表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
63/148

商会の嫡子 1

 ラスバーナ商会はノスカリアを交易都市たらしめる要の存在だ。彼らの交易網は海を越えた先の大陸にまで及び、世界中から物を買い付け、運び、売る。単に物を右から左へ流すだけでなく、生活物資の流通を安定させるため道路の整備や産地の形成に資金を投じたり、市民の生活水準をあげるための慈善事業を行ったり、一般市民にとっては政府よりも存在感があり、またあつい信が寄せられている。


 ラスバーナ商会が直営する店はノスカリア内に複数ある。ここ市街地東部を貫く商店通りの中央には、家具を展示販売する一際大きな外観の店がある。


 そこでちょっとした騒ぎが起こっていた。もう夕刻で人通りも少なくなる時間帯だと言うに、店の前にはたくさんの野次馬が集まって、開きっぱなしの広い入り口から中を覗き込んでいる。


 売り物の椅子や机が並べられた通路で、若い店員と少年――コルトが言いあいをしている。もっとも、コルトが一方的に食ってかかっているだけで、店員は子供の冗談だと苦笑いして適当な返事をしているだけだが。


「だから、僕の大事な友だちが商会に売られたんです! 返してください!」

「うちは人を売り買いなんてしないよ。いたずらで言うにしたって度が過ぎるぞ」

「いたずらなんかじゃない、真面目だよ。本当のことを言ってるんだ!」


 店員は眉をひそめて間口の方を見やった。好奇心をあらわにした民衆は中に入って来ようとしないものの、聞き耳はしかと立てている。店員はため息をつくと、コルトを無視して店の奥へと移動する。


 コルトはそれを逃げだと判断した。逃げるなんて、ますます怪しい。二階建てで奥行きも広いこの大型店なら、人ひとり監禁するのも簡単だろうと目をつけた、その推理は見事に当たっていたのかもしれない。コルトは鼻息を荒くして店員の後を追う。追いながら、外の人にも聞こえるよう大声で騒ぎ続ける。


「嘘じゃないよ! 商会の跡取りの人が、僕の友だちの女の子を買ったんだ。本人は嫌だったのに、無理矢理さらわれたんだ!」

「しつこいよ。だいたい、跡取りってさぁ、うちの商会はそんなの決まってないんだけど」

「えっ」


 コルトの足元が揺らいだ。ジャスパは確かにラスバーナ商会の跡取りに売ったと言っていたが、それも嘘だったというのか。……いや、違う。あれはコルトに向けて話された事ではなかったのだから、そもそも嘘をつく必要が無い。


 口をもごもごさせているコルトに対し、店員は面倒くささあふれる声音で続けた。


「会長の子供は三人居るんだ。誰が継ぐかなんて決まってないし、全然違う人に譲る可能性だってある、って会長は常々言ってるよ。誰に何を吹き込まれたか知らないけど、適当なことを言って歩くんじゃないよ」


 そして店員が足を止めたのは、二階へ向かう階段の脇であった。作りつけの小さな棚に、叩いて音を鳴らすタイプのベルが設置されている。店員がベルを強く叩くと、すぐに二階で動きがあった。ドタドタと足音を響かせて、筋骨隆々とした大工風の中年男性が階段を降りてくる。あまり機嫌がいい顔ではない。


「なんだなんだ」

「すいません店長、うちが人身売買やってるって、変なこと言ってくるしつこい子供が居るんですけど」

「そんなもの自分でつまみ出せよ。ああもう、ハイハイ!」


 店長とやらはコルトの顔すら見ずに肩を掴むと、店の外へ向かって押し出す。踏ん張ってもだめだ、見た目通りに力が強い。せめて口だけは、と、店長に対して何度も問い詰めの言葉を投げたが、それも無駄だった。


「悪ふざけも度が過ぎたら営業妨害だ。治安局を呼ぶぞ」

「だから、ふざけてなんかないって!」

「だったらそれこそ治安局に訴えたらいいじゃないか。ほーら、出てった出てった」


 入口に集っていた民衆をも押しのけると、店長はコルトを肩ですくい上げて外に放り出した。その場で腕を組み入口に立ち塞がり、尻餅をついているコルトを睨みつけている。


 まったく取り付く島は無い。ついでに野次馬たちも追い払われて、いよいよ味方につけるものが居なくなった。しかたない、とコルトは渋々退散し、商店通りを西へと向かった。店から見えない距離になるまでずっと、仁王立ちの店長から睨みがきかされていた。




 落ちていく陽の中、コルトは時計塔広場のベンチに座っていた。背中側にはレンガ積みの小さな花壇があり、黄色や桃色の明るい色の花が咲き誇っているが、振り返って愛でようという気持ちは湧いてこない。そもそも周りの風景が見えていないから。


 言うなれば、一人作戦会議である。足を休めたとて諦めていない、じっと考え込んでいる。


 ラスバーナ商会が直営する店は他にもたくさんある。片っ端から訪ね回ってもいい。でも、きっと徒労に終わるだろう。事実、商店通りの例の店を追い出された後で広場に面した店にも突入してみたが、やはりけんもほろろな応対をされ、早々に警備員によってつまみだされた。都市内のどこへ入っても似たようなものに違いない。


 また、ラスバーナ商会のよからぬ噂をはやしたてる迷惑な子供が居るとの情報は、もう商会のすべての店で共有され、警戒をされているかもしれない。その場合、無策に騒ぎを起こして回るのはまずい、向こうにしたって我慢が効く容量には限度があるだろうから。都市一番の有力者が本気で怒ったらどんな目に遭うか、すでに経験済みだ。ラフィスの居場所もわからない今はまだ、余裕なく逃げ回るだけの事態は避けたい。


 ただ手詰まり感はどうしても拭えない。一番の原因は、手がかりとしていた「商会の跡取り」という情報が揺らいでしまったせいだ。コルトはごく当たり前に会長の子供のことだと思っていたが、そうとは限らないと言われてしまった。仮に会長の子供であったとしても、三人も居るわけである。ジャスパの発言だけでは三人のうち誰かは決められない。どんなに優秀な猟犬だとしても、複数のターゲットから絞り込めなければ、追い詰めることは困難だ。


 敵の正体をたどる糸口があるとすれば、一つだけ心当たりが。エグロンでご機嫌なジャスパと一緒に居た――パンを投げ渡された時の――あの仮面の男だ。色々のタイミングからするに、あの男がラフィスを買った張本人なのではないか、そんな風に思える。仮面だから顔はわからないが、逆にそれが印象的で姿全体は記憶している。金茶の髪色で堂々とした背筋、富裕層の風格がある整った衣装だった。きっと再会すればそれとわかるはず。


 だから次に狙うべきは、どうにかして商会の三人の嫡子と会い、姿かたちだけでも確認をすることで――。


「よっ。調子はどうよ?」


 かけられた声にハッとして、コルトは左の後方をかえりみた。レンガの花壇の縁に腰かけて、今朝まで世話になった異能者ギルド「虹色の太陽プリズマティック・サン」の女が居た。昨日コルトを治安局に連れて行ってくれた彼女である。


 彼女は左手に持っていた皿を差し出してきた。こんがりと炙ったスティック状の燻製肉をレタスで巻いた料理が乗っている。すぐ近くの食堂で売っているもののようだ、広場に張り出した席で酒を飲みながら同じ物をつまんでいる人たちが居る。


 ぼーっとしていると、急かすようにもう一度皿が突き出される。一本取って食べろ、ということらしい。コルトは小声で「いただきます」と言ってから、レタス巻を口にした。空腹感はほとんど自覚していなかったが、実際はきちんと減っていたようで、自分でも驚くくらいあっという間に平らげた。


 コルトの食べっぷりを見つつ、女は別で持っていたコップの酒をあおる。そしてコルトの口の動きが止まったところで声をかけた。


「で。その様子だと、どうしようもなくなったみたいね」

「そんなことない。ちゃんと手がかりはあったよ。……そうだ!」


 コルトはベンチの背もたれに両手をかけ、体ごと女へ向きなおった。


「ラスバーナ商会の『跡取り』って言ったら誰のこと? その人はどこに住んでいるの?」

「なによ急に」

「ラフィスを連れ去ったのはラスバーナ商会なんだ」

「は!? ちょっ……嘘……」

「嘘じゃない。ラフィスを商会の跡取りに売ったって、その、僕たちのことを乗せて来てくれた人が」

「いやいやいやいや」


 女は血相を変えて身を引いた。実際に離れた距離は一歩にも満たないが、精神的にはもっと遠ざかったとコルトは感じた。


 白い顔をした女はやたらと周りを気にしている。徐々に夜に飲まれていく広場はすっかり通行人が少なくなっており、意図をもって立ち聞きしようものなら探さずとも目立つのに。もちろん花壇の周りに他の人は居ない。ラスバーナ商会の店からも死角にあたる。それでも彼女は執拗に周囲の様子をうかがった。


 そしてようやくコルトに話しかけて来ても、音量がかなり下げてあった。


「この馬鹿、ばかバカ! 命知らず! めったなこと言うんじゃないよ。この町じゃ、ラスバーナが大正義なんだから」

「人さらいをするなんて、そんなの正義なんかじゃない」

「だから問題なんだっつーの、このわからずや!」


 女はコルトの頭の代わりに、自分の足を強くはたいた。


 ――わからずやなんかじゃないよ。


 コルトは心の中で反論した。そう、わかっているのだ。権力者の闇を暴けば社会にただならぬ衝撃が走る。一般民衆は不安を覚えるし、やられた方は焦り怒り、権力を失わないために元凶の口封じへと動くだろう。オムレードの時と同じ構図だ。


 しかし、社会のためならラフィスがどうなってもいいのか、そんなはずないとコルトは思う。悪いことをしている奴らが居て、大事な親友が悪いことの被害にあっている、それが明らかなのに黙って見逃すなんて許されるものか。


 口を堅く結んだコルトの目には、強い意志の光が灯っている。それを見て取った女は頭を抱え、はあ、と深いため息を吐いた。


「やだやだ。もうあんたとは関わらない、巻き添えはゴメンよ。悪いけど、今度から見かけても声かけないで」

「いいよ。最初からあてにしてないから」


 そっけなく言うと、女はまた重苦しくため息をはいた。そして食器を持って立ち上がり、コルトに愛想をつかした雰囲気を露わにしながら足早に去っていた。


 ただコルトは、彼女が去り際に小さな声で呟いたのを聞き逃さなかった。


「高台の上、一番奥。行けばわかる」


 それが最初の質問に対する答えなのだと理解するのに、少しだけ時間がかかった。ハッと気づいた時には、女の背中は食堂の中に消えて見えなくなっていた。おそらく皿を返しに行っただけ、追いかければ会えるだろうが、それは向こうの要求に反することだ。


 ――ありがとうございます。


 コルトは心の中で丁寧にお礼を述べたのだった。


 今からは夜の闇が深くなっていく一方だ。いくら街灯があるとはいえ、一度も踏み入れたことが無いエリアを暗い中で探索するのは非効率だしリスクも大きい。はやる心を抑え、ラスバーナ家の邸宅を訪ねるのは明日に決めた。


 夜はこのベンチで寝て越すことになる。宿を取る金は無いし、無償で頼れそうなよすがは今しがた失ったばかりだ。とはいえ盗られて困る物なんて、強いて言うなら命くらいのものだから、人里離れた野山で野宿するよりずっと気楽である。仮に誰かに命を狙われていたとしても、こんな開けっぴろげで、しかも誰かしらの人目がある場所で襲ってくるとは考えがたい。治安局の巡察も時折歩いて行くのだし。


 コルトはベンチの上で仰向けになった。町の灯りに負けて星は見えず、ただの真っ黒な穴に等しいつまらない空が目に映った。


 念のため腰に帯びたマチェットを外して胸に置き、その上に手を重ね、コルトは目を閉じて長い一日を終えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ