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帰りたい男に迫る影



 サンベルトはアグネアの国境から最寄りの町ということもあって人々の出入りが激しい。商人やら傭兵やらでごった返すように並ぶ行列にウンザリしつつも、多くの人が集まる場所には一つの懸念があった。


 それは、適合者(プレイヤー)の存在だ。


 俺はこのゲームで制限を感じたことがない。その気になれば犯罪はもちろん、異性と楽しむことだってできてしまう。味も、匂いも、痛みも、快楽だって感じる仮想世界。運営がどこまで許容し、なにを許さないのかも不明なままだ。


 自由とは不自由であると誰かが言った。

 だが、運営側に“見られている”というだけの枷が、プレイヤーの理性に対してどこまで有効なのだろうか?俺が考えても仕方のないことではあるが、どんなにリアルでも所詮はゲームと考える人の方が多いはず。なのに――



「なぁアサガオちゃん。どこかで適合者(プレイヤー)が暴れたりしてない?国を滅ぼしたとか、乗っ取ったとか」

「てきごーしゃはきけんなのです?」

「俺の偏見かもしれないが、適合者ならそこそこ犯罪に走ると思うよ」

「ごしゅはちがうです」

「中身が小心者だからな」



 プレイヤーたちが静かすぎる。


 キャラによってはどうにもならないだろうが、俺のようにラスボス級を操作している奴が他にもいるはずなんだ。現実で溜まりに溜まったナニかを発散しようと考えるのは当たり前。そろそろ暴れだす奴が出てきてもおかしくないはずなのに。



「ごしゅ。うしろにあやしいのがいるです」

「国境から尾行してきた奴らか。マリーネたちは?」

「きづいてるです」

「念のために障壁を張ってはいるが、俺は町に送り届けたら帰る予定だしな……しゃーない、帰りがてら片付けるか」

「ごかいてーやるです?」

「やらないです」



 これをよく見ろ、先生の第五階梯魔術に関する記述を。破壊の規模や、環境にまで影響を及ぼす危険性を考慮して後世に伝えることを禁じたとある。さぁ見ろ。その曇りなき糸目で拝見しやがれ。


 先生を指でとんとんしながら、アサガオちゃんに第五階梯の項目を見せたら鼻で笑われた。そしてミステリーサークル(不毛)の植林事業に着手することにしたらしい。



「このふもーなだいちにいのちをふきこむです」

「その大地が枯れたのは貴様のせいだ。あと植林ではなく植毛にしてくれ」

「これでボクといっしょです」



 こ、こいつこれが目的だったのか?俺の頭にアサガオの花を咲かせるためだけに不毛の大地を生み出すとは……。


 ちなみにだが、アサガオちゃんの花は美味い。死の谷でよく食ったんだが、煮るとホウレンソウみたいで食べやすく、生でモシャモシャするのも悪くなかった。でも本人がアレなのに毒が無いのはおかしいと思う。



 町に入るための順番は意外と早くやってきた。ハインドのおかげで問題なく通してもらい、サウスポイント以上に整った風景に心が躍った。


 意外なことにこっちは木材建築が主流であるらしい。継承権争いが落ち着いたら、旅行がてらに観光するのも悪くなさそうだ。



「旦那様……本当に帰ってしまうのですか?」

「他国の人間が側にいるのは問題しかない。特に、今の君たちにとって不利な材料はできるだけ排除しておくべきだ」

「…………それは」

「カサンドラ様も寂しいのです。クロード様、どうかお考え直しを」



 ハインドの古巣である傭兵団は、義理堅く実績のある武装集団として有名だった。そんな彼らに馬車ごとくれてやり、マリーネたちをよろしくといったら死ぬほど歓迎された。もう少し滞在しろと言われたのだが、ズルズル行くとロクなことにならないのが目に見えている。


 ならばさっさと撤退するに限るってわけだ。まだ仕事が残っているしな。



「本音は観光もしたかったんですが……アレ、邪魔でしょ?」

「……やはりお気づきでしたか」

「こっそり()りますから安心してください」

「あの……わがままを、言ってもよろしいでしょうか?」

「え?えぇそれはもちろん。遠慮なくどうぞ」

「できましたら、生かしておいていただければと……彼らはおそらく、バルト将軍の配下でしょうから」

「バルト将軍ですか?」

「バルト・ウィンストン将軍は第二皇子殿下の派閥に属する伯爵家の当主なのですが、長年騎士団を率いてきた彼は帝国にとって重要な存在です。このような権力争いで失ってよい命ではありません」



 バルト将軍は南方の守護神とまで言われている有能な指揮官だそうだ。特に南から定期的に押し寄せてくる魔獣の群れは対処が難しく、将軍の指揮下でなければ被害は甚大になってしまうとのこと。息子さんはまだ未熟で後継者とするには不安が残るから、ウィンストン親子は殺さないでねと言われた。


 聞いてたかアサの字?そのニコニコ顔を今すぐをやめるのだ。



「なるほど、誰も死なせないように頑張ります。でも俺がボロクソに負けたら保護してくださいね」

「…………旦那様。そこは、かっこよく決めてほしかったです」

「勝つ自信は無いが、負けても死なない自信だけはある。だからちゃんと保護してくれ。いや、しろ」

「うふふ、お任せくださいな。王族待遇で歓迎しますわ」

「それは楽しみですね。むしろ負けたくなりましたよ」



 金色ドラゴンとの戦いが俺に自信を与えてくれているのは間違いない。何度でも言うが、奴の猫パンチを耐え続け、灼熱のブレスをやせ我慢で切り抜けたあの日々を永遠に忘れない。今も毎朝のように奴を呪っているが、そろそろ効果は出ただろうか?左の睾丸(きんたま)が肥大化する呪いだ。


 カサンドラが俺の手を離そうとしなかったため、久しぶりのイケメンムーブを発動してほんのりと愛を囁いたら、照れながらもしぶしぶと解放してくれた。


 ただ、なんか高そうな指輪を受け取ってしまったんだが大丈夫だろうか?踏んではならない地雷にダンクでエキサイティングしたような恐怖が押し寄せてくる……だが俺に立ち止まっている暇はない。さっさとイベントから逃れるためにも、尾行してくる奴を確認しながら町を出ることにした。


 馬車を置いて身軽になったはいいが、実は寝るときにどうしようかと少しだけ困っている。インベントリからベッドを出して普通に寝るか?そんなところを見られたら……いや、別に見られてもよかったわ。


 この世界はリアル過ぎてゲームであることを忘れそうになってしまう。


 マリーネたちと話しているときは特にそうだ。返答が自然で中身入りとの区別ができそうにない。そこらにいる露店のおっちゃんでさえ、こちらの言葉に対する返しのパターンが多彩で固定化されてもいなかった。モブキャラ一人にこれだと、メインキャラにはどれほどのリソースを割いたのやら……。



「ごしゅ。ひとりぼっちになたです」

「でかしたアサの字。じゃあ尾行してる奴を捕まえて挨拶といこうか。ゴズ、ついてこい」

「ブモ」



 なぜか人語を理解し始めた非常食は謎だが、ファンタジーならそういうこともあるだろう。


 俺ができる最大の強化率八割の身体強化で一気に逆走。尾行している男が潜む林の中へと突撃する。


 かなりの距離をぶっ飛んできた俺に対し、男はギョッとしながらも逃げようとはせず、剣を抜いてどっしりと構えた。


 こいつは随分と荒事に慣れている。もしも俺がこいつの立場だったら、股間から水分を垂れ流して命乞いしていたかもしれないってのに。それぐらいのインパクトは与えたはずだし、半分程度の威圧をかけても表情の変化すらなかった。


 ふむ。クソザコ襲撃者とは格が違うらしいな。



「ようお兄さん。元気?」

「…………元気に見えるかい?」

「ぜんぜん。あんた、昼食がまだだろう。ほら、よかったら干し肉でも食わないか?」

「……いいの?いただくよ」

「俺がよこしたものをよく口にできるな」

「ちょうどお腹が減ってたんだ。これが最後の食事になりそうだしね」

「胆の据わった男だ」

「はは、まぁそれなりに死地を越えてきた自負はあるかな。干し肉をありがとう。でも、ただでは死んであげないよ?」



 死なせるなとは言われた。けどな?実は俺、殺すほうが苦手なんだ。



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