第20話 夜の静寂
悠真は口の中が乾くのを感じた。
エレノア、セリア、使用人たちは動かないままだった。
ルリカは帽子を強く握っていた。
ノノアはポケットを探る手を止めていた。
リーゼでさえ、黙っていた。
一瞬、部屋から暖炉の音まで消えたように感じた。
それから光輝が視線をそらした。
「寝る」
ただ、それだけを言った。
返事を待たずに背を向け、部屋を出ていった。
扉が彼の後ろで閉まった。
悠真は立ち尽くしていた。
(これ、何になってきてるんだ? 怖いんだけど)
次の瞬間、十人ほどの使用人が一斉に入ってきた。
全員が笑顔だった。
全員が無言だった。
「お休みの時間でございます」
「悠真様、お部屋はすでに暖めてございます」
「ルリカ様、安眠用のお茶と、寝つきのための礼儀作法の本をご用意いたしました」
「ノノア様、夜間訓練用の錠前は滅菌済みでございます」
「リーゼ様、厩舎は整備のため閉鎖中でございますが、ベッドには石のような質感の毛布をご用意しております」
リーゼの目が輝いた。
悠真は彼女を見た。
「リーゼさん、それに引っかからないでください」
「石の質感……」
「リーゼさん」
使用人たちは、拒む隙を与えないほど丁寧に近づいてきた。
数分後、それぞれが各自の部屋へ案内された。
部屋の扉が閉まった瞬間、悠真は動きを止めた。
待った。
それから鍵穴に近づき、のぞいた。
(よし、誰もいない)
ゆっくりと扉を開けた。
廊下には誰もいなかった。
(パーティを集めないと。これはホラー屋敷になってきた)
悠真はつま先立ちで外へ出た。
夜のルミナリア邸の廊下は、昼間とは違って見えた。
昼間は、清潔で優雅だった。
今は、高い窓がただ影だけを映している。古い英雄たちの絵は、通る者を見ているようだった。光の結晶もかすかに光るだけだった。
悠真はゆっくり進んだ。
自分の足音が、いちいち大きすぎる気がした。
(勇者って、普通は隠密も最大値じゃないのか?)
止まった。
(俺は勇者じゃない)
その考えで、さらに悲しくなった。
廊下の奥から、二人の使用人が近づいてきた。
悠真はパニックになり、巨大な壺の後ろへ飛び込んだ。
壺が揺れた。
悠真は両手で押さえた。
壺が左へ傾いた。
次に、右へ。
底が床をこすった。
ギギィ。
使用人たちが止まった。
悠真は目を閉じた。
(生き延びたら、二度とステルスビルドを馬鹿にしない)
使用人の一人が壺の方を見た。
もう一人は歩き続けた。
「あの方の様子を見に行きましょう」
「はい」
二人は横の扉を通っていった。
悠真は足音が消えるまで動かなかった。
(ん?)
使用人たちが入っていった扉まで、廊下を進んだ。
ドアノブに手を置いた。
心臓が喉のところで鳴っていた。
「お前らが何を企んでるのか、今ここで暴いてやる!」
勢いよく扉を開けた。
部屋は空だった。
完全に空だった。
白い壁が四つ。
清潔な床。
閉じられた窓が一つ。
家具もない。
使用人もいない。
通った痕跡もない。
悠真は入口に立ったまま、何もない空間を見つめた。
「怖っ」
「何が怖いのですか?」
悠真は飛び上がった。
「うわああ!」
踵で回り、肩を戸枠にぶつけ、純粋な運動神経のなさだけで膝から崩れ落ちかけた。
エレノアが彼の後ろにいた。
軽い寝間着姿だったが、腰にはまだ剣を下げていた。金髪は片方の肩に落ち、青い目は静かだった。
「エレノアさん、どうやって俺を見つけたんですか?」
「どうやって? 足音で目が覚めました。壺が倒れかける音も聞こえましたし、気配も……」
悠真は手を上げた。
「分かりました。もう結構です!」
エレノアは廊下を見た。
「セリアの下僕たちに見つかる前に、あなたを部屋へ連れ戻します。彼らは夜に廊下を歩く者を無差別に襲います」
その言葉が終わった瞬間、彼女の手が剣へ下りた。
刃が銀の閃きとなって鞘から抜けた。
彼女の背後で、黒い下僕が壁から跳び出していた。
液状の影でできていて、長い腕と、虚ろな濃い紫の目を持っていた。
エレノアは体をひねった。
爪が首に届く前に、剣が下僕を斬り裂いた。
影が二つに裂けた。
だが、その勢いで彼女はバランスを崩した。
「あ」
後ろへ倒れた。
まっすぐ悠真の上へ。
二人は床に倒れ込んだ。
悠真は背中が石にぶつかるのを感じた。
「痛っ!」
乾いた痛みが背骨を駆け上がった。
その瞬間、小さな紫の波が彼の体から広がった。
短く。
ほとんど見えないほど。
だが、悠真は見た。
波は細い輪のように床を走り、エレノアに触れ、廊下の先へ消えた。
(今の……天上簒奪か?)
エレノアは彼の上にいた。
片手が彼の頭の横についている。
金髪が金色の幕のように落ちていた。
青い目が近すぎて、悠真は一秒だけ、屋敷に殺人影がいることを忘れた。
(ああ、最大級のお約束だ)
心臓が速くなった。
(ついに、異世界での初恋愛フラグか)
エレノアは動かなかった。
頭は低く下がっていた。
表情から、いつもの完璧さが消えていた。
「悠真様……」
悠真は一瞬で赤くなった。
「はい」
(来るぞ。愛の告白が)
エレノアは床に指を食い込ませた。
「家に帰りたいです」
悠真は目を見開いた。
「どういうことですか、エレノアさん?」
彼女は困惑したように周囲を見た。
「なぜ私がここにいるのか、分かりません……」
片手で額を押さえた。
青い目が震えた。
「私は……木があって……それから……」
言葉が崩れた。
悠真は少しだけ体を起こそうとした。
「でも、光輝は……」
エレノアは彼を見た。
目を見開いて。
真っ直ぐで。
怯えていた。
「どうして私が、あの人のことを気にしなければならないのですか?」




