芽生えた感情
「朝早くからすまないね二人とも」
「お父様。なにかあったのですか?」
「うん、実は面倒なことになってね。二人の意見を聞きたかったんだ」
食堂にはパパさんが疲れた顔で座っていた。
激務も最近は落ち着いてきたようだが、採掘所の件で王家とはかなり揉めているらしかった。
俺としては王家なんぞに興味はない。前は邪魔なら消せばいい程度にしか思わなかったぐらいには。しかし現実だとわかった今は軽はずみな行動はできない。こういうしがらみは好きじゃないが、ディーネたちに不利益を被らせるのはゴメンだ。
「彼らはこんなものをディーネに送ってきたんだ」
「……これは、殿下の釣書ですか」
「そうだよ。どこまでもふざけているだろう?」
釣書って、なんだ?
貴族語は難解でわからないことがある。名前的に魚拓だろうか?このタイミングで釣った魚を自慢するとか意味がわからん。
「ディーネは婚約済みだって伝えたんだけどね。まるで信じてくれないんだよ」
「すでにお兄様とは床を共にしておりますのに……」
「私もそう伝えたのだけどね。それでもこんなものを送ってきたんだ。どうする?始末するかい?」
「お父様。落ち着いてください」
パパさんは殺る気マンマンだった。アウタールフ家にとってヴィンスと王家は絶対に許せない相手。それは向こうもわかっているはずなのに、脈絡もなく魚拓を送り付けるとか正気か?狂ってやがる。
「というわけなんだよクロ。王家はこんなものを一方的に押し付けてこちらに向かっている。本音はヴィンス共々今すぐ闇に葬ってやりたいけど、君はどう思う?」
「発端はヴィンスかもしれませんが、アウタールフ家は王家に裏切られたようなもんですからね。しかも魚拓送りつけて自慢するような輩でしょ?意味がわかりませんよ」
「魚拓……フフ、魚拓自慢か。確かにそうだね。はははは!」
「お兄様は釣ったお魚も大事に育ててくださいます。けれど、王家の方々はこの身に宿る結界術しか見ておりません」
「そうだね。その証拠に文を送ったと同時に出発したと書いてある。相手に対する敬意すら感じられないよ」
パパさんの大激怒は当然だと思うが、状況を理解できない。魚拓を送って自慢して王子がこちらに向かっている……?こっちにくる理由はなんだ、追い魚拓か?
「驚くことに殿下が到着するのは今日の昼なんだ。困っちゃうね」
「……お父様、それは本当ですか?」
「うん。だから本気で怒りが抑えられない。私たちをバカにするのもいい加減にしてもらわないと」
権力闘争系は頭に入ってこないなぁ。それに奴らの処遇はアウタールフ家の人に任せると決めている。余計な口は挟まないでおこう。
アサガオちゃんと一緒にモッチャモッチャと朝食を楽しんでいると、料理長のマッケイさんがこっそり蜂蜜酒を手渡してきて親指を立てていた。俺を朝からいけるタイプのアル中だと思っているのか?無礼なオッサンめ。
仕方がないから親指を立てて返事をしてやった。
まぁなんだ。円滑な交流や信頼関係の構築には袖の下も必要になることが無きにしも非ず。こうしてテーブルの下で静かにコップへと注ぐ行為もまた、その一環であると強く主張すべきかもしれない。俺が否定せずに笑顔で蜂蜜酒を味わうことが、アウタールフ家の平穏並びに、マッケイさんの立場を守ることに繋がるのだと言わざるを得ないのかもしれないのである。したがって――
「こむすめ。あさからごしゅがおさけのんでるです」
「ッ!?」
「お兄様」
裏切り者がぁ。たった今お前のケツドラムでオペラのフルコーラスが決定したぞ。十四時間きっかり演奏してやる。覚悟しろッ。
「お兄様。朝からはお体に悪いですよ?」
「そう、だな。この一杯だけにしておく」
「わかりました。お酒の瓶は預かっておきますね」
「え、いや大丈夫…………だけど、お願いしようかな……」
「お任せください。アイシャ、マッケイを捕まえてくれる?出所を知りたいの」
「御意」
……うわ。アイシャさんと一部の侍女さんたちが無表情で食堂から去って行った。すまねぇマッケイさん、なんとか逃げ切ってくれ。
ん?パパさんの様子がおかしい……。
あ、謎の瓶を執事長の爺さんに渡したよな今。あんたも朝っぱらから飲んでるじゃねぇか(歓喜)。
「お父様もですよ?爺や、その瓶は私が預かります」
「うっ!?」
「お、お待ちくだされ……この瓶はその、ワシの痰壺でございます。最近は喉の調子がなんとも――」
「リオン」
パンパンッとディーネが手を鳴らすと、リオンさんと防衛隊の二人が入ってきた。ペコリと挨拶をされたから手を振って返しておく。後でみんなの名前を憶えておかないと。
「爺さん。大人しくしろ」
「これ離さんかリオン!貴様らも放せぇ!」
「暴れんな。暴れんなって!」
「三人に勝てるわけないだろ!」
「青二才共が!旦那様のためならば勝つぞワシは!」
古強者な空気を残して爺さんは連行された。
紹介されたときに聞いた話だと、あの爺さんは昔からアウタールフ家を支えてきた忠臣だ。雑な扱いをされているように見えるが、今でもみんなからの信頼は高く頼りにされている。オチ担当に見えるのは気のせいだろう。
「……そ、それで二人はどう思う?」
「お兄様。どうしましょうか」
「え、俺か?そうだな……手伝えることがあるなら言ってください。としか言えないかな」
「ヴィンスの件を私たちに任せると言ってくれたことはとても感謝している。だからこそ聞いて欲しい。私たちが置かれている現状を」
パパさんは言った。ヴィンスと王家を潰すのは簡単だと。
では潰した後はどうか?当然ながら国をまとめる人物が必要になるが、その席に一番近いのは誰か、となる。するとここにいるパパさんが最有力候補となってしまうらしいのだ。
アウタールフ家は先々代の王弟が臣籍降下した正当な血筋を受け継いでいる。当然ながらアグネア王家の継承権を保有しているため、貴族らを率いて強行策に出れば旗印になるのは必然だろう。
だが、獣人国の姫君であるママさんと結婚するために、王家から出された条件はアグネア王位継承権の放棄。王座に興味の無いパパさんは快諾し、継承権は無事に破棄された。しかし、アウタールフ家にはもう一人の継承権が残っている。
そう、ディーネの継承権だ。
「…………なるほど。ディーネを旗印にしたい味方がいるわけですか」
「本当に察しがいいね!そうなんだ。身分を考慮するとディーネが最有力になってしまうんだよ」
「ディーネはどうなんだ?国を運営し――」
「いりません。私の身はお兄様もの。これだけは死んでも譲りません」
「……そ、そこまで恩に着ないでくれ。ディーネの人生はディーネのものだ。それだけは忘れないでほしい」
「はい!ずっとお側におります!」
「おうふッ」
なんという戦闘力か……この大きさと柔らかさを再現できなかった理由がわかった。俺は、このマシュマロに包まれたい側だったのだッ。心の奥底にある甘えが俺を怠惰にする。ガイアがこの感触に身を委ねろと囁いている。
以前、趣味とはほど遠い“義母”という大人の教科書を手にしたことがあった。あれはきっと、無意識にこれを求めていたからかもしれない。
思考の全てがおっぱいやわらかいに変化していく。げに恐ろしきは男の性よ……。
「ディーネ。もしもの時は俺を絞め殺してくれ」
「お任せください。がんばって絞めます!」
「うんうん。我が家は安泰だね」
「……しょせんはしぼーのかたまりです」
「アサガオ様?」
「ごしゅ。むねがおーきーメスはバカがおおいです。きをつけるです」
「お、おう」
つまりジェシーは……。
身体的なコンプレックスは理解できる。だが実際は胸のサイズを気にする男なんて少ないんだよなぁ。超越すると男でも構わないとか言い出すらしいが詳しくは知らない。だからアサガオちゃん、胸の大きさなんて気にしなくていいんだ。
オッパイならなんでもウェルカムなんだから。
「これから面倒なことになりそうですね」
「そうなんだよ……二人には苦労をかけてしまって申しわけない」
「私たちがですか?」
「ヴィンスも王家も支持母体が揺らいでいることに強い危機感を持っただろう。そうなると反感を持つ貴族たちが立ち上がる可能性も当然考える。私は継承権を放棄したから正当な権利が無い。つまり持ち上げる対象にするにはやりにくいんだ。けどディーネ、君には継承権が残っている」
「…………」
「ヴィンスらの選択はそう多くない。でもそのほとんどが君を利用する形になるだろう。もしもここにクロがいてくれなかったらと思うとゾッとするよ……おかげで毎日が穏やかに眠れているからね」
「……私、強くなります。足手まといにならないよう、強くなります」
「大丈夫。君は私たちの自慢だよ。胸を張って生きるんだ」
「お父様……」
これが、この愛情の深さが親というものか。
こんなにも深い愛情というものを間近で見たのは初めてだった。捨て子で愛情を知らない俺には遠い世界に見える。だが、この二人を見て温かいものを感じられるのなら、まだ希望があるかもしれない。
俺もあんな風に与える側になれるだろうか?こんなカッコいい親父になれるのだろうか?これまで生きてきて、初めて他人に憧れのような感情を持った気がする。
家族という存在に。




