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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第三章 悪党の町と記憶見の魔女
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記憶見の魔女 2

 あまりにも沈痛な面持ちで居たものだから、コルトはオブシディアに笑われた。馬鹿にしたり冷ややかだったりというわけではなく、どことなく嬉しそうであった。


「うつる病気じゃないって言ってんだ。それなのに見てくれで勝手に怖がって、勝手に嫌って。なまじ実物を見たことがないせいで、尾ひれ背びれのついた噂を信じて広める輩も多い。あれは死病をまき散らす疫病神だ、とかね。そういうわけで、『魔女』とは別の意味で避けられているわけだ」

「ひどい……」

「ううん。べつに疫病神でもいいよ、似たようなものだし。特に、お姉にとってはね」


 割り込んできた声は、マスクに覆われてくぐもっているものの、しかと力を感じるものだった。見れば、奥の部屋への入り口にシトリンが立っていた。出で立ちはさっきとほぼ同じ、黒いローブの裾を引きずる量が少し減ったくらいしか差がない。無表情な仮面も相変わらずだが、コルトはもう気味が悪いとは思わなかった。


 シトリンはそろそろとオブシディアのもとへ歩いてくる。一方、コルトは弾かれたように立ち上がった。


「ごめんなさい。その仮面、取らないのかって言っちゃって」

「しょうがないよ。知らなかったんだし、言わなかったんだし。それに、気にしてないし」

「気にしてない? ほんとに?」

「うん、だって……」


 シトリンは急に照れくさそうに目線を少し下げた。手を後ろ手に組んで、慌てたようにオブシディアへ向きなおる。


「そんなことよりもさ、お姉だよ」


 ぴしん、と効果音が鳴りそうな大げさなふるまいで、シトリンはオブシディアを睨みつけた。


「ひとのことは全部ペラペラしゃべるくせにさ、自分のことは秘密にしたままなんて、ズルイよね」


 確かに、ずっとシトリンの話ばかりだ。いまだに正式な紹介すらも受けていない。指摘されたオブシディアは、大人の余裕を漂わせてロッキングチェアにどっかりと座ったまま、きゅっと肩をすくめて見せた。


 シトリンはそれをびしっと指差して、コルトの方へ顔を向けた。


「この人がね、本物の『記憶見の魔女』だよ。でも、魔法を使うたただしい魔女じゃあない」

「魔女じゃない!?」

「そう。魔女じゃなくて、そのへんに居る異能使い(アビリスタ)のひとりだよ。でも記憶は見られるから、安心してね」


 落胆の色を示すコルトを見て、すぐにシトリンがフォローを入れた。


 また、オブシディアからもむっとした声で訂正が入る。


「そのへんの、ってひとくくりにされるのは違うね。知識としてだけど、あたしは少しだけ西方魔法をかじっている。呪文を実践したことはないけれどね。……なんなら、今から試しうちしてみるかい? 純粋な魔女に会えない代わりにね」


 コルトはすぐさま首を横に振った。ラフィスの雷魔法が怖くないのは、彼女が完全にコントロールしているとわかっているからだ。そうでない魔法には気を許せるはずもない、大爆発でも起きたら大変だ。


 しかし、本物の魔女ではないと。もちろんラフィスの記憶を示してもらえるのなら、実態が魔法使いだろうが異能使いだろうがどちらでもよいのだが、じゃあ、どうして「魔女」なんて呼ばれているのかは気になるところである。コルトは渋い顔で、いかにも魔女の家だと感じた室内を再び見渡した。真実を知ってみても、感想は初見と変わらない。これもまた嘘やハッタリの類なのだろうか。


 訝しんでいた矢先、オブシディアの方から観念したように簡単に経歴を話してくれた。


 それによると彼女は元々は統一政府の中枢――エグロンから遥か北、海に浮かぶ無数の島々の一つにある――にて、異能犯罪を取り締まる部局に勤めていたそうだ。以前は政府も、有能かつ忠誠深い者であれば、アビリスタでも役人として重用する風潮であったのだ。が、二十数年前から、異能はすべからく弾圧するべしと、現在の方針に一転した。オブシディアも身の危険を感じ、政府中枢から逃げ出したのである。


「追われたりはしなかったんですか。殺されそうになったり」

「そうならないように、死んだってことにして来たさ。仕事の一環で悪い奴らの争いに巻き込まれることがあったわけだから、そこで、ってね。さすがに死人までは追ってこないよ」

「……その手があったかあ」

「子供が真似する手じゃないよ。何があったかは知らんがね」


 一計を案じて無事に政府を離れたオブシディアが、最終的に身一つで流れ着いたのが、ここエグロンだった。悪党には政府の内部情報、特に異能の取締りに関する情報はあればあるほど欲しいもの。オブシディアはそこに付け入って、自分の知る限りの情報を有力者へ売ることで、エグロン内で一定の地位を手に入れた。


 その後は生まれ持った記憶見の力と、過去の仕事の中で仕入れた西方魔法の知識とを売り物とし食いつないで来た。特に後者がエグロン住民の琴線に触れたのだろう、いつの間にか「記憶見の魔女」とあだなされていた。敬意半分、エグロンでも物珍しい出自で浮いていた、そういう意味での蔑称であるかもしれない。


「若い連中は、魔女って生き物は空想の化け物みたいな存在だと思っている節がある。実際は異能とたいして変わらないんだが……ま、本物に会ったことがないからしかたないだろうけど」

「オブシディアさんはあるんですか? 魔法を使う魔女に」

「まあね。元々の仕事柄、半端者だったけど」


 ううむとコルトは唸った。自分よりずっと経験深く、また機会にも恵まれる立場であったオブシディアでさえ、まともな魔法使いに会った事が無いとは。やはりラフィスに出会えたのは奇跡のようなものだ。一緒に居られる時間を大切にしなければ、改めて感じた。


 さて、とオブシディアが笑んだ。隣に居るシトリンも、意味ありげにコルトの方を見ている。


「次はそっちの番だ。こっちは情報を差し出したよ」


 これは取引だ。大人でなくとも察した。ただし情報をそのものを買うというよりは、お互いが情報を通貨にして信頼を買うようなものだ。


 ならば、とコルトは話そうとした。しかし寸前に、オブシディアが待ったと手を挙げた。いわく、長々とした自己紹介は要らないと。目的と動機を端的に、仕事をするのにふさわしいかを見極められればそれでよい、と。


 なんのために恐れを捨てて悪党の町へやって来たのか。コルトは自分の中できちんと整理して、一呼吸置いてから話し始めた。不思議と落ち着いた口調であった。


「ラフィスの記憶を見たいんだ。ラフィスには、会わなきゃいけない人が居る。だけど話もできないから、探そうにも手がかりがなくって。それこそ情報が欲しいんです。ラフィスの過去について」

「あくまでもその子のためだと」

「はい。僕自身のことはどうでもいい」


 オブシディアは少し上体を曲げて前屈みになり、ももで立て肘をすると、両の指先を組んで、その上に顎を乗せ不敵に笑んだ。キィとロッキングチェアがきしむ。


「人の記憶を覗く意味をわかっているかい?」

「意味、ですか」

「記憶を覗くということは、その人の人生を共有するということ。見せたくないものも、言いたくないことも、本人が忘れているようなことすら、あたしは全てをあらわにする。それを受け止める覚悟はあるのか」


 人一人分の半生を共有する、単純な重さはもちろんのこと、問題はそれだけではない。知られたくない秘密を知ってしまえば、もちろん相手に嫌われる可能性が高い。あるいは、思い出させたくないことを思い出せて、ラフィスをひどく傷つけるかもしれない。


 コルトの側だって同じだ、今までと同じ関係で居るといくら口で強く言っても、知った後で本当にその通りに実行できるかはわからない。知ってしまったという事実は消えないのだから。現に、目の前の二人が自分の正体を話した前後で見方が少し変わった、魔女じゃないのかと唖然としたばかりではないか。


 沈黙が肌をピリピリとさせる。コルトの回答が待たれている。


 コルトはラフィスを見た。彼女も普通でない空気を感じ、胸に手をやり不安げな色を見せている。だが、それだけだ。まっすぐにかち合う視線は、まぎれもなく信頼に染まっている。任せておけば悪いようにはならないだろう、と。


 記憶を覗きこむ行為が、この信頼をめちゃめちゃに壊すかもしれない。足をすくめるには十分な脅し文句だ。だが――それでも、いい。何も知らないまま、表面だけの繋がりで居るよりもずっと。


「知りたいことがあるなら、自分でつかみに行かないとダメなんでしょ。じゃあ、僕は覚悟するよ。ラフィスの過去になにがあっても、僕はラフィスのことを信じる。だけど」

「なんだい」

「ラフィスがどうしても嫌がったら。記憶を見られていることに気づいて嫌がったら、その時は止める。痛がったり、苦しそうだったりしても止める。それがいい」


 オブシディアはフンと鼻を鳴らした。口角が少し持ちあがっていて、わかったよ、と。


「なら、後は対価の相談だが」

「う……」

「もちろん子供だろうがなんだろうが、同じだ。タダじゃない。だが……」


 オブシディアは隣に居たシトリンの頭の上に手をポンと乗せた。


「今回はうちのシトリンずいぶんと世話になったようだから特別だ、代金はそれでいい」

「やった!」


 シトリンは頭をなでられながら立っている。仮面の顔だからそんなはずはないのだが、口がうっすらと笑っているような気がした。そして彼女は、


「じゃあ、わたしは奥に居るね。ごゆっくり」


 と、そそくさと退出していった。


 さて、何もわからないで居るのはラフィスだけ。コルトが目を合わせると、きょとんとして首を傾げた。


 ――ごめん、嫌かもしれないけど。でも、僕はもっと君に近づきたいから。


 謝罪は心の中で。声に出すのが、正確にはオブシディアに聞かれるのが、なんとなく気恥ずかしかったのだ。


「よし。少しだけ休んでから始めよう。……そうだね、茶の一杯くらいは出してやるけれど」


 オブシディアは立ち上がり、棚からドライハーブが詰まったポットを取りだすと、そのままコルトの目の前に置いた。そして、あそこにポットもあるから、と指示する。つまり、茶を飲みたかったら自分で用意しろと言うのだ。


 魔女と自称する者は大なり小なり人使いが荒い。コルトは噛みしめて、苦笑いをこぼした。しかしこれも対価の一環なら。特に重くもない腰を上げて、コルトは湯沸かしに立ったのだった。

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