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女王の器 2

 ウルフェンが部屋に入ったところで急停止した。ギョッとした顔で小部屋を見回している。地下に隠されていた亜人の遺産に対し、彼も人並みに驚いたのだ。


「これは……」

「おどき!」


 イネスがウルフェンを押しのけて飛び込んでくる。右手には開いた鉄扇を持っている。そしてターゲットを見つけるなり、イネスは扇を大きく振りかぶった。同時に宝石でできた赤色の小指が怪しい光を放ち始める。


 嫌な予感がして、コルトはとっさにカラクリの影に隠れた。時を同じくしてラフィスも飛び込んできた。


 イネスが扇を振り下ろすと、あらゆるものを吹き飛ばす強い風が起こった。同時に扇の根元から炎が噴出し、風と共に部屋を吹き抜けた。壁沿いに置いてあった色々がガンガラガンとけたたましくなぎ倒され、亜人の骸も無残に飛び散らされた。さすがに大きなカラクリは無事であったが、その影に居ても火の熱は汗にじむほどに感じられた。直に受けていたら、ただでは済まなかっただろう。


 熱風が去り、小部屋にはイネスの荒い息遣いが響いていた。すぐに次の波がくるわけでなかった。


 その隙間で、コルトは両手をあげつつカラクリの影から半身乗り出した。そして女王に誠心誠意叫び、伝える。


「ここにある物を盗るつもりはありません! 僕たちは町から出て行きます。もう二度とオムレードには来ない。約束します、だから――」

「だから命は助けろと? お黙り。おまえたちは女王たるわたくしを怒らせた、それだけで万死に値する!」


 声色だけでも敵愾心をひしひしと感じる有様の上、イネスは再び扇を振ろうとする。だからコルトは慌てて体を引っ込めた。直後、今度は氷の破片が無数に混じった風がカラクリの脇を突き抜けた。女王の言葉に嘘はない、本当に殺そうとしている!


 この状況をどう打開すればよいのか。必死で頭を巡らせているのはコルトだけではないようだ。ラフィスも唇を噛み、真面目な顔で宙を見つめている。ラフィスが電撃で直にイネスを狙うには、カラクリの影から出なければならない。そうすると恐ろしい風が飛んでくる。早撃ち勝負では、既に狙いが定まっている向こうの勝ちだ。


 おまけに武芸者のウルフェンが出口を塞いでいる。両手に異能で創り出した半月刀を持ち、臨戦態勢で待ち構えている。だからイネスの隙をついて逃げ出すこともできないし、当たって砕けろ精神で突貫しても、コルトが事実上戦力にならないがため、とてつもなく不利だ。


 一つ糸口があるとすれば、イネスが荒々しい言葉とは裏腹に一定の距離を保ったままにしている点だ。あの線が細い身で近接戦が得意ということもない上、近づけばラフィスの反撃を喰らうとでも考えているのだろう。間の距離が短くなるほど電光の槍をかわすことは難しくなるし、イネスが風を起こすには扇を振る必要があるから、その溜めの一瞬だけ遅れをとるわけだ。


 イネスの弱点は近距離で、風を起こされる前にイネスとの距離を縮められれば勝機に繋がる。今コルトが打つべき手は、どうにか異能者二人に隙をつくらせる時間稼ぎをすること。できるようなら自分が女王の扇を奪いに走ってもいいし、ラフィスが行動を起こすのを当てにしてもいい。ラフィスはちゃんと自分で状況を判断し、道を切り開くだけの力を持っているから――大丈夫だ、信じられる。


 コルトはカラクリの影で身を縮めたまま、声だけを張り上げ女王に問いかけた。


「ひとつ教えてください。なんで僕たちをそんなに恨むんですか。最初はそんなんじゃなかったのに!」


 どうせ冷笑で返されるだけ、どうせ居丈高に「おまえたちが罪人だからだ」とでも返されるだけ、わかりきったことをあえて尋ねて時間稼ぎする、つもりだった。


 だが何気ない自分の発言に、コルトは自分で違和感を覚えた。


「そうだよ、最初は僕たちだって、女王さまと仲よくしたかったんだ。本気でギルドに入ろうと思ってたし、そのためならなんでもするって言った。なのに、どうして最初から僕たちのことを狙って監視させたんですか。なんで、どうして僕たちのことをそんなに嫌ったんですか。理由を教えてください!」


 降ってわいた考えをまとめつつ、早口でまくし立てた。


 そう、イネスが鬼の首を取ったように騒ぎ立てているアビラを使って云々とか、故郷の村でどうこうとかの話は、全部後から付いてきたこと。しかも偶然鍛冶職人と出会ったとか、たまたまタイミングよく教会から相談されたとかで、ことの次第ではどちらも起こり得なかったこと。そんなことが無い段階、出会った直後から、イネスはコルトとラフィスのことを監視していたのである。


 他所者の亜人を町に居させたくないというだけなら、わざわざ人や手間を使って四六時中見張っていなくてもよかった。なぜならば、オムレード社会のシステム自体が、ギルド外の異能者を排除するようにできているから。適当な理由をつけて、政府の出した滞在許可を撤回させることだってできただろう。だから、最初から確実に潰す目的で、悪意を持ってギルド員に監視をさせていたのではないか。そうとしか考えられない。


 コルトはもう一度、ギルドでイネスと話した時のことを振り返る。が、いきなり嫌われる理由には心当たりがなかった。あの時点で致命的なやらかしがあったわけでもない。そりゃ、ちょっと甘い考えで訪問したから、良くは思われなかっただろうけど。


「どうして!?」

「理由だと? そんなもの、決まっておろうが」

「そんな風に言われたって、わかんないよ!」


 イネスは心底不愉快そうに鼻で笑った。


「美しい物はすべてわたくしの物だ。輝石を身にまとう女王は、この世にわたくし一人でよいのだ」

「……は?」

「その小娘だ! その目だ! その体だ! そいつは一体何なのだ! なぜその目で物が見える、なぜその体で動ける。それが生まれ持ってきたものだと? ふざけるな! こんなふざけた種族が居て良い物か!」


 女王は怒りに任せて背後にあった壁を鉄扇で殴った。ドゴォと土がえぐられ、こぼれ落ちる音が響く。そんな怒りの発奮を、コルトはカラクリの影に身を寄せたまま聞き、絶句していた。


 輝石の女王とは、無数の宝石を身にまとうイネスの姿になぞらえた二つ名である。宝飾品としてはもちろんのこと、宝石を体に直接埋め込んでいる。最たる例は右手の指先。中指と薬指が青色、小指が赤色の宝石でできている。これらは薄ぼんやりと光を放っていて、あたかも女王が宝石に愛された特別な存在であるかのように演出している。


 だが、実際はただの義指だ。魔力を保持した特殊な石を削り、本物の指そっくりにつくった造り物なのである。光を湛えているのも石自体の特質で、イネスが特別だから光っているわけではない。神経や感覚が通っていることもなく、関節を曲げたり触れた物の温度を感じたりすることもできない。魔力があっても石は石、無機物は無機物だ。


 一方のラフィスはどうだ。腕も足も目に鮮やかな金でできている。単純な義肢というわけでなく、いくつものパーツを組み合わせたカラクリ構造になっていて、そのおかげか、それとも他の神秘の力が働いているのか、とにかく本物の手足と変わらないくらい自然かつ自在に動く。


 そして目。光を帯びたオレンジ色の宝石でできた左目だ。これも単に魔力のこもった石を義眼にしているわけではない。中に灯った光が右の黒目と同じように動いて見ている物を追うし、しっかりと感情を示す。本物の目として問題なく機能していることは、ラフィスの様子を観察していればすぐにわかること。


 近くに並べば、目の前に立てば、どうしても比べてしまう。そしてイネスのプライドは大きく傷ついた。ラフィスが自分より優れていると感じたから。輝石に愛されて生まれてきた美しい女、その称賛を根こそぎかっさらわれた気がしたから。


「誰もがうらやむ輝きを持ってこその女王だ。世界一美しく偉大であってこその女王だ。それはこの世にわたくし一人だけなのだ! それをなんだ、たかが亜人風情が絶世の美女を気取って馬鹿にしおって……目障りなのだよ、おまえが! おまえの存在が! わたくしの前に現れた、存在自体が罪なのだッ!」


 ――なんだよそれ! ふざけんなってのは、こっちのセリフだ!


 コルトは心の中で感情を爆発させた。女王が自分たちを執拗に狙う理由、それはくだらない嫉妬だった。そんな理由で殺されるなんてたまったものじゃない。怒りたいのはこっちであるし、今まで下手に出た分も返してもらいたいくらいだ。


 その叫びを直に女王へぶつけず心中だけで踏みとどまったのは、癇癪を爆発させる中にチャンスを感じたから。今、イネスは周りが見えないくらいに怒り狂っている。ウルフェンもさすがにどうと思ったのだろう、女王をなだめるように言葉をかけているが、あまり効果はないようだ。相手を倒すことしか考えられない状態になったら、それはもう獣と同じである。猪突猛進、なれば必ず罠にかかる。弱者が強者をやっつけるための隙が生まれる。

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