寝落ちの果てに
午前3時。オフィスに1人、指先だけが機械的にキーボードを叩いていた。
連続勤務は18時間を超えている。
とっくに限界を迎えた脳は、感情というコストのかかる機能を真っ先にシャットダウンしていた。理不尽な仕様変更への怒りも、終わらない作業への絶望もない。ただ目の前のバグを検知し、最短ルートで修正コードを叩き込むだけの、冷徹な処理装置と化していた。
デスクの脇には、冷めきった缶コーヒーと、口すらつけていないゼリー飲料。
腹が減っているはずだった。強烈な睡魔が脳を侵食しているのも自覚していた。だが、それらを「不快」と感じるセンサーは、とうに摩耗し、麻痺している。
「あと、少し……」
それ以上の思考を脳が拒絶した。
キーボードを叩く指が、ふっと軽くなる。
凄まじい速度で遠のいていく意識のなかで、焦ることもなく、「あぁ、寝落ちするか」と、ただシステムをシャットダウンするように、静かに目を閉じた。
**いつもより穏やかに寝れた気がする**
目を覚ますと、俺は草原にいた。
「.........?」
見渡す限りの大草原が広がっている。
左を見ると森が、右を見ると遠くに町が見える。
夢?それにしては現実味がありすぎる。
残業のし過ぎで現実逃避にこんな夢を見ているのだろうか。
昔はこういうゲーム、異世界世界によく憧れたものだ。
今となってはすっかり熱が冷めているが。
俺は冗談気味に言葉を口にした
《ステータス:オープン》
突如として目の前に透明なウィンドウが表示された。
「............。」
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名前:カイ
種族:人間
年齢:20
職業:なし
Lv:1
HP:1000
MP:500
攻撃力:C
守備力:A
魔法攻撃力:S
敏捷力:B
運:A
魔法:光魔法Lv1、回復魔法Lv1、支援魔法Lv1
スキル:《鑑定》《成長加速》《言語理解》
所持金:銀貨1枚
称号:《異世界転移者》《感情欠落者》《欲求欠落者》《カレイドスの加護》
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「.......なんだこれ」
まるでゲームのような画面が出てきた。その中でも目を引くものがある。
「異世界転移者.....か。」
どうやら仕事で寝落ちしてそのまま異世界に連れてこられたらしい。
普通なら慌てふためいて感情がぐちゃぐちゃになるだろう。だがなんの感情も湧いてこない。
称号の欄にある《感情欠落者》が原因だろう。
「強いのか弱いのか分からんな」
《カレイドスの加護》どうやらカレイドスと言うやつが俺をここに連れてきたようだ。
「とりあえず、遠くの町に行ってみるか。」
カイは歩き出した。道のりは遠かったが疲れは感じなかった。
街道を歩いている途中、頭に角があるウサギが目に入る。
「《鑑定》」
個体名:ホーンラビット
強さ:E
ウサギがこちらに気づいた。赤い目がこちらを捉えそのまま突進してくる。
俺は自然とこの先何をすれば良いか分かる。
意志とは関係なく身体が勝手に動く。
「光魔法Lv1 《シャイン》」
自分の手から閃光が走る。
ウサギは視界を完全に奪われ目を回している。
ウサギに近寄り素手でそのまま殴った。
「きゅううう〜」
ウサギは鳴き声を上げそのまま絶命した。
心臓の鼓動は聞こえない。嬉しさも何も無い。
カイはそのままウサギを持ち上げ歩き始めた。
しばらく歩くと大きな町に出る。
門の前に兵士がおり、カイを見ている。
「見ねぇ顔だな。冒険者カードは?」
「ありません。」
カイが持っているウサギを見て冒険者だと思ったのだろう。
「なら通行料銀貨1枚。」
袋から銀貨を差し出す。これで全財産は0になった。
「冒険者カードは奥の冒険者ギルドで発行できる。お前さんが持ってるウサギの素材買取もそこにある。」
「ありがとうございます。」
カイが淡々と答える。門番はちょっと怪訝な顔をするがそのまま顔を外に向ける。
門をくぐり、歩くと大きな建物が目に入る。
近づくと中から怒声や皿の割れる音が聞こえてきた。
カイが門をくぐると何人かの冒険者がこちらを見る。見慣れない顔だったのだろう。
「新人さんですか?初めましてこの街リーゼルのギルドで受付をしております。ミラと申します。」
ミラが一礼する。
「カイと申します。今日この街に来たので冒険者カードを発行して欲しいのですが。」
「発行ですね!分かりました。ではこちらの用紙にお名前と戦闘スタイルをお書きください。その後ランクを決める試験がございます。」
差し出された紙に情報を書いていく。
「カイさんですね。戦闘スタイルは光魔法と回復と支援。なかなか珍しいですね!」
「そうですか」
「はい。回復も支援もなり手があまりいなくて全体的に人手不足なんですよね。」
用紙を受け取ったミラは両手を叩いた。
「では、試験の方始めさせて頂きますね、といっても簡単な依頼をこなしてもらうだけです。」
1枚の依頼書をカウンターに置く。
【東の森での薬草採取】
目的:緑地草を10本採取。
報酬:銅貨5枚
「こちらの依頼になります。東の森はここを出て右側です。なにかご質問はありますか?」
「先ほどここに来る途中でホーンラビットを倒したので素材の買取をお願いしたいのですが」
「もうホーンラビットを!?期待の新人さんですね!」
周囲の冒険者がざわつく。
あいつもう角ウサギを倒したってよ....。
頼りなさそうに見えて中々やるじゃないか...。
「ですがすいません。素材買取は冒険者カードを持っていないと出来ないんです。なので先に依頼の方をお願いしてもいいですか?」
「分かりました。」
一言。それだけ言ってギルドを出る。
門の前を出るとさっきの門番がいた。
「おっ!最初の依頼か!頑張れよ!帰りは通行料要らねぇからな!」
門番の声を後にし森の中に入る。
森の中はひんやりとしていた。
現実世界と比べて空気が澄んでいる。
「緑地草の採取だったな。《鑑定》」
《鑑定》を発動させたまま見渡すとあちらこちらに薬草があるのが分かる。
緑地草:回復薬の素になる。そのまま塗っても効果はある。
月光草:麻痺治しの素になる。
毒草:毒消し薬の素になる。そのまま塗ると毒状態になる。
俺は緑地草を片っ端から摘んでいきその他も少しずつ抜いていく。
ある程度抜いたところで頭の中に声が響く。
『スキル《薬草知識Lv1》《精密作業Lv1》が追加されました。』
「本当にゲームみたいだな。」
《薬草知識》があるからか鑑定を発動せずとも
周囲の薬草の位置と名前がわかり、《精密作業》で早く丁寧に摘むことが出来た。
結果的に緑地草20本、その他各5本ずつを
1時間足らずで摘みきった。
帰路の途中門番が驚いた表情をする。
「お前もう終わったのか!?早いな!」
採取結果を見せる。
「大したもんだ。こりゃ期待の新星誕生だな!ガハハ!」
門番は笑って手を振る。
俺は淡々と歩く。本来は喜ぶべきところなのだろうが嬉しさも喜びも何も感じない。
ギルドに入り連絡をする。
ミラも驚いている。
「カイさん!?もう終わったんですか!?」
短く頷き素材を出す。
「終わりました。」
ミラは薬草20本を見ながら途中で驚きを見せた。
「半分の10本は凄く丁寧に摘まれていますね。
カイさん凄いです!追加10本と丁寧さを評価して追加報酬銅貨10枚になります!」
銅貨10枚が木のトレーに置かれる。
「そして!初依頼達成したので冒険者カードを発行させて頂きました!」
続いて木のカードが発行された。
「カイさんのランクはFからです!3つの依頼をクリアするか30日が経過すると自動的にEになります。Eになると木のカードから真鍮性のカードになり口座が使えるようになります。」
口座、現実世界でも異世界でもお金の管理をする必要がある。
俺の今の手元には銅貨15枚。
「素材買取も頼みたい。」
「そうでしたね!では、こちらへどうぞ!」
ミラは横のカウンターに誘導する。
カウンターには年齢40.50くらいの解体人がいた。
「おう、お前か。新人でホーンラビットを狩ったっていうのは。素材出してみろ。」
持ち運びで原型が無くなった素材を置く。
「ぐちゃぐちゃだな。解体用ナイフを持ち歩いておけ。問屋で銅貨10枚で売ってる。魔石の状態は悪くない。銅貨10枚ってとこだ。」
「お願いします。」
「おう。」
お互いに短い返答をする。その後銅貨10枚が置かれた。
「薬草は取り扱ってねぇ。問屋で二束三文で売るか薬にしてポーション屋に売るかの2択だ。」
カイの心を見透かしたように言う。
「分かりました。銅貨25枚で泊まれる宿はありますか。」
うーん。と解体屋が顎に手を当てる。
「この裏手にある『石の寝所亭』って言うところは1晩銅貨10枚だ。夜は過ごせるがそれだけだ。」
「分かりました。」
俺はギルドを出て裏に回る。
解体屋の言う通りその宿屋はあった。
中に入ると偏屈そうな亭主が気だるげにしている。
「1晩取りたい」
銅貨10枚を置く。
「部屋は2階の奥の部屋。鍵はない。」
怠そうに顎で階段を指す。
部屋の前に着く。鍵がない木のドアを開けると
部屋には石に藁を敷いただけのベッドのようなものが1つ。
俺はベッドに腰かける。
昨夜から何も食べてないが腹は全く空かない。眠くもない。性欲は現実世界でも希薄だった。
称号欄にある《欲求欠落者》の影響だろう。
どうやら3大欲求が全て欠落しているようだ。




