第85話 繋ぐ者+Resurrection of Hero
「っ」
突然息を呑み、目を見開いたエリカに、セラと写見は思わず飛び上がりそうになる。
「な、なんすか、どうしたんすか!?」
「いきなり変な動きしないでよエリカ、びっくりしたぁ……」
「……2人とも、少しだけ待っててくれる?」
立ち上がったエリカは返事を待たず、地上へ出る階段を駆け上がっていく。
「待って下さいっすよエリカさん! まだあのロボット軍団がいるんじゃ──」
《周囲状況、読み込み終了。現在、地上にスレイジェルの反応はありません》
「うわぁなんすか!? 急に話さないで下さいっすよもう!」
突然音声を発したセムにまたしても飛び上がる写見。だが彼女が伝えた事実に、セラの表情が晴れやかになる。
「じゃ、じゃあ桜さん達は勝ったんだね!?」
「やったじゃないすか! だったら俺達もエリカさんと一緒に迎えに行く準備を……」
しかし希望に満ちた2人の表情は、セムが発したこの言葉で消え失せる事となる。
《衛星ノアの反応、未だ健在です》
抗う術はもう残されていない。
空に浮かぶ衛星ノアを破壊する為に、セブンスローダーとデスレイズローダーの全ての力を注ぎ込んだ。だがノアはこうして桜の目の前に立っている。背後では本体である筈の衛星が崩れ落ちているというのに。
「後ろで崩れているのは私で間違いないよ。けどこの身体は端末に入っていないデータの塊。何も守るものがない、いわば生身の私なんだ」
「ノア……!」
立ち上がろうとした桜へノアは右手をかざす。瞬間、桜の身体は宙に持ち上げられた。
「ぅ、ぐっ!?」
見えない縄で首を宙吊りにされる感覚。呼吸すら満足に出来ないまま、ノアが歩を進める事を許してしまう。
「おめでとう。君達は衛星の破壊を成し遂げ、私の理想を一度阻止した。もう一度計画を遂行するのにまた長い時間がかかるだろう。だからこそ」
徐々に絞めあげる力は強くなっていく。窒息する間もないだろう。きっと首の骨が折れる方が先だ。
「今のうちに君達不確定要素は排除すべきだ。あぁ、心配はいらないよ。君の友達は私がデータとして残してある。気持ちばかりの、君達への賛辞として」
「ぁ、ぁぁ、ノア……!!」
ヒビが入る音が聞こえ始めた時だった。
「ノア」
声が音を掻き消す。同時に飛来した黒い剣がノアの腕を夢散させた。
「っ、げほっ、ぅ……ぁ」
地面に落ち、視線の先に突き刺さった剣を見た。
「ブレイク、ソード……?」
「そんな姿になってまで、君は何を守るつもりなんだ?」
振り向いた先にいた彼岸は、人の姿ではなかった。身体から火花を溢すスレイジェルの姿。表情のない能面のような顔から、ノイズが走った声を放つ。
「俺が最期に守るのは希望だ」
「やめろ彼岸!! ノアは俺がなんとかするからお前は逃げろ!!」
「今は背を向ける時ではない」
彼岸は走る。ノアに蹴りを喰らわせ、吹き飛ばされたブレイクソードを拾い上げた。
「どうして、プラグローダーが無くても君が消えなかったのか。秘密はその剣だったんだね」
「彼岸!! お前が消えたらみんなは、紅葉は!!」
「それは、お前が消えても同じだ。大切なものが消えて悲しまない人間はいない」
ブレイクソードを構える。鋒の震えは、最早彼の限界が近い事を如実に表していた。
「だからこそ、消えゆく者は残される者に託す。そうして人は、想いを、願いを、理想を繋いでいく」
残った手をかざすノアへ、彼岸はブレイクソードを振るった。しかし今度は、灰色の腕を破壊する事は叶わなかった。
半ばから破断するブレイクソード。同時に彼岸の身体を断ち切る、灰色の腕。
生命が消える儚さと虚しさを表すように、無機質な金属の破壊音が桜の耳を支配する。だがその支配を押し除け、彼岸の最後の言葉が届いた。
「任せた桜。後は、ヒーローの出番だ」
「……とんだ茶番だったね」
失った腕を再生し、ノアは再び桜へ向き直る。残骸が塵となって空を舞う中、桜はアスファルトを握り締め、立ち上がった。
またあの力が来る。身構えた時だった。
目の前にまたしても立ち塞がる影があった。
「エリカッ!?」
「今度は君か、稲守エリカ。彼岸ならいざ知らず、今の君に何が出来るんだい?」
両手を広げ、震える足をしっかりと地につけ、エリカは立つ。桜を守るように。
「何も、出来ないよ。こうするしか」
「ならどいてくれないかな? 邪魔なんだけど」
「どかない」
桜の目に、いつかの日の光景が思い浮かぶ。あの日とはまるで立場が逆だ。エリカはかつていじめっ子へ立ち向かった幼い時の桜と同じ様に、守る為にノアへ立ち向かっている。
「私の中にいた君なら、私の理想を理解してくれると思っていたのにね」
「あなたが本気で人間を助けたいって気持ちは分かる。どんなにあなたが否定したって、その願いが桜達と同じだって事も知ってる!」
「っ!」
ノアが怯む。非力な1人の少女を前にして、神が後ずさる。
「でも独りじゃ出来ないよ! この世界には沢山の人がいて、その人によって考えも、良いことも悪いことも、正義も悪も違う! あなたが間違えた時、誰があなたを止めてくれるの!?」
「私は決して間違えない!! 他者の助けなどいらない!! お前達と一緒にするなぁ!!」
「意地を張らないでよ!」
またしてもエリカの言葉に打ち震えるノア。桜はこの光景の違和感に気がついている。
何故頑なにノアはエリカの言葉を、そして桜達の言葉を否定しているのか。そして何故、エリカに対して攻撃を加えないのか。
「あの時、ノアの中でエリカが抱いていたのは……ノア自身の心だったんだ……」
そうであるとするならば、ノアが唯一心を許した存在がエリカであるという事。自らの存在を保つ為というだけではない。自らの中に生じた、迷いというバグを受け入れてくれる存在にもなっていたのだ。
「独りだったお前に、ずっとエリカは寄り添っていた。だから……」
「……何を、分かった様な事を。何を!! 知った様な口を!!」
灰色の腕に炎が宿る。
「何度言えば理解するのかなぁ君達は! 私の中に迷いなどない! 私は神になるべくして作られた存在なんだ! 私は間違えない! 私は正しいんだ!!」
振るわれる拳。しかしエリカは逃げる事はしない。むしろその拳目掛けて走り出した。
叩きつけられる寸前、エリカは転がる様にして回避。そのままノアの足元にあったあるものを拾い上げた。
折れたブレイクソード。彼岸が消えてなお、その姿を遺した剣。
「桜!!」
言われるより早く駆け出す。そしてそれを分かっていた様に、エリカはブレイクソードを投げ渡した。
「皆を、ノアを助けて!!」
ブレイクソードが桜の手に渡る。
「そんなものが、今更何になるっていうんだ!!」
炎の矛先が桜へと向かう。荒れ狂う激流の様に襲い掛かる灰色の炎へ、桜は臆する事なくブレイクソードを振るった。
漆黒の刃は炎を斬り、返す刃がノアを吹き飛ばす。
「な、に……!?」
宙を舞い、地に背中をつけた現実を、ノアは受け入れられなかった。そして空に舞う残骸が未だ消えていない事に気づく。
それらが桜の元へ、正確には左手と、半ばから失われたブレイクソードの元へ一同に集っている事にも。
「まだ、途絶えてなんかいない」
砕け散った彼岸の欠片が、再び形となる。左手のプラグローダー、そしてブレイクソードの新たな刃となって。
「まだ彼岸は、ここにいる!!」
目の前に復元された、1枚のコネクトチップ。桜の物語の始まりであり、全てを繋ぐ核となったもの。純白の穢れない輝きが全てを照らした。
「まだ俺が、ここにいる!!」
ピュアチップを左手のプラグローダーへと装填。それをブレイクソードの柄へと繋いだ。
「変身!!」
《英雄 復讐者の意志を継ぎ 新たなる物語を刻め Resurrection of Hero!!》
桜が纏うは、ヒガンバナの形態である《スカーアヴェンジャー》。しかしその色はリンドウの《ピュアフォーム》を思わせる純白。同時にブレイクソードの刃も半ばから先が白色に染め上がる。
リンドウであり、ヒガンバナであり。意志を継ぎ、語り継がれていく英雄譚の具現。
新たな姿、《ピュアアヴェンジャー》となる。
「……さぁ、ノア」
左手にスラスターブレイドを呼び出し、右手のブレイクソードと共に構えた。
「ヒーローの、出番だ」
続く




