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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第34話

喫茶店をでたアキト達は、早速近くの港に向かう。

シルバーナ達がヨミ国に入るために利用した港であり、また初めに襲撃された場所でもある。


「もう、行ってしまわれるのですか…。しばらくお孫さんと会えなくなるのですから、もう少し共に過ごしてからでも…。」


アキト達は、港の船着き場にいた。これからバイドンがアビス王国に帰還するため、その見送りに来ていた。


「そうも行かぬのだ。強硬派は今回の作戦が失敗した事により、更に躍起となり、何かを仕掛けて来るであろう。今は一刻の猶予も惜しいのだ。」


エミリオ達の失敗は既に強硬派に伝わっているだろう。ならば、何かしらの反発が起きる前に、その矛先をヨミ国や他の人族国家に向ける為に行動してくる筈であった。


「ヨミ国にはキツネ殿が居る故、余り心配して居らぬが、他の人族国家と戦争を起こされるのは不味い。」


ヨミ国と違い、ヘイルやシェオルなどの人族国家は、導族国家との関係が著しく良くない。間にヨミが入っている為に事なきを得ているが、緊張状態が未だに続いているのである。


今回はバイドン達を戦争の口実にするために、バイドン達が逃げ込んだヨミ国に戦争を仕掛けようとした。しかし、ヨミ国とアビス王国の国民同士の感情が元々悪くなかったが為に、すぐに戦争と言う事態にはならず、アキト達の働きもあって事なきを得た。だが、他の反導族を掲げる人族国家で似たような事が起これば、ほぼ間違い無く戦争を仕掛けていただろう。


「また、あの戦争を繰り返すのでしょうか。」


アキトは不安そうにバイドンを見た。もしも人族と導族が戦争になれば、ヨミ国は他の人族国家から裏切り者と揶揄され、国内の導族の立場は危うくなる。そうなれば、シルバーナはまた辛い思いをするだろう。


「そんな事はさせぬ。この平和を守り、ヨミ国と更に良好な関係を繋ぐために、お主との約定を守る為にも、儂は必ず奴らの暴挙を食い止める。」

「何かお考えが有るのですか?」

「うむ、取り敢えずはアビス王国内の穏健派と強硬派を対立させ、拮抗状態にして時間を稼ぐつもりだ。」


強硬派とて、国内に不安要素を抱えて他国と戦争を起こす程に愚かでは無い。今回の事件も、『人族』対『導族』の構図に持ち込み、穏健派と対立しない様に、あくまでも人族に非が有るように仕向けていた。バイドン率いる穏健派が反発ないしは離反してしまう可能性があるためだ。

穏健派の分の戦力(アビス王国内戦力の約半分)を消失した状態では、人族国家群との戦争は勝ち目は薄く、負けてしまえば全てを失う。人族憎しで強硬派にいる者も居るが、大体がシラサギ達と同じで、戦争では無く、それによる利益を求めているのだ。


「つまり、人族国家と戦争しても、旨味が少ないと思わせる訳ですか…。」

「左様。それで完全に止められるとは思わぬが、時間を稼ぐ事位は出来よう。後は、奴らの工作を如何に防ぐかに掛かっている。」


バイドンが指揮を執り、上手く誘導すれば、少なくとも今すぐにアビス王国が人族国家を攻める事は防げるであろう。しかし、もしも人族国家から攻められれば、バイドンとて擁護し切れない。黙って攻撃されるのを耐えれる程には、アビス王国の民はお人好しではない。


それ故に、強硬派は今度は人族国家からアビス王国を攻めさせる様に誘導して来ると考えられた。


「それに関しては、私に任せて頂きましょう。」

「うむ、頼りにしておるぞ。キツネ殿。」

(何か、凄く二人が怖く見えます…。)


アキトはバイドンとキツネが互いに黒い笑みを湛えて握手している光景に恐怖を覚えていた。


「お祖父様、強硬派の方達と争うのですか…?でしたらどうかご無理はなさらないで下さい…。」


シルバーナは不安そうな目でバイドンを見る。


「いや、儂は強硬派と戦うつもりは全く無い。」


バイドンは、自身の身を案じる愛しい孫に向けて、とても優しい笑みを見せた。


「もし強硬派と穏健派が争い合えば、被害を受けるのは何の罪も無い民だ。儂は民に犠牲を強いる事は何としても避けたい。だからあくまでも、拮抗状態に持ち込むのみで済ますつもりだ。」


バイドンは、敵を敢えて倒さないでその存在を利用するつもりでいた。


「それに、ここでアビス王国が疲弊するのは、人族国家にとってアビス王国を滅ぼす絶好の機会となりますからねぇ。しかし、例え対抗状態であろうと、いつでも協力して侵攻者を迎撃するという姿勢を見せれば、おいそれと手を出す事は出来ません。」


アビス王国や他の導族国家を狙う、反導族派の人族国家は少なくない。しかし、そんな彼らが戦争を仕掛けないのは、まだまだ確実に勝つための力が無かったためである。

しかし、アビス王国内で争い合い、国力を低下させてしまえば、それに付け入ろうとする人族国家も出てくる可能性があった。


「ですから、平和を保つ為に、強硬派と対立しつつ争わない、そんな状態を保つ事が必要となります。そして民衆の支持を取り付けることで強硬派の地盤を崩し、穏便な形で戦力を温存しつつ、穏健派主導体制に移行するように仕向けます。」

「なかなかに難しい舵取りが必要ですね…。」


アキトはキツネの言うことの難しさに不安を吐露する。人族国家には『攻めて来れば協力して迎撃する』と牽制し、アビス王国内強硬派に対しては『人族と戦争を起こそうとすれば、我々は離反する』と牽制する。少しでも立ち回りを間違えば、たちまち均衡は崩れてしまうだろう。


「だが、やるしかないのだ。やり遂げてみせる。」


バイドンは強い意志を瞳に宿らせ、アキトとシルバーナを見る。


「だから、どうか心配せずに待っていて欲しい。シルバーナよ、アキト殿の言うことをよく聞き、立派な導族となるのだぞ。アキト殿、改めてもう一度言わせて欲しい。シルバーナをよろしく頼む。」

「わかりました、お祖父様!」

「はい、任せて下さい!」


バイドンは頼もしい返事の2人を見て安堵する。


「そういえばアキト殿。もう一つだけ、この老いぼれの願いを聞き届け願えぬだろうか?」

「良いですよ。何でしょうか?」


アキトは何を願われるのか予想が付かなかった。しかし、バイドンの覚悟を見て、出来る事であるなら叶えて見せる気になっていた。


「儂もこの年まで生きて来て、義理ではあるが孫の成長した姿まで見れた。これ以上を望むのは欲張りかも知れぬが、生きているとどうしても欲が出てしまう。儂は、死ぬ前に曾孫の姿が見たいのだ。どうかシルバーナと宜しく頼む。」

「ちょ、お祖父様!まだそれは早…。」


シルバーナはバイドンの意図を察して顔を真っ赤にした。


(ルビィの子供が見たいと…。流石に今すぐという訳には行かない話ですね…。ですが!)


アキトは意を決していた。出来ない事ではないと思ったからだ。


「お任せ下さい!」

「おお!本当か!」

「アキトお兄さん!?う、嬉しいです…ではなくて!え、ええええええ!?」


アキトの予想外の答えにバイドンは喜び、シルバーナは嬉し恥ずかしでおかしくなる。


「はい!流石に今すぐと言う訳にはいきませんが、将来的には、ルビィに相応しい男性を必ずや見つけて見せましょう!」

「「へ?」」


バイドンとシルバーナは間の抜けた顔でアキトを見た。


「やれやれ、やっぱりアキト君ですねぇ。」


キツネは苦笑しながら三人のやりとりを見つめていた。


人族と導族とは交わり、子を成すことが可能である。

導族のルーツは、導子影響を強く受けた『人間』であったとされており、人族との間に子を作る事は問題無く出来、その子供の体に問題が起きる事もない。(ただし、差別などの問題はある。)


アキトは、能力の関係上、導族の伴侶を得ることが難しいシルバーナに、人族の伴侶候補を探して欲しいとバイドンに頼まれたと思ったのだ。


「もちろん、ルビィの意志を無視して無理やり結婚はさせません。僕が責任を持って、キチンと相手を確認してルビィを幸せに出来ると判断した上で、もしルビィがその者を気に入ればの話です。

無論、それまでの間にルビィに付く悪い虫は追い払いましょう。ですから、時間が掛かると思います。申し訳ありませんが、それまではどうか生きて下さい!」


アキトは強い意志を湛えた瞳でバイドンの呆けた顔を見る。


「う…、うむ…、わかった。儂もなるべく長生きしよう…。」


バイドンは何かを言いかけたが、アキトのキラキラと輝く笑顔を見て何も言えなくなる。


「シルバーナよ…。」

「はい…、何でしょうか…。」


シルバーナも肩を落とし、顔を下に向けていた。


「まあ、その、何だ……、頑張れ。」

「はい……、承知しております、お祖父様。必ずや…。」


顔を上げたシルバーナの瞳にも、強い意志が光っていた。


船の出航の時間が近づき、バイドンは一人船に向かう。


「それでは、達者でな。」

「はい、お祖父様!ご武運を。」


シルバーナは少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。大好きな祖父を笑顔で送り出したいと思い、精一杯の笑顔を祖父に送る。

バイドンは思わず目に熱い物がこみ上げた。しかし、笑顔には笑顔をと、無理やりに笑みを作る。


「また会いに来る。我が自慢の孫よ。」


さよならを言うつもりは無かった。


「はい、お待ちしております。私の自慢のお祖父様!」


この笑顔を守り、再びそれを眺めるためにも。


アキトを見る。

孫を託した青年を、新たな目標を与えてくれた恩人を見る。

彼もまた笑っていた。

その笑顔が眩しく見えて、思わずアキトに背を向けた。

その頬には光が流れていた。


「ありがとう…。あなた様の言葉になら、儂は殉じる事が出来ます…。」


バイドンの口からは、本人も気付かない内に御礼の言葉が漏れていた。

それに気付いた時に、思わず微笑みが零れた。

そして、バイドンはアビス王国の方向を睨み付ける。


「待っておれよ…。我が孫を、我が誇りを、我が亡き主君の忘れ形見を、傷付けようとしたその行為、存分に後悔させてやろう。そして、儂の新たな使命を、必ずやなし遂げてみせようぞ…。」


宝を守る土のドラゴンは、宝を狙う不届き者を許すつもりは無かった。

そして、新たに見つけた宝を手に入れる為に、その牙を静かに研ぎ澄ました。



バイドンの乗った船が出航した後、アキト達はキツネと別れた。

キツネはバイドンを支援する為に、『色々』仕込むと言っていた。


「キツネさんは『そちらは何も心配せずに、しっかりと日々の生活を謳歌して下さい。』なんて言っていましたが、大丈夫でしょうか…。」

「あのキツネ様ですからね。おそらく大丈夫では無いかと。私としては、むしろ相手の方が心配ですよ…。」


アキトの不安にヤクモは、逆にやりすぎていないかと、別の方向に心配していた。


「それよりもアキト様、どうなさいますか?」

「何をですか?」

「家の件ですよ。ルビィ様とお過ごしになるのでしょう?」

「ああ、そうでした!じゃあヤクモさん、早速不動産屋さんにお願いします。学園斡旋のアパートを借りたいので。」

「わかりました。」


シルバーナはそのやり取りを聞いて興奮していた。


(はう…、あ、アキトお兄さんと…、一つ屋根の下…、2人っきりの生活…。

う、うあああああああああああ!)

「ルビィ、大丈夫?」

「はいい!?だ、大丈夫ですぅ!」


シルバーナが身悶えて居るのを、アキトはどこか具合が悪いのだろうかと心配そうに見ていた。


「大丈夫なら良いのですが…。凄く苦しそうに見えたので、ホームシックか何かになったのかと思いました。何か辛いことがあったら遠慮無く言って下さい。僕はあなたの兄なのですから、頼って下さいね?」

「はい…、すみません…。」

「謝る必要はありませんよ。」


アキトは微笑みを浮かべてシルバーナを見る。


(ああ…。アキトお兄さん…。)


シルバーナはアキトの笑みが大好きである。その笑みを見ていると、何故だかとても暖かい気持ちになるからだ。いつまでも見ていたい欲求に駆られるが、アキトはヤクモとの話に戻ってしまう。


(ああ!もっと見ていたかった…。)


シルバーナは少し残念な気持ちになったが、すぐに気を取り直す。


(ですが、これから毎日一緒ですから。一緒…ですか…ら……。)


シルバーナは再び顔が紅潮するが、アキトに心配をかけまいと無理やり抑え込む。


(とにかく…頑張ります!その、まあ、い、色々と…。)


心の中での発言なのに、何故かしどろもどろになってしまう。


アキトをもう一度見る。

例え自らを向いていなくとも、その横顔を見ているだけで幸せな気持ちになる。


(ああ…。やっぱり…、私…。)


シルバーナの美しい銀髪が、車の窓から差し込む日差しに反射して、鮮やかに煌めいていた。



一方、キツネは先ほどアキト達と来ていた喫茶店にもう一度訪れていた。

中にはマスターが1人と、先ほどは居なかった二十代位の若いスーツ姿の女性がいた。


「おや?すみませんねぇ。少し遅れてしまいましたか。女性を待たせてしまうなんて、私もまだまだですねぇ。」


キツネは心にも無い事を言う。


「御冗談を。そんな事少しも思ってらっしゃらないのですから。そうでしょう?キツネ様。」

「おやおやこれは手厳しい。で、首尾はどうですか?」

「早速ですか…。相変わらず仕事熱心ですね。」

「時間は買い戻せませんからねぇ。余り無駄遣いしたくないのですよ。」


キツネは飄々とした雰囲気を崩さずに答えた。女性は溜め息をついたが、すぐに表情を引き締める。


「では、ご報告申し上げます。今回の事件により、防衛庁副長官およびその関係者は懲戒解雇または降格処分となり、そのポストに我々の息がかかった者をねじ込む事が出来ました。」

「それは重畳ですねぇ。シラサギ達を罠に嵌めた甲斐がありました。」


キツネは、シラサギ達の犯行を利用して彼らを追い出し、その後に自らの部下を彼らのポストに据えるように働きかけていた。これにより、キツネはヨミ国防衛軍にかなり影響を及ぼす事が可能となった。


「シラサギ達は、エミリオ達を襲撃した時に返り討ちにされ、連れ去られた模様です。」

「生かして連れ帰られましたか…。こちらの情報はある程度、エミリオ達を動かしていた黒幕に伝わったと見て良いでしょうねぇ。」

「申し訳有りません。シラサギ達を始末出来れば良かったのですが…。」

「余り物騒な事を言うものでは有りませんよ?あれは私の判断ミスが原因ですから、あなたが気にする必要はありません。あの時点であなた達の存在を気取られるのは得策ではありませんでした。様子見のみで正解でしたよ。」


シラサギ達を罠に嵌めた後、キツネの計画では彼らを捕まえる手筈となっていた。しかし、シラサギ達は予想外に早くエミリオ達に突撃してしまった。キツネ自身も意外だったらしく、追い詰め過ぎたと少し後悔していた。

アキトの転移召喚を利用した事で、部下が見つかるリスクを無くすように離れた位置に配置してしまったが故に、逆に彼らをエミリオ達に接触する前に捕らえる事が出来なかったのだ。

キツネの部下は粒揃いではあるが、諜報や妨害工作に優れている反面、直接戦闘となる際にはその道の専門家と比べて劣るため、エミリオ達に手を出す事はリスクが高かった。

それ故、シラサギ達が捕まっても、口封じの為に動く事は出来なかったのである。


「アビス王国からは、外交官の非礼を詫びて彼を更迭するとの通知がありました。」

「ふむ、まあ妥当な所でしょう。彼単独の責任にして、上層部への追求を煙に巻きましたか。彼を証人にされる事も防ぎ、国民へのアピールにもなると。」


バイドンがアキトの謝罪を受け入れ、ヨミ国との親交を深めると大々的に宣言してしまったため、国民感情的に表立ってヨミ国と対立する事が難しくなったのであろう。アビス王国は取り敢えず一時的に、表面上ヨミ国に対して敵対的な行動を取ることを控える模様であった。


「それとつい先ほど、へイル国近海に不審な船を見つけたと、潜入させた諜報員から連絡が有りました。中には導族らしき者達が乗っており、恐らく工作員かと思われます。今回は、こちらが警告するとすぐ引き返した模様です。」

「もう来ましたか。早めに警戒させて置いて正解でしたねぇ。なるべくへイル国政府に手を出さないように働きかけてみますか。」


人族国家の中でも反導族派筆頭のへイル国ならば、アビス王国を攻めさせるには容易い。恐らく次の標的として選ばれたのであろう。

キツネはある程度予想していた為、索敵に優れた部下をへイル国に派遣していた。

また、キツネはへイル国上層部にも“仲の良い”人物が居るため、よほどの事が無ければアビス王国に攻めさせない事が可能であった。


「今回の報告は以上です。」

「そうですか?まだ私に報告していない事があるのでは?」


キツネの言葉に、女性の顔に一瞬動揺が走った。


「……何の事でしょう?」

「アキト君の事ですよ。」

「…………彼に関して、特に申し上げる事など有りません。」

「アキト君がシルバーナ様と転移契約を結んだ事、黙っていたでしょう?」


女性は明らかに狼狽える。


「あなた程の実力者ならば、アキト君がシルバーナ様と契約を結んだ事を知らない筈が無いですからねぇ。」

「……………。」

「私がその事を知れば、私は確実に彼を利用しますからねぇ。それが嫌だったのでしょう?“アラカミ”・イナさん。」

「……報告を怠った罰は受けます。」


神妙な顔付きになってイナはキツネの顔を見る。


「罰なんて与えませんよ?大切な身内を守りたいと言う思いに罪はありません。今回は私が少し驚いた位で被害も有りませんでしたからねぇ。これでもし黙っていた事で犠牲者が出ていたなら、処罰しなければなりませんでしたが。」


まるで気にしていないといった風にキツネはいつもの笑みを浮かべる。


「……やはり、彼を利用なさるおつもりですか?こう言っては何ですが、彼はそこまで実力が有る訳ではありませんよ?」

「身内なのに手厳しいですねぇ。私は何も、彼に戦闘や諜報方面で役に立って貰おうとは思っていませんよ。もっと重要な仕事が有りますからねぇ。」

「え………?」


イナはキツネの言葉に訝しむ。キツネは笑顔を黒く染めてイナを見る。


「話は変わりますが、シルバーナ様はどう思いますか?」

「え?あ、はい。とても素晴らしい方だと思いますが…。」


イナはキツネの意図が読めず困惑する。


「私もそれには同感ですよ。彼女は王になれる器です。それこそ、将来のアビス王国を引っ張って行ける位に。」

「……彼女を操って、アビス王国を乗っ取るおつもりですか?」

「人聞きが悪いですねぇ。彼女を操るのは私じゃない。それはアキト君以外いないじゃないですか。」

「……そういう事ですか……。」


つまり、シルバーナを将来のアビス王国の王に据え、アキトを通してアビス王国に干渉できる様にするのが、キツネの狙いであったのだ。


「シルバーナ様はとても尽くすお方です。それこそ、惚れた男性の頼みなら、いくらでも聞こうとする位にねぇ。これが本当の“外交”と言う奴ですよ。ンッフッフッフッフッフ。」

「…あの臭い陳腐な劇はその為ですか。」


イナはアキトがシルバーナを銃弾から守ったさっきの出来事を思い出した。

シルバーナはまるで自らを助けに来た騎士を見るような目でアキトを見ていたのを、テレビ中継を通して確認していた。


「悪かったですねぇ、ありきたりな話で。ですが良いのですよそれで、私は外務事務官であり、作家じゃない。観客に受ける面白い話を作るのが仕事では無く、外国の方を“接待”し、国内の方に外国を“紹介”するのが仕事なのですから。」

「シルバーナ様をアキト君に惚れさせる為にあの劇を?」

「ええ、シルバーナ様はあれで更にアキト君への思慕を深めたでしょう。しかし、まだ彼女はどこか父親を慕う感情で彼を見ていますねぇ。もっとアキト君には頑張って貰いませんと。さっさと手を出して、既成事実を作ってしまえば良いのに。子供ができれば尚良しですねぇ。ンッフッフッフッフ。」

「アキト君を犯罪者になさるおつもりですか?それに、シルバーナ様はもうアキト君をかなり慕っています。私としてはもう、充分過ぎる気がしますが…。」

「念には念を、ですよ。それに、もっと盲目的に彼を愛して頂かないと。多少の無理難題程度気にならない位に…ねぇ。それに、もしアキト君がシルバーナ様に手を出しても大丈夫です。私が上手いこと揉み消しますからねぇ。」

「相変わらず、趣味悪いですね…。」


イナは大きなため息をつく。


「それに、アキト君がキツネ様の言うことを素直に聞くとは思えませんが。」

「それは大丈夫です。彼は非常に優しい心を持ちながら、計算高い理性を持っている。だから彼の優しさに漬け込み、更にその指示に従う事の利益、従わない事で起こる不利益を丁寧に説明すれば、きっと“わかって”くれますよ。ンッフッフッフッフッフ。」

「……本当に趣味悪いですね。」


キツネの腹の立つ笑顔に辟易し、イナは眉間を抑える。


「しかし、シルバーナ様は確かに王族では有りますが、呪導術しか使えません。そもそも、王として受け入れられるのでしょうか?」


アビス王国では呪導術は蔑まれている。そのため、エミリオがその事実を広めれば、国民はシルバーナを受け入れられなくなるであろう。シルバーナが女王になることが可能なのか、イナには甚だ疑問であった。


「シルバーナ様の力は、導術を扱う導族にとって致命的です。ならば、導族の犯罪者を捕まえたり、導族からの侵略を抑える切り札になり得ます。更に言えば、彼女は本来ならば王位継承順位第一位、故デモロド前国王の第一王妃が長女、シルバーナ・ヒ・アビスなのです。その辺りを上手く宣伝して、彼女を女王に据えて見せましょう。」


呪導術の使い手が蔑まれるのは、“自分達”に危害を加えるかも知れないという恐怖から来る物が大きい。故に、その力を“敵”にのみ使い、“自分達を守る”ためにのみ使うと知らせれば、受け入れられる可能性はあるとキツネは踏んでいた。

更に、シルバーナは傍流の王族などでは無く、正式な王女であった。体質の関係で彼女が王宮内で迫害される事を恐れた前国王が、親衛大隊大隊長のバイドンに彼女を託したのである。

ちなみに、バイドン自身は彼女が王位を継がなくても、幸せになれば何でも良いと思っている。彼女がアキトを好いている事を知って、アキトとくっつけようとしたのもそのためで、シルバーナを幸せにする事こそが、彼が亡き主君から最後に賜った命令という名の願いであった。


「そんなに上手く行くとは思えませんが……。」

「大丈夫です。上手く“行かせ”ますからねぇ。方法は色々ありますよ?いやあ、腕が鳴ります。今から楽しみですねぇ。ンッフッフッフ。」


この状態のキツネには、何を言っても無駄だと知っているイナは、諦めたような表情で紅茶を飲んだ。


「さあ、これから忙しくなりますよ?あなた達には、フェルミ公爵のお手伝いをして頂くのですからねぇ。」

「承知しております。」


イナはキツネの言葉を聞いて顔を引き締める。これからバイドンは穏健派をまとめ上げ、強硬派に対抗する。その為に裏でサポートする人材が必要となる。危険も多く、後ろ暗い事に手を染める必要も出てくるだろう。


「ああ、余り無茶はしないで下さいね?あなた達は私の大事な部下、まだまだ働いて頂く予定ですからねぇ。」

「それも承知しております。」


イナは知っていた。キツネはなんだかんだ言っても部下を大切にする人物である事を。無論、必要とあれば無茶な事もさせるが、それは最低限に留めようとする彼の考えを。だから彼の為にも、死ぬつもりはなかった。


「さあ、そろそろ動きましょう。時は金なり、無駄遣いはいけません。」

「了解しました。」


キツネは代金を置き、イナと共に店を出る。外に出たキツネは、空を見て呟く。


「雲行きが怪しくなってきましたねぇ。“嵐”が来そうです。」


外は、快晴であった。


「“嵐”が…、お望みですか?」


イナは静かにキツネに尋ねた。


「まさか。“晴れ”が良いですよ。洗濯物が渇きませんからねぇ。」


キツネは相変わらず胡散臭い笑顔を絶やさない。


「…ですが、あなたは洗濯物を干す時に、“他国の天気”を気にしたりしますか?」


イナは何も答えない。キツネの笑顔は更に胡散臭いものになる。


「……つまり、そういう事ですよ。ンッフッフッフッフッフッフッフッフ。」


キツネの耳障りな笑い声は、路地裏に吸い込まれ、染み込む様に消えて行った。

とりあえず、第一部完です。ここまで拙い文章を読んで頂き誠にありがとうございます。


第二部以降の構想は出来ていませんが、少しずつ書いていきます。


矛盾が出るかも知れませんが、気付いたら少しずつ直して行く予定です。


それでは。

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