S040 王様の耳は超高性能ロボの耳
通常運転できませんでした。コメディがなかった^^;
最初の部分だけブラックジョークぽくなっているだけであとはエールトヘンの長いお説教回になってしまいました。すいません。こんなに長く書く気はなかったんです・・・。
ローレンシアは今日もマスター・ララの居室にいた。
「どうなっておるんじゃ!なぜシュールストレミングじゃ!」
居室に通されるなり、ローレンシアの第一声はそれだった。ローレンシアの怒声とそれに激しく同意するエールトヘンが渋面のまま頷いている。それを見たマスター・ララはわずかに頬を緩ませながら答える。
「世の中、甘い話ばかりではありません。そういったものも一度は知っておくべきかと」
「だからと言って教材に使うのはなんじゃ?あれか?嫌がらせか!?」
「そもそもお嬢様?教材の中のおまけ『世界の珍味』を見ましたね?それに注意事項として『不快な表現などが存在し、了承出来ないなら回れ右』と先に告知がありましたでしょう?」
「程度があるじゃろ!言葉だけで示せば良いのに臭い付きじゃと!?しかも天蓋付きベッドじゃ。なぜ狭い空間であの匂いを嗅がそうと思ったのじゃ?しかも噴出量が『ブシューッ』じゃぞ?あり得ん!加減を知らんのか!」
そう怒鳴るローレンシアにマスター・ララは悪びれる事なく答える。
「部屋にかぐわしい香りがすると思えばそういう事ですか」
「たいして臭わんのか?わしもエールトヘンもすごい臭いがしているはずじゃが?実際ここに来る途中にジーンやらシェリーやらすごい顔をしていたんじゃが?シェリーなんて「そこまで身を切って悪戯しなくても」なんて見当違いな事まで言っておった」
それを聞いたマスター・ララは肩を竦めて種明かしをした。
「ハハ。来ると思っていましたから鼻栓をしております」
「準備良いのぉ!でもどうして今日その要件で来ると分かったんじゃ?」
「それは簡単です。そもそもあのベッドを作ったのは私ですよ?ちゃんと履歴詳細は取れるようにしておりますし該当する部分が実行されましたらメッセージが届くようになっております。準備は万全ですとも」
「もっと違う所に絶妙なバランスをお願いしたいわ!」
マスター・ララの悪びれない態度にエールトヘンが口を挟む。
「その通りです。方向性を間違えないでください。薬草の匂いや覚えておくべき花の匂い、特徴的で有用なものを優先してください。もちろん、今回のものも不必要などとは言わないですが、一回で済むものは重複せず、また、調整をしてください。後、程度によって告知文を変えてください。また、色々と文章を用意して毎回読ませて要らぬ労力を必要とするような事態をさけ、統一したレギュレーションで作成、ランクを付随させて、何度も同じような内容を違う文章として読ませないようにしてください。罠にかからないように識別する習慣は必要ですが、今はその前段階です。基礎を作ってから応用へと移行しなければ、実際には判断能力はつきません。出来ていさえすれば良い、ではリスクを考慮しておらずリスクコントロールできていない事になります。あなたの場合は意図的にしているからこそ性質が悪いと言えますが」
そこにローレンシアが賛同する。
「そうじゃ!もう少し遊びで済ます事が出来る程度にな?」
ローレンシアとエールトヘンの言葉になぜか迷惑そうに眉を顰めマスター・ララは言う。
「いやしかしですね、お嬢様。私としましては、エールトヘンが誉めて伸ばす、ローラがからかって伸ばす、ですから同じでは個性が出ませんので別の特色を・・・」
まるでローレンシア達が悪いと思っているかのようなマスター・ララの雰囲気に二人は反論する。
「だから!加減がおかしいと言っておる!それに何の特色じゃ!」
「その通りです。教育には、意図でも過失でも悪影響を及ぼすものは極力排除するのが基本です。そうでなければ信用が得られません」
マスター・ララはそれを聞いて言い返す。
「ですから、エールトヘンが誉めて伸ばす、ローラがからかって伸ばす、ですから私は、上げて落とす、で行こうかと」
「落としたらだめじゃろ!」
「では落として上げる?」
「逆にしてもだめじゃろ!」
マスター・ララの返答にさすがにエールトヘンも苦言を提する。
「ですからあまりに過剰な事をされるとお嬢様が安心して学ぶ事が出来ません。ですので加減をお願いします。その内、使用するために誰かにテストして貰う事になり状況に合わせた教育が出来なくなります。お嬢様はあなたの実験台ではないのです」
「もちろん分かっていますよ、エールトヘン。そうですね。臭いについてはすぐにでも調整しましょう」
ようやく話がまとまりそうだとローレンシアは思い、安堵の溜息をついて言う。
「ともかくじゃ。やりすぎはいかん。人生初じゃ。あれほどの体験は」
「それはそうでしょう。すでに何度か同じような状況を経験しているならどれほど修羅場をくぐっているのかと言いたくなります。そのお歳で」
「修羅場をくぐらせているのは誰じゃ!」
どうにも埒があかないと思ったローレンシアはそこで話を切り上げる事にした。
昔々あるところに王様がいました。
王様は世の中を良い方向へと導こうと思い、出来る限りの事をしました。
王様は言いました。
「大臣、上手く治政出来ているか?」
大臣は言いました。
「王様のお蔭で全てうまくいっております。こちらが報告書です」
王様は言いました。
「司法長官、悪人を捉え、善人が生きやすいようになっているか?」
司法長官は言いました。
「王様のお蔭で全てうまくいっております。こちらが犯罪数をまとめた報告書です」
王様は言いました。
「大臣、経済は安定しておるか?民が苦しむ事ないように支援しているか?」
大臣は言いました。
「王様のお蔭で全てうまくいっております。こちらが計画書と経過報告書です」
ある日王様は街を視察に行きました。するとどうでしょう。どこからか声が聞こえてきました。
「王様の耳はロバの耳ィー!」
その声に腹を立てた王様はその声の持ち主を探して問いました。
「ロバの耳とはどういう事だ」
するとその声の持ち主の男はこう言いました。
「もちろんそのままでございます。大臣などの言う事をそのまま鵜呑みにして聞いて疑う事すらしない王様の耳は、まるでロバのようだと言っているのです。そこの路地を少し奥に行ってくだされば分かります。表通りとは違う景色になるでしょう」
そして王様が男の言葉を疑う事もなく奥へと足を向けようとした時に大臣が言いました。
「王様。そのような男の言葉を信じてはなりません。その男は王様を路地に誘い込み襲うつもりなのです」
さて王様は困りました。どちらも信じれば行動できません。
ですが男がこう言いました。
「この映像をご覧ください。表通りは綺麗ですが、裏通りは今やこのように退廃している状況です。どうか王様、現状をその目でお確かめください」
王様は言いました。
「分かった。その映像を信じて奥を見に行こう」
そして王様は裏通りを見て、自分が大臣たちに騙されている事を知りました。
王様はすぐに調査して原因を追求し、その原因であった大臣たちを変え、善政を行い民は喜びにあふれました。
そしてしばらくしてからの事。
王様は言いました。
「大臣、上手く治政出来ているか?」
大臣は言いました。
「王様のお蔭で全てうまくいっております。こちらが証拠の映像と報告書です」
王様は言いました。
「司法長官、悪人を捉え、善人が生きやすいようになっているか?」
司法長官は言いました。
「王様のお蔭で全てうまくいっております。こちらが証拠の映像と報告書です」
王様は言いました。
「大臣、経済は安定しておるか?民が苦しむ事ないように支援しているか?」
大臣は言いました。
「王様のお蔭で全てうまくいっております。こちらが証拠の映像と計画書と経過報告書です」
ある日王様は街を視察に行きました。するとどうでしょう。どこからか声が聞こえてきました。
「王様の耳はロボの耳ィー!」
そう。王様の耳はロボだったのです。
王様は以前の経験を活かして情報をより多く集めるために改良していたのでした。
周囲1キロをソナーで索敵、同時に通信を受け、いかなる状況にも対処出来る装備を装着しているのでした。
しかしわざわざ叫ぶその男の事が気にかかり、その声の持ち主を探して問いました。
「わざわざロボの耳とはどういう事だ」
するとその声の持ち主の男はこう言いました。
「もちろんそのままでございます。大臣などの言う事をそのまま鵜呑みにして聞いて疑う事すらしない王様の耳は、まるで判断能力を持たないロボのようだと言っているのです。そこの路地を少し奥に行ってくだされば分かります。表通りとは違う景色になるでしょう」
そうして男は以前とは違う路地を指差しました。
そして王様が男の言葉を疑う事もなく奥へと足を向けようとした時に大臣が言いました。
「王様。そのような男の言葉を信じてはなりません。その男は王様を路地に誘い込み襲うつもりなのです」
さて王様は困りました。どちらも信じれば行動できません。
ですが男がこう言いました。
「王様。ほんの一部の映像だけでその他の全てが同じだと思ってはなりません。集める映像や証拠をあえて偏らせる事で錯覚させる事が出来るのです。これがそこの裏路地から向こう側の映像です」
王様は言いました。
「分かった。その映像を信じて奥を見に行こう」
そして王様は裏通りを見て、自分が大臣たちに騙されている事を知りました。
王様はすぐに調査して原因を追求し、その原因であった大臣たちを変え、善政を行い民は喜びにあふれました。
そしてしばらくしてからの事。
王様は言いました。
「大臣、上手く治政出来ているか?」
大臣は言いました。
「王様のお蔭で全てうまくいっております。こちらが証拠になる何点かの場所の映像と報告書です」
王様は言いました。
「司法長官、悪人を捉え、善人が生きやすいようになっているか?」
司法長官は言いました。
「王様のお蔭で全てうまくいっております。こちらが証拠になる何点かの場所の映像と報告書です」
王様は言いました。
「大臣、経済は安定しておるか?民が苦しむ事ないように支援しているか?」
大臣は言いました。
「王様のお蔭で全てうまくいっております。こちらが証拠になる何点かの場所の映像と計画書と経過報告書です」
ある日王様は街の声を自慢の高性能センサーで収集していました。するとどうでしょう。どこからか声が聞こえてきました。
「王様の耳はロボの耳ィー!」
またあの男です。
王様は以前の経験を活かして情報をより多く集めるために改良していたのでした。
耐腐食性、耐防塵性、防菌防カビ防錆性を高め耳の形をよりエレガントにしていたのでした。
しかしわざわざ叫ぶその男の事が気にかかり、その声の持ち主を探して問いました。
「わざわざロボの耳とはどういう事だ」
するとその声の持ち主の男はこう言いました。
「もちろんそのままでございます。大臣などの言う事をそのまま鵜呑みにして聞いて疑う事すらしない王様の耳は、まるで判断能力を持たないロボのようだと言っているのです。気づいていますか?王様。王様が指定した場所、王様が見るであろう場所はあらかじめ王様が疑う事のないように綺麗にされています。その場所では王様が疑う事ないようにエキストラが配置され、全てがうまくいっているように演出されています。彼らはその映像などに記録されている行動から生み出される収益から生活しておらず、その行動を王様に見せるために演技する事で収益を得て生活をしております。その収益はその映像には残らない行動で不当に集められその映像などを作成するために消費されているのです」
王様はどれだけ高性能のセンサーを実装したとしても無駄な事を知りました。表面を見るだけではどうにもならない事を知り途方に暮れましたとさ。
「なんて事になるのかの?」
「ああ、あり得ますね。というより帝国ではそれがデファクトスタンダードのようです。それが当たり前なんでしょう。与えられた環境がなぜ維持できているか、を考える事がなければ容易く陥るでしょう。自身の行動がどれだけの影響を、そしてそれを皆でやればどれだけの影響になるかを考慮できなければすぐにその間違いに行き着くでしょう。王国でもやがてその結末に行く着くかも知れません。その結末を遠ざけるには自制が必要になります。"自分だけは特別"、"ほんのちょっとだけ"、"今回だけ"で行動するようになると容易くそういった状況に陥る事になり、自身をそこからどれだけ遠ざけるかという事が重要になり、破滅にたどり着かないように自己を制御する事を自制と言います」
「あれじゃな?エールトヘン。いつもの説教じゃな?」
「ええ、その通りです。お嬢様はとても良い所に目をつけられます。先程なぜ環境が維持できているかを理解しないと偽装して利益を得る事に執心する事になると言ったかと言えば、人はどのような場所にも"くらやみ"を見るからです。"間"もしくは"魔"と言ってもよいです。また、なぜ環境が維持できているかを知るからこそ先程のような偽装して利益を得る事に執心する事になる状態に陥るとも言えます」
「よく分らん」
「でしょうね。これだけでは分からないのは当然です。そのような悪循環に陥る状態を病と称する事があります。病と例えた場合、その二つはステージの違いにより違った状況になります。まず、人はその認識能力により間違いをします。また、社会をより良くするために開発、解明されたものは一部の優秀な人物により行われます。つまり、社会の大多数にとってはそれを理解するための基準に到達できるだけの能力がないのです。それでも社会の中で与えられた技術や知識を使用してより快適な生活をする事が許されています。しかし、理解は出来ていないのです。理解出来ていないものを使用するために、足りない論理性を経験や勘、場合により社会のルールや宗教上のルールを用いて埋めます。ですが、そこにあるはずの論理が分からない為に、その論理がある事で示される制限が分かりません。ですが使用する際に教えられたルールなどがそれを覆い隠しています。人は欲望を抱く生き物です。それ自体は生命の本質に近いものですから持つ事自体は問題ではありません。その強度などは考慮するべきですが。問題はその足りない論理があるために行動に余地を見出してしまう、という事です。
例えば投票でリーダーを決める場合を考えてみましょう。それだけでは緩いルール上で取り決めており、他に自由な選択を付け足す事も出来ます。しかし、大抵はモラルやマナーと言った制限により投票方式を選択した事への大きな影響のある行動を避けられます。しかし、自由な選択をする余地があるのです。そこに"間|魔"があります。その"間|魔"の大きさはその本人の持つ概念の認識精度になります。例えば賄賂を贈る者がいたとしましょう。賄賂は基本的にダメだという暗黙のルールがあるとしても行う者が居たということです。ではなぜだめか、という部分が大抵においてはその本人の認識から欠けているために行われます。それだけその人物の持つ"投票"という概念は精度が欠け、また、本来あるべき根拠が足りず欠け、そこが空白のような状態で放置されているため、"間|魔"として存在している事になります。賄賂がだめだ、というルールは知っているが根拠を知らない場合、その情報が与える行動への抑止力は弱く、"賄賂はだめだ"という概念を支える情報自体も少なく強度が足りない事になります。
賄賂を贈るという事はその本来あるべき結果が自身の利害と一致していない、もしくは一致しない可能性がある事から来る行動です。通常のルールに則れば、しなくて良い行動だが必要が生じて行う行動です。ここがこのケースの一つ目の盲点ですが、しなくて良い行動だが必要が生じて行う、という事は既に状況に対して受動的であり、賄賂を贈る、という行動を能動的に行っているつもりが実の所、単に環境、もしくは他者により本人が無自覚だが受動的に行動させられている、と言えます。少し話が逸れたので戻しますが、賄賂を贈った結果、選ばれるリーダーが変わったとしましょう。その場合、リーダーが変わる事でその指示などから分配される利益配分が変わったとしましょう。結果として、賄賂を贈った者がより多く利益を得たとして、それは本来誰が得るべき利益だったのか、という問題に発展します。そして賄賂が発覚した場合、裏切り行為に対して争いに発展し、もしその根本的な原因が取り除けないとそもそも投票という方法が間違いである、という結果が突き付けられます。そして代替案が提示されなければ同じ方法を行うしかなく、そこに常にリスクを生じさせたままになります。そして賄賂を贈るという行為により結果が変えられる度に、その投票という方法自体が信用を失い、またその投票という方法を選択した社会自体の信用が低下します。ですが何らかの方法で決めなければならない時、リスクを抱えたままでもその方法が選択される事が多いですが、その問題は割愛します。ここでは、賄賂を贈るというリスクに焦点をあてます。
賄賂を贈る事で利益配分が変わる結果になったとします。するとその各分野で能力を向上させる事より賄賂を贈るほうが効率的になり、その影響が大きく、また、日常的に行われる程に、そこに属する集団は賄賂を贈ったり媚びたりするようになるでしょう。賄賂を贈る事でそれより大きい利益が手に入るのならそれは効率の良い事です。媚びる事で利益が手に入るなら効率の良い事です。そして賄賂を贈る事で得られる利益は、賄賂を贈る本人と受け取る相手以外によって作られている割合が高い為、それは他者の利益を奪うという行為の一形態だということです。また、能力を向上させるより賄賂を贈る事の方がより利益を得やすい為に能力を向上させようとする者は徐々に減るでしょう。なぜなら、競争を行う事でより効率的に行動する事を余儀なくされているためにそれ以外の選択肢はやがて取れなくなります。能力を向上させるための費用までも回収できなくなれば当然能力の向上は出来ず、最悪の場合は能力の向上を行うための費用を賄賂を贈る事により得られる利益で補おうとします。更に、賄賂により能力の向上が出来ないだけでなく、賄賂を贈らなければその分野で利益を得る事が出来なくなる可能性が発生します。賄賂を贈る、という競争が始まるわけです。そもそもが賄賂を贈らなければならないのはその分野での正当な競争において弱者であるからです。そしてただ負けるだけなら良いが、それによりその分野での役割を果たす事で得られる利益で生活を送る事が出来なくなる場合、より優先してもらう為に効果をより大きくするために賄賂を多く贈ろうとします。そして自身の生命のリスクを回避するために賄賂を贈るという過当競争が始まり、脱落者はその分野から撤退する事になります。しかし、それは能力が低いからではなく、賄賂をより多く贈る事が出来ない、という理由に代わっています。単純に言うなら"能力が与える効果+賄賂が与える効果"の総合値がよりその分野での生存に影響を与える事になり、生存のリスク回避のために賄賂をより多く贈る事で他者を上回ろうという行為を取るようになります。そして、当然ながら"賄賂を贈る"という行為を忌避する根拠が弱い程、"賄賂を贈る"という行動を取りやすくなります。
結果として、その集団は弱体化します。自分の属する規模での利益配分をより多く獲得するが、その獲得に使用したリソースは利益を正当に得る証明になる能力だけではなく、賄賂を贈る、というその分野に期待される生産活動ではありません。本来そこに居るべき人物が代わった事により発生する、分野の技術開発の可能性、品質の維持、量の安定供給などで差が出てしまいます。その差分だけ弱体化し、外部との競争に不利になります。では最も大きい規模で行えば問題ないのでは、と考えますが答えは"No"です。知性の成り立ちを、その成長過程を考えてみましょう。私達は自分とそれ以外を、簡単に言えば世界を分ける事で自分を認識しました。それは知性の成長に伴い規模が大きくなりますが変わりありません。そして世界という場所の中にある限り、これは変わらないのです。つまり、私達は世界、環境という対峙する存在が常に存在します。つまり"仮想敵"という言葉をあえて使うなら環境がそれになります。同時に"良き隣人"とも言えますが、ここでは私達が従うしかないルールの根底になる条件を突き付ける部分に焦点を当てるのでそう考えます。
世界、環境が与える条件として、エネルギーは有限であり、私達はたんぱく質からなる物質で構成されています。私達はこれに従うしかありません。エネルギー、資源が無限であるなら奪い合う必要がないので争いはまず起こらず、私達が別の形態であるなら、少なくとも現在の生と死のサイクルという楔から逃れる事が出来、死を回避するために受動的に行動する必要がなくなります。しかし、エネルギーは有限です。資源は有限です。有限であるからこそ、賄賂を贈ってでも利益を得ようとします。全員に必要なだけの量が分配されるか分からないからです。私達は容易く死に直面し、賄賂を贈って利益を得てでも回避しようとします。生存するための量が確保できなければ死ぬだけで、また、現在の生活を送っている分野から撤退すれば、それだけ未来が不透明になりかつ大きなリスクを抱える事になり、より死が身近に感じられるからです。
そして、弱体化はそれまで維持できていた機能が維持できなくなるという結果を生み出します。例えば賄賂によってある役割に就いた者はその役割の正しい機能を理解しておらず、私利私欲を満たそうとするかもしれません。そうでないとしても賄賂で使用した費用を回収するために、回収できるだけの利益を寄越す人物との取引を優先するかも知れません。その利益もまた賄賂だとしてもその際は気にもしないでしょう。そして賄賂を贈った人物の製品が流通したとしましょう。賄賂を贈る事で競争に勝利した人物の製品は本来あるべき製品より劣る可能性があります。また、賄賂に使用された費用は製品に乗せられる事になるため、その分、実際には割高になります。そして製品の価格を上げる事が出来ない場合や上げていない場合は、その製品の質を落とす事で賄賂に使用した費用を回収する事になります。その製品の使用者は、本来なら払わなくて済む対価を余分に払っている事になり、賄賂を贈る人物と受け取った人物の得る利益はその使用者となる集団が受ける損失であるとも言えます。
さて、損失を受けた集団はどうするでしょうか。受けた損失分を何かで補填する必要があります。そうすると、競争に勝つために能力を向上させる事よりも簡単な賄賂を贈る、という誰でも容易に出来る行為を優先するかも知れません。賄賂を贈らなくても、その損失分を自らの分野の生産物に反映させるかも知れません。既に損失は出ているのですからその本人がしたくなくても他の代替案がないならそうするしかない事になります。価格の上昇もしくは質の低下につながります。そしてその影響が他の分野の生産物へという連鎖波及が生じます。便乗値上げ等をしなければそれぞれの分野が影響を抑えようと努力するので波及する度に影響度は小さくなる傾向にはなりますがそれでも影響は免れません。賄賂を贈り、受け取った者達が与えた影響は巡り巡って自分たちの使う製品、もしくはサービスに反映され、その質の低下から以前と同じようにしていては利益を出す事が出来ずに更に賄賂を贈るという悪循環に陥り、より多くの脱落者を生み、一部が既得権益を独占するという構造を形成します。そして賄賂を渡し、受け取るという行為で役割を得た者だから賄賂を受け取るという行為に罪悪感はなく、また、賄賂を自身に贈って利益を得させない人物は当然排除しようとします。それだけ自身の利益が減るからです。そしてその利益を用いて、全体の質の低下による損失分を自身への影響分だけ埋め合わせようとします。それは社会がこれ以上劣化すれば崩壊するしかない、という所で一旦は停滞します。別の言い方をすれば、別のリソースを浪費するステージに移行するという事です。賄賂で利益を得ている人物以外は質の低下の影響を免れません。生じる損失を物質でカバーできないために社会の構成員はそれを不満だがすぐに解決出来ない問題だとして受け入れます。言うなれば押し付けられた事自体は受け入れられないが全体の情報を得る事が出来ずどこに責任を求める事が出来るか分からないから受け入れるしかない、という状態です。明確な責任者の不在とも言えます。どこかで誰かが不正をしているが私達が集団行動を選択した時に発生した欠点のために特定できない、という事です。その部分はまた別の機会にしましょう。
賄賂で利益を得るか正当な手段で奇跡的に利益を得ることが出来る集団以外は徐々に脱落し、社会の規模は実質的に縮小し、縮小する事で生じる生産性の低下により、得られる利益が減少し、更にそれを補てんするために賄賂を贈る、という悪循環の結果、社会全体のレベルは低下し、構成員は不満を抱え、それが限界に達すると暴動に発展する、という結末に至ります。故に賄賂はだめだ、という事になります。
さて、問題を戻します。こういった考えをした事がない者に"賄賂はだめだ"と教えたとしましょう。それを社会の常識として教えて行動させたとします。そして賄賂を贈らなければ相手に勝てない状況になったとしましょう。その者はどうするか、となります。常識として教えられてはいるがそれがどれだけのリスクかを知らない、もしくは漠然と自身の今までの生活からそれほどのリスクを持たない、と判断していた場合、賄賂を贈る、という行為を安易に選択してしまう可能性があります。この足りない根拠部分が"間|魔"と呼ばれるものです。明確に存在していなければならない情報が足りない状況です。そして、その者が"賄賂を贈る"という行為を見た事がないとしましょう。それでも実際にはそう行動できてしまう可能性があり、それは私達が選んだ知性の獲得というものがもつ欠点として存在し、それは推論の欠点であり常に発生するリスクでもあります。また、その者が"賄賂を贈る"という行為を知っていたとしましょう。その時はそのリスクとして、成功すれば勝て失敗すれば罰を受ける、という程度のものが主でしょう。そしてリスクを天秤に掛け"賄賂を贈る"という行為を選択するかもしれません。既に知っている事ですから容易に結果が推測でき選択しやすいのです。これも知性の欠点の一つですがここでは割愛します。この場合、本来ならリスクの大きさからハイリスクローリターンでしかないがその根拠を知らないためにリスクを軽視し、間違った行動をしてしまうという事になり、これを例えて"間|魔の誘惑に負ける"と言います。本来その行動を制限していたはずの情報が欠落もしくは強度が低下する事であたかもその制限されていた行動が行ってよい行動だと誤認識し、本来取るべき行動と比べて成功した時の利益が大きいためにその行動を選択してしまう、という事です。
ある一定の段階までは賄賂を贈るという行為は確かに有効に見えます。ですがそれにより社会の質の低下とそれに属する構成員の不信用、不満を蓄積し、やがて社会は何の異常もないかのように見えながら成長する可能性を失い飽和を迎えます。ここまでが第1ステージになります。そしてそこから社会は行われた不正行為により規模を縮小し、縮小する事で更に不正行為が必要な状況へと発展し、やがて破綻するかどうかの限界までスパイラルダウンしながら低下、縮小します。これが第2ステージです。問題は社会における行為とは高度になればなるほどに複数の条件が絡まり達成できているかどうかの判断が難しくなり直接的には影響が見えないようになります。達成しているかどうかの判断において達成するためには微差が足りなくとも達成される事になるのが大抵だからです。そしてそれは概念上での条件となり、目に見えない部分も含まれるからです。故に高度な社会程、その構成員の取る行為行動というものは遅延がかかるようになります。そして個人は大抵においてその遅延のかかった結果を把握する事なく成功と失敗の判断をしますが、最終的に潜在化した影響にも対処できないといずれ表面化して対処を迫られ、発生した影響を処理できるようにフィードバックシステムとして処理が出来なければ対処できず破綻します。例えるならゴミ問題がそういったものです。最初はゴミ問題というものは深刻な影響が出るものではありませんでした。その対処として埋め立て、集積放置、焼却で対処しますが、海洋汚染、土壌汚染、空気汚染という結果となり、その対処として使用する材質の選定、廃棄処理の厳密化、フィルターでの濾過、というように得た情報をフィードバックしてより詳細に対処していくことで、問題に対して処理して完全に対処できるようにするか、自然のサイクルなどその問題を内包する環境による浄化作用で対処できるまで量を低下させるかでなければやがて蓄積し破綻する事になります。それと同じ事が社会では常に起こっておりその蓄積が破綻の原因であり戦争の原因になります。故に戦争は人災だと言われます。また、弱体化するという事は自然災害など外部環境からの干渉に対するリスクも向上するという事になります。危機管理能力の欠如から来る対処の不完全さ、補給維持の低下、更なる治安の悪化などは起こり得ます。
次に積分を考えてみましょう。積分の適用範囲は限られており、自然に対する法則を表した数式を扱っている場合には問題ありませんが、そこから逸脱すると適用出来なくなります。これを知らずに積分で計算を行った場合、答えとして計算は合っているがそもそも積分を使う事が間違いという結果になり、本人は間違っているとは知らずに行動してしまう事になります。
次に吊り橋効果を考えてみましょう。先日お話した通り、効果そのものは魔導学が証明していますが、その使用方法を間違うと相手を加害する結果になり、それを理解せずに使うと容易く失敗します。この場合、効果を知っているがゆえに利益が欲して相手の事を考えずに行動してしまう事もあり、また相手の権利を侵害すると知っていても行動してしまう場合もあります。"間|魔"の誘惑に負けるという事です。
次に買い物を頼まれた場合を考えましょう。ほとんど品質に差はないが若干の差があるとして、品質が若干劣っている側から賄賂を貰い、品質の劣っている物を買ったとしましょう。その買い物は他者のための物であり、その品質は他者の得る品質です。意図的にそれを自身の利益の為に品質を劣化させる行為は加害行為であり権利の侵害です。大抵は吸収出来る微差であるかも知れません。そして、情報不足により買う事が出来る品質の中で最も良いものではないかも知れませんがそれが意図的でなければ許容範囲になるかも知れません。しかし、その行為は成功してしまいます。そこに間が潜みます。この程度の差であれば罰せられる事はないと考えるのです。すると、その行為により得られる利益を得ても良いと思い込みます。他者が得られる利益を自身の考え、利害のみで調整して良いと思うようになるのです。これも"間|魔"の誘惑と言えるものです。本来なら他者の利益を最優先してそこに損失を発生させない選択をする事が通常の行為です。しかし、誘惑に勝てず、他者の権利、選択できる可能性の中から最善のものを選択する自由、を侵害しています。代理であるとは依頼者の権利を最大限維持する事を必要とします。依頼者であるから、ではなく、社会のルールとして他者への権利の侵害は意図的に行ってはならないのです。その上で依頼者からの依頼を実行する事になります。実際にはそこまで誠実にこなそうとする者は少ないでしょうが。勿論、社会のルールだから、ではなく依頼者だからという理由で依頼者の利益を最大限維持するという考えもあります。それは、社会のルールだから、という理由からくる抑止力が、先ほど挙げた理由によって事実上、デファクトスタンダードとしてほぼない状態になった事に対して補強をする目的で作られるルールですが、こちらのほうがより自身の利害に直結しやすいので効果としては上になります。知り合いに買い物を頼むのと第三者に依頼するのとでは問題の生じやすさに違いがあります。ですのでより対外的な対応になる"依頼者の利益を最大限維持する"というルールによる抑止力のほうが効力があります。知り合いなどはある程度は許してくれるという前提はありますが第三者にその期待は出来ないのでリスク回避の抑止力は強くなります。ですがそれでも間の誘惑は発生します。賄賂を貰える量が微差であったとしても回数をこなせばそれだけ利益となり、また、品質の差も微差程度であればより誘惑は強くなります。また、依頼者に対して依頼を受けた本人が賄賂を受け取ってあえて質の悪い品物を選んだという事実を暴露されなければ、依頼者はそれが正しい選択で依頼者の権利を侵害しないように選択されたものだと誤認するかも知れず、そうなれば他者の権利を用いて利益を得る事が出来ます。実際には気づかれていてもする不届き者もいますが。ともあれどのような理由であれ、一度成功させてしまった賄賂を受け取る、賄賂を贈る、という行為、そしてそれを見て知ったという事実が該当する行為行動、今回は買い物を頼まれる、ですが行使する際に常にその利益を考慮してしまい、間の誘惑を受ける事になるという事です。当然、その誘惑に負けるという事実はやがてデファクトスタンダード化します。ほんの微差でも利益を得る事で他者より有利になる事で、賄賂を受け取ったり贈ったりする者は当然のようにその微差の積み重ねの末に不利になり負ける要因となってしまいます。結果として、賄賂を贈る、賄賂を受け取る、という行為を根本から排除できないならやがてその環境に残るのは賄賂を贈る、賄賂を受け取る、という行為をある程度容認した者だけになります。
ある行為を含む系が安定しているとして、ある行為が数値で表せると仮定しましょう。値A±bという範囲だとします。その行為を集団で行いますがほぼ全ての行為はその範囲に収束するとします。さてこの数値の定義を行った社会はうまくいくでしょうか。最終的にはうまくいきません。なぜかと言えば、自信の行為を数値という形で見てしまうからです。そして誤差が許容されている事でその誤差の分を自身の行為に許容されるバッファだと錯覚するからです。元々の定義は、個々の行為は環境の影響や個人の状態による変動が許容されるがその個人は行為に対して結果を元に調整しない、という前提があります。初めに数値が定義された時には数値を見てその行為が行われたわけではありません。しかし、その数値が定義されて以降はその数値を見て行為を行う事が出来ます。するとどうなるかと言えばその数値に誤差が許容されるようになっているなら誤差の分だけ効率を上げようと、下限値になるよう楽しようとします。また、その数値の基準値を上げるような行動をしていた者もその数値に近い値になるように行為を調整します。つまり、最初に示された数値が根拠とした行動は保証されないためにその数値が保証されなくなるのです。この数値を信頼できる値にするにはそういった自由度を個人に与えないだけの根拠を示した数値へと変える必要があるという事です。主には性悪説で構成した条件により導き出した数値になり、それは私達がデファクトスタンダードと称してより劣化する方向へと状況を悪化させる性質を示してしまうためにかけられる制限です。しかし、私達はその最終的な収束した状態が分かりません。手探りで行う事になり、試行の末に収束させるしかない事になります。しかし、デファクトスタンダードはその収束状態の一形態でしかなく私達が欲する状態ではありません。デファクトスタンダードに収束する事は正しい状態を作り出す事が出来ない事であり出来なかったという失敗を示す事でもあります。
この数値が行為行動の繰り返しによって下限値のより小さい範囲に収束したとします。(A-b)±cという数値になります。この値はデファクトスタンダードだとしましょう。しかしこの値のまま安定しません。この行為を情報として根拠を補強する別の行為にその影響が派生します。低下した基準値の影響により影響を受けた行為もそれまでの数値と同じにはならず下方修正される必要があります。下方修正された数値はまた影響を波及させその影響が収まるまで下降を繰り返しやがて安定すると思われる数値へと近づきます。しかし、その数値が社会を維持させる状態であるとは限りません。それまでに社会がそのスパイラルダウンに耐える事が出来ず状態を維持できなければ崩壊し、最終的に安定する事をデファクトスタンダードが生み出すスパイラルダウンは保証しません。つまり、一定の下降を示した結果、条件が満たせず、状態遷移しそれまでと同じ扱いが出来なくなるという事です。
結果として、それ以外の何かで行為行動そのものを修正する必要があるという事です。
では最初に戻しましょう。大臣達の行動はデファクトスタンダードによるものです。偽装して得られる利益は偽装しないで得られる利益よりも大きく、偽装しない者は淘汰され消える事になり、残った者が役割を担う事になります。結果として、汚職するのが当然の者たちが残る結果へと落ち着く、という事です。それは仕組みをどれだけ精細に構築しようとなくなりません。それ以外の方法が必要だという事です。仕組みそのものにそういった根源的な人の持つ欠陥を考慮したものを追加するかいずれ破綻する事が分かっている事からセーフティネットを用意する必要があります。
「いずれにせよ、このデファクトスタンダードがもたらす結末は既に予言された結末だという事です。何度も同じ原因から生じる同じ過ちを多種の行為で行う愚かしさから逃れる為にもさあ、今日もがんばりましょう」
そういってエールトヘンは話を締めくくったが、ローレンシアはその長い話の後にまだこれから始まるのかと考える。しかし色々覚えて損はない、と心を入れ替えて今日もお嬢様教育に励むのだった。
ここではデファクトスタンダードの欠点の一つを述べていたり。
王様は認識を深めより精度を高めようとしていますが、周囲はそうされると詐欺が出来ないから困る。だから王様が認識を深めるためのニーズやエクスキューズを得る事がないように、見るものや聞くものに機会がなくなるように、問題のない映像を見せる事でカモフラージュしようとしている、という事です。認識を深める、現状より精度を上げて識別するために必要な情報を与えなければ精度は上がらず、自分たちの詐欺行為も気づかれない、というのがその周囲の人物の考え方という事です。
これは同じようにデファクトスタンダードでは越えられない壁です。なるようになる、という行動をする人物を、その環境を操る事が出来る人物または集団がその人物または集団によって都合の良いように情報を操作して"なるようになる"よう誤誘導をする事があり、なるようになる、とリスクコントロールを放棄し、詳細に識別する事を諦めた時点で、本来あるべき状態との違いを認識する事が出来なくなり、自身が誤情報を与えられている事に気づけない、という結果になり、なるようになる、と思っているが、それは誰かに操られた結果でしかない、という結果へと結びつきます。
先取特権や早い者勝ち、その結果として生じた"止まらない"経済ではなく"止まれない"経済。果たしてそれは誰がそう仕向けたのか。偶然か必然か。誰が得をして誰が損をするためにそう作られ戦争へと向かうように仕組まれている?という事を回避するためにはデファクトスタンダードで受動的に行動する社会では対処できない、と言えます。そしてデファクトスタンダードでは対処できないからこそデファクトスタンダードになるように仕組まれる、という事です。
ここでの破綻の原因よりも20話で述べた問題などの法が戦争の原因としては大きいとは思いますがあまりそういった事を言うと色々うるさいのが発生するのでこの程度にしておきます。
数値定義のあたりは教書にも出てきます。人口調査するんじゃなかったー、的な話の元部分です。あれは多少ご誘導の出る話ですが、元々は客観視点で見る時の危険性を表したものです。




