050 マーガレットはお嬢様を知る
紹介パートはどうしても間伸びしますねー
「そうですか。帝国東部で内乱ですか。そしてファンベルトが持ち出されたと」
エールトヘンは静かに呟いた。マーガレットは同意を表すために頷き話を続ける。
「僕は見た事がないのだけれどもあの剣は危険だ。彼らのとっておきであり、伝承通りならほぼ間違いなく王国へ牙を剥く。それが10年になるか20年になるかは分からない。エルフの時間からすればほんの僅かな時間でしかないから僕がここで待機する事になったのかも知れない」
ファンベルトについてはどうやって作ったのかエルフすら知らず、エルフが覚えているだけでも2000年前には存在し、開国王つまりは人間の救世主を死に至らしめた剣こそがファンベルトであり、その剣に貫かれた者は必ず死ぬとも言われている。実例が少なすぎて信憑性が乏しいが少なくとも開国王はその傷が元で死んだとマーガレット達は長老からは聞いている。用心に越した事はなく対策は常にリスクを低減する側へと選択すべきものである。
しかし緊急に対処すべき事でもないので2人ともこれ以上話を進める気もなかった。まずは情報が揃うのを待つ事にしたマーガレットとエールトヘンは話を切り替える。
「さて、エールトヘン。僕はお嬢様が見たくなった。君のお気に入りを僕にも見せてくれないかい?」
「ええ、そろそろ起こしても大丈夫でしょう。そういえば会いたがっていましたよ。あなたの機体は見映えが良いですからね」
「見た目だけではない事を証明出来る機会は来て欲しくはないけれども少しは良い所を見せてあげたくなるね」
「いずれあるかも知れません。お嬢様を乗せてあげるのはどうでしょうか?」
「勘弁してくれ。エールトヘン。人間に手の内を見せるのはもう懲りた。その代償が多くの同胞の命だからね」
いまだ過去に囚われるマーガレットに対してエールトヘンはこれ以上の言葉を避け立ち上がり案内する事にした。
「では行きましょう。人の子を見ればあなたもいずれまだ可能性があると信じる事が出来るようになりますよ」
「そうだといいけれど」
エールトヘンが先導しマーガレットを案内する。マーガレットは途中でメイド達とすれ違う事もあったが皆、目礼をするだけで興味本位にじろじろと眺めてくる事はなかった。教育は行き届いているのだなと感心しつつも通された部屋でマーガレットは赤子と出会う。多少変わった景色に対して何の反応も示さない所はマーガレットらしいというべきか。というよりも数十年も生きていればちょっと奇抜なだけのものに驚きも興味もなくなるという所か。ベッドの上でじっとこちらを見つめる赤子にマーガレットは微笑みを浮かべながら見つめ返し話しかける。
「初めまして。僕はマーガレット・マキシマムブースト・ヴァレト。あなたのボディーガード。おや?この子は目の奥に知性の光が見えるね」
「初めまして、とお嬢様はおっしゃっています。そうですね、その辺りの事情は後程私から話しますが一般的な人間並みの知性はあると思われて結構です」
「エールトヘンはやはり優秀だね。短期間でここまで育てるとは。ん?違う?なるほど、何かありそうだね。それは後の楽しみに取っておくとしてまずはじっくり見させておくれ。人の子など久しぶりだ。私も話を聞かせても良いのかい?」
「教育上問題なければどうぞ。ですがあなたの話は少々刺激が強いような気もしますので程々にお願いします。ああ、そういえばボディーガードにはキャメロンがいますが今日のように珍しい客人が訪れた時などは招いていない客人も訪れる為に今は出払っています。そうなるとお嬢様の訓練がおろそかになるため、そして体術については同性の方が良いと思い来て貰いました。まだもう少し先になりますが人の子の成長など早いものです。色々と普通とは違う部分はありますがお任せします。私は体術ではあなたに勝てませんので」
そうエールトヘンは言いながら、『なあ、聞いてよいか?聞いてよいか?あれ、マギア、動かしたらどんな感じか教えて貰いたいんじゃが?』などとしきりにテレパシーで話しかけてくるローレンシアの言葉を聞き流していた。そして一つ閃く。
「マーガレット。お嬢様は私と同じくテレパシストです。ですがまだ練習が足りずに思うように人とコミュニケーションが取れません。ですのでお嬢様の練習に付きあってください。お嬢様もマーガレットから話が聞きたいのなら練習してうまくなってご自身でお聞きください。私はそのサポートをします」
それを聞いたマーガレットは驚き、ローレンシアは『今聞きたいんじゃが!?』などと反論をする。しかし興味を持った時が一番能力を伸ばしやすい。あえてエールトヘンはローレンシアが興味を持った情報を自身で手にいれさせる事で能力を向上させる方針を選んだ。エールトヘンとローラとばかり話していては人見知りになってしまう。お嬢様にはもっと社交的に、というよりいずれは社交的に振舞う必要があるからこそ今のうちに初めても遅くはないとエールトヘンは考えた。
「面白そうだね。エールトヘン以外のテレパシストか。人の身に余る気もするが、そうだね、僕で良ければ付きあうよ。ああ、君の声はどれほど美しいのか待ち遠しい」
いきなりハードル上げんなよ、とローレンシアは思わず言いたかったがマーガレットの微笑みを見ている内にそんな気も失せた。このエルフと話せるなら頑張ってもいいかな、いや、頑張ろう、とまで思えた。決してエールトヘンとは話し飽きたわけではない。そういやキャメロンともまだ話せてないな、ともローレンシアは思い、また、キャメロン結構無口だからなぁ、とも思う。やはりモチベーションを維持するには美女か、と一人納得したローレンシアはまだ心はどこか男のままなようである。
そんなローレンシアを横目にエールトヘンはマーガレットに話しかける。
「ではマーガレット。ここでは何です。隣の部屋へどうぞ。お嬢様はしばらく訓練を続けてください。ああ、そしてこちらがローラ。マスター・ララの助手、今はお嬢様のメイドです」
「マスター・ララ。本当に来ているのか。魔導学の創始者。帝国製グラドールの製造技術の開発者。あの異端が居なければグラドールは生まれなかったと言われる程の人物が」
「ええ。まさか強大な魔物を倒してまで研究する者が人から出るとは思いませんでした。彼女なら離れに居を構えていますので時間に余裕がある時にお会いしてください」
「そうするよ。僕としては会うのは正直複雑だね。彼女自身が優れていてもやんちゃな子供に危ない玩具を与えたのだから」
そう言いながら肩を竦めるマーガレットは隣室へ向かうエールトヘンについていきながらもローラに目礼をして、ローラも目礼を返しつつローレンシアの教材の準備を続ける。
「というわけでして、お嬢様には細心の注意を払っていただきます。あなたなら大丈夫だと思いますが」
エールトヘンから説明を受けたマーガレットは面白そうに目を輝かせる。テレパシーだけでも人の身に余ると思ったのだがそれ以外にも能力に目覚めている人の子というのは滅多におらず、徐々に衰え行く人にあって先祖返りとも言える存在というのはマーガレットからすれば強い関心を抱く。人間に失望してきたマーガレットは若干の期待を抱くと同時にやがて堕落するのだろうとも諦観を持ってはいるのだが。それでもしばしの暇つぶしと思えば良い部類に入ると思いエールトヘンに聞き返す。
「知っている通り、僕は特別だ。手加減はするけれどもうまく出来ない時もある。それは承知してもらえるのかな?」
「最初からそうでは困りますが、若干手荒い事は目をつむりましょう。兄がそう望んだならそれこそが必要な事でしょうから。お嬢様の能力を最大限まで引き出す、それが私達の役割です」
「分かった。僕に出来る限りの事はする。しかしどんな子に育つか今から楽しみね。時代の流れが不透明になる時に生まれるなんて可哀想、これほどの能力なら平穏な時代では楽しく生きられたでしょうに。だからこそ今なのかも知れないけど」
「確かに時代そのものがお嬢様に対する試練の如きものかも知れません。先行く者として出来る事は少しでも重荷を軽くする事だけです。とりあえず、部屋へ案内させます。明日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、エールトヘン。僕は招かれざる客人の相手はしなくて良いのかい?」
「あなたの役割はお嬢様のボディーガードです。屋敷そのものはイアンとキャメロンが警護しています。大抵は彼らに任せてくださって結構です。彼らは彼らなりの穏便な方法を知っていますから」
「なら任せるわ。僕の役割はしばらくお嬢様の教育になりそうね」
マーガレットはそう言うと少し悪戯を思いついたような笑みをした。




