第25話 『確率の檻』
死亡確率、88%。
未来は固定され、街は静かにアルクの死を前提に動き始める。
敵は王か。
それとも、もっと近くにいるのか。
水瓶王国の街は、奇妙なほど秩序正しかった。
さきほど市場が崩れたというのに、
人々は慌てない。
「被害軽微。想定範囲内」
水色ローブの役人が淡々と告げる。
すでに“補償未来”が再計算されているのだろう。
俺は時計塔を見上げる。
“死亡確率 88%”
赤い数字が、街の上空に幽霊のように浮いている。
「気分が悪いわね」
リゼが小さく言う。
「生きてる人間を、数字にするなんて」
「ここでは当たり前だよ」
案内役の男――名をセイルというらしい――が答える。
「数字は安心をくれる」
「不安を減らす」
「選択の負担を軽くする」
俺は鼻で笑う。
「選択を奪ってるだけだ」
セイルは否定しない。
「……そうとも言える」
そのとき。
通りの向こうで、子どもがこちらを指差した。
「あの人、死ぬ人だ」
母親が慌てて手を引く。
「見ちゃいけません」
まるで、もう死体のような扱い。
なるほど。
固定とはそういうことか。
“未来”が社会の前提になる。
俺が生き残る可能性は、もう考慮されていない。
「固定は、どの範囲まで影響する」
俺が問うと、セイルは答える。
「都市規模」
「高位固定なら、国全体」
嫌な予感。
「今のは?」
「……高位だ」
つまり、王級。
だが王が直々にやるには、妙だ。
俺は時計塔の針を睨む。
さっき、俺が落下を回避したとき。
確率がわずかに下がった。
88%。
固定は絶対じゃない。
「ズレがある」
俺は呟く。
リゼが頷く。
「天秤も揺れてる」
彼女の星紋が、薄く震えている。
「未来が重なり合ってる感じ」
セイルの顔色が変わる。
「それは……」
「固定が完全じゃない証拠よ」
リゼが断言する。
「誰かが急いで固定した」
「不完全なまま」
内部犯行。
あるいは、王の命令を無視した単独行動。
そのとき。
時計塔の上階で、何かが光った。
一瞬だけ、水色ではなく――
黒。
蛇が強く反応する。
「今の、見えたか」
リゼも頷く。
「異質」
セイルは見えていない様子だ。
「何も……」
なるほど。
観測網に映らない何か。
“固定の核”が塔のどこかにある。
「登れるか」
セイルは躊躇する。
「許可が必要だ」
「俺は死ぬ予定なんだろ」
淡々と言う。
「だったら今さら問題ない」
セイルは苦笑する。
「確かに」
やがて頷いた。
「短時間なら」
塔の内部は冷たい。
階段を上がるたび、空気が薄くなる。
壁一面に、水晶板が並ぶ。
無数の未来が、波のように揺れている。
俺の姿も映っている。
だが。
ほとんどが“死”。
血。
崩壊。
焼死。
落下死。
毒死。
ぞっとする。
リゼが顔をしかめる。
「悪趣味ね」
最上階に近づくほど、未来の数が減っていく。
分岐が閉じられている。
固定されている証拠。
そして――
最上階。
中央に、巨大な水晶。
内部に、一本の針が刺さっている。
それは時計塔の針と同じ形。
だが色が違う。
濃い、青。
「これが……固定核」
セイルが震える声で言う。
本来は水色のはずだ。
だが今は濁っている。
リゼが息を呑む。
「外から干渉されてる」
「管理者……?」
俺は首を振る。
違う。
もっと人間臭い。
水晶に触れる。
冷たい。
同時に、未来が流れ込む。
無数の死。
だが奥に。
ほんの一つだけ。
ぼやけた未来。
俺が立っている。
生きている。
七つに届いていない。
六つ。
止まっている未来。
「……これだ」
蛇が低く唸る。
奪う?
違う。
未来は星じゃない。
だが。
“核”は星に似ている。
針を掴む。
瞬間。
警告音が鳴る。
塔全体が震える。
セイルが叫ぶ。
「やめろ! それは王の管理領域だ!」
俺は笑う。
「固定された未来なんて、気に入らない」
力を込める。
針が、わずかに傾く。
“死亡確率 83%”
数字が下がる。
リゼの目が見開かれる。
「本当に……触れてる」
だが次の瞬間。
強烈な圧が背後から押し寄せた。
冷たい。
凍るような気配。
「そこまでだ」
低く、静かな声。
振り向く。
階段の入り口に、立っている。
長い水色の髪。
澄んだ瞳。
胸に、王級の水瓶紋。
「未来は、弄ぶものではない」
水瓶王が、静かにこちらを見ていた。
第四章、核心へ。
第25話でした。
・未来固定の“核”登場
・主人公が未来に触れ始める
・固定が不完全だった理由示唆
・ついに水瓶王登場
ここからは
即戦闘には入りません。
思想戦・観測論争・未来の扱いについて丁寧に描きます。
六つ目はまだ遠い。




