駄目って言うに決まってるじゃんか!」

「……しょうがないなあ、まったく」


 ずっと対面していた方の門番が不意にコルトの方へやって来て、そのまま両脇をすくい上げられた。コルトは宙に浮いた両足をバタバタ暴れさせ、放せ降ろせと喚き散らす。が、聞く耳は持たれない。


 そのまま二十歩の距離を門から離され、そこでポイと地面に捨てられた。コルトは尻餅をついた格好のまま持ち場に帰っていく門番を睨んだが、彼は微塵も悪びれた様子を見せなかった。


 二人の門番は岩のように扉の前に佇んでいる。もう取りつく島は無い。最初の時と違って、二人ともが警棒を握りいつでも抜けるように構えている。また接近していけば、今度は容赦なく打ち据えられるだろう。もしくは上からそうしろと命令がくだったか。


 コルトはその場で周囲の様子を見まわした。ラスバーナ家の広大な敷地を囲う黒鉄のフェンスは高くて頑丈だ、見える範囲には抜け道など無いし、隠れられる物陰すらも見つからない。いま外周を回って抜け道を探そうとしても、露骨すぎて門番に捕まるだろう。


 しかたがない、ここは一時退散だ。コルトはそう決めると、門の向こうで無表情にたたずむ屋敷へ向きなおった。そして大きく息を吸ってから叫んだ。


「ラフィス! 絶対に助けに来るから! 絶対に、絶対に!」


 聞こえていてもいなくても、この想いは伝わると信じて。そしてコルトは屋敷の前から立ち去ろうとした。


 その時、屋敷の三階にあるバルコニーで何者かが動いた気がした。コルトがハッとして目を凝らした時には、室内へと出入りする扉が閉まる所しか見えなかった。


 しばらく見ていても、もう誰も出てこなかった。コルトはバルコニーの扉を怒りと共に睨みつけてから、背筋を伸ばしてラスバーナ邸の門前から立ち去った。



 高台から降りて下の町に戻り、広場を目指しながら今後の方策を考える。正面から訪ねても中に入れてもらえない、それなら無理矢理どうにか侵入するしかないだろう。門番はラスバーナの一族以外にも大勢の人があの屋敷で働いていると言っていたから、中に入って紛れ込んでしまえばなんとかなるかもしれない。


 では、どうやって。夜ならどうだろうか、今は月の出ない時期だ、外灯があっても視界が悪くなって番人の目をやり過ごせるかもしれない。屋敷の裏手には林があったから、木に登ってうまいこと柵を乗り越えられないだろうか。


 コルトは広場の時計塔を仰いだ。巨大な針が示す時刻は正午にすらたどり着いておらず、まだ夜がだいぶ遠いことがわかった。


 黙って座って待っているのではなく、できるだけのことはやろう。そうコルトは歩を進め続けた。


 まずは昨日、情報を広めておくと言っていた異能者ギルドを訪問した。これまでの事情を話し、ラスバーナ家の人間が犯人であると広めたかったのだ。


 しかしコルトが顔を出した途端、そのギルドは一言すら言わせず拒絶の意を示した。いわく、ラスバーナ商会を敵に回せないと。コルトが商会の店で騒ぎを起こしたことが既に伝わっていたのである。


 邪険にされるのは慣れっこだ。コルトは特に何とも思わず、広場に面した異能者ギルドを後にした。


 ギルドの異能者たちの間には独自の情報網があるが、一般市民すべてにコルトの人相書きが流布されているようなことはない。だから昨日に引き続き、道行く人に声をかけての情報収集も行える。もちろん、聞き込みをする内容は昨日今日とで変わっているが。


 まず端的にラスバーナの屋敷へ入るにはどうしたらいいか尋ねると、大抵の人は子供の冗談だと笑って流すか、逆に冗談を返してくるかで、妙案は得られなかった。「一芸に秀でていれば子供でも雇ってもらえるよ」なんて教えてくれる人も居たが、違う、そういう意味の「入る」ではない。……ラフィスの無事がこれまでもこの先も保証されているなら、その手も取れたかもしれないが。


 次にラスバーナ商会の後継ぎについて。これは色んな人が色々な話をしてくれて、自分でかみ砕きながら繋ぎ合わせる必要があったが、そうすることでかなり実態が見えてきた。


 会長の子供は三兄妹――昔は四兄妹だったそうだが、長男が若くして事故死し、今は三兄妹である。そして昨日商会の店員から聞いた通り、その兄妹三人のうち誰が後継ぎになるかは公言されていない。三人は上から歳の順に男、男、女、名はフォウト、カプリ、サシャ、という。


 その三兄妹に接触できるかどうか。これは多くの人から難しいと言われた。三人ともがそれぞれ商会の仕事で動き回っているのもあり、なんらかの伝手や事前の約束が無いと、立ち話のためにちょっと捕まえることもできないと。もちろん仕事以外でノスカリアの市中に出没することもあるが、そこは身分の高い者、常に側近がガードについており、気安く近づける余地はない。


 では三兄妹のうち誰がラフィスをさらったのか。これについては特定はおろか、推測をできる話すらも出てこなかった。三人とも悪い噂はほとんどなく、せいぜい次男は真面目で厳しすぎるとか、三男は少々おっちょこちょいだとか、末の娘は結構なじゃじゃ馬だとか、その程度だ。


 可能性が高いのは、兄二人のどちらかだとコルトは思っている。女の子をさらうなら男が犯人である方が理に適っている気がするし、エグロンでジャスパと一緒に居た仮面の人物は男であったから。とは言え犯行の理由もわからないし、代役だって立てられるから、末の妹が主犯である可能性も頭に留めておくとする。あらゆるものを疑った方がいい。


 それとラスバーナ一族に関する情報とは別に、助けになってくれそうな人の紹介も受けた。が、これは結局全部空振りであった。たとえば商店街の路地に亜人ばかりで構成されたギルドがあると聞いて足を運んだが、商会が絡んでいると知れた時点で聞く耳持たずの対応になったし、裏通りに危険な依頼も請け負うギルドがあると耳にして訪ねたが、子供の話は聞かないと門前払いをくらった。



 そうこうしている内に、時は昼下がりになっていた。コルトの感覚では、まだ昼過ぎなのかと落胆したが。


 コルトは市街地東部の商店通りを歩いていた。気持ちとは裏腹に足取りに元気が無い。ずっと歩きっぱなしであることと、今日は朝から何も食べていないことが響いている。


 お客でにぎわう数々の食べ物屋を目の端にしかととらえながら、しかし払える対価を持たないからどうしようもなく、だらだらと歩き続けて商店通りの東端まで来てしまった。そしてここは町の出口と等しい。


 都市の玄関にふさわしい大きな門が建っていて、治安局の警備員も立っている。しかしオムレードのように入出の記録を取っているとか、出入りする馬車の荷物をあらためるとか、そういった活動はしていない。よく見ると門の構えはあるが、普通あるべき扉はどこにもなかった。完全に形ばかりの門で、市街地への出入りは自由なのだ。


 ラフィスを助けるまでは外に用はない。某城塞都市と違って町の外に脱出するのは簡単にできると記憶しつつ、コルトは踵を返して商店通りの復路へと戻った。


 来た時と同じく食べ物屋に心ひかれそうになるが、意識して目をやらないようにした。遠目で眺めてよだれを垂らしても手に入らない、そんなの空しく心が削れるだけだ。


 しかしそうすると、商店通りに点々と存在するラスバーナ商会の店が嫌でも目に入る。これはこれで心がかき乱される。コルトは恨めしくそれを睨みつけながら、しかし無闇に近づくことで騒ぎになっては困るからと、大通りの中央を歩いて店の前を通り過ぎる。


 すると。ちょうどコルトが睨みつけていた店の扉から黒い礼装の若い男が出て来た。その人は金色の長髪で、顔立ちも整っており遠目では女性的に見えなくもない。そのせいで、つい足と視線を止めてしまった。一瞬ラフィスが重なって見えて、彼女が恋しくなって。


 金髪の男と完全に目が合った。その途端、彼はにこりと笑った。とても柔らかく気さくな笑みで、それは明らかにコルトへと向けられていた。


 コルトは逆に薄気味悪さを覚えた。虫の知らせと言うやつか、とてつもなく嫌な予感がする。――逃げないと。

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