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最強メイドは追及する。

 夜の闇に静寂が戻った。

 刺客の女は完全に気配を消して立ち去っていた。


 残されたのは芝生にへたり込む俺と立ち尽くすペリウルスだけだ。

 ペリウルスは指に挟んでいた凶悪な刃物をポイと投げ捨てた。


 カチンと冷たい金属音が鳴る。

 彼女はゆっくりとこちらを振り返った。

 さっきまでの激怒した表情ではない。

 かといっていつもの変態的なデレデレ顔でもない。

 探るような底知れぬ鋭い目つきだった。


 俺の背筋に冷たい汗が流れる。

 やばい。

 見られた。


 俺が飛来する矢を初見で見切った動き。

 ただの木の枝を使って剣術の型で応戦した動き。

 どう考えてもずっと昏睡状態だった令嬢の動きじゃない。

 言い逃れできないレベルで熟練の戦士の動きをしてしまった。


 ペリウルスは無言のまま俺の前に片膝をついた。

 そして俺の手にある折れた木の枝をじっと見つめる。


「お嬢様」


 低い声だった。

 怒っているわけではないが有無を言わせぬ圧がある。


「その枝の構え方。そしてあの女の矢を見切った身のこなし」


 彼女の目がスゥッと細められた。

 逃げ道を塞ぐ狩人の目だ。


「一体どこでそのような体術を身につけられたのですか?」


 ストレートな追及だった。

 心臓が嫌な音を立てて跳ねる。


 どうする。


 前世は無双の英雄でしたなんて言っても信じるわけがない。

 いやこの頭のおかしい屋敷の連中なら信じるかもしれないが面倒なことになるのは確実だ。


 俺は必死に頭を回転させた。

 ウサギ耳のフードをすっぽり被った幼女が必死に生き残るための言い訳を考える。

 そして俺の口から出たのはこの世で最も古典的で苦しい嘘だった。


「ゆ……夢の中で」

「夢ですか?」

「そ、そう!夢の中で筋肉モリモリのヒゲのおじいちゃんが毎日剣を教えてくれたの!」


 言った直後に舌を噛み切りたくなった。


 なんだその設定。


 幼児の作り話でももうちょっとマシな嘘をつくぞ。

 戦士のプライドはどこへ行ったんだ俺。

 だがペリウルスの反応は俺の予想を遥かに超えて斜め上をいった。

 彼女は目を見開いてワナワナと震え始めたのだ。


「夢の中で……筋肉の……おじい様……」


 まさか呆れられたか。

 ふざけるなと胸ぐらを掴まれるのか。

 俺が身構えた次の瞬間だった。


「おおおおお!!それはまさしく初代剣神バルドゥール様のお告げ!!」


 ペリウルスが夜空に向かって両手を突き上げて叫んだ。

 えっ。


「やはりアリスお嬢様は只者ではありませんでした!天に選ばれし神童!武の申し子!あぁ。なんて尊いのでしょう!!私の目に狂いはありませんでしたわ!!」


 彼女は感極まったように号泣しながら俺のウサギ耳をわしゃわしゃと撫で回し始めた。


 チョロい。

 あまりにもチョロすぎる。


 この屋敷の奴らは全員思い込みが激しすぎるだろ。

 俺は全身の力が抜けていくのを感じた。

 とりあえず正体がバレる危機は去ったらしい。

 だが最強の変態メイドからの過剰な期待とスキンシップという新たな地獄が幕を開けた。

 俺は夜空に浮かぶ月を見上げながらこれからの前途多難な生活に頭を抱えるしかない。


 ──────


 王都の裏路地にひっそりと佇む廃教会。

 月明かりすら届かない地下室に冷たい風が吹き込んだ。


 静寂を破って現れたのは黒装束の女だ。

 先ほどまでアリスの命を狙っていた凄腕の暗殺者である。


 彼女は肩で息をしながら石畳の床に片膝をついた。

 その顔には焦燥とわずかな恐怖が張り付いている。


 祭壇の跡地に置かれた古びた椅子に一人の女が腰掛けていた。

 暗闇の中でもその姿は異様な存在感を放っている。

 黒いジャケットの隙間から覗くのは鮮やかな青いインナーだ。


 足を組むたびにスリットの入ったズボンから白い肌が滑らかに覗く。

 彼女の名はアルグレイナ。

 この暗殺を裏で糸引く黒幕である。


 女は手にしたワイングラスを揺らしながら冷たく見下ろした。


「失敗したようね」


 氷のように冷たい声だった。

 暗殺者はビクリと肩を震わせて頭を深く下げた。


「申し訳ありません。標的の殺害に失敗しました」

「ただの病み上がりの小娘一人を仕留められなかったと?この私が直々に雇ったあなたが?」


 アルグレイナは嘲るように鼻を鳴らした。


「違うのです!あの娘はただの子供ではありません!」


 暗殺者は必死に弁明を始めた。


「私の放った魔力矢をただの木の枝で見切って防ぎました!それにあの屋敷のメイド……狂ってます!化け物です!素手で私の暗器を止めやがったんです!」


 暗殺者の声は恐怖で裏返っていた。

 アルグレイナはグラスの動きをピタリと止めた。


「木の枝で?あの侯爵家に引き取られた孤児が?」


 彼女の目が鋭く細められる。

 情報の食い違いだ。

 施設で死にかけていたただの哀れな少女。

 それが事前の調査報告だったはずだ。


「それに侯爵家のメイドだと?あのアルフレッドの趣味の悪い使用人どもにそんな手練れが紛れているとはね」


 アルグレイナはワインを一息に飲み干すとグラスを壁に投げつけた。

 ガシャーンという甲高い音が地下室に響き渡る。

 暗殺者はさらに身を縮ませた。


「面白くなってきた。ただの捨て駒の排除のつもりだったけど予定変更だ」


 アルグレイナは立ち上がりスリットの入ったズボンの裾を翻した。

 闇の中に妖しい笑みが浮かび上がる。


「アリス……あの娘の背景を洗い直せ。ただの孤児が剣技を使えるわけがない。裏で誰が糸を引いているのか炙り出してやる」

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