049 魔剣ファンベルト
ここもちょっとR15
読みにくい方はここではファンベルトという魔剣が封印を解かれた、とだけ知れば良いだけなので読み飛ばしておけです。
皇弟シァダルはようやく、ようやく俺の時代になるとほくそ笑んだ。皇帝が死んでもその座を降りぬ女帝と女帝に尻尾を振る重臣。しかし自らが皇帝になれるかも知れないと野望を抱いたかつての重臣、今や賊だがその欲望故に力を増しシァダルは不利になっていた。初めは幼い皇帝の後見人でも良いかと思ってはいた。しかし実際は皇族の血を持たぬ女とその愛人が帝国を好き勝手に荒らす現状だ。皇帝が実質不在である事から龍煌12星を制御出来るものも居らず、権力争いに拍車をかけてしまっている。辺境伯までも中央の争いに加担し今や帝国の内部こそが侵略対象になっている。有形無形を問わず殺し犯し奪い、賄賂を贈り無実の罪で裁く。税を納めないから奪い、命令に従わないから奪う。重税をかければ税など払えず、財産を没収すると言えば従うわけにはいかない。つまりは初めから奪う気しかないわけだ。それこそが帝国だと彼らは声高らかに主張する。その行動をもって。
シァダルは自身が善人だとは思っていない。むしろ悪人だ。胸を張って言える。若い頃から東伐を繰り返し幾万と殺してきた。占領地では無茶もしたし、その味は今も忘れられない。中央では何かとしがらみが多く高貴だとほざくいい女に軽く手は出せないが、焼け落ちる城から連れ出した女なら好き勝手出来た。戦利品なのだ。それのどこが悪い、それがシァダルの世界観だ。
夫の首を見まいと瞼を強く閉じながらも獣のように後ろから強引に突かれる女のくぐもった声が、殺しに殺し尽くした後の血の滾りを更に燃え上がらせる。
強情な女が下の穴に棒を突き刺すだけで泣いて懇願する姿は実に気持ちが良い。
腹の中の子供を引きずり出して代わりに爆薬を詰め込み盛大に飛び散らせたのは良い思い出だ。俺を拒絶し他の男の子供を孕むから当然の報いだ。
そんなシァダルも帝国民にはそれほど酷い事をした事がない。夫がいようが歳が若かろうが気に入れば壊れるまで遊びはしたがそれでも大事に大事に扱った。うまい飯を食わせもし良い場所に住まわせもする。そんな恩恵に気づかずに「帰らせてください」などと言う奴は殴りもしたが。
それでも帝国民を好んで殺しはしない。帝国はシァダルにとって家であり遊び場だ。誰が壊すというのだ。そんなお気に入りの場所を。
しかし奴らはそれを踏みにじった。許される事ではない。帝国は我ら一族のものだ。誰の許可を得てしているのだ、とシァダルは叫びたい。
だがその怒りを向けようとも如何せん情勢が不味い。あのアバズレは龍煌12星の1人までも味方に引き入れた。皇帝の儀を行わなければシァダルにはあの暴力装置を制御できる力がなかった。だからまず力が必要で、それが今、目の前にある。
鎖で区画された中央に配置されている黒い杯に満たされた黒い液体。これこそがシァダルが求めたものだ。これと代々皇帝が持つ剣が合わせれば俺に勝てるものはいない、とシァダルはほくそ笑み口にする。わざわざ帝都から辺境まで足を運んだ甲斐があったと。
帝国でも皇族しか知らない宝物殿の一つであり、初代皇帝や帝国の歴史上に名を連ねる皇帝が使用してきた武器がここに納められている。
魔剣ファンベルト。
それが欲した武器の名だ。シァダルは剣の柄に飾られている宝珠を起動し剣先を液体へと突き込む。剣は単なる儀礼用の剣にも見えその剣刃にも紋様が刻み込まれ武器としてまず役に立たず、実際シァダルもその存在を知るまではそう思っていた。
書庫の奥深くに伝説という陳腐な夢物語として保管されていたものが実存するとシァダルに教えてくれた男がいた。名をシェムハザと言った。兼ねてより皇族と付き合いのある商人の1人であり、いや、外戚だったか、まあ、どちらでも良いとシァダルは気にしなかった。
そのシェムハザが書庫にあるファンベルトについて書かれた伝説とその隠し場所を記した書物の場所をシァダルに教え、シァダルはそれを頼りにここまでやって来た。
シェムハザの事などどうでも良い、とシァダルは考え、今まさに剣へと吸い込まれていく液体に目を向ける。これこそが初代皇帝が初代龍煌12星を屈服させ契約させた魔剣であり、アイングシス侵略において"暗黒竜"とまで呼ばれた皇帝ゼーンベルムもまた竜の助けがありながらもこの魔剣でマギアを倒して見せたとされている。嘘か真かはシァダルには分からないが、目の前にある剣から生じる強大な魔力は確かにこれなら如何なる敵をも屈服させる事が出来そうだと期待に胸を躍らせた。
いやしかし待て、とシァダルは考える。
"ようやく、ようやく俺の時代"だと?俺はなぜそう考える?そもそも俺自身が皇帝でなくとも俺には何の不自由もない。だから後見人で良いと思っていたはずだ。いつから俺はそう考えるようになった?居や、初めからか?初めからあいつでは皇帝には相応しくないと思っていた。だから死んだ時も当然だと思った。あんな奴に皇帝をさせるくらいなら俺がした方が相応しい。ああ、そうか。俺こそが相応しい。その通りだ。俺こそが皇帝だ。奴らもアバズレも俺に歯向かった事を後悔させてやる。
全ての液体を飲み干した剣を掲げその黒く染まった刀身に思わず笑いが零れたシァダルは、ああ、これで、これで、帝国は屑共から解放されるのだ、とその身を震わせた。
シァダルは真剣な表情に戻り、宝物殿の宝物を全て接収するよう側近に命じ宝物殿を後にした。
シェムハザは誰も居なくなった宝物殿に一人佇む。誰も彼の事など気にも止めなかった。彼自身、彼らにどう思われようと気にせず、ただシァダルが望みの物を手に入れるかどうかを確認しに来ただけだった。そして思う。
これでしばらく帝星の代わりは輝く。奴らは気づく事なく誤魔化す事が出来るだろう。奴らに出てきて貰っては困るのだ。我らが気ままに安寧の日々を送るには奴らが異常に気付き動き出す事を止めねばならない。そのためならこの程度の労苦は安いものだ。それに星々の運行は私の得意とする所。うまく動かすコツは充分に知っている。カフェイランドルスの奴が死んでくれたのは僥倖だ。もっとも宰相に毒を手に入れさせたのは私だが。そう。それら全てがこれからの帝国の為。我らに都合の良い理想郷の為。次代の皇帝の為の地均しにあの男には役に立って貰う。程よく争い、程よく罵り合い、程よく慰め合い、程よく称えあう。それでいて見せかけの現実に依存して甘え続け真実から目を逸らし続ける事から逃れられないどうしようもなく耽美で退廃的で蕩ける儚い夢に浸り続ける。そんな覚めない夢の中で眠る家畜達こそ我らにとっては必要で、愛でるべき愛玩動物だ。だからこそ、だからこそ王国は不要であり、エルフ共も不要だ。表立って動けば必ず奴らは動く。ならばこそ、帝国を動かして消し去らねばならない。それも直に出来るだろう。世界は衰え、叡智は消える。その中にあって我らは安寧を希望する。我らの我らによる我らのためのホスピス療法が必要であり、その為には献身的に働く家畜が必要だ。だからこそ我らはこの地に混沌を撒き散らす。誰も我らを知る事がないように、我らに関心を向ける事がないように、彼らの問題で溢れさせ彼らに充足感と欲求を与えてやる。彼らは彼ら同士の事で他に目を向ける事なくそれだけで世界が動くと夢想する。そして我らはこの終末を安らかに過ごす。さあ、もう少しだ。
そしてシェムハザは唯一つ残された黒い杯を手に取り宝物殿を後にした。
帝国東部エイス地方で声高らかに叫ぶ者が居た。整列した兵士達の前に立ち、髪を振り乱し唾を飛ばしながらあらん限りの声を張り上げ兵士たちに訴えていた。
「聞け!忠実なる帝国の臣民よ!
今や帝国は病により倒れようとしている。
前皇帝カフェイランドルスが崩御し妃ネルナタリアが女帝を名乗るようになり中央の腐敗は留まる事を知らない。皇族の血を持たぬ女狐は亡き皇帝の権威に笠を着て傍若無人に振舞い帝都を混沌の渦へと引き込もうとしている。数多くの忠臣、武官が無実の罪で謀殺された。その中には諸君達を束ねる東部軍司令マウザー元帥も含まれている。マウザー元帥が何の罪で殺されたかは諸君らの知る通りである。戦地を離れクーデターを起こすために帝都で画策した罪により一族諸共殺されたのだ。帝都から糧秣が送られぬ事への不満を直接乗り込んで訴えたに過ぎない元帥を!帝都の豚共は罠に嵌め殺したのだ!
我らが帝国の為に血を流し屍を晒す中、帝都に巣くうダニ共は私腹を肥やし我らが守りし帝国を食い荒らしている!我らが流した血の一滴が、戦友の命が、奴らにとっては極上の美酒なのだ!取り戻さねばならぬ!我らが流した血を!取り戻さねばならぬ!我らと共に戦った戦友の命を!餌箱に首を突き込み餌を漁る事しか知らない豚共に戦いというものを教える時が来たのだ!
見よ!そして称えよ!これこそが魔剣ファンベルトなり!帝国の歴史に刻まれし皇帝の証である!
我らこそが国軍である!
帝都にはびこりし逆賊共をことごとく討ち滅ぼし、不遜にも皇帝の|御座[みくら]にふんぞり返る女狐を引きずり降ろすのだ!
我らの手で再び帝国に繁栄を齎すのだ!
取り戻せ!取り戻せ!取り戻せ!」
剣を掲げて兵士を鼓舞するシァダルは興奮に飲み込まれながら身を委ねる。兵士達は口々に『我らの血を取り戻せ!』、『友の命を取り戻せ!』、『帝国を取り戻せ!』と叫んでいる。シァダルにとっては渡りに船とはこの事で、ファンベルトを手に入れ戻ってみるとなぜかマウザーが死んでいた。東部軍でシァダルに唯一口が出せる人物であり全権を握っていたのだ。シァダルも若い頃からグチグチと言われ続けて苦手意識を持っていたのだが指揮においては優秀であり何かと世話にもなった。そんなマウザーの幕僚を全て手に入れる事が出来たのだ。丁度彼らも復讐の為の大義名分を欲しておりWin-Winの関係を築ける事が出来たとシァダルは満足する。
舐められたままでは終われない。
それが帝国軍人であり、シァダルの欲する生き方だ。女狐も宰相も、従わぬ者皆全て排除しかつての帝国を取り戻す、ただそれだけの為にシァダルは帝都を炎の海に沈める決意をした。




