第三章エピローグ 『太陽の残照』
夜。
獅子王国の空には、まだ微かな熱が残っていた。
日没後だというのに、地平線は赤く滲んでいる。
王城の高台。
レオーネは一人、外套を翻しながら立っていた。
「五つ、か」
胸の獅子紋が静かに揺れる。
完全に奪われたわけではない。
だが、確かに“触れられた”。
正面から。
真正面から。
「余に届いたか」
口元がわずかに緩む。
背後から騎士団長が膝をつく。
「陛下、十三番目を放置するのですか」
「放置ではない」
レオーネは空を見上げる。
透明な裂け目。
うっすらと、そこに“何か”がいる。
「観測が始まった」
騎士団長が息を呑む。
「管理者……」
「奴らが本格的に動くのは、七つだ」
低く告げる。
「だが五つでこの圧」
風が強まる。
「六つ目が危険域」
沈黙。
レオーネは小さく笑った。
「だが止めぬ」
「止められる強さなら、余は認めていない」
拳を握る。
「次に会う時は、もっと強くなっているだろう」
太陽は沈んだ。
だが、夜は完全な闇ではない。
どこかで、星が強く瞬いている。
◇
一方、遠く北の空。
氷のように澄んだ高空。
水瓶王国の最上層、観測塔。
水色の法衣を纏った人物が、巨大な水晶に触れていた。
「五つ目、確定」
水晶の内部で無数の未来が揺れる。
分岐。
崩壊。
再編。
「予測不能域、拡大」
冷たい声。
「七つ到達時、世界構造変動率 87%」
背後の影が問う。
「排除しますか?」
水色の人物は首を横に振る。
「いいえ」
水晶の中で、アルクの影が揺らぐ。
「観測する」
「十三番目は、選択装置」
「選ばせる」
水晶に、もう一つの影が映る。
天秤を持つ少女。
「均衡値、不安定」
未来が波打つ。
水瓶は待つ。
決して急がない。
◇
森の中。
小さな焚き火。
アルクは地面に横たわり、夜空を見ていた。
胸の五つが、静かに光っている。
「重い?」
リゼが隣に座る。
「ああ」
正直に答える。
だが折れてはいない。
「日没、ギリギリだったわね」
「計算通りだ」
嘘だ。
半分は本能。
半分は賭け。
沈黙。
リゼがぽつりと言う。
「あなた、奪わなかった」
「獅子を」
「奪えば楽だったのに」
アルクは空を見る。
星が瞬く。
「楽に七つ揃えたら」
小さく笑う。
「選択に重みがなくなるだろ」
リゼは何も言わない。
だが、わずかに表情が揺れる。
空の透明な裂け目が、まだ消えていない。
見られている。
観測されている。
アルクは目を閉じる。
未来の自分の声は、まだ遠い。
六つ目。
そこが境界線。
七つで起動。
選択。
壊すか。
再編するか。
維持するか。
まだ決めない。
だが。
「次は、水瓶だ」
目を開く。
冷たい星が北に光る。
「未来を、見に行く」
五つ目は通過点。
本当の分岐は、これから。
第三章――完。




