最初の署名
突然我に返ったかのように、イザベルは宣誓を途中で止めた。
不思議に思ってイザベルの顔を見ると、少し照れたように笑う。
最後に僕の頭を撫でた後、おでこにキスをしてくれた。
「優様が愛しくて、危うく最後まで宣誓してしまうところでした」
「最後までするとどうなるの?」
「皆様より一足先に、優様と私が夫婦になりますね。
それができたら、本当は大変喜ばしい事なんですけど…。
…やはり、皆様に怒られてしまいますから」
それからイザベルは書類作りに戻った。
文面はさっきのと同じものらしい。
なので、飽きるから遊んできてくださいって言われたけど、
もう少し、イザベルと一緒に居たいと思った。
しばらくして、帰りが遅い僕を心配したエンフェルトがやってきた。
「優。遅いから心配で見に来たよ」
「イザベルが書類書くの見てた。あれ?ステラは?」
「晩ごはんの準備だって。
イザベル、書類は順調か?」
「順調ですエンフェルト様。
ただ、後でエンフェルト様に署名していただきたい箇所があるのですが…」
「私がか?」
「皆様の宣誓書には、この大聖堂で行った証となる印と、
立ち会ったシスターである私の署名。
当然ですが夫婦になる二人の署名に加えて、
上官であるエンフェルト様の署名があるとより良いですね」
「そういうものか。
なら今から食事が出来るまでの間、ある程度までやってしまおう」
「助かります」
イザベルが今まで書いてきた宣誓書に持ってきて、
それにエンフェルトが次々に署名していった。
その間、僕はイザベルにこの世界での優という文字の書き方を教えてもらう。
「そうそう、上手いですね。
優様にも署名して頂きたいのですが、宜しいですか?」
「いいよ!何処に書くの?」
「一枚目は、これがよいですね」
イザベルに渡された宣誓書に名前を書いた。
字なんて書いた事もなかったし、ましてや覚えたばかりの字だ。
多少不安を覚えつつ、できるだけ丁寧に書く。
エンフェルトもその宣誓書を見た。
思い切りニヤけるから、そんなに笑えるほど下手な字に見えるのかって、
さらに不安になった。
でも、そうじゃなかった。
「これが優の最初の署名?」
「…う、うん…」
「書類上なら、私と優はもう夫婦だね」
「えっ?そうなの?」
「ふふ、私が最初か…。
早く、ドレスも選ばなくちゃね」
エンフェルト曰く、僕の字は下手じゃないらしい。
安心した僕は次から次に名前を書いた。
名前を書くだけだとあっという間で、
晩ごはんになる前に全ての宣誓書に書き終わった。
「これで終わり?」
「有難う御座いました。
ですが、また新しく書いたらお願いしても宜しいですか?」
「うん?イザベル、今ので全員分じゃないのか?」
「いえ、皆様のお手元と大聖堂に保管する物とで、二枚ずつ作ろうかなと」
「確かに私も手元に欲しい。
それにしても、手書きとは大変だな」
「いえ、これもシスターとしてのお仕事でしたから」
「後、気になったんだが…、
イザベル、お前の宣誓書だけ装飾が立派じゃないか?」
「そうですか?」
確かに署名した時、一枚だけ豪華なのがあった。
余白の部分に綺麗な葉っぱみたいな装飾が描かれて綺麗で、
僕もちょっと欲しくなった。
「私のにも同じような装飾をしてくれないか?」
「では、寄付を」
「…金を取るつもりか?」
「いえ、寄付ですよ。
私と同じのだと、だいたい金貨二枚です」
「…高すぎだろ…」
「冗談ですよ。
久しぶりの事なので、私ので練習したんです」
「こっちも久々に金を要求されたから少し驚いたよ。
だが、今が平時だったとしたら同じ金額が掛かるのか?」
「私が居たところは本当にお気持ちだけで大丈夫でしたよ。
ただ、場所によっては良くない噂も聞きますね」
イザベルに教会の寄付について教えてもらった。
イザベルが居た教会は寄付の金額を決めずにお気持ちとしていたし、
それらは貧しい子供達や教会の修繕費に使用された。
一方、ある神父が居た教会では明確に金額の差で対応も態度も変わり、
寄付の一部を自分の懐に入れていた、なんて話も良く聞いたそうだ。
「もっと早く知っていれば、罰せられたんだがな」
「エンフェルトはそういう仕事してたの?」
「そういえば教えた事なかったね。
私達は王都の治安を維持する部隊だったんだ。
…だからまぁ、各方面に嫌われてたんだよね」
「エンフェルト様は清廉潔白で有名だったんですよ?
賄賂を贈ろうとした貴族を問答無用で罰したんですよね」
「まぁ昔はな。今はただの犯罪者集団だ」
「僕、もっとエンフェルトの話が聞きたい!イザベル、教えて」
「エンフェルト様、宜しいですか?」
「まぁイザベルからなら…。
なるべく印象が良くなるように頼むぞ?」
「お任せください、エンフェルト様」
その後、晩ごはんが出来上がるまでエンフェルトの話を聞いた。
王都に居た頃のエンフェルトは不正を許さず、融通も利かない堅物だった。
自分にも周りにも厳しくて、されど弱者には優しく国民からの信頼も厚かった。
が、反対に一部貴族や商人からは忌み嫌われる存在となり、
時には暗殺紛いの事まで起こり、返り討ちにした事もあるそうだ。
「非常に優秀で、聖女様の護衛まで勤めてたんですよ」
「へぇー!」
「でもそれが裏目に出てしまった…んですよね?」
「まぁな。聖女の我儘は目に余るものがあって、つい口を出してしまった」
そういえば昔、聖女に説教をして追放されたって言ってた。
良い事をしてるはずなのに、なんだか納得できない。
でも、そのおかげでエンフェルトに会えたとも言える。
「でも、そのおかげで優に出会えたから今は感謝してる」
「僕も同じ事考えてた」
「ほんと?なんだか嬉しいよ。
さて、話も一段落したしそろそろ食堂に行ってみようか」
「うん!イザベルもいこ」
二人と手を繋いで食堂に向かう。
食堂には皆が既に集まっていて、
僕に気付いたステラやミリー、クロリスが出迎えてくれる。
こんな日が、ずっとずっと続けばいい。
…。




