新星
翌朝、いつも通りの時間に冒険者ギルドの扉を開けた。
一歩中に入った瞬間、いつもとは明らかに違う、異様な熱気と視線が肌を刺す。
「──おい、あいつだろ?」
「ああ、間違いない。『嵐斬』のガルガが言ってた新人だ」
「マジかよ……あんなひょろっとした兄ちゃんが、ゴブリン十数体を一瞬で全滅させたってのか?」
酒場の席からも、掲示板の前からも、無数の視線が俺の動きに追従してくる。どうやら昨日、ガルガたちが街に戻ってから触れ回ったらしい。
「おいおい、それだけじゃねぇぞ。地下水道のマッドマウスの群れをソロで壊滅させた上に、帰りの道中で常設の採取依頼を六件同時に終わらせて帰ってきたって話だ」
「おいおい、どんなリソース管理してんだよ。化け物か?」
「『期待の新星』どころの騒ぎじゃねぇな……」
周囲の冒険者たちが、こちらのステータスを値踏みするようなどよめきを漏らしている。
俺はそのざわめきを完全にスルーし、最短ルートで受付カウンターへと歩を進めた。
「カイさん! おはようございます!」
カウンターの奥から、ミラがこれまでにないほど目を輝かせ、身を乗り出して声をかけてきた。その手には、昨日俺が提出した依頼書の束が握られている。
「昨日提出された書類、ギルドの上層部でも大騒ぎですよ! Dランクパーティのピンチを救っただけでなく、一日に七件の依頼を単独で同時達成なんて、ギルドの創設以来、前代未聞です! 今朝はもう、カイさんの噂でもちきりなんですから!」
ミラは興奮を隠せない様子で、普通の人間なら二倍は時間をかけるであろう長台詞を一気に捲し立てた。
しかし、すぐにプロの仕事モードに戻り、真鍮製の冒険者カードを端末にかざした。
「昨日の護衛任務の追加報酬、および各採取依頼の達成報酬、全て合わせて銀貨十二枚、本日付けで口座への入金が完了しております!」
「分かりました」
これで資金の安全性はさらに強固になった。
カードを受け取ると、そのままミラの背後にある掲示板へと視線を移す。周囲の冒険者たちが息を呑む気配がしたが、気にせず、今日の分の依頼を選定し始めた。
Eランクの依頼達成数は現在15。あと5件でDに上がる。
「……今日中に行けるな」
複数の依頼書を剥がし、ギルドを出る。今日は討伐系が中心だ。
街道や森を効率的に巡り、ゴブリン、マッドマウス、ホーンラビットを機械的に狩り続けていく。
全てを終えてナイフを収めた頃、脳内に無機質な声が響いた。
『光魔法がLv4になりました。スキル《光化》、魔法を習得しました』
新しく習得したリソースの解説を脳内で開く。
《光化》:光と一体化する。1分間の間、攻撃力と魔法攻撃力、敏捷力が1.5倍になり、光魔法の威力・効果が2倍になる。
《ライトスピード》:光速で移動する。敏捷力が3倍になる。
検証のため、その場で試しに使ってみる。
「スキル《光化》」
一瞬にして全身が純白の光に包まれた。身体の中心から、未知の出力の力が漲ってくるのを感じる。1分後、光は霧散し、元の身体に戻った。
「光魔法Lv4《ライトスピード》」
地面を少し蹴った。視界の景色が爆発的に後ろへと吹き飛ぶ。風の抵抗すら置き去りにし、俺はほんの数分足らずで街の正門前へと到着していた。信じられない移動効率だ。
ギルドに戻り、淡々と依頼達成の報告を済ませる。
「はい! これでカイさんはあと1つ依頼をクリアしたらDランクです! 一週間でDに行くなんて、まさに新星ですね!」
ミラが嬉しそうに笑い、周囲の冒険者たちがまたヒソヒソと会話を始める。
一度宿に帰り、次の依頼の準備をしてからギルドに戻ると、何やら掲示板の前が酷く騒がしかった。
人だかりを割って掲示板を見やると、そこには赤文字で【緊急依頼】の文字があった。
【緊急依頼】:フォレストベアの討伐
目的:フォレストベアの討伐
対象:冒険者ランクD以上、パーティ推奨
報酬:金貨1枚
冒険者たちの緊迫した声が耳に届く。
「フォレストベアって、あの森の主かよ!?」
「冬眠から覚めて森の奥地から出てきたらしい。商人や冒険者が何人も被害に遭ってるって話だ」
冒険者たちはその場で即席の討伐パーティを組み、色めき立ちながら依頼を受けに行っている。だが、受注制限はDランク以上。現在の俺はEランクのため、システム上は対象外だ。
「依頼を受けたい」
受付でそう告げると、ミラは申し訳なさそうに首を横に振った。
「すみません、フォレストベアの影響で、全体の安全が確保されて討伐が完了するまでは、通常の新規依頼は全て受注停止になっているんです……」
「分かりました」
これ以上の粘りは非効率だ。併設されたギルドの酒場で食事を取り、一度宿屋に戻る。
「何か……できることは……」
部屋の作業台の前に座り、腕を組んで考える。依頼が受けられないなら、手持ちのリソースを強化する時間にあてるべきだ。
採取してあった薬草(緑地草)を取り出す。
これをすり潰して水と混ぜれば、回復薬になりそうだな。
薬屋でガラスの空き瓶を複数個買い、井戸で水を汲んで部屋に戻る。
作業台の上で薬草を丁寧にすり潰し、抽出した汁を水と共に空き瓶の中へと流し込んだ。すると、空き瓶が淡い光を放ち始める。
「《鑑定》」
物質名:体力ポーションではない何か
説明:緑地草と水を混ぜた物。魔力を込めれば回復薬になる。
説明の通りに、空き瓶に触れて体内の魔力を微量に流し込む。
光が一段と強くなり、液体が綺麗な緑色へと変質した。
「《鑑定》」
物質名:体力ポーション(品質:低)
説明:飲めば体力を回復する。普通の物より効果は劣っている。
試験的に、その回復薬を自分で飲んでみる。味は無い。現在、体力は減少していないため、ただの水分補給になっただけだった。その瞬間、
『スキル《作成》を習得しました』
無機質なアナウンスが脳に響く。
《作成》:素材加工の工程をスキップする。品質は本人の練度とは別になり、他のスキルとの計算で出力される。
「《作成:体力ポーション》」
素材を指定し、言葉を発した瞬間。手元にあった緑地草と水が光と共に消え、空き瓶の中に一瞬でポーションが充填された。《精密作業Lv1》の効果が乗ったおかげか、今回の品質は『中』に向上している。
手作業の工程を完全に自動化できる優秀なスキルだ。俺はその後、手持ちの緑地草が無くなるまで水を汲み、即座にポーションを量産し続けた。
『《精密作業》がLv2に上がりました』
完成した体力ポーション10個を腰巾着に入れ、再びギルドへと向かう。
現在は既に夕方。緊急依頼が発令されてからかなり時間が経っていたため、もう討伐は終わっているかもしれないと思ったのだが──扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、血と包帯に塗れて治療を受けている無数の冒険者たちの姿だった。
「あ! カイさん!」
俺の姿に気がついたミラが、青ざめた顔で駆け寄ってくる。
「すみません、今よろしいですか? ……実は、フォレストベアを討伐するために向かった冒険者12名が、先ほど敗れました……」
「被害は?」
「死者は幸運にもいませんでしたが、重傷者多数です。Dランクの冒険者だけでなく、応援に駆けつけたCランクの冒険者までもが、あのフォレストベアの前に一蹴されてしまいました……」
ミラの声が小刻みに震えている。
「その熊は、今どちらに?」
ミラが弾かれたように広げた地図を見る。赤印がつけられた場所は、商人が頻繁に行き交う主要な街道沿いだった。
「このままでは、さらに被害が増える一方です。そこで、本当に無理を承知でお願いしたいのですが……」
ミラが、縋るような真剣な目で俺を真っ直ぐに見つめた。
「討伐とは言いません。どうか、奴を街の手前で『撃退』して頂けないでしょうか……? Eランク(ランク)になられたばかりのカイさんにこんなお願いをするのは、大変な規約違反ですし、申し訳ないことは重々承知しています。ですが、今動ける方で、頼れるのは……貴方しかいないのです」
「分かりました」
即答されると思っていなかったのか、ミラは大きく目を見開いた。
「……え!? 本当に、ですか!?」
俺は何も言わず踵を返し、そのままギルドを、そして街を出た。背後でミラが何か叫んでいたような気がしたが、耳には残らなかった。
薄暗くなり始めた街道を歩いていくと──それは、いた。
普通の熊の3倍はありそうな異常な体格。岩石のように硬質化した毛皮に、鉄格子をも容易く引き裂きそうな凶悪な爪。
《魔力操作》を用い、右手に一気に魔力を集束させる。
「光魔法Lv3《ライトアロー》」
射出された光の矢がフォレストベアの脳頭部へと直撃する──が、硬質の毛皮に阻まれ、火花を散らして弾け飛んだ。通らないか。
「グオオオオオオオオッ!!」
熊がこちらを向き、明確な『敵』として認識した。巨体に似合わない凄まじい爆発力で、地面を削りながらこちらへと突進してくる。
「光魔法Lv1《シャイン》」
至近距離で爆発的な閃光を浴びせる。視界を奪われた熊の足元がもつれ、巨体が地面を激しく転がった。
「光魔法Lv2《ライトボム》」
その隙を逃さず、無防備な熊の腹部へと光の楕円を叩き込む。凄まじい衝撃波が走り、熊が苦悶の呻き声を上げた。
だが、奴は即座に立ち上がり、怒り狂った形相で再びこちらに向かって爪を振り下ろしてくる。
「支援魔法Lv1《敏捷強化》」
身体から淡い光を放ち、熊の突進となぎ払いをすんでのところで回避していく。しかし、完全に質量が違いすぎる。三撃目、不可避のタイミングで繰り出された巨躯の体当たりをモロに喰らい、俺の身体は後方へと激しく吹き飛ばされた。
「くっ……」
背中が地面を激しく転がる。想定以上のダメージ。
俺はすぐさま懐から、先ほど量産した体力ポーションを抜き、一気に煽った。冷たい液体が喉を通り、体内の奥へと染み渡ると同時に、暖かい魔力となって傷ついた肉体を瞬時に修復していく。HPが急速に安全圏へと戻る。
その後も、ヒット&アウェイを繰り返しながら光矢や光弾を当て続けたが、熊の硬く分厚い脂肪と毛皮に阻まれ、決定打には至らない。
気がつけば、日は完全に落ち、夜空には無数の星が輝いていた。
これ以上の長期戦はリソースの無駄だ。
「全力を尽くすしかないか」
俺が意識を切り替えた瞬間、それを本能で察知したのか、熊が今までで最も速い、質量兵器のような突進を仕掛けてきた。
「光魔法Lv3《ライトスラッシュ》」
手刀に鋭利な光を纏わせ、真っ向から熊の懐へと潜り込んで腹を割く。確かな手応え。しかし、熊は痛みを肉体の強靭さで殺し、そのまま俺の身体を夜空へと高く放り投げた。
重力に従い、身体が高く上空へと舞い上がる。この高さ、このまま落下すれば死亡が確定する。
ならば──。
「スキル《光化》」
呟いた瞬間、俺の身体が完全な光へと変換された。眩い純白の輝きを帯びた身体は、夜空の星々と完全に同化する。
そのまま、光の質量となって真下へと自由落下を開始した。
地上では、熊が勝利を確信したように咆哮を上げ、落ちてくる俺を完全に圧殺するための爪を構えている。
上空、光の塊となった俺の脳内で、全ての補正計算が完了した。
「光魔法Lv4《ライトスピード》」
「──《ライトスラッシュ》」
夜空から、一条の流星が堕ちた。
光速を超えた俺の質量攻撃は、熊が爪を振り下ろすよりも早く、その無防備な腹部へと手刀を突き立てていた。
《光化》の補正、そして《ライトスピード》の超速度が乗った一撃は、フォレストベアの強固な肉体をバターのように容易く一刀両断する。
轟音と共に地面へと滑り込み、俺はそのまましばらく動けなかった。限界以上の負荷。
「……終わったか」
数分後、ようやく立ち上がり、物言わぬ巨躯の解体作業に移る。
普通の解体用ナイフでは刃が通らなかったため、右手に《ライトスラッシュ》を展開し、外科手術のように精密に、全ての素材を剥ぎ取っていった。
夜更けのギルドへと戻り、ミラのいるカウンターへとその最高級の素材をドンと置く。
これで、本日のタスクは全て処理完了だ




