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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第三章 悪党の町と記憶見の魔女
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夜駆けのジャスパ 3

 あるところに馬を愛する男が居た。彼が自分の本当の子供のように大事に育て、伴侶のように愛する特別な一頭がいた。力強く、素早く、優美で、男はその馬に世界最速最高の栄誉を与えるために、世界各地を共に駆け巡り、有力者の称賛を浴びて回っていた。


 しかし夢半ばにして、馬は不慮の事故により命を落とした。失意のどん底に落ちた男は、もうどこにも行かず愛馬が死んだ場所で共に一生を終えようと決めた。誰も住んでいない、寂しい荒野の真っただ中での出来事だった。


 男は半分死んだように生き続けた。そんなある日、愛馬を埋葬した跡に、一本の若木が生えていることに気がついた。その時は何も思わなかったし、興味も沸かなかった。


 だがその夜、男は夢を見た。愛馬が若木からピョンと飛び出して、生前と同じ姿であたりを駆けまわった後、若木の葉をはみ、また木の中へ吸い込まれていく、そんな夢を。目を覚ました男は愛馬の思い出に涙した。


 それから、男は来る日も来る日も同じ夢を見続けた。始めは自分の未練がなすものだと思っていたが、数日、数十日と続くと、さすがに普通でないと感じた。そして男は考えた、この夢は愛馬からのメッセージだ、木として生まれ変わったと伝えているのだ、と。


 男は太くなってきた若木を材として切り出し、木彫りの馬を作った。こうすればもっと近くに居られる、そんな思い付きだった。木彫りの馬は男の枕元に置かれた。


 夜。眠っていた男は、誰かに髪を引っ張られる感覚でハッと目を覚ました。


 すると、男の愛馬が隣に立っていた。生前と同じ優美な姿で、同じ凛々しい目をしていた。あの日途絶えた最速を目指す夢の続きを実現するため、馬は木に宿る霊として蘇って来たのだった。


 愛馬の帰還と共に男も蘇った。木彫りの馬が霊体の馬になるのは夜の間だけ、それでも十分だった。月の下、男たちは再び世界を駆け始めた。永劫に語り継がれる伝説を作るために。


「――そうして不思議な馬とあちこちを周った男だったが、やがて天寿をまっとうしてあの世へ逝った。だが、馬の方はまだ満足しなかったらしい。男がいなくなってからも、一人で走り回っていた。それから色々巡り巡って、今は俺のところで馬車馬をやっている。俺が『夜駆け』なのもそういうわけだ。わかったか?」


 コルトはぎゅっと拳を握りしめて話に聞き入っていた。さすがに涙はしなかったけど、良い話だった。幽霊になってでも一緒に居たい、共に夢を追いたい、そう思える理想的な相棒関係だったのだ。


「すごく、感動しました」

「だろぉ? こういう設定を思いついた俺って、ほんと天才だろ?」

「せっ、てい……?」

「おうよ設定さ。全部俺の創作、そういうことにして世間様には通しているのさ。異能で出した馬ですって馬鹿正直に言うより、よっぽど受けがいいからな、ハッハッハ!」


 もし立っていたならば、膝から力が抜けてガクッと倒れていただろう。途方もない脱力感にかられた。真面目に聞いて損をした、感動を返せ。


「っていうか、どうして嘘だって自分で言っちゃうんですか!? 僕、信じてたのに!」

「その筋じゃ有名だかんな。別に隠し事じゃないし、見るもんが見りゃすぐバレる。異能使い(アビリスタ)っちゃそういうもんだ。なあ嬢ちゃん、そうだろ?」


 ラフィスは困り眉で愛想笑いを浮かべていた。ちらちらとコルトを見ながら、胸の前で助けを求めるように手を泳がせている。


 思ったような返事がないどころか、ちょっと普通でない反応に、ジャスパは怪訝な顔をした。


「そういや、さっきからずっとだな。なんで喋んないんだ。それとも聞こえてねぇのか?」

「ラフィスは僕らと言葉が違うんです。音は聞こえているんですけど、会話はちょっと」

「はあ、マジかい!? そりゃまた……なんつーか……」


 ジャスパはラフィスをじっと見ながら、しばらく神妙な顔をしていた。それから、今度はコルトの方へ向きなおると少し声を潜めて言った。


「おまえ、正直言ってみ。お荷物だと思ってんじゃねぇの?」

「そんなことない! 僕はラフィスと居て楽しいって思ってるよ」

「本当かぁ?」

「本当だよ。お荷物だって思われてるのは、むしろ僕の方かも……頼りにならないし、助けられてばっかだし……僕が一緒に居ても意味ないよ……」


 ジャスパが気の毒そうに口をあんぐりさせて黙り込んだ。雨の音がザアザアとやかましく聞こえ、ドアの隙間からは冷たい隙間風も一筋吹き込んできた。


 どんよりとした空気を振り払おうと、ジャスパはやたらでっかい溜息をついて、大げさな動作であぐらを組みかえた。


「んで。結局おまえらはなんで一緒に居るのさ。っていうか、この嬢ちゃんはなんて亜人なんだい。こんな変……あー、金ピカで綺麗な女の子はー、いやあ、あちこち顔が広い俺でも初めてだわ」


 顔が広い、という言葉にコルトはハッとした。運送を生業とするジャスパなら、さぞ色々な土地、色々な人を巡ってきただろう。そうだ、旅に出て都市を渡り歩いて会いたいと願っていたのは、こういう様々な情報を持っている人だ。まさに渡りに船、ゴールへたどり着くための他とないチャンスである。


 コルトはかしこまって座り直した。協力をあおぐために本当のことを話そう。


「実は、僕もラフィスのことを全然知らないんです。突然、偶然に山の中で会いました。今度は本当の話です」

「はあぁっ!? そんなふざけた……まあ、いいわ。ほんで?」

「僕もラフィスの正体を知りたいと思っています。それで手がかりを探して、旅をしているんです。ジャスパさん、なにか関係がありそうな人知りませんか。なんでもいいです。言葉に詳しい人でも、似た姿の人でも、魔法使いでも。なんでもいいから、わかりませんか?」


 ジャスパは頭をガリガリやって、むうと唸って考えている。それもそうだ、すぐに有益な情報を出せと言われても普通は困る。ましてなんでもいいと抽象的なことを言われては。


 と、思いきや。ジャスパは案外すぐに答えを返してくれた。


「なんだ。そんなの、エグロンの『魔女』に頼めば、全部一発で解決しそうだぜ」

「魔女!?」

「『記憶見(きおくみ)の魔女』って呼ばれてる女だ。その名の通り、人の記憶を鏡に映す力を持っている」

「記憶を! じゃあ、ラフィスの過去が……」

「ああ。見えるだろうよ。そうすりゃ、嬢ちゃんの正体も丸わかりだ」


 コルトの表情がここ最近で一番輝いた。自然に頬を緩めながら、ラフィスのことを見てしまう。記憶が知れれば、ついに彼女のことがちゃんと理解できるようになる。どこで何をしていたのかはもちろん、なんのために現代へ来たのかも、あの神殿で出会った男のことも、あるいは使徒エスドアのことも、全部が。


 次の目的地が明確になった。エグロンと言う土地だ。コルトにとってはまったく馴染みが無い地名で、どこにあるのかもわからないが、とにかくそこへ行こう。


 エグロンについては、ジャスパに聞けば詳しく教えてくれた。現在地から北の方角に位置する、街道からは外れた丘陵地帯のまっただ中にあたる、政府の目も届かない土地であると。


「でっかい地下遺跡があってな、その中が町になっている。通称『悪党の町』だ」


 ひゃっとコルトは息を呑んだ。熱くなっていた血が瞬時に凍った心地だ。


「ああああ、悪党の!? 悪い人が集まってるってこと!? そんなとこ行って大丈夫……」

「今のおまえのツラなら馴染む馴染む。いいとこスラムのガキだって、さっきも言っただろうが」

「でも、危な……いや、うん。行かなきゃいけないんですよね」

「『魔女』に会いたきゃそうだわなー」


 正直、怖い。表向きは普通の都市であるオムレードですら散々な目にあったのに、今度は堂々と悪党が集まる町と呼ばれる場所だなんて、なにが起こってもおかしくないではないか。しかし、元より魔法使いを探していたのは事実であり、そういう力を持った人物が普通の町に居るはずないと薄々思っていたのも事実。つまり、望みのものを手に入れるなら、いつかは必ず通ることになった試練、それが今やってきたのだ。コルトはそう受け取った。


 少しの間の後、コルトは唾を飲みこんだ。


「僕、行きます。悪党の町」

「そうかい。頑張れよー。まだ結構遠いからなー」


 うん、とコルトは強い意志を宿した目で頷いた。なにがなんでもたどり着いてみせる。


 ところで。


「ジャスパさんは、これからどちらへ行くんですか」

「次は北の方面だぜ。街道近くの村へ一個届けもんがあってな。まあ、すぐに終わる用事だ。その後は、まだ決まってなくてよ、お得意様んとこで御用聞きでもすっかなー」


 しめた聞いてみるものだ、とコルトは思った。それならば、と、ここからは平身低頭お願いをする。


「ジャスパさん。ついでに僕たちのこと乗せていってくれませんか? エグロンの近くまで、迷惑にならない範囲でいいですから。どうかお願いします」


 聞いたジャスパは、ニヤァと口角をあげた。どことなく、コルトが言い出すのを待ち構えていた雰囲気が漂っていた。


「別に俺は荷物を選ばずなんでも運ぶぜぃ? 生きた人間だろうが死体だろうが、神の聖典でも悪魔の劇薬でも、一回でも荷台に乗ったなら全部俺の運び荷よ。んで、一回引き受けたら、どこへでもきちんと届けるのが俺のポリシーさ」


 へっ、とキザに笑った。名乗りの時と同様、かっこつけた顔を作っている。今度は本当にかっこよく見えた。いや神様か聖人の類だ。こんな優しい人が世の中に居るなんて。


「ありがとうございます、よろしくお願いします」

「出るのは次の夜だかんな。今日はもう無理だし、昼は俺の活動時間じゃねぇ。わかったな?」

「はい大丈夫です。一日待ってでも乗せていってもらったほうが、歩いていくよりずっと早いし、楽だし」


 それまではゆっくり休んで居ればいいだけ。朝までに雨が上がれば、すぐ近くの林で色々採集をしたり、ちょっと顔を洗って身なりを整えたりすることもできる。ひたすら生き延び前に進むことばかり考えていた最近の状況を鑑みると、天と地ほどの差がある。


 ――神様、嵐を呼んでくれてありがとう。


 今なおけたたましく鳴り続ける雷雨に、コルトは過去最大級の感謝の念を捧げたのだった。


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