041 兄の帰宅
4つ名は創作物ですので。
ローレンシアは思う。
どうにも最近マスター・ララに振り回されすぎだと。
便利ではある。
このスクリーン付きベッドもそうだ。
寝転がりながら天蓋に付けられたスクリーンを見てリラックスも出来る。
資料も豊富で興味を持った所から調べる事が出来、頼めば追加資料だって作ってくれる親切さ。
たまに外れが入るのはご愛敬と言えるのか良く分からないがともかく効率は良くなったと言える。
それでも思う所はある。
蝙蝠の超音波を聞かされてもどうしろと言うのだろうか。
蜂のフェロモンを嗅がされてどうしろと言うのだろうか。
ひよこのオスとメスの見分け方を詳細に説明されてどうしろと言うのだろうか。
とにかく外れを引いた時はどうにも言えない感情を抱きながらもわずかな興味からついつい体験してしまい、後で時間の無駄だったと反省する事になる。
マスター・ララに少し嫌味を言ったら「能力開発ですよ、お嬢様。新たな分野を開拓するのです」などと言われ、あいつは私を人外にでもしたいのかと悩んだりもした。
超音波ソナーを使い、フェロモンを辿り、瞬時にヒヨコのオスとメスを見分ける。ああ、ないな、と素直に感想が出た。
しかし有用なのは有用なのだ。
薬草の詳細な説明と映像、匂い、採取の仕方や保存方法など知りたい時に知りたいだけ調べる事が出来る。
鉱石の断面図を見ながら横に一覧と特徴を表示して比較しながら調べる事も出来る。
多言語に対応し一度読んだ文章が他の言語の勉強にも利用できる。
文章記述の精細さを変える事が出来、理解度に合わせて柔軟に対応できる。
などなどさすがは"大魔導"と呼ばれるマスター・ララだけある、とローレンシアは感心した。これでいつもの悪戯がなければ完璧なのだが、とも思ったが。
マスター・ララを素直に誉めたら「私の故郷ではこれが普通」などと返ってきて、じゃあお前はどこに住んでいたんだと思わずにいられなかったがマスター・ララが深く追求して欲しくなさそうだったのでローレンシアはそれ以上は聞けなかった。それとなくエールトヘンにも聞いてみたが、エールトヘンも知らないらしくただ、ここ数百年はマスター・ララという名の災害が猛威を振るっていたからそれより前でしょうと言っていた。そこに何の問題も感じないのはやはりエルフだからだろうか、と別の悩みを抱える事になり、深みにはまらない内にそっとしておこうと心に決めるローレンシア。
しかし疑問は色々と思いつき、「なぜこんな道具を作る事が出来るのに広めないのだ?」と聞いたら「分不相応な道具を得ても使いこなせずに自分が有能になったと錯覚して破滅するだけです」と返って来た。マスター・ララが言うには、ここには2人程管理をする人材がいるから使用する事にしたそうだ。学んだ内容が偏向している事で誤った認識、使い方にならないかを逐次チェックをして正しい方向へと導く事で修正するのがセオリーらしい。受ける側のローレンシアからすれば、「ほぉー、そうなのか」という返答しか出来なかったが。
そんな日々を過ごしていたローレンシアだが先日めでたく首も座り、エールトヘンに渋々だが徘徊・・・、もとい散歩の許可を貰ったので屋敷内を出歩いたり庭で花を愛でたりと出来る事も増えた。ただ、庭などで外部の誰かに見られた場合や疲れた時を考慮して基本ベビーカーでの移動を義務付けられたが。だが同時に思う。大所帯なのだ。外出時は常に誰かが居り、キャメロンが同行出来ない時は基本的に不可、そこに最低でもマーカスかローラが付き従い、時間の許す限りエールトヘンがおまけとしてついてくる。屋敷でこれなのだから外出などしたらどうなるのかと冷や汗が出そうになる。一方で安心も出来、先日なども突然落ちてきた雷をキャメロンの結界が弾いていた。「コンナコトモアルンデスネー」と棒読みしたローラをローレンシアはジト目で見ながら「コイツの仕業か?」などと考えもしたが何事もなかったので気にしないでいた。
そんなある日の事、庭でエールトヘンが管理している区画の花を母のエレナと眺めていた。ドルイドという事もあってエールトヘンの管理する花壇はとても綺麗に管理され、庭師もさすがだと誉める程だ。母もとても喜んでおり、ローレンシアはそんな母を見て「やっぱり女性はこういったのが好きなんだなー」と自分の事を棚に上げて考えていた。勿論ローレンシアも楽しんでいる。たまにはこういうのも良いだろう、と考えている時に遠くから誰かが近づいてきているのが見えた。近づいてきているのは2人。どちらもまだ少年と言える体格だ。どういった反応をすれば良いのか分からないローレンシアはローラもキャメロンも普段通りなので問題はないのだろうと思い様子を見る。
すると近づいてきていた2人が手を振りながら声を掛けてきた。
「ただいま帰りました。母さん。そして初めまして、僕達のお姫様」
近づいてきたその2人はアルフレッドとロナルドだった。ローレンシアは初めて見る兄達に思わず「ミーナに見せるとやばそうだ」と思わず唸った。普段は学園都市に居り滅多に帰宅しないがどうやら呼び戻されたようで2人とも久しぶりの我が家を満喫しているようにも見え、2人が珍しそうにローレンシアの顔を覗き込んでいるとローレンシアの横でエレナが声を掛ける。
「おかえりなさい。2人共。ローレンシアが無事に育ったから見せておきたかったの」
「へえ。今回は念入りなんですね。これは本当にお姫様かな?」
「みたいですね、兄さん。僕の時はどうでした?」
「ここまで厳重ではなかったよ、ロナルド。少なくとも父さんの意図が見えてきた」
何やらローレンシアの知らない所で話が進んでいるらしいがマスター・ララのように警戒する事でもないだろうとローレンシアは様子を窺う事にした。するとアルフレッドがローレンシアの頬を指でつつきだし、ローレンシアが鳴き声も上げずにじっと見ている様子を眺めて話し出した。
「凄いですね。じっとこっちを見てる。でも、あれ?これは・・・。この子は本当にアーデルハイド?」
その言葉にローレンシアはドキリとし、エールトヘンはわずかに眼を見開き、エレナは一瞬眉を顰めて答える。
「ええ、そうよ。何か変な所が?この子は正真正銘アーデルハイドよ?どこか変?旦那様はちゃんと認めたわ」
その答えにアルフレッドは納得したように頷き疑問を口にした。
「いえ、この子の纏うマナの色が異質で僕やロナルドとは違うものだから。もしかしてこれが原因なのでしょうか、母さん」
「詳しい話は私にはよく分からないわ。でもこの子が普通とは違う事は確かよ。エールトヘン様なら詳しく話して頂けると思うわ」
エレナはそう言ってエールトヘンに話を振る。横で静かに話を聞いていたエールトヘンはアルフレッドに向けて笑みを浮かべながら話す。
「初めましてアルフレッド様。その話は室内で致しましょう。まずはお嬢様からのお言葉を。『初めまして、お兄様』だそうです」
そう。ローレンシアはどう接して良いか分からずお澄ましさんを決め込む事にした。『おっす』、『兄さん』など色々と言葉をコネ繰り返したが第一印象が大事だと及び腰になり恐る恐る無難な一言を紡ぎだしたのだがそれを聞いてアルフレッドは目が点になった。どういう事か全く分からない様子で、横を見ればロナルドも同じ様に眉を顰め、なぜローレンシアの言葉を代弁するかのように目の前のエルフが話すのか分からない。アルフレッドはどう答えていいか分からなかったがなんとか言葉を切り出した。
「それは・・・、どういう事なんです?エールトヘン様?なぜあなたがローレンシアの代弁を?そもそもローレンシアがそう言っているのですか?」
「左様です。ああ、そうですね。これも室内で話しましょう。屋敷内と言えど、どこから見られているか分かりませんので」
「じゃあお茶にしましょう」
そう言ってエレナは立ち上がり屋敷に向かって移動し始める。エールトヘンもアルフレッドも異論はなく大人しく後に従い、エレナがお菓子の話題や王都での出し物の話をしてアルフレッド達の好奇心を満たしていた。
そしてローレンシアの部屋に入り、ローレンシアの事情をエールトヘンが話し出す。アルフレッドにしてもロナルドにしてもその話を突然聞かされ混乱していた。エールトヘンから聞かされた事実。ローレンシアの魂には前世の記憶があり、アーデルハイドのローレンシアとしての無垢な魂と別の人格の魂が融合した魂になっており、なぜか多彩な能力を持ちその一つにテレパシーを持つ。だからこの歳でアルフレッドやエレナの会話を理解できテレパシーを通じてエールトヘンを介して話をする事も出来る。
そんな話をすぐには受け入れがたいがアルフレッドはアルフレッドで異能の才を持ち、この歳でマナを色で見る事が出来る。だからローレンシアの特異さを知る事が出来たのでローレンシアに異能の才があると言われても納得できた。
だがアルフレッドにはそれ以外にも気になる事があった。
「この部屋は・・・。何と言うか凄いですね・・・」
思わず頬が引き攣りそうになるアルフレッド。そんなアルフレッドにロナルドは声を掛ける。
「兄さん!ほらこれ、スケイルウルフの剥製!とんでもないものがありますよ!」
ロナルドはうれしそうにケースの外からスケイルウルフの剥製の眺めており、アルフレッドよりかはこの部屋に言い難い何かを感じているようには見えなかった。しかしアルフレッドにはどうしてロナルドはあの人体模型を無視してその剥製に興味が持てるのかが今いち分からず、だがトレントを模した衣装掛け、植木鉢の縁に肘をついてこちらをじっと眺めているマンドラゴラ、ミュルミドンの模型など見世物小屋のような状況だからどれに興味を持ってもおかしくはないかとも思うがどうであれあの人体模型はやばいとアルフレッドは思う。なぜなら先程から目を離した隙にポーズを変えているのだ。一度だるまさんが転んだ、の要領で素早く目を向けたら中途半端なポーズのままだが全く動かず、アルフレッドは仕方なく目を逸らしたら次に見た時はしっかりポーズを取っておりそのプロ根性はさすがだとは思った。
だがそんなものに囲まれている状況を心配して聞いてみると『お嬢様のためです』と返ってきたのでそうなのかとも疑問を持ったが教育方針には口を挟まない方が良いのだろうと考えた。わざわざ護衛も含めてこれだけの人数が居るのだから問題はないのだろう。それに父も母もこの状況に口を出していないのだ。
それよりも帰って来た要件を進めるのが先だとアルフレッドは考えて話し出す。
「それで母さん。ローレンシアの洗礼は明日でしょうか」
「ええ。明日になるわ。でも形だけね」
「それはなぜ?」
「もうそこにいるエールトヘン様に貰ってしまっているから」
「もうですか・・・」
アルフレッドは思わず呟く。この世界ではその性質、運命を表す2つ名を貰う事がある。その最初の機会が洗礼になるのが一般的だが、稀にその誕生時に2つ名を手に入れる事がある。それは予言された場合や生まれながらにその性質が顕著な場合にのみ与えられ、もはやそれは運命を表す名前とも言えるものになる事が多い。それが幸か不幸か分からないがそれでも極普通の人生を送る事はない結果になるのが大半になる。そんな事をアルフレッドが考えているとエレナが話し出す。
「2つ名はレフトシルバー。そして4つ名がセブンスドラゴン」
「・・・4つ名ですか」
この世界では極稀に4つ目の名を持つ事がある。特筆すべき能力を持つ者に与えられる名前。地位や名誉、社会という枠の中に収まらぬ能力を持つ者が得る名前であり、4つ名を持つ事は畏怖の対象であり恐怖の対象でもある。例え善良な名前が授けられたとしても、人に身に余る善良さは、人にとっては脅威でしかない。4つ名を持つ妹の人生が波乱に満ちたものになるのだろうな、とアルフレッドは俯き伏し目がちに言葉を零す。その様子を見た後にエレナは少し不満な表情をしながら続ける。
「そう。4つ名。旦那様、ひどいのよ。4つ名を聞いて『間にあったのか?』って言っただけ。あの人の中でどんな思惑があったとしても娘には愛情を向けて欲しいと思うの。アルフレッド、あなたもそう思うでしょう?」
「それに関してはノーコメントで。情報が足りな過ぎます。それよりも僕は母さんが母さんらしくて安心しました。4つ名を聞いても今まで通り。そんな母さんに産んでもらって僕たちは幸せだよね?ロナルド?」
「ええ!普通4つ名まで持っているならどうやって利用しようか考えますもんね!」
「私はそこまで親バカではないわ。でも旦那様は親バカかも知れない。だって見てよ。この部屋。そしてこの側付きの数。離れに学者も招いているのよ?」
「次期当主より手厚くて少し妬けますね。ですが父さんが何の目的もなくする筈もないでしょうから話してくれるまでは様子を見させてもらいます。それより明日は昼からでしょうか?」
「ええ、その筈。ですよね?エールトヘン様」
「はい。奥様。キャメロンを通して既に予約は済んでおります」
「ああ、キャメロン様は神殿騎士だったのよね?助かるわ」
その言葉にキャメロンは目礼で返す。エレナはキャメロンを一瞥した後にアルフレッド達に語調を強めて話す。
「いい?4つ名については秘密よ。知っているのは側付き数人と名付けに立ち会った者のみ。側付きはこの部屋にいる者と離れの学者のみ。シェリーというメイドとミーナというメイドもいるけど4つ名については知らないわ。メイドではそこにいるローラだけ。いいわね?」
「勿論です。余計な争いを生む気はありません。ただでさえ要らぬプレゼントが届いていると聞いています。僕もローレンシアには無事に育って欲しいと思っていますので」
「ええ、この子の事、お願いね。私はどこまでこの子を守ってあげられるか分からないから」
そんな会話を聞きながらローレンシアは良く分からんが大事にされている事に感謝した。




