第8話
毎回地の文が長くなるのが悩みです。
「さて、寮の裏手まで着きましたが、どうやって彼女を僕の部屋まで連れて行きましょうかね…。」
アキトは自分の後ろを黙って付いて来る少女を一瞥する。
アキトの住む学生寮は、トイレ風呂共同ではあるが、相部屋は無く、一人部屋のある物件であった。男女共に入寮可能で棟は別々、男子棟は女子が、女子棟は男子が禁制となっておりペットは無論禁止であった。
(本当は女性を男子棟に入れてはいけないのですが、今回は事が事ですし、何とかして彼女を部屋に入れたいですね。)
字面で見ると何ともいかがわしい感じに聞こえることを、本人は至って真面目に考えていた。
この学生寮は貧乏学生の懐に優しい格安設定な割に警備の質が良く、警備員や監視、防犯設備をくぐり抜けて部屋に行くことが至難の技であった。これは、導術という危険な術の将来のエキスパートとなる彼らを、犯罪に利用しようとする心無い者達から守る為の配慮であった。また、学生の導術使用による危険行為を抑制するという目的も兼ねていた。
アキトは慎重に考え、ある決断に至った。
「やはり安全に中に彼女を入れるには、転移召喚が一番確実ですね…。しかし、納得して貰えるでしょうか?」
アキトは、寮内での転移召喚の使用を認められていた。
これは、転移召喚では人の物を盗み出す事が不可能であり、また転移した物の行き先をトレースする技術が近年確立されて犯罪に利用する事が難しくなった事が要因である。
学生寮としても導術の習熟の邪魔をしたくは無いというスタンスの為、危険の少ない導術ならば、寮内での使用を認められていた。
転移召喚を用いれば、自室に少女を誰にも見つからずに連れ込む事が可能であるが、寮の関係とは別に更なる問題があった。
転移召喚は、人や動物などの生命を、着の身着のまま生きたまま転移することが可能である。
しかし、原則として使用者の所有物しか転移出来ない制限上、人に使用するには転移対象に『自らの所有権の委譲』を行う、つまり、使用者に隷属する必要が生じる。
隷属と言っても、逆らったら苦しむとか、心が支配される事は無く、実質的には何も変わらない。
しかし、一度その契約が結ばれてしまえば、原則として双方の同意が無ければ契約破棄する事が出来ない。
これは、転移召喚中にどちらかが一方的に契約破棄する事による事故の発生を防ぐ意味もあった。
しかし、契約が成れば時と場合を考えてない悪意ある召喚にも応じる必要が出てくるため、転移召喚の為に召喚者に隷属する契約をする物好きは先ずいなかった。
無論警察に訴えれば、強制的に契約破棄させる事も可能であるが、今の少女はそれが不可能であるため、アキトにもしも悪意があったとしたら、そこから逃げ出すことが至難の技となるのは明白であった。(無論召喚者であるアキトを殺せば可能ではある。)
アキトは部屋に召喚したらすぐにでも契約破棄するつもりであったが、それは飽くまでも口約束でしかなく反故にする事も可能である。出会ったばかりの少女に自分を信用して貰えるかどうか、それがアキトの不安であった。
「これは僕を信じて頂かないと難しいことなのですけれど、君を僕の部屋に召喚する為にも僕と“仮契約”を結んで欲しいんです。」
意を決したアキトは恐る恐る少女に提案した。実際には、契約に仮も何も無いのだが、少女を不安がらせない様についたアキトの嘘であった。少女は少しの間逡巡した後、決断した。
「わかりました。転移召喚に応じる契約を致します。」
その答えを聞いて、てっきり断られると思い次の作戦を考えていたアキトは、一瞬思考停止した後困惑した。
「え…?本当ですか?僕自身が言った事では有りますが、信用して頂けるのですか?」
「はい、その通りです。」
「…こう言ってはあれですが、出会ったばかりの人間をそう簡単に信用するのですか?」
淀みなく答える少女に不安を感じ、アキトは尚も食い下がる。その様子を見ていた少女は顔を綻ばせ、はっきりと告げた。
「はい、あなた様なら信用できます。そもそも、信用出来ない人物が自らを『信用出来ない人物』だなんて仰いませんもの。あなた様は本当に心から私の身を案じていらっしゃいます。だから私もその心に信頼で応えたいのです。」
「わかりました。ありがとうございます。」
少女の答えを聞いたアキトは少し申し訳なさそうに、しかしどこか嬉しそうに答えた。そしてアキトは、転移契約の為の導陣を描き、少女をその上に立たせた。
「では、転移契約を行います。僕の言葉を復唱して下さい。“私は召喚者アラカミ・アキトの転移契約に応じます。”」
「私は召喚者アラカミ・アキトの転移契約に応じます。」
転移契約の導陣が光り、すぐ光を失った。
「これでよし。転送用の場所には今別の物が有りますので、僕がこれから部屋に入ってそこに君を召喚します。ですからそれまで君はそこの茂みに隠れていて下さい。」
「わかりました。どうぞ宜しくお願いします。」
少女が近くの茂みの中に隠れたのを確認したアキトは、寮の中に入っていった。
「イッエーイ!アーキトン!今日も元気かーい?」
寮内に入って自室に向かうアキトに、前から呼びかける声が聞こえてきた。
「こんばんは、ハルト君。僕は元気ですよ。そう言う君も元気そうで良かったです。」
ハルトと呼ばれた少し癖っ毛のある赤髪が特徴的な青年は、アキトと同じ寮にすむ学生であり、アキトの友人であった。
「そーれは良かったッゼ☆丁度良いぜアキトン、今から俺っちの部屋でゲームしねー?新しいソフト買ったんだぜィエイ!」
ハルトはその性格が少々個性的であるため、アキト以外の友人が皆無であった。その為か、何かに付けアキトに絡んできていた。
「お誘いは大変嬉しいのですが、今日は遠慮させて頂きます。また機会がありましたらお邪魔しますので、そうしたら一緒にゲームしましょう。」
少女のことがあるアキトは、ハルトの誘いを丁寧に断る。
「ノォ~ゥ!振られちまったぜ~い!まあイイゼ!無理強いはいけないしな!俺らハルナツ春秋コンビ離れていても心は一緒!ぜ~んぜん寂しくなんてないもんね~!」
そう言ってアキトの背中を叩くハルト。その瞳は少し潤んでいた。
「すみません…。この埋め合わせは必ずしますから。」
アキトは少し申し訳ない気持ちになりながらもハルトと別れ、自らの部屋に向かった。
ウザキャラは描くのが難しいです。