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女王の器 1

 町の人たちからも忘れられてた地下通路はひたすら真っ暗で冷たく、余程の状況でなければ避けて通りたいと思わせられるものだった。なによりも怯ませて来るのは暗闇だ、自分の足先すらも見えやしない。時々ラフィスが自分の手の間で電光を放ち、行く先の様子を照らしだしてくれるが、ランプのようにずっと灯しておくことはできないようで、すぐに逃げた闇が戻って来る。わずかな間に見えた通路の像を頭の中に焼き付け、それを頼りに壁に手をやりながら恐る恐る進む。


 ところどころに段差があって、何回も転びそうになった。その度ヒヤリとした心地になるが、一方で安心感も沸いてくる。段差はいずれも下りだったから。スタート地点の広場は城内で一番高いところに位置するから、地下から城壁の外を目指すなら、下へ潜っていくのが正しいルートである。


 下っている内は大丈夫、今のところ一本道だから大丈夫、そんな風に自分を励ましながら進んでいく。ラフィスとはぐれる心配もない。少し振り返れば宝石の目が蛍のように存在を告げてくれるし、注意を向ければ息遣いも感じられる。


 ただ後方には望まざる者の気配も漂っている。高圧的な足音、そして女のわめき声。息を殺していないとわからないほど遠くからかすかにであるが、狭い穴倉には確かにそうした音が響いている。


「しつこいな、もうっ!」


 イネスが追って来ているので間違いない。さすがに一人ということはないだろうが、地下通路は狭い、広場にいた全員を率いてきたこともないだろう。供は多くても二人か三人、もしかすると一番信頼しているウルフェン一人だけかもしれない。追手の人数が少ないのは嬉しいが、追いつかれたらどうしたって危険である。コルトは気持ち足を早めた。



 しばらくして、前方に石造りの階段が現れた。長い下り階段である。


 ――これで一つ目の城壁は抜けたんじゃないかな。


 慎重にかつ早足で階段を降りながら、コルトはそう感じた。内城の門前から広場までの坂の分くらいは下に降りた。だからといって通路の終わりは見えない。もっとも、城壁外にたどり着くまでは終わりが見えてもらっても困る。


 階段の下は少し広い部屋のようになっていた。そして二本の通路に分かれていた。入口から探れる範囲ではどちらも似たようなもの。方角の感覚もゼロだから、勘で片方に飛び込んだ。


 しかし、選んだ通路は少し進んだところで天井が崩れてしまっていた。最初の時と違って、体をねじ込めそうな隙間もない。とんだ無駄足だと嘆きながら、慌てて引き返した。階段のところをダッシュで通り抜け、もう一つの通路へさしかかった時、石の段に反響する二人分の足音が聞こえてきた。


 ――まずい、だいぶ距離が縮んでる。


 残された通路が外に続いていることを祈りながら、駆け足のまま進んだ。


 下層に入ってから、通路の様相が明らかに変化した。最たるものは、じめっとした空気だ。城下に引きこんだ水路の影響で、地盤自体が上層に比べて湿っているのだろう。壁に手を這わせていると、実際に水分を含んでいるのを強く感じることがある。石壁の表面が濡れているのならともかく、土壁ではちょっとの衝撃で崩れてしまいそうだ。触るだけでもドキっとする。


 もう一つ大きな変化は、一本道ではなくなってきたこと。例えば天井に穴があいて古びた縄梯子が垂れ下がっているとか、横穴を向こう側からバリケードで塞いであるとか。今のところ、こうした分岐はすべて坂なり階段なりで上へと向かうものばかり。きっと城内のいずこかの建物に繋がる非常口なのだろう。


 分かれ道は少し気になる。だが、進んだ距離からしてまだ城壁の中に居るはずだ。平坦な道が続いている内は、こちらを選択するのが正しいと思い全部無視してきた。


 しかし。とある分岐で、ラフィスがふと足を止めた。前方まっすぐに続く平坦な道に対し左手側にある、人一人ギリギリ通れるだけの幅しかない上り坂、そちらを見て立ち止まっている。


「ラフィス、なにやってるの。早く行かないと……ちょっ!」


 ラフィスが上り坂の方へ行ってしまった。道草を食ってる場合じゃないのはわかっているはずだし、これまではずっと無視して来たのにどうして。もやもやとしながらも、コルトは少し先行していた分を戻り、急いでラフィスの後を追った。


 上り坂の先にはドアがあった。ラフィスはためらわずに開けて、中へと入って行く。ドアの向こうも真っ暗な空間だ。


 ラフィスが電撃を放った。その光によって、一瞬部屋が明るく照らし出される。


 狭い小部屋で、電撃の先には柱型の台に乗せられた水晶玉があった。そして水晶玉は電撃を浴びた直後、自ら光り始めた。蝋燭はおろか、オイルランプよりもずっと明るく白い光だ。部屋中を白昼と見まごう強さで照らし出す。


 遅れて部屋に入ったコルトは、まず部屋中に満ちたキラキラの輝きに目をくらませた。入口で立ち止まったまま、思わず目を手で覆う。


 そして手の隙間から小部屋の様子を見て絶句した。


 ラフィスは部屋の中央付近で、水晶ランプの隣に立っている。その傍らには、鍛冶工房の地下で見たのと同じ、四つ手の亜人のカラクリが据え置かれていた。このカラクリで造られたと思しきエルツ銀の刀剣や家具、オブジェやアクセサリーが壁沿いに幾多も並べられ、よって部屋中がキラキラと輝いている。さながら宝物庫だ。だが、ここが宝物庫ではなく工房だったということは、カラクリの傍らに置かれた工具や鍛冶道具の存在や、エルツ銀の原料となる銀の砂が箱に詰められた状態で置かれていることから察せられる。


 そして、この小さな工房の主も部屋の中に居た。カラクリの前に崩れ落ちる、ボロをまとった骸骨として。骨は綺麗に残っていて、手が四つあるのが数えられた。


 部屋の床は押し固めた土でできている。骸骨の居る近くに、文字のように削った跡が残っていた。近寄って詳しく見てみたものの、コルトたちが使う文字とはまるで違っていて読めなかった。ただ、勢いよく書きなぐったような筆致から、ここに込められた悲痛な思いはひしひしと伝わって来た。


 かつてオムレードの栄華に関わった四つ手の亜人たちは、時代が変わると共に町の外へ、滅びの道へと追いやられた。ここに居る亜人は、その時流の中で最後まで町に残り、誰の干渉も受けない地下で、命ある限り鍛冶を続けることを選んだのだ。生きのびることよりも、次代へ血脈を繋ぐことよりも、鍛冶師としての誇りを大切にする。鍛冶師として技を振るうことが存在理由だった。この小部屋を終の住処とし、最後の時まで魂を込めた作品を作り続け、その美しい銀と愛した城とを墓とし、永久の眠りについた。


 コルトはこみ上げてくるものを抑え、ぐっと口を結び、物言わぬ骸と向き合っていた。ざわざわと鳥肌が立ってくるのは、死体を目にした恐怖ではない。――ここをあの職人たちに見せたかった。きっと自分よりも強く胸を打たれたに違いない。この部屋に漂う思いを汲んでくれたに違いない。


「だから、わざわざ寄り道したんだね……」


 ラフィスは切なげな面持ちで佇んでいた。何も語らない、何も身動きしない。ただ目を見ると、「そうだよ」と肯定していた。


 きらびやかながらも悲しい情緒が漂う部屋。それを台無しにする邪魔者がやってきた。威圧感のある足音が通路から響いてくる。


 コルトは現実に帰って「しまった」と青ざめた。ドアを閉めておくべきだったのだ。そうすればまっすぐ進んでいったかもしれない。明るい部屋に人影が見えれば、当然こちらにやって来るだろう。


 今さらもう遅い。二人分の足音は上り坂を登ってきた。闇の中から先に出てきたのは、感情の無い顔をした露払い役のウルフェン。そのすぐ後から、凄絶な怒りに満ちた輝石の女王、イネスが現れた。


 コルトは額に汗にじませながら小部屋を見渡し確認した。逃げ場がどこにもないことを。

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