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女王の器 3

 コルトはイネスにばれないよう、そっと地面に這いつくばった。目標としているのは、前方に落ちている一振りの長剣。カラクリの影から出なくとも、目一杯手を伸ばせばギリギリ届くところにあった。しっかりとつかみ、音を立てないように引き寄せる。


 生まれて十二年、今までにこんな剣を持ったことなんてない。森の中で拾った太い枝を剣に見立て、騎士ごっこをしたことがあるくらいだ。だからコルトは少し緊張しながら銀の剣を両手で握ってみた。


 いける、と感じた。エルツ銀は軽くて丈夫だという話だったが、確かにその通りで、普段持ち歩いている鉄のマチェットと同じくらいの力加減で扱える。見た目では剣の方がずっと大きいのに、だ。これなら素人でも木刀感覚で振り回せる。


 急に動き出したコルトを、ラフィスがはっとした面持ちで見ていた。剣を、武器を手にしたということが何を意味するか、察しがつくだろう。


 ――最後はラフィスが頼りだから……お願いだよ。


 思いを込めてコルトは頷いて見せた。するとラフィスも凛とした顔で頷く。無事に意図が伝わっているだろうか、確認する術はない。やるしかないのである。


 さて、どうするかだが。このまま飛び出して行っても、姿が見えた時点で風にぶっ飛ばされるのが目に見えている。だから逆に向こうからこちらへ近づいてくる状況に持っていきたい。今なら必ずそれが可能だ。イネスは怒りに我を忘れている。もうひと押し女王のプライドを逆なでし、挑発すれば、腹心に宥めれれることで保っている最後の歯止めも効かなくなるだろう。


 コルトは大きく息を吸いこみ、わざとらしく大人をからかう声を作って騒ぎ立てる。


「おまえが女王なんて……そんなの、ウッソだあ! 女王のくせに、ちっちゃいことばっかり気にしてさ! 器ちっちゃ、心せっま!」

「なんだと!? 黙らぬか!」

「嫌だ、何回だって言ってやる! おまえは女王なんかじゃない! 女王さまごっこをして偉そうに威張ってるだけだ! 偉そうなのは態度だけで、本当は全然弱いし頭もよくないんだろ?」

「黙らぬか、無礼ものが! 万死に値するぞ!」

「じゃあやっつけに来いよ! 女王なんだろ? ただの人間の子供が怖いのかよ、やーいやーい! 弱虫ぃ!」


 器が大きい人ならば、所詮は子供がひねり出した悪口だ、とせせら笑って受け流すような内容である。が、今のイネスにそんな心のゆとりはない。もっとも、平常の心理状態でも涼しく流せたかどうかはわからないが。それができる大器の持ち主であれば、そもそも嫉妬で人を陥れようとしない。コルトのはやし立てた内容は、ある意味図星なのである。


「黙れ! わたくしを侮辱したこと、死んでも後悔させてやる……!」


 イネスが動いた。早足でカラクリの方へ向かってくる。突貫する主人の護衛のため、ウルフェンも付き従う。二人ともコルトの居る側へ回り込んでくる。


 コルトは生唾を飲みこんでから、敵を迎え撃つために飛び出した。もちろん剣は汗滲む手でしっかり握りしめている。失敗したら殺される、この極限の状況下で自分を奮い立たせるべく、雄たけびをあげながら長剣を振り上げた。


 まさか武器を掲げて出てくるとはイネスも思っていなかったようで、憤怒に突き動かされる足が驚きの念でわずかに止まった。目標を見定めて突風を起こそうと扇を構えるも、今の間が命取り。長剣を振り下ろせば切っ先が届く至近距離まで、コルトがわき目も振らず突っ込んできた。


「女王!」


 ウルフェンが主を守るべく、地面を強く蹴って二人の間に割り入って来た。少し身を屈め、両手の半月刀で攻守を同時にこなす構えだ。右手で受け、左手で斬る。鋭い目で、完全に獲物に食らいつく瞬間を狙っている。


 三者の足音が交錯する最中、第四の人物も遅れずに動いた。


 コルトと逆側から飛び出したラフィスは、ほぼ一塊になっている三人の背後に回った。そして正面を貫く直線的な電撃を放った。紫電がターゲットのもとへ到達するのは、コルトが剣を振り下ろすより速かった。


 ラフィスの足音に反応したイネスは、振り返りざまに雷に打たれた。ガアッと獣のような悲鳴をあげて、全身を引きつらせる。右手の義指を始め体に埋め込んだ宝石が、身に付けたアクセサリーの輝石が、一斉に砕け散った。


 女王を喰らった雷光は、そのままウルフェンにも襲い掛かった。背後から思い切り殴られたように大きくのけ反って、そのままあっけなく床に倒れ伏した。


 二人を貫いてもなお、電撃は衰えることなかった。進む先に居るのはコルトである。もうラフィスの手に稲光が見えた時からコルトは結末を想像し、剣を握りしめたままでギュッと目を閉じ縮み上がっていた。


 しかし、思っていたような悲劇は訪れなかった。


 ずっと直線に進んでいた電撃は、ウルフェンに当たるか当たらないかのところで突如として軌道を曲げていた。その向かう先は上方、コルトが掲げる剣の刀身である。避雷針の要領だ。そして電撃は剣にあたると、銀に吸い込まれるようにして消えた。


 どれだけ待っても痛くも痒くもない。それでコルトは恐る恐る目を開けた。剣が頭の上でバチンバチンと不審な音を鳴らしている。なにかと見れば、銀の刃が電気を帯び、時々極小の雷を走らせている音であった。


「……エルツ銀は魔力を蓄える、から?」


 鍛冶の青年が言っていたことを思い出す。どうしてそうなるのかはわからないが不思議な剣だ。エルツ銀があれば、と職人たちが熱っぽく語っていたのも実感できる。


 こうして亜人の遺産に助けられたのは、コルトにとってはたまたまの幸運だった。だが、ラフィスはきちんと理解して、こうなることを狙ったのだろう。剣の現状にも特に関心がある素振りを見せないし、ああ追い詰められた状況とはいえ、ずっと一緒に居た友人を巻き添えにすることはしないだろう。


 では、直撃をもらった二人はどうなったかというと、床に転がったままピクリとも動かない。


「死んじゃった……?」


 最初はそう思った。落雷を受けたら普通助からないから。しかし、すぐに二人とも呼吸をしていることに気づいた。とりあえず死にはしなかったようだ。一般的に異能者は普通の人間に比べて体が頑丈で、生命力が強い傾向がある。それに加え、ラフィスの発する雷自体、自然に空から降ってくるそれとは少し性質が違うのだろう。もしかしたら、威力の程度まで調節して撃っているかもしれない。


 相当痛かっただろうし、しばらく起きることもないだろう。だが、命があったならそれで良し。そもそも先に死ねだの殺すだの言って来たのは向こうで、やらなきゃやられていたのだ、これくらい抵抗したっていいだろう。コルトの中に罪悪感はほとんどなく、ただ安堵感が優占する。


「ラフィス……やったよ……もう安心だ。勝ったんだ、僕たち……」


 さすがに笑ってはしゃいでの大喜びまでする気にはなれなかったものの、勝利の気分を分かち合うため、ラフィスを促して片腕を挙げさせると、そこに自分の手をパァンと打ち付けハイタッチをした。



 追手を倒したとはいえ、いつまでも小部屋でのんびりしているわけにもいかない。まだ地下通路の出口までどれだけかかるのかわからないのだ、気力が持つうちに先へ先へと行かなければ。それに、イネスがちっとも戻ってこないとなれば、ギルドの人々が探しに来るだろう。次にピンチになったら、同じように切り抜けられるかはわからない。


 さあ、行こう。そう心を引き締めた後、コルトがまずしたことは、手にしていたエルツ銀の剣をカラクリのもとに立てかけることだった。少し惜しい気もするが、これはここに置いていく。他の物にも手を出さない。鍛冶の町、城郭都市オムレードに執着した四つ手の亜人の魂がこもっている物だ、町の外に持ち出してはいけない気がした。


 イネスたちが目覚めて、あるいは後から来た人たちがこの部屋を見つけて、その後カラクリやエルツ銀をどうするだろうか。それは知ったこっちゃない。オムレードの財産であるのだから、オムレードの人たちの間で解決すればいいことだし、そうすべきだ。元のように眠らせるならそれでいいし、陽の下に引っ張り出すなら、それはそれで亜人の魂を継ぐ鍛冶師たちのもとに伝わるからいいことだ。とにかく都市の人たちの中でやってくれればそれでいい、もう変に巻き込まれて嫌な目にあいたくない、コルトはその一心だった。


 ラフィスもまた、数々の銀細工には目もくれなかった。しかし小部屋のすみずみまで歩き回り、とある物を拾い集めている。なにかといえば、イネスの起こした風がばらばらにした亜人の遺骨である。


 ラフィスは大切に集めた骨を、カラクリのたもと、元々骸があった付近に足から胸、腕、そして頭を重ねてそっと置く。その後、目を閉じ、静かに言葉を紡ぎ始めた。祈りの言葉だ。雷を呼ぶ魔法の呪文ではなく、死者を悼む祈りだ。


 コルトもラフィスの横にしゃがみこむと、目を閉じ、死者を弔う祈りの言葉を捧げた。――安らかに眠れ、そして、さようなら。


 銀のきらめきに囲まれた旅立ちの儀式を邪魔するものはなにもなく、静かに、平穏に時は進んでいった。

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