第六章 不倫の濡れ衣
多岐川大輔と離婚し、義実家を出て、私は再び本城玲子となって都内へ戻ってきた。
ようやく平穏な生活が手に入った。
誰にも怒鳴られない。
誰にも殴られない。
洗濯物の量を見て怯えなくていい。
それだけで天国みたいだった。
そんな生活にも少し慣れてきた頃。
ある日、妙なメールが届いた。
『倉持孝一の妻の由香と申します。貴方が私の夫と不倫している事は既に分かっています。主人は、あなたから誘われたと主張していますが本当ですか?』
私はしばらく画面を見つめた。
(……誰?)
倉持孝一。
知らない。
本当に知らない。
私はすぐ返信した。
『倉持孝一さんという方は、私の知り合いにはいません。どなたかとお間違えではないでしょうか?』
しかし返ってきたのは、さらに攻撃的な内容だった。
『一言、謝罪と説明があれば、こちらも誠実な対応をしようと思っていました。ですが、しらじらしいにもほどがあります。不倫に対する慰謝料を請求させてもらいます』
意味が分からなかった。
私は慌てて知人たちへ確認した。
「倉持孝一って人、知らない?」
でも誰も知らないという。
すると再びメール。
『新潟県魚沼市出身の本城玲子さんですよね?』
そこにはフルネームだけでなく、生年月日や家族構成まで書かれていた。
私はゾッとした。
(何で知ってるの……?)
興信所?
でも、そこまで調べたなら、私が不倫相手じゃない事も分かるはずだ。
私は恐る恐る返信した。
『どうして私の個人情報を知っているんですか?』
すると、
『夫に聞きました。一度お会いして話しませんか?』
と返ってきた。
私は少し迷った。
でも、このまま誤解されたままも嫌だった。
なので会う事にした。
場所は、自宅近くの喫茶店。
何かあってもすぐ逃げられるように。
当日。
現れたのは倉持由香さんと、その友人らしき女性だった。
二人は私の顔を見るなり、
「えっ?」
と同時に固まった。
私も困惑した。
何だこの空気。
すると友人の女性――八木安奈さんが慌てた様子で言った。
「ちょっと待って……全然違う……」
由香さんも青ざめている。
「え……でも……え?」
話を聞くとこうだった。
安奈さんは、某観光地で倉持孝一さんが見知らぬ女とイチャついている所を偶然見かけた。
怪しいと思って、こっそり写真を撮影。
それを由香さんへ送ったらしい。
「その写真、見せてもらってもいいですか?」
私が言うと、由香さんはスマホを差し出した。
そして写真を見た瞬間、私は思わず声が出た。
「あっ」
知ってる。
この女、知ってる。
金沢千波。
高校の同級生だった。
私は席を立った。
「ちょっと待ってて下さい」
一旦自宅へ戻り、高校時代のアルバムを持ってくる。
そして写真を見せた。
「この人です」
由香さんは顔を真っ青にした。
「……孝一の話、鵜呑みにしてた……」
安奈さんも頭を抱えていた。
その数日後、事情を詳しく聞いた。
どうやら安奈さんが浮気現場を目撃した際、倉持孝一さん本人も気付いていたらしい。
「現場見られたかも……」
そう焦る孝一さんへ、千波が言った。
『奥さんに相手の事を聞かれたら玲子の名前出せばいいよ』
つまり。
私へ矛先を向け、その間に証拠隠滅するつもりだったのだ。
私は思わず呆れた。
(いや、何で私)
しかも千波は高校時代から、妙に私へ絡んでくるタイプだった。
特別仲が良かった訳でもない。
むしろウザ絡みしてくる面倒な女という印象しか無かった。
だから名前を見た瞬間に思い出した。
一方、由香さんはかなり猪突猛進タイプだったらしい。
弁護士や興信所へ依頼し、一気に動いた。
ただ、安奈さんは途中から、
(これ、別人じゃない?)
と思っていたそうだ。
でも由香さんが、
「直接会う!」
と言って聞かなかったので、一緒に来たらしい。
結果として、それが正解だった。
もし由香さん一人だったら、多分そのまま感情論で突っ走っていたと思う。
その後。
千波は由香さんから不貞行為の慰謝料を請求された。
さらに私からも名誉毀損で慰謝料請求。
余計な事をしなければ、私は別に何もしなかった。
なのに、自分から私を巻き込んできた。
本当に馬鹿な女だと思う。
私は慰謝料として五十万円を受け取った。
そして改めて思った。
人生、向こうからトラブルが走って来る事がある。




