第26話 進化の根源+Believers who give judgment
「うーあー! いたーい!」
治癒しかけの傷が痛痒いのか、かさぶたを噛むグラニー。そして無言で恋愛雑誌を読みふけるストラ。ストラに関しては蒼葉に言われた言葉が相当ショックだったのか、寝る間も惜しんで女を落とすテクニックを学び直している。
その場にもう1人の青年が、2人の様子を馬鹿にした様な表情で見ていた。
クリーム色をしたボサボサの髪、生気が感じられない垂れた灰色の目。全身をジャージに包んだ服装。
「はー暇だねー君ら。人間にボコられてそんなことする余裕あるんだ?」
「うるさいー! グラニーまだ負けてないー!」
「その通りだロースグ。俺は絶対、あの蒼葉って子を惚れさせる! 一度の失恋じゃ俺はめげない!」
「はー馬鹿だ馬鹿。ラスレイが言ってたこともう忘れてやんの。目的はエリカとかいう女の捕獲だよね」
ロースグは寝転がり、間食であるクッキーを口に放り込む。
「だったらロースグ、お前が行けばいいじゃないか。何もしてないのお前だけだぞ」
「ごめんだね、面倒臭い」
「あー! サボリ魔、サボリ魔ー!!」
「なんとでもいいなよ、僕は…………おっと」
そこへ現れた、少女を見たロースグは口を閉ざした。
「エヴィちゃんもなんとか言ってくれない? 多分エヴィちゃんかラスレイが言わなきゃ、こいつ動いてくれないぜ」
「誰が──」
「知らない。寝る」
3人の前を通り過ぎ、像の滑り台の上にある毛布を自分にかけ、エヴィは眠りについた。唖然とする3人の元へ、今度は扉を蹴破って進入する者が現れた。
「カァハァっ!! 最高の気分だぜぇっ!!」
ストラが読んでいた雑誌をテーブルごと蹴り飛ばし、グラニーが食べていたケーキを引ったくり、見る間に平らげる。
「ダァァァお前、リーディ、なんて事を!?」
「あー!! あー!! ケーキ、ケーキ!!」
「黙れぇっ!!」
「はぁ、こうなってるってことは楽しいことでもあったのかな?」
一気に場が騒然となる。ロースグが面倒臭そうにその場から立ち去ろうとすると、ストラの雑誌が投げつけられた。
「おいロースグ。今から退屈しねぇ遊びに付き合わせてやる。ツラ貸せ」
「なんで僕が……」
「この悦びをお前にも分けてやるってんだよ」
「断る。強欲な君が誰かと何を分け合うって? 面倒ごとに巻き込まれるに決まってる」
「んだと……?」
リーディの悦に浸った表情が一転、いつもの不機嫌な表情へ変わる。雑誌を泣きながらかき集めるストラと悔しそうにケーキの箱を齧るグラニーを背後に、2人の視線がぶつかり合う。
「いつから俺にそんな口聞けるようになったよ、あぁ?」
「面倒だからいちいち言わなかっただけさ。行くなら君1人で行きな」
「ふざけんなよカス野郎が──うっ!?」
変身しようとしたリーディの首筋に小さな蛇が噛み付く。激痛で蹲るリーディの背後には、不愉快そうな顔をしたエヴィの姿があった。
「2人ともうるさい。出て行って」
ロースグは何かを言おうとしたが、巻き込まれることを嫌い、外へ出て行く。リーディもエヴィを睨んだが、何も言わずに去って行った。
「いやー助かったよエヴィちゃん。本当天使……いや、これは褒め言葉じゃないか」
「あうー、エヴィありがとー」
「邪魔……眠い…………」
大型犬のようにじゃれつくグラニーを煙たがるエヴィ。しかしストラは少なからず恐怖していた。
あの野蛮で凶暴なリーディを黙らせるほどの実力に。
「失態だなウィズード、インフェルノコードを逃すとは。どう落とし前をつける?」
険しい視線をぶつけるジャスディマに対し、ウィズード本人はそれほど焦ってはいない様子だ。
「インフェルノコード単体では何の意味も持たない。あれは真のプラグローダーが完成しなければ意味がない」
「だが手中に収めておかねばならないものなのは確かだ」
「功を焦るなと言っているんだ、ジャスディマ。どの道奴等に彼女の使い方は分からん。ジェノサイド共に渡るより遥かに都合はいい」
「ウィズード、人間を舐めない方がいい。あちらに俺達を作った忌魅木の血族がいる事を忘れるな」
2人の会話を聞いたアフェイクが横でクスクスと笑う。同じく聞いていたテランスも、ウィズードに対し不満げな表情を浮かべる。
「私達のヘブンズローダーではダメなのですか?」
「残念ながら私達のローダーは完成されたもの。これ以上の進化は見込めない。だからこそ、まだ進化の余地があるプラグローダーでなければならない」
「物知りねぇウィズード。いつの間にそんな詳細な情報を?」
アフェイクの問いに、ウィズードは無言で背後を指差して返答する。
そこにはあいも変わらず、祈りを捧げるフェイザーの姿があった。
「私も詳細な事は伝えられていない。今話した事も、恥ずべき事だが先ほどフェイザーから伝えられた情報だ」
その言葉に、テランスが厳しい口調でフェイザーへ詰め寄る。
「何故全てを話さないのですフェイザー! よもや隠し事を──」
「やめておきなさいテランスちゃん。彼、意地悪ではないけど不器用な人なの。何か考えがあってのことよ」
「しかしっ!」
「無駄な行為はやめろテランス。こいつが何か話すとは思えない」
ジャスディマに制止され、テランスはようやく口を閉じ、下がった。
すると突然、祈りの言葉が止む。不気味な静寂が空間を支配する。
「……神託が下った。エラー個体、スレイジェルNo.2の廃棄作業へ移行する」
フェイザーはたったそれだけを告げ、光の粒子を散らせながら何処かへ消えた。
「やっと彼が動いたか。さて、2号機の消失が彼にどれだけの進化をもたらすか……」
楽しみだと言わんばかりに笑みを浮かべるウィズード。
しかしジャスディマの顔は、何処か憂うような表情だった。
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「そういうわけで、私、ジェノサイドだったの……」
エリカの話が終わり、沈黙が続く。
ノアカンパニーの客室にて、桜、エリカ、睡蓮、山神が集い、エリカの告白を聞く事になった。もとより知っていた桜はともかく、睡蓮と山神は衝撃を受けたのか黙って俯いたままだ。話し終えたエリカも何といえば良いのか分からず、小さくなってしまった。
蒼葉曰く、ジェノサイドウイルスが空気感染した事例は確認されていないらしい。しかし感染経路が未解明な以上、不安になるのも無理はないだろう。
桜は口を挟まず、2人の返答を待つ。やがて睡蓮の口がゆっくりと開いた。
「う〜ん、エリカが狙われてるなら誰かが付いていてあげないと……」
「……え?」
言葉の意図が理解できず、エリカは間の抜けた声を発した。
「でも戦えるのは桜と睡蓮だけだろ? 俺と写見は戦力にならないぞ」
「元から期待してないよーん」
「お前……!!」
「ねーエリカ。親友と彼氏、どっちに守ってほし──」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!?」
あまりに自然な会話に耐えかね、エリカは話を遮った。
「何で!? 何で普通に話が進んでるの!? 私凄い勇気を出して告白したんだよ!?」
「いやだって、もうスレイジェルがここにいるし。エリカがジェノサイドでも……まぁビックリはしたけれど」
「意識がしっかり残っているなら大丈夫じゃないか? 念の為転校生に検査して貰った方がいいかもな」
あっさりした2人の反応に、安心して良いのかどうか分からずエリカは困惑する。
それを見た桜は、少し笑いながらエリカの肩を叩く。「大丈夫だったでしょ?」と言っているように。
「しかし、エリカが狙われてるなら迂闊に外に出せないな……」
「少なくとも護衛は必要だと思う。あ、そうそう、山神に渡すものが」
山神が唸っていると、桜があるものを取り出した。
棘だらけの楕円球状の物体。一体何の装置なのか想像すら出来ない。
「…………何かのオモチャか?」
「蒼葉が作ったらしいよ? 名前、なんだっけかな……」
「転校生遊んでる暇があんのかよ……うぉっ!?」
山神がそれに触れると、突如装置の下部が展開を始める。
胴体のようなものが飛び出し、小さな手足、そして尻尾が展開。棘だらけの楕円球が変形し、小さな顔が現れた。
「あ、思い出した。パキケファロソナーだ」
「可愛い〜!!」
「可愛い……」
睡蓮とエリカはパキケファロソナーを撫で回す。しかし当の山神は、
「これ役に立つのか?」
「ジェノサイドとかスレイジェルの探知が出来るらしい。便利だよね」
「じゃあ結局俺は戦えないってわけだ。……」
パキケファロソナーを手に取ると、残念そうに山神は指で突いた。
「あまり期待してないが、これからよろしく頼むぜ」
山神の声にパキケファロソナーは電子音で答え、再び元の状態へと戻った。
「さて、エリカ。しばらく外には出れないからお買い物しに行こーぜ!」
「外に出るのは危険だって言ったばかりじゃねえか。俺と桜で買ってくる。必要なもの言ってくれれば……」
「君は下着とかも買って来てくれるのかい?」
「あー……」
合点がいった桜と山神は納得した。
「にしても2人で行かせるのは不安だろ」
「じゃあ俺が付いて行くよ。もしもの時は……」
「お前プラグローダー点検中だろ? 俺が行く。何かあったら連絡するから安心しろ」
「山神が護衛じゃ安心出来ないなぁ〜」
「睡蓮ちゃん……」
睡蓮の茶々に、エリカは苦笑する。山神は怒るに怒れず、大きな溜息を吐いた。
「VUローダーが進化した……」
「としか考えられない。正確には桜君が進化した、のかしら」
紅葉が興味深そうにプラグローダーとピュアチップを見比べる。姿が変化したVUローダーをプラグローダーへ接続し、新たなデータをコンピュータへインプットする。
「やはり彼には無限の可能性がある。これからもこの調子で頑張って貰いたいわ」
「……ねぇ紅葉。貴女、本当にエリカをしっかり検査したの?」
「彼女のジェノサイド化の件ね。もちろんしっかりと検査したわ。けれど本当にあの時点では反応はなかったの」
嘘を言っている様子はない。しかし余計謎が深まってしまった。もし検査にかからないのならば、ジェノサイドウイルスが潜伏している人間が世に何人いるのか。想像するだけで恐ろしい。
「なら彼女は、一体いつから感染して……」
「まだそこまで特定は出来ていない。けれどジェノサイドウイルスが世にばらまかれた時から感染していた可能性が高いと思う」
そこで蒼葉は紅葉の言葉で気がついた。
「ジェノサイドウイルスは空気感染しない。ならどうやって感染させたの?」
「過去の実験……かしらね。もしくはウイルスの媒介者がいる……」
蒼葉達の両親が、正確には両親の行った実験に秘密が隠されている。
「それを知る為には、自我を持ったジェノサイド、そしてアースリティアを調べなくちゃね」
「紅葉、エリカは……」
「もちろん分かっているわ。手荒な真似はしない。検査はしっかり受けてもらうけど」
紅葉はVUローダーとピュアチップを手に取り、愛おしい様子で見つめる。
「その為に、桜君にはもっと強くなって貰いたいの。何を為すべきか自覚した彼に必要なものは…………そうね、次は大切な人の死を乗り越える事かしら?」
「紅葉……?」
「ねぇ蒼葉。新しいプラグローダー、完成が近いんでしょう? 是非見せてくれないかしら?」
話題を逸らした事を蒼葉は分かったが、それ以上追求しても無駄な事はよく知っていた。蒼葉は紅葉を連れ、一際大きな円柱型培養器へ案内する。
そこには特殊な形状をしたプラグローダーがサイドバックルに取り付けられたベルトが鎮座していた。中央には読み込み装置のようなものも存在している。
「桜のVUローダーからデータ採取して作った……リワインドローダーよ」
続く




