6.絶望と希望
私は、この国で1番偉い子供に喧嘩を売った。
子供の様に、大嫌いと叫んだのだ。いや、私は5歳のれっきとした子供なんですけどね…。
「ぶっはっ!!!リリアーナちゃん最高!!うんうん、嫌だよね、自分の良さじゃなくて権力に物言わせる男!分かるっすよ!」
エデル王子の護衛である筈のカリムは、これでもかっ!と、いうくらい大爆笑している。
しかも、エデル王子をコケ下ろしてる…。護衛なのよね…?
「…カリム様でしたか?エデル王子の護衛なのよね?」
「カリムで良いっすよ?こう見えて、エデル王子の護衛っすね〜。さっきも言ったっすけど、俺は今回の件、全面的にリリアーナちゃんの味方っすから!こんなみみっちい真似する男は嫌われて当然っすからね。」
エデル王子は、カリムの腰を叩き、嫌そうな顔をしている。だが、直ぐに切り替えたのか良い笑顔で私を見つめ始めた。
カリム…彼は、味方らしい…。味方らしいけど…、軽い!軽すぎるわ…。
私の、それこそ一生を決める出来事に対して、真剣味がない!いや、当事者じゃないのだから当然なんだけど…、え?それに私の事「ちゃん」付け?そこ迄親しかったかしら?そもそも、この部屋に通したのは、王命に逆らえなかった我が家の使用人達で…この2人は堂々とこの部屋に入ってきて……あ、駄目だ…私は公爵令嬢なのに…公爵令嬢なのに…最高権力者にキレそう…。
駄目だ、このまま此処にこの2人が居たら…駄目だわ。先程から、不穏な殺気まで感じ始めてるし…あぁ…もう…。
「お二人共、一度この部屋から出て下さらない?」
「何故だ?」
エデル王子は、本気で何故出なければならないのか分からない。と、いった表情で答える。だが、そこは全面的に私の味方らしいカリムが背を押して出してくれる。
「リリアーナちゃん、この分らず屋のボンボンは俺に任せといて〜!具合い悪いのに押し掛けてごめんよ!」
「カリム!仮にも私はお前の…!!」
「はいはい〜、じゃっ、取り敢えず客間とかに行きましょう!本気で嫌われて、生理的に無理っ!って言われたら、大好きなリリアーナちゃんに二度と会えないっすよ〜?」
「いや、それは…」
「はいはい〜、移動しましょうねぇ〜」
カリムが、きかん坊の王子を部屋から出してくれる。
扉が閉まると、騒がしいやり取りが徐々に小さくなっていく。一先ず、一安心…と、言ったところかしら?
「マリー…、出て来て良いわよ?」
キィ…と、エデル王子達が出入りした扉とは別の扉から、殺気を隠さず、鋭い目つきをしたマリーが出てくる。
その瞳には、涙を蓄えており、先程のやり取りを私の指示が出るまで耐えていたのだろう。
「お嬢様…私は悔しくて悔しくて…。王命だからと、逆らえないからとサッサとこの部屋に通したであろう人物も、お嬢様の気持ちを考えない王子も、お嬢様をちゃん付けした護衛とやらも!私が全員…」
「マリー?落ち着いて。大丈夫よ。大丈夫。マリーがそうやって私の気持ちを守ってくれてるのだもの。大丈夫よ。」
マリーは、折角顔を洗ったのに号泣し始める。マリーは、私の為を思い怒り、そして涙してくれる。ならば、どの様な結果になろうとも、私はしっかり王子と向き合わねばならないだろう。
それは分かってはいるのだが…スチルを諦める事が辛い…。
既に、ゲームとは違う展開になっている。お茶会では、王子とのやり取りすら無かった筈だ。ゲーム内では、スチルと簡単な説明しか出て来なかったけど…。
それに、カリムという護衛…。ゲームには登場しない。いや、勿論マリーもゲームには出て来ないわよ?けど、王子の従者やら護衛やらならばゲームに登場する筈だ。だが、ゲームでは王子の【未来の護衛】として、近衛隊隊長の息子が側に居た。カリムではない。
ゲームとは違うストーリー…いや、現実なのだから当然だが、既にストーリーは無いのかもしれない…。
ならば、私はなんの為に頑張っていたのか…。限定スチルの為だったじゃないか…。
「もう、見れないのね…」
「お嬢様、見れないとは、以前お話くださった風景の事ですか?」
「えぇ、そうよ。私は、その風景の為に頑張ってたの。一瞬の風景の為に頑張ってたのよ…。」
マリーは、私の返答に頭を傾けながら、口を開く。
「私にはその風景が、どれほど素晴らしいか分かりませんが…、将来、お嬢様が公爵家の令嬢として執務を行えば、今より皆の笑顔が溢れる…そんな風に思うのです。」
マリーは、更に続ける。
「あのお茶会でも、お嬢様が王妃になれば、領地だけでなく、この国のすべての者達が幸せになれると思ったのです。私のような、孤児になりかけた人間に手を差し伸べて下さったお嬢様は、私にとって救いでした。そして、度々公爵様と領地を回っては、我儘なのよ?と笑いながら、領民に手を差し伸べていらっしゃいます。そんなお嬢様がもたらすであろう笑顔に溢れた風景は、お嬢様の支えにはならないでしょうか?」
マリーは、不安そうに私を見つめる。
不敬な事を言ったのではないかと、不安に瞳が揺れてる。そんな事無いのに。
あぁ、私は何を絶望していたのだろう…。そうだ、私はゲームの悪役令嬢と同姓同名に生まれ変わったけど、ゲームの世界に生まれ変わったわけでは無かったのかもしれないのに…。
何故、ゲームのスチルだけに拘ってしまったのかしら…。いや、まぁ…廃課金する位限定スチルには拘ってはいたけどね…。それでも、今を現実に生きる人達はゲームではないのに。
「マリーありがとう。そうね、マリーの言う通りね。私は、拘り過ぎてしまったのね。ごめんなさい、ありがとう。」
私は、マリーの手を取り、微笑む。
スチルはまだ諦めない、諦めきれないけど…、新たにゲームとは違う【生の】【限定】スチルを追い求めよう。私だけの限定スチル。
私は、公爵令嬢のリリアーナ・アイスフェルトなのだから。諦めは似合わない。常に高みを求める。
もしかしたら、ゲームのスチルがないのかもしれない、ならば、それ以外の素晴らしい限定スチルを。
「貪欲に頑張りましょう。」