ディーネ・フォン・アウタールフ
苦しい……でもこんなの、お兄様の苦しみに比べたら――
「……はぁ……はぁ……もう一度、お願いします!」
「ふん。いい目をするようになったな。それでこそ我が娘よ」
「お、お待ちくださいアルテナ様!お嬢様はもう限界です!」
「うるさいぞジジイ。リオン、こやつを家に放り込んでおけ」
「は、はい!」
「これ離さんかリオン!お嬢様が、お嬢様がぁ!」
「暴れんなよ。もう俺たちの腕力には勝てねぇんだからよ」
「バカ者め。お嬢様のためならば勝つぞワシは!」
「三人に勝てるわけないだろ。いい加減にしろ!」
ごめんなさい爺や。でも私は変わらなきゃいけないの。お兄様はきっと今も大怪我で苦しんでる。だから今度は、私が力になるんだっ。
お母様の容赦ない魔術に私の結界術は軋みをあげてひび割れていく。ようやく大きな火球を止められるようになったけど、爆発には耐えられなくて結界ごと吹き飛ばされてしまった。
どうして体が動いてくれないの?
立たなきゃ……まだ……まだいける。さぁ立って。
「ここまでだな。アイシャ、手当をしてやれ」
「お任せを」
「……お、母様……まだ、やれ……」
「今日は仕舞だ。軟弱な結界だが少しは見れるようにはなってきた。そのまま精進せよ」
「……あり、が……」
「お嬢様!?」
「大事ない。連れてまいれ」
「は、はい」
……あぁ、眠い。
目が覚めたら自室のベッドだった。いつもは無表情のアイシャが泣きそうな顔で心配してくれた。
抱き枕にしていたお兄様の腕を枕元に戻して結界を張り直す。
お兄様が守ってくれたこの日常は、信じられないような奇跡で成り立っていること。今だからわかるよ……。
「お嬢様。お体は大丈夫ですか?」
「うん。お兄様のおかげで頑丈になったからね!」
「それでも無茶をしすぎです。あのような訓練を続けては体がボロボロになってしまいますよ?」
「アイシャも心配しないで。あの訓練はお母様も毎日やっていたのでしょう?私だって負けられないよ」
「…………姫様はそこまで頑張っておりません。訓練が大嫌いなお方でしたから」
「え、そうなの?でもお母様は――」
お母様はズボラな人だったみたい。アイシャはお母様と同い年で、幼いころから一緒に育ってきたから全部知ってるんだ。訓練が大嫌いだったけど同年代では敵なし。お父様と出会うまでは負けたこともなかったって。それがキッカケで結婚したのだから不思議なものだと、アイシャは懐かしそうに教えてくれた。
体を洗って食事の時間がやってくる。いつもこの時間は憂鬱な気持ちになってしまう。美味しかったお兄様の芋粥を思い出すから……。
「旦那様。サウスポイントからの報告です」
「続けてくれ」
「はい。最近話題になっている新人狩人の報告だそうです。金髪で赤目、黒いローブを着用。相当な怪力の持ち主であり、中位狩人の大男を片手で持ち上げたとか」
「赤目っ、それは本当か!?」
「確かな情報です。どうやらこの人物は数日前に魔石採掘所の依頼を受諾。彼女なら安心して任せられると組合長ダンカンからの証言もあります」
「そうか!これはもしかするやもしれ――彼女……?」
「……えぇそうなんですよ。ジャックの報告では見た目が女性だったらしくて……ですが、赤目の人物などそうそういるはずがありません」
「そうだ。あの目は強大な魔力を宿すなによりの証拠。アルテナとディーネでさえ黄色なのだ。赤色など彼以外に聞いたことがない。歴史書にも赤は記録になかったはず」
いてもたってもいられなかった。私は立ち上がってお父様に頭を下げる。
「お父様。私に行かせてください」
「あ……う~ん……だけどねディーネ」
「お願いします」
「…………うぅ」
「なにを悩んでおるか。リオンを付けてやればよかろう?」
「お母様……!」
「で、でもね?今の採掘所は危ないんだよ……それにヴィンスのことだってあるし……」
「奴の周辺は草に張らせておる。それにディーは我の娘ぞ?伴侶を見つけたのなら止まらぬわ」
「ありがとうお母様!」
「ディー。本物ならば死に物狂いで捕まえるのだ。絶対に逃すでないぞ?」
「任せて。私は絶対に諦めないから」
「それでよい。そなたの思うがままに生きよ」
「…………お嬢もアルテナ様みたいになってきましたね」
「…………」
ようやく見つかったかもしれないお兄様の情報。待っていてください。今あなたの妹がお迎えにまいります。
すぐに支度を始めたらお父様に止められた。どうしたのかな?
「ま、待つんだディーネ。せめて朝になってからにしよう?ね?」
「でもお兄様が――」
「君が無茶をしてもクロード殿は喜ばない。彼が守ってくれた命を大事にしなくてはいけない。違うかい?」
「……ごめんなさいお父様。そのようにします」
「うんうん。移動はちゃんと明るい時間にしなきゃね。リオン、頼んだぞ。本当に頼んだぞ!」
「は、はい。お任せください!」
翌朝。私とリオンは早朝から馬車に乗って魔石採掘所へと出発した。サンベルトからは一日あれば到着するみたい。
だから何気なく要塞と同じくらいの距離なの?って聞いたら、リオンは目をパチクリしながら首を横に振った。
「採掘所に向かうよりも要塞のほうが倍くらい遠いですね」
「でも、お兄様におんぶしてもらった時は一日くらいで要塞に着いたよ?」
「…………一日?あんときって確か歩きでしたよね?」
「うん。お兄様の背中で寝ちゃったけど、ちょうど一日くらいだった」
「あ~……お兄様を基準にするのはダメです。要塞までは馬車を急がせても二日以上かかりますし、採掘所はその半分くらいと覚えてください。お兄様は禁止です」
「そうなんだ……」
きっと私が寝ている間にお兄様は走ってくださったんだ。それさえも気づけないなんて、私は本当にバカだった。
どうすればお兄様に喜んでもらえるのかな?お兄様のおそばにはいつだってアサガオ様がいて、私よりも頼りにされてる。あのホッとする優しい匂いも全部ひとり占め…………嫉妬でおかしくなりそうだ。
でもリオンにこう言われた。自分のせいだから償う――そんなことを口にすれば彼を侮辱するようなものだって。
お兄様は見返りなんて求めてない。それは私にだってわかる。じゃあ私になにができるの?そればかり毎日のように考えていた。
でもね、あるんだ私にも。私にしかない武器が。お母様の結界術を受け継いだこの血は、私だけがお兄様に捧げられるものだ。ウフフフフ。
見ていてお父様、お母様。必ずお兄様のおそばに置いていただけるようにがんばるから。
「…………お、お嬢?」
「なぁに?」
「いえ、なんでもないです……」
途中で魔獣に襲われることなく採掘所に到着することができた。がんばって走ってくれたお馬さんに感謝しないと。
採掘所の入り口は岩場に囲まれた自然の要塞みたいだった。狭くなった入り口は魔獣の侵入を防ぐことに適していて、門番さんも少人数で済むから守りやすいって教えてもらった。
中に入ると沢山の人たちが忙しそうに働いている。少し開けた広場にはいくつかの宿泊施設や食事ができるお店が並んでいて、想像していたのとはまるで違った。魔石を掘る人よりも、護衛する狩人さんのほうが多いんじゃないかな?
私たちは責任者と話をしたくて監督室に向かった。
「よよよ、ようそこおいでくさらいました!!こ、こ、ここの――」
「大丈夫だから落ち着けって。おれはアウタールフ防衛隊のリオン。そしてこちらがディーネ様だ」
「お忙しいところを申しわけありません。どうしてもお話を聞かせていただきたいのです」
「ひゃあああんッ!!?」
責任者の人が地面に倒れてビクンビクンしてる。どうしよう……。
「……失礼しました。副監督官を務めます妹のリース・マクフライです。私でよろしければお話を伺いますので、どうか兄の無作法をお許しください」
「あ、あぁ。お兄さんは大丈夫なのか?」
「兄はその、アウタールフ家の方に憧れていまして。ちょっと緊張してしまったようです」
「あ~そっか……じゃあおれがそこのベッドに運んでおこう」
「ありがとうございます」
妹さんなんだ。あまり私と年も変わらないように見えるのに凄いな。この人みたいに立派にならないと。
「あらためましてディーネと申します。サウスポイントからこられた狩人様のことをお聞きしたくて……」
「え、えーとサウスポイントの狩人ですね、はい。誰をお探しですか?」
「黒いローブを着た、金髪で赤い目を持つお方を探しています」
「黒いローブの子ですか?それならとても可愛い子だったのでよく覚えていますよ。あれ?」
「どうされました?」
「え、と。貴女様にちょっと似てたような気が……」
私とお兄様が似てたの?そうなんだ、ウフフフ。