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婚約破棄された悪役令嬢は、有能です  作者: 夜嶋朔


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第1話 婚約破棄された悪役令嬢

「セレスティア・フォンテーヌ。君との婚約を破棄する」


 その言葉が落ちた瞬間。


 会場の空気が、わずかに揺れた。


 王立学園の卒業を間近に控えた春。


 広い講堂には、生徒たちと教師、王族や貴族の子息令嬢が集められていた。


 その中央に立つのは、第一王子エリオット。


 そして。


 婚約を破棄された令嬢。


 セレスティア・フォンテーヌだった。


「承知いたしました」


 セレスティアは静かに答えた。


 ざわめきが広がる。


「え……」


「それだけ?」


「もっと怒ると思ってた」


「泣かないのね」


 周囲から小さな声が漏れる。


 セレスティアは、それらを聞き流した。


 別に。


 怒っていないわけではない。


 悲しくないわけでもない。


 ただ。


 今ここで泣いても、何も変わらない。


「理由を、お聞きしても?」


 エリオットは少しだけ言葉に詰まった。


 その隣には、金髪の少女が立っている。


 リリアーナ・リュミエール。


 この国の姫。


 ふわふわとした金髪。


 淡い色のドレス。


 誰にでも愛される笑顔。


 そして。


 セレスティアが、何度も注意してきた相手だった。


「リリアーナへの数々の嫌がらせだ」


「嫌がらせ?」


「彼女の行動を否定し、何度も注意しただろう」


「しましたわね」


「認めるのか」


「ええ」


 会場が、さらにざわつく。


 セレスティアはリリアーナを見た。


 今日も綺麗だった。


 けれど。


 少しだけ顔色が悪い。


「リリアーナ姫」


「え?」


「昨日も、昼食をほとんど召し上がっておりませんでしたわね」


 リリアーナが目を丸くした。


「えっと……」


「午後の授業では、階段を上がったあとに息を切らしておられました」


「それは……」


「それでも王子殿下とのお茶会には参加された」


 セレスティアはエリオットを見る。


「それを、わたくしはよろしくないと申し上げました」


「それは君の嫉妬だろう」


「違います」


 即答だった。


 エリオットが眉を寄せる。


「リリアーナ姫は、体がお強くありません」


「分かっている」


「では、なぜ休ませないのです?」


「……」


「なぜ、姫様ご本人も無理をなさるのです?」


 リリアーナの肩が小さく揺れた。


「殿下との時間を大切になさるお気持ちは分かります。ですが、体調を崩してまで好感を得る必要がありますの?」


「好感……?」


「人に好かれることばかり考えて、自分の体や、周囲の予定を後回しにするのは違うと思います」


 会場が静かになる。


「それを何度申し上げても、聞いていただけませんでした」


 セレスティアは少しだけ息を吐いた。


「だから、注意しました」


 誰かが小声で言った。


「でも、きつい言い方だったって……」


 セレスティアはそちらを見る。


 令嬢がびくりと肩を揺らした。


「きつかったかもしれませんわね」


「ほら……」


「ですが」


 セレスティアは静かに続けた。


「だからといって、姫様の陰で悪口を言っていい理由にはなりませんわ」


 先ほどまで小声で笑っていた令嬢たちが、黙った。


「わたくしがリリアーナ姫を嫌っているからと、勝手に同意を求めないでくださいませ」


「……」


「努力の方向を間違えていると思っているだけです」


 リリアーナが、セレスティアを見る。


「もっと、ご自分を大切になさるべきだと思っています」


 その声は。


 思っていたより、ずっと穏やかだった。


「婚約破棄については、承知いたしました」


 セレスティアはエリオットへ向き直る。


「今後、殿下がどなたと過ごされようと、わたくしには関係ございません」


「セレスティア」


「ただし」


 エリオットが身構える。


「明日の外交授業で使用する資料は、机の上へ置いてあります」


「……え?」


「グランヴェール王国との交易量。直近五年分をまとめました」


「なんで?」


「殿下が先週、必要だとおっしゃったでしょう」


「……覚えてたの?」


「仕事ですので」


 エリオットは何も言えなくなった。


 セレスティアは一礼した。


「それでは、失礼いたします」


 講堂を出る。


 背後では、まだざわめきが続いていた。


 婚約破棄。


 悪役令嬢。


 嫌がらせ。


 嫉妬。


 好き勝手に言えばいい。


 セレスティアは廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。


「……疲れましたわ」


 その日の放課後。


 セレスティアは自室の机へ向かっていた。


 目の前には、何枚もの書類。


 外交資料。


 予算表。


 学園行事の進行表。


 リリアーナの体調を考えて減らした方がいい予定まで、別紙にまとめてある。


「これで最後ですわね」


 ペンを置く。


 窓の外は、すでに夕方だった。


 セレスティアは肩を回し、ふと昨日のことを思い出す。


 最近。


 少しだけ。


 ロイヤルフラグメントの様子が変わっていた。


 エリオットは以前よりよく笑う。


 レオンは周囲を見るようになった。


 エミールも、誰かの好感度ばかり気にしていない。


 ノエルは自分ではなく、人の体調を見ている。


 アレクシスは仕事の話をするようになった。


 ルシアンは人の世話を焼いている。


 セシルは。


 相変わらずだった。


「……何があったのでしょう」


 少しだけ気になる。


 けれど。


 今日のセレスティアには、もう一つ予定があった。


 机の端に置いていた書類をまとめる。


 リリアーナ姫へ渡すものだった。


「放課後でしたわね」


 立ち上がる。


 婚約を破棄された、その日の夕方。


 セレスティア・フォンテーヌは。


 自分を嫌っていると思われている姫のもとへ向かった。

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