第27話 裁きの日+Person who resists destiny
「さぁって次は服を買いに行くぞぉっ!」
「あ、あの、睡蓮ちゃん……」
「え、まだ買ってないのあったっけ?」
「いや、ね……」
エリカは後ろを振り返り、言葉を詰まらせる。そこには大量の荷物を抱え、前すら見えない状態でふらつく山神の姿があった。
「一旦、戻らない? 服はほら、平気だから……」
「いやいや、服は女の生命線、清潔感の表れ。桜にいい女である事を今度こそ知らしめるのさ!」
「何でお前が乗り気なんだよ……!?」
荷物を投げ出さないように後ろに体重をかけつつ悪態を吐く山神。しかし睡蓮は何処吹く風。次に行く店を指差しながらエリカの手を引いて駆け出す。
「おぃぃ!? せめて目の届く範囲で買い物しろぉ!!」
「大丈夫大丈夫! なんたって私がついてるんだぜぇ!!」
山神は溜息を吐くと、商店街にあるベンチに荷物を降ろし、大きく伸びをする。
「なぁにが私がついてるだ。余計心配だよ、まったく……」
何故かいつも自信満々で、涙が似合わない女。それも自分の正体がスレイジェルだという真実を見ないようにしてきたからかもしれない。
山神が彼女に出会ったのは高校に入ったばかりの頃。中学生の頃から親友だった桜と遊んでいた時だった。
「……ん? エリカ、誰だそいつ?」
「ん、と…………お友達になろうって」
「ハロー!! なんか1人でトボトボ帰ってるの偶然見ちゃってさ、ほっとけないじゃん!」
「何だそれ、怪しさの塊じゃねえか。おい桜、コイツ──」
「エリカの友達!? やったなエリカ! ありがとう、君名前なんていうの!?」
「ダメだここに馬鹿の塊が!」
頭を抱える山神。少し困ったように、それでいて嬉しそうに笑うエリカ。固く握手を交わす桜と睡蓮。
「あー、そっか。彼奴、桜に似てるのか。だから……」
「だから何だってんだよー、うらうら」
陽気な声が聞こえ、上を見上げる。そこには悪戯な笑みを浮かべた睡蓮がいた。
「何だっていいだろ。ていうかエリカの護衛はどうしたよ?」
「山神に何か飲み物でも渡せってさ。エリカの優しさに感謝しろー、ほれ」
額に突きつけられる缶コーヒー。冷たい感触が脳に伝わる。
「……なぁ、睡蓮」
「何だい?」
「笑うと可愛いな」
「……はっ?」
額の缶コーヒーが更に強く押し付けられる。底の円形が刻まれるほど。
「痛い痛い痛い!! なんだお前褒めたんだよ何でこんなっ、痛っ!!」
「可愛いだと可愛いだとぉ!? 何企んでるんだ山神コラァッ!!」
「何だお前、やっぱり撤回だ!」
「ふざけんなぁ! もっと言えコラァ!」
「どっちだよ!?」
その時、山神の肩の上にパキケファロソナーが飛び乗る。電子音を雄叫びのように上げている。
「っ!? これはっ……」
「来たなぁっ! 何でも来いっ、ジェノサイドだろうとスレイジェル……だろうと……っ!?」
空気が重くなる。肩にのしかかる重圧の正体が掴めず、2人は得体の知れない恐怖に肩が震える。
見れば商店街を行き交う人々が次々と倒れている。だがその先に、ゆっくりと此方へ歩み寄る影が見えた。
「No.2を確認」
重く、それでいて無機質な声。例えるなら、重い鐘を打ち鳴らすような。
ローブをはためかせ、神父が2人の前に立った。
「スレイジェル……!?」
「違う、これは……アー、スリティア……!」
「人に染まりし、天から堕ちた者よ。神罰を下す」
男が纏う雰囲気は、無。
コネクトチップを取り出し、ヘブンズローダーへ挿し、スライド。その一連の流れすら、機械的だった。
「天臨」
《Falling Angel…… Faith》
頭上の光輪が全身を包み、真の姿を現した。
羽根を重ね合わせたような鎧、同じく天使の羽根を織ったような腰のローブ。右手に指は無く、代わりに巨大な1本の爪。左手には巨大な長剣が握らている。頭部は目や口すらない、透明な水晶玉の様な形状。
胸のクレストには、手を合わせて祈りを捧げる天使が刻まれている。
「さぁ、力無き者。許しを請い、その魂を差し出せ」
「…………」
睡蓮の身体は震えている。しかし以前の様に、戦意は失っていない。コネクトチップを取り出し、プラグローダーへと挿入する。
「我等を前にして戦う事を選ぶか……面妖な」
「睡蓮…………やばい気がする。ここはエリカ連れて逃げた方がいい!」
「逃げないよ……」
「お前な! ここで死んだら──」
「死なないよ、約束する」
振り返った時の睡蓮は、笑っていた。
今までと違う、不安と恐怖に押し潰されそうな自分を誤魔化すための笑顔。
「天臨…………うぅん、変身!!」
《MyGod……Please forgive my sin……》
彼女は天使の姿へと変身し、勇気を胸に立ち向かった。
「蒼葉!! スレイジェルの反応が出たって!?」
「えぇ、しかもエリカ達に近い……きっと彼女を狙って……」
「だったら早く行かないと、プラグローダーは!?」
「たった今調整が終わった、急いで!!」
蒼葉はプラグローダーを投げ渡す。桜はそれを受け取ると同時に飛び出し、外で待機させていたトライアングルホースで走り出す。
しかしビルの敷地内を出てすぐに、道路標識が桜めがけて投げつけられた。
「っ!?」
すぐさまそれを回避するが、続けて更に車や看板が投げつけられる。かいくぐるのも限界と感じた桜は、トライアングルホースから飛び降りた。
転げ回り、立ち上がった先に2つの影。
「カァッハッハァッ!! 見つけたぜぇ、雑魚野郎!!」
「………………」
下品な笑い声を響かせるリーディと、面倒臭そうに大きく息を吐くロースグ。
「お前達に構ってる暇なんかない!! そこをどけっ!!」
「うるせぇなぁ、黙って遊べよ。おい、いくぞ」
「はいはいっと」
リーディとロースグはチップを取り出し、ヘルズローダーへと挿入。カバーを閉じた。
《Shut Down!!!》
「降…………臨!!」
「降臨」
《奪え! 荒らせ!! 蹂躙せよ!!! Greed! Greed!! Greeeeed!!!》
《拒め! 嫌え!! 怠慢せよ!!! Sloth! Sloth!! Sloooooth!!!》
リーディはカラスに似たジェノサイドへ変化。
そしてロースグは、何重もの毛皮の鎧を身につけ、分厚い長靴のような脚。そして垂れ下がった皮膚から真っ赤な眼が覗いている姿へと姿を変えた。
「……さっさと、片付ける!!」
苛立ちと焦りの篭った言葉を絞り出し、桜はVUローダーを接続。
《System Update》
「変身!!」
《バージョンアップ、イノセントシールダー》
桜はイノセントシールダーへと変身。シールドをプラグローダーへ繋ぎ、2体の元へ走り出す。
「あれ、なんか言ってたのと違くない?」
「ハッ、格好が違うからなんだってんだよぉ!!」
「あっそ。援護はするから楽しみなよ」
そう言うと、ロースグは指を鳴らす。地面から次々と泥人形のようなものが這い出てくる。
「リンチにしてやるっ!!」
泥人形に混ざり、リーディは爪をリンドウへ振り下ろす。しかしイノセントシールダーの盾に防がれる。それでも構わず振り回すが、リンドウは一歩も引かない。
更に回り込んだ泥人形達がリンドウへ摑みかかる。しかしリーディを跳ね飛ばしたかと思うと、スラスターブレイドを呼び出して一閃。瞬時に土塊へと還す。
「…………何がリンチだ。全然無理ゲーじゃん」
ロースグから愚痴が漏れる。
「硬えだけの鈍臭野郎がぁ!!」
リーディは側面へ回り、首を掴もうと飛びかかる。しかし伸ばした腕はシールドに阻まれ、反撃が襲う。
「グッ!?」
スラスターブレイドがリーディの肩口に押し当てられたかと思うと、レバーが一気に上へ引き上げられる。当然暴発するが、それによって生じた爆発と斬撃はリーディの身体に焼け跡を一筋刻みつける。
「ガッハッ!!」
「大丈夫? 相手めっちゃ強いじゃん。話と違うんだけど」
「言ってる暇があるなら援護しやがれ!!」
「どの口がいってんだか……」
ロースグは更に泥人形を生成。しかしリンドウは泥人形の攻撃を躱しつつ、リーディへダメージを与えていく。
「ロースグゥ!! 本気出せぇ!!」
「嫌だね。今ので萎えた」
「テメェェェッッ!!」
シールドによる殴打でリーディを突き放し、スラスターブレイドで泥人形達を瞬時に両断。
「……終わりだ」
リンドウはシールドをプラグローダーと共にスラスターブレイドへセット。
《コネクト、スラスターブレイド!》
シールドの装甲が展開していき、巨大な弓へと変形。矢のように装填されたスラスターブレイドへ、光の螺旋エネルギーが巻きついていく。
《Data Loding Complete 3……2……1……》
照準をリーディへ向け、プラグローダーをスライドした。
《Capacity Max! Innocent Shining Finish!!》
炎と光の二重螺旋を形作る、一筋の光。一瞬の輝きを放った瞬間、スラスターブレイドはリーディの身体を撃ち貫いた。
「ウグォアァァァァァァァァッッッ!!?」
大量の光と炎に身を焼かれ、遂に爆発。煙を吹き上げながら地面を転げ回り、変身が解除された。
「オ、ゴ、ゴフ…………!!!」
立ち上がる力などない。その場でもがくのみとなったリーディから狙いを外し、桜はロースグを睨む。
しかし、
「……いやいや、僕は戦わないよ。急いでるんなら先行けば?」
「ロー、スグ……何言ってんだ…………!?」
「…………」
桜は視線を外すと、トライアングルホースへ乗り込み、去って行った。
「お、覚えとけよ…………白い奴…………ロースグゥ、テメェも…………!!」
「楽しみに待ってるよ。じゃあ先帰ってるから」
しばらく呪詛を吐き続け、気絶したリーディを置き去りにしてロースグはその場を後にした。
続く




