第13話
「アキトお兄さん!ご無事でしょうか⁉︎どこかお怪我など為さっていませんか⁉︎」
アキトとヤクモが先程まで居た県警本部の部屋に着くと、シルバーナが飛びついて来た。アキトはそれをしっかりと受け止め、力一杯抱き締める。
「ええ、僕は大丈夫です。ヤクモさんが助けてくれましたから。ルビィは大丈夫でしたか?」
「はい!大丈夫です!コチヤ様が助けに来て下さいましたので。」
シルバーナは、アキトの背後に居る人物に目を向ける。それを見てアキトは初めて後ろに人が居るのに気付いた。
「う、後ろに居たのですか…。有難うございます、コチヤ先生。これでルビィを守って貰うのは二回目ですね。」
「今気付いたのですか、先程から居たのですが…。いえいえ、礼には及ばないですよ…。」
コチヤは、アキトが自身に気付いていなかったのを見て少し落ち込んでいた。シルバーナはそんなコチヤとは対照的に、非常に興奮している様であった。
「コチヤ様は凄いんですよ!戸が開いたと思ったら、いつの間にか警官の方の後ろにコチヤ様が立っていらっしゃって、あっと言う間に気絶させてしまったのですよ!」
「そんなに凄くは無いですよ。あんまり好きな特技では無いですし…。恥ずかしながら私は生まれつき影が薄くて、人に気付かれにくいのを利用しただけなのですから。」
コチヤの導術『把子透風』は、風導術の一種である。自身の音、臭い、体温、振動などを極限まで薄くした上で、風のように軽くした体で高速移動するのである。更に、偽の気配を別の場所に出す事で相手の意識の向ける先をある程度コントロールする事が出来るため、それらを利用して誰にも気付かれずに移動する事が出来る。
元々の存在感の薄さを利用したその導術の効果は非常に高く、特殊部隊時代では隠密活動や奇襲に活躍していた。その時代に付けられた渾名は『幻影死神』であったが、学園長からは『空気な死神』と呼ばれていた。本人は自らの影の薄さを気にしており、顔が怖くて嫌でも目に付くコウガを密かに羨ましがってもいた。
「私としては、もっと派手な術を習得したいのですが、どうも合っているのが目立たない様な術ばかりで…。はあ…もっと存在感出ないかなぁ。」
「ま、まあまあ、そのお陰でルビィが助かったんですから。そんなに卑下しないで下さい。」
遠い目で憂いの顔をするコチヤをアキトは宥める。そこにヤクモが加わる。
「そうですよ、コチヤ様。あなた様は存在が薄いのが魅力なのですよ。存在感のあるコチヤ様はコチヤ様ではありませんよ?」
「ヤクモさん、それ全然フォローになっていないですよ…。」
「当然ですよ、フォローなどしておりませんから。」
「ええぇ………。」
アキトが困っていると、再び戸が開いて新たな人影が現れる。
「あら、もう皆さんお揃い?」
「キュピンキュピン!」
カスミとディアであった。シルバーナはディアを見るや否や飛び付く。
「ディアちゃん!良かった〜!」
「キュッキュ!」
再会を喜ぶシルバーナ達をカスミは優しい目で見つめる。
「ご苦労様でした、カスミ。急な要請で済みませんでしたね。」
「いえいえ、お気になさらず、ワタクシのお気に入りの子の危機ですもの、クロお兄様。それにしても、相変わらず人を縛っていらっしゃる様ですわね?肌に艶が有りますわ。うふふ。」
「カスミも、思う存分に人を絞ってますね?肌が瑞々しいですよ。ふふふ。」
二人の笑顔はとてもよく似ていた。
(ああ、やっぱり兄妹ですね…、嗜好が一緒です。それにしても、人を絞った…?ディアを連れて行った警官達はどうなったんでしょう…。)
アキトはカスミに捕まった警官達の身を案じた。そんなアキトの横に、ディアがノソノソと近寄る。
「キュッキュ!」
「何ですか?ディア。ああ、発信機を返してくれるんですね?」
「キュピイ!」
ディアは身を屈め、床に小型発信機を吐き出す。この発信機はコウガから貰った物で、小型ながらも高性能な代物である。ディアの舌の裏に仕掛け、ディアの後を追跡できるようにしたのだ。
「そう言えば、アキトさん?いつの間にディアさんの口の中に発信機を仕込みましたの?まさかふざけて食べさせていた訳では無いでしょう?
それに、急な突入でクロお兄様に連絡する暇も無くて、見張られている中で状況を伝える事も難しかった筈なのに、一体どう言った手品を使ったのかしら。もしよろしければ、教えて下さらない?」
カスミはアキトに問う。アキトはヤクモを見て了承を得ると、掌に小さな花を召喚した。ヤクモから連絡用に貰った花である。花はウネウネと動いている。
「あら、それはクロお兄様の。」
「ええ、ヤクモさんからもし何か有ればこれで連絡を、と渡された物です。これを召喚してヤクモさんに連絡しました。」
「ですが、何処に召喚しましたの?警察官が大勢見張っていらしたのでしょう?急に花が出てくれば、怪しまれますわよ?」
「そこは、ルビィに手伝って頂きました。」
アキトはシルバーナを呼び寄せる。シルバーナはディアを連れてアキトの横に来る。
「どう手伝ったのですの?」
「ルビィに座って貰って、そのスカートの中に花を召喚しました。」
「…はい?」
カスミは呆気に取られ、ヤクモは可笑しそうに笑う。
シルバーナは座るように指示したのは、スカートと床の間の空間に花を密かに召喚する為であった。スカートの丈は充分に長く、更にアキトが目の前に立つ事で、スカートの中は全く見る事は出来ない。アキトは警察官を手榴弾で牽制しながらシルバーナに近付き、召喚可能範囲にスカートの内部空間が被るように距離を調整したのだ。
「しゅ、淑女の、ス、スカートの中に、お、お、お兄様が入ったのですの⁉︎」
「カスミ、誤解を招くような言い方は止めなさい。入ったのは花です。私では有りません。」
「同じ様な物です!お兄様の操る植物は、音情報や視覚情報、更に匂いまで分かるでは有りませんか!奥様に言付けますわよ!」
「それは本当に止めて下さい。」
シルバーナはその言葉を聞いて顔を赤らめる。
「あ、あの、す、済みません!大変なお目汚しを!」
シルバーナの目は泳いでいた。ヤクモは少し困った様な顔をする。すかさずアキトがフォローに入る。
「だ、大丈夫です!ヤクモさんは紳士なんですから、何も見ている筈が有りません!」
「そうですよ、シルバーナ様。断じて、私は疚しい事はしておりません。この命を賭けましょう。花が召喚された時も、前の方を向くようにアキト様は召喚して下さいましたし、すぐに状況に気付きましたから。」
「は、はい…。」
ヤクモの弁明に、シルバーナは少し落ち着きを取り戻す。
「それに、シルバーナ様のスカートの中を見たり嗅いだりするのは、他ならぬアキト様の役目ですからね。私はその役を取る様な真似は決して致しません。」
「はうあっ⁉︎」
しかし、続くヤクモの言葉に悶絶する。シルバーナは、アキトになら見られてもいい、寧ろ見て欲しいなと密かに思いつつも、はしたないと自らを戒めていた所であったので、ヤクモに本心を言い当てられた様な気がして動揺する。
「ヤクモさん…、冗談言わないで下さいよ。ルビィが困って居るじゃないですか。」
「おや?アキト様は興味がお有りでない?本当に男性ですか?」
「ちゃんと男性ですよ…。それに、興味が有る無い以前の問題ですからね…?」
アキトは溜息を吐きながら答える。
「だいたいですね。僕がもしルビィの保護者という立場を利用してそのような事を強いたりすれば、僕は彼女の保護者として失格です。僕は彼女と一緒に居たいのです。その為にも、そんな事は絶対にしません!」
「ふふふ、流石ですね、アキト様。」
「アキトお兄さん…。」
シルバーナはアキトに感謝しながら自らを恥じた。アキトはこんなにも自身の事を案じてくれていると言うのに、自分は何て身勝手なのだろうかと心から思う。
そこに、ヤクモが近付き、耳元に囁く。
「アキト様は手強いですよ?健闘を祈ります、シルバーナ様。」
「うっ…は、はい…。それでも、頑張ります。」
ヤクモの言葉に、シルバーナは小さく頷いた。
「さて、話が脱線してしまいましたね。それで、ヤクモさんの花をルビィのスカートの中に召喚しつつ、更に小型発信機とその信号受信機をそこに召喚しました。
そして、ルビィにディアを撫でる振りをして貰いつつ、口の中に小型発信機を仕掛けてもらったんです。そのまま、受信機の反応をヤクモさんの花が見て、ヤクモさんからカスミ先生にディアの居場所を伝えてもらったんです。」
「もう、ツッコミませんわよ?」
「別にツッコミを入れなくて良いですよ…。」
「別の物をシルバーナ様のスカートの中にツッコまれましたが?」
「はあうあ⁉︎」
「話が進まないので黙っててもらえませんか…。」
小型発信機の起動は花が行い、さりげなくスカートの中にシルバーナが手を入れた時に発信機を掴ませ、警官達から死角になる様に誘導しながら、ディアの口の中に密かに発信機を仕掛けた。シルバーナはディアに小声で、発信機を噛まないように注意し、ディアはそれを理解し了承した。知能の高いディアとそれが良く信頼するシルバーナのペアだからこそ出来た芸当といえる。
「ですが、それをシルバーナさんにはどの様にして伝えたのです?まさか口頭で伝える訳にもいかないでしょうに。後ろ手に手話でもしましたの?」
「それに近いですね。」
アキトは掌に、使用した小道具を召喚する。カスミはそれを見て納得する。
「うふふ、考えましたわね。これなら手話の使えない方でも、よく見れば伝わりますわね。」
「ええ、丁度、座ったルビィの視線の高さが後ろ手に組んだ所に近かったので、この方法にしました。返事には僕の裾を引っ張って貰いました。上手く伝わって良かったです。」
アキトの掌にあったのは、平仮名の形をした小さな玩具であった。エミリオ達の状況を伝える時に利用した方法の応用で、他国語のアルファベットが読めないシルバーナの為にヨミ国語の平仮名を使用して、召喚と転送を繰り返す事で指示を伝えたのだ。
手を組んだ中に玩具を召喚したので、横から見られる事もなく、シルバーナだけに指示を伝える事が出来た。そしてシルバーナは、さり気無くアキトの裾を引っ張る事で、返事をしたのだ。
「アキトさんも発信機を持っていらしたの?」
「いいえ、二つは無かったですし、見つかったら厄介なので、ディアにだけ付けました。ディアには、相手にわざと飛びかかって警戒させる事ですぐに拘束具を付けさせ、発信機が見つからない様にしました。誰も好き好んで気性の荒いドラゴンの口の中を覗いたり、調べたいだなんて思いませんからね。お陰で発信機は見つかりませんでした。」
「キュルッキュル〜!」
「ディアちゃんはわざと襲いかかってはいませんよ。アキトお兄さんを本気で心配していましたから。」
「そうですか、ありがとうございます。ディア。」
「キュッキュイーン!」
アキトは笑顔でディアを撫でる。ディアは嬉しそうに喉を鳴らす。
「でも、それでしたら、何故クロお兄様はアキトさんをすぐに追い掛ける事が出来ましたの?発信機を持っていらっしゃらなかったのでしょう?」
「はい、まあ…持つ必要は無いかなと思いましたので。」
「あら、どうしてですの?」
「キツネさんが仕掛けた罠だとわかりましたから。キツネさんに連絡すれば、すぐに行き先が分かるだろうと思いました。」
「アキト様の言う通り、キツネ様に事の次第を伝えたら、すぐに場所を教えて下さいましたよ。お陰で先回りも出来ました。」
アキトは、キツネがキタカタに関係している人物を調べ、その証拠を差押さえたと言っていたのを思い出していた。キツネ程の男が、ウシオが関わっていた部分だけを都合よく調べていない筈が無い。
「最初に警官達が部屋に押し掛けた時に、ディアが創った黒い塊を、何の確証もなく縁絶鋼であると言い切りました。その時点で、警官達はキタカタと接点があると分かりました。キタカタがディアに縁絶鋼を創らせたと知って居なければ、そんな答えは普通は出せません。」
「まあ、縁絶鋼を導物に創らせただなんて前代未聞ですわよね。未だにワタクシも信じられませんわ。」
「キタカタと繋がりがあるなら、必ずあのキツネさんならこの人達についても調べている筈です。その人達が自由に動いているなら、それはキツネさんに泳がされているからだと思いました。」
「随分と、あの人を信用していらっしゃるのね。」
「あの人は、そう言う人なんです。こと悪巧みに関しては。」
アキトは苦笑いを浮かべる。本気で呆れる様な顔をしていた。
「案の定、あの警官達が辿り着いた倉庫は、ものの見事に証拠品の山でした。そして、あの人達は証拠を隠滅、改竄して行きました。恐らく、キツネさんの目論見通りに。」
「ふふっ、私もその現場を見ていましたが、キツネ様の台本以上のアドリブを効かして見事なまでの悪役っぷりを披露しておりました。いやぁ、笑いを堪えるのが大変でしたね。」
「恐らくディアの方はキツネさんも気付いていないと思いました。縁絶鋼の件を知らない様でしたからね。だから僕は、ディアに発信機を付けて、行き先を分かるようにしたんです。」
アキトはディアの頭を優しく撫でる。
「ディアは大事な家族ですからね。絶対に、あんな人達に渡すものかと、そう思ってますから。」
「キュッキュッキュ〜!」
アキトは真っ直ぐな視線をカスミに向ける。その瞳には確固たる意思が映っていた。
「ですから、カスミ先生。ディアを助けてくれて、本当にありがとうございました。」
「キュキュ!キュイキュイ!」
「カスミ様、私からも御礼を申し上げます。」
アキト達にお礼を言われ、カスミは微笑む。とても嬉しそうであった。
「あらあらうふふ、これは大変良い物を頂きましたわ。また困った事が有ったら仰りなさい?」
「はい、余り先生の迷惑にならない程度に頼らせて下さい!」
「あら、遠慮は要らなくてよ?」
「は…はい!」
アキトはにっこりと微笑んだ。釣られてディアやシルバーナも笑った。
「それでは早速ですが、ディアのこれからの事でお願いが有ります。」
「ディアさんの縁絶鋼の事ですの?それなら心配は要りませんわ。ワタクシの方からキツネさんに“お願い”して、了承して貰っておりますもの。もし約束が違えばどんな目に遭うか、あの方は良くご存知でしてよ?」
「は、はい!有難うございます!」
アキトは、カスミがキツネに隠蔽を頼んだという事で、多少見返りが不安ながらもそれなら確実だろうと思い、胸をなで下ろす。
「その件につきましては、キツネ様より伝言が御座います。」
「ディアの事を隠蔽する見返りですか?」
「まあ、そうですね。ディア様の事を隠蔽する代わりに、ウシオの件については任せて欲しいとの事です。」
キツネがウシオを罠に嵌めたのは、それを利用する為である事は間違い無い。そして、その為には自分には余計な手出しをして欲しくないのだろうとアキトは思う。
「何かの交渉にでも利用するのでしょうね…。」
「ええ、恐らくは。」
「良いですよ。今回の件について、僕はもう何も言いませんし関わりません。マスコミにも喋りませんし、警察を訴えもしません。」
「本当に宜しいのですか?」
「ええ、ディアがそれで守れるなら、安いものですよ。キツネさんに借りっぱなしは後が怖いですしね。」
「畏まりました。」
アキトにとっての優先事項は、シルバーナとディアとの安寧な生活であり、自身の受けた屈辱など比べるべくも無かった。事件を変に蒸し返し、ディアについて調べられる位なら、事件を無かった事にしてディアと共に普通に生きたいとアキトは思う。
「それとアキト様。“日出づる処の天子”は、壊滅して来ましたので、もう此処にいて保護を受ける必要は有りませんよ。もしアキト様が望まれるなら、ウシオやキタカタの居るここから離れられる様に話をつけて来ますが、如何致しましょう?」
「えっ?ヤクモさん、もしかして用事って…。」
「ええ、少しばかり暴れて参りました。今頃警察の方が中を確認しているでしょう。」
「ちょっとした買い物感覚でテロ組織を壊滅させるなんて…。流石ですね…。」
「いえいえ、殆どの戦闘員は既に昼間の件で捕まえましたので、簡単に制圧出来ましたよ。大した事ではありません。」
アキトが警察に保護されたのは、ミナカタ達の組織に狙われているためである。その組織が完全に壊滅した今、保護を受ける必要は無い。
「そうですね…。ですが、今日はもう遅いですし、今から動く気には余りなれません。ここはやはり、当初の予定通り一晩此処に厄介になって、改めて明日、動きたいと思います。」
「そうですか、わかりました、アキト様。」
アキトは県警本部に泊まることにした。ヤクモも異論は無かった。
「キュッキュル!」
「ディアちゃんがアキトお兄さんにありがとうって言っています!」
「そうですか。僕もディアを守れて嬉しいですよ。これからもよろしくね。…というか、ルビィはディアの言葉が解るのですか?」
「はい。お祖父様の使う地竜の言葉に近いので、何となくですが分かります。」
「それは有難いです。ディアが僕の言葉を理解出来ても、ディアの言葉を僕はしっかりとは理解出来ません。精々動きや表情で何となく推し量る程度ですからね…。頼りにしてますよ?ルビィ。」
「は…、はい!任せてください!」(やった!やった!頼りにされた!)
「キュッキュイーン!」
アキトは、はしゃぐシルバーナを見ながら優しくディアを撫でて微笑む。
昨日は不法入国者を匿い、今日はキツネと共謀してシラサギ達の事件の偽装、ミナカタ達と戦う為に器物損壊、密猟導物のディアを手に入れ、故意ではないが違法鋼材を製造し、その隠蔽もした。この二日でアキトはこれだけの罪を犯した。
(いつか、捕まるかもしれませんね…。)
報いはいつか受けるかもしれないと思いながらも、今はただ、目の前の大切な家族と過ごす時間が愛おしい。アキトは幸せをしっかり噛み締め、明日からの生活に思いを馳せた。
「はあ…、やっぱり私、完全に忘れられていますよね…。」
会話に混ざれず、相手にもされていない寂しい男が一人、虚しそうに呟いた。
以上、解説回でした。
良く良く考えてみると、順調に犯罪者としての道を歩んでいますね。
アキト自身、家族の為なら多少の犯罪も簡単に容認してしまう所が有ります。
その辺りの異常性も含めて、段々と描写して行ければと思います。




