第9話
男性が少女を自らの部屋に連れ込む事案発生。
自室に入ったアキトは、部屋の鍵をかけ、目の前の雑草の山を片付けた。
「さて、部屋は綺麗になりました。余りあの娘を待たせる訳にも行きませんし、呼び寄せましょう。『少女、召喚。』」
アキトが右手を前に出して唱えると、目の前の空間が歪み、先ほどの少女が現れた。
「僕の部屋へようこそ。歓迎しますよ。」
「うわ~、すご~い!」
目の前の光景が一瞬で茂みから、整理整頓された部屋に変わったため、驚いた少女は思わず素の声がでていた。
「ハッ!私としたことがはしたない。大変失礼致しました。」
「いえ、構いませんよ。それよりもさっきの声の方が可愛らしくて僕は好きですよ。」
「か…、可愛!?好き!!?そんな、私なんてそんな!」
アキトの言葉に驚き、混乱した彼女は大いに取り乱した。真っ白な肌は再び紅潮し、アキトに羞恥の表情を見せないように顔を背けた。
「落ち着いて下さい。急に見知らぬ男性の部屋に来たのですから、不安になるのはわかります。ですがまずは冷静に現状を見据え、これからの事を考えるのが賢明ですよ。」
アキトの少々ズレた説得により冷静さを取り戻した少女は、アキトに対して非礼を詫びようとした。
「ああ!また私としたことがお見苦しいところを!本当に申し訳…」
と、そこで少女のお腹の虫が雄叫びをあげた。いい加減にしろと言っている様であった。
「…そういえばお腹が空いていたのでしたね。何かしら食べれるものを用意しますよ…。」
「重ね重ね本当に申し訳ありません~!」
アキトの申し訳なさそうな声に、限界に達した少女の心は根元から完全にへし折れ、力無く少女はその場にへたり込んだ。
「はむっ、はむっ、もきゅっ、もきゅっ…」
数分後、少女は目の前の草山に一心不乱にかじりついていた。もはや取り繕う事もないと完全に開き直った彼女は、アキトの目が有るのにも拘わらず草を口一杯にほうばり、ハムスターの様に膨らんだ頬を動かしながら、幸せそうに咀嚼していた。
「申し訳ありませんね、こんな山菜しか出せなくて。今僕は財布がピンチなので、他の食材がほとんどないのですよ。」
「いえ!どうか謝らないで下さい。食事を頂けるだけでも本当に有り難いのですから。それに、この草は私の大好物なので、今とても幸せです!」
数分前、部屋に無事入れることは出来たが食べれる物がほとんど無い事を思い出し、何か買って来よう、何が食べれるか訊こうとしてアキトは少女を見ると、先ほどアキトが部屋に送った雑草の山を食い入る様に見つめ、唾を必死に飲み込んでいた。
そこでアキトは少女に「あの山菜を食べますか」と尋ねると、少女は「宜しいのですか!是非!!」とアキトに詰め寄ってきたので、アキトが了承するや否や草を掴んで口に放り込んでいた。アキトが調理しようか尋ねると、少女はそのようなことは不用と断ったため、アキトは黙って少女の食事の様子を眺めていた。
(“山羊型”導族なだけあって、草が好物なのでしょうか。いずれにせよ肉しか食べれないとか言われなくて良かったですね…。)
もし高級な肉しか食べれない場合、アキトはこれからしばらく断食覚悟の大出費をしなければならず、その必要が無い事を知って胸を撫で下ろした。
「しかし、草が好物なのでしたら何故山の中で行き倒れを?山菜でしたらあの辺りなら少し探せば簡単に見つかりますよ?」
「あの時は追われていてとてもその様な悠長な事をして居られなかったのです。それに、お祖父様から拾い食いははしたないから止めなさいと…。気付いた時には空腹と疲労で気を失い、あの場に倒れてしまっていて…。大変お恥ずかしいながら、あの時あなた様に助け出して頂かなかったら今頃私はどうなっていたか…。本当に感謝しております。」
少女の食事の光景に疑問を抱いたアキトが問うと、申し訳なさそうに少女は答える。『お祖父様』と発言した際、少し少女の表情に陰が差したのをアキトは察したが、敢えてそれについては触れなかった。
(空腹で倒れそうなのに拾い食いはダメだから、で倒れてしまう迄我慢してしまうとは…。お祖父様に厳しく躾られたのでしょうね。しかし教養があるのは良いのですが、ここまで融通が利かないのも考えものですね…。それにしても追われていて…ですか。まだこんなに小さいのに命を狙われるなんて…。)
少女の事情を幾分か察ししたアキトは、少女に同情し、なるべく力になってあげようと心に誓った。
しばらく草の山と格闘していた少女は、お腹いっぱいに草を満たして大分落ち着いたのか、姿勢を改めて床に正座し、深く頭を下げた。所謂土下座である。
「この度は、私の命を助けて頂き、度重なる無礼にも拘わらず、食事まで提供して下さり、余りの感激に今の感謝の気持ちを表す言葉が見つかりません。もし何か私に出来ることが御座いましたら、何なりとお申し付け下さい。誠心誠意ご奉仕させて頂きます。」
そう言うと彼女はその端正な顔を上げてアキトの顔を見つめた。その頬は紅潮し、一筋の涙が伝っていた。その言葉を聞いたアキトは慌てた。
「いえいえ、礼には及びませんし、お礼を要求するために助けた訳では有りませんよ!そんなことよりも…。」
アキトは途中で言葉を切った。先ほどは暗い森の中でよくわからず、食事中の彼女は有る意味衝撃的であったため気付かなかったが、よく見ると少女の腕や足に細かな傷があった。恐らく森の中で切ったのであろう。ほとんどの傷は瘡蓋で塞がれていたが、その様子は痛々しかった。
「少し待っていて下さい。」
そういうとアキトは召喚により水の入ったペットボトル、桶、救急セットを呼び出した。
「じっとしていて下さい、少し染みますよ。」
そういうとアキトは申し訳無いと遠慮する少女を促し、傷を水で洗い、消毒液で消毒したガーゼを傷に当てて包帯を巻いた。
「食事の上に治療までして頂けるなんて…、本当に何と言って御礼を申し上げたら…。」
そう言って涙汲む少女にアキトは苦笑した。
「ですから、お礼なんて要らないですよ。傷が化膿するといけないですからね。粗末な治療で申し訳有りませんが、それしか出来ないので我慢して下さいね。それよりも…。」
と言ってアキトは姿勢を正し、本題を切り出した。
「今は状況を詳しく知りたいですね。君は一体何者で、どこから来て、一体どういう状況にあるのか教えて下さい。…そう言えばまだ名前を聞いていませんでしたね。僕の名前はアラカミ・アキトと言います。」
アキトの問いに少女は少し悩んだが、やがて意を決したように口を開いた。
「申し遅れました。私はアビス王国貴族フェルミ公爵が孫娘、名をシルバーナ・フェルミと申します。気軽にルビィとお呼び下さい。以後お見知り置きを、アキト様。」
そう言って深々とお辞儀する様はとても優雅で、その流れるような所作は気品に満ちていた。
ルビィは腹ペコキャラでは有りません。(予定)




