娯楽は心の栄養です!
「女性も登用することにしましたの」
カフェの給仕係についてルシアンに報告する。
「ただ、女性だけでは不安もあるので男性も雇用したいのです。男性はダヴィドに、女性はセラに任せようと思っております」
そう言うとルシアンの表情があからさまに柔らいだ。
私が関与しないからですよね、その笑顔……。
いや、ルシアンが何処に出しても恥ずかしくないヤンデレだってことは重々承知しているんですけどね、毎回新鮮な気持ちでソウダヨネーって思っちゃうんだよね……。
何故セラに任せるかと言えば、貴族の経営する商会などには一定数困った女性──あからさまな玉の輿狙いの人が来るからだそうだ。
玉の輿狙いは別に悪くないと思うけど、きちんと働いてもらわないと困る訳です。
ダヴィド曰く、下手な女性より顔の整ったセラに対面させて、容姿に自信のあるそのテの女性の鼻っ柱をへし折るとかなんとか。分かるような分からんような……。
そういえばダヴィドって未婚だし、レーゲンハイムの後継者だし、そういった人たちの格好の餌食になりそうだし、セラに担当してもらうのアリな気がする、うん。
「私がカフェに赴くことはしないつもりでおります」
(ルシアンによる)被害者を出さぬ為にも……。
「愛し子の熱狂的な崇拝者もいると聞いたことがありますから、それが良いでしょうね」
熱狂的な崇拝者?!
初めて聞く内容に驚いていると、ルシアンが「ミチルを女神の化身と崇めているそうですよ」と言った。
なにそれこわっ!
「石工職人ですとか、木工職人に」
あれ? それって前に孤児院だとかカテドラル関連でお世話になった人たちじゃない?
「まぁ……あの方たち、お元気かしら?」
元気かなぁ。
いかにも職人って感じの人たちで気持ちの良い人が多かったんだよねー。また会いたいなー。
笑顔になったルシアンを見て言い直す。
「……お元気だと嬉しいわ」
このヤンデレめ!
そもそも私は喪中で、屋敷から基本的に出ちゃいけないのです。例外はカテドラルとか皇城ぐらい。
それに貴族が商会などを立ち上げる際は、信頼のおける者に任せて自分では行かないのが普通ですからね。
カーライルではカフェそのものが初めての試みだったから私たちが直接出向いたりしたけれども。
……ということでひきこもり継続でっす。
私の平和は世界の平和ってセラが言ってた……。
「店舗の確保、提供する内容と接客の質、給仕を担当する者、諸々が確定すれば速やかに開始します」
「上手くいくのか不安です」
素直に不安を口にすれば、ルシアンは頷いた。
「皇家とそれに連なる公家は喪中です。貴族達は華美な遊びを表面上慎まねばなりません。
そこに娯楽を提供するんですから、失敗はしないでしょう」
そうかー、娯楽かー。
「娯楽と言えば、舞台などはこちらにはないのですか?」
「ありますが、平民が楽しむぐらいのものですね」
なんて勿体無い。
「興味がありますか?」
「えぇ」
「平民の間で流行っているものを貴族社会に流行らせるのは難しいんです」
それはアレですか、ワタクシのような高貴なる者が下賤の者が好むものてうんたらかんたらって奴ですかね。
平民が楽しむ舞台をもっと高尚にしたらお貴族にも受け入れてもらえるのでは??
「貴族が好むような舞台を作り上げれば受け入れてもらえるということですか?」
頷くルシアンに、前世の世界にあった舞台の説明をする。歌劇とかミュージカルなんかを。普通の舞台も勿論。
こちらでも貴族向けの舞台もあるにはあるけれど、惜しいっ!って感じだった。
本当にこっちの世界って文化の発達に偏りありまくり。過去の転生者が影響した部分は妙に発達しているのにね。私もきっとそういうことしちゃってるんだろうなーとは思ってしまう。
こっちの世界の娯楽は、美しい声、美しい容姿の人が歌う、それを見た貴族がまぁ、ゴニョゴニョっていう、平安時代の白拍子みたいな感じといったらいいのか。
だからあんまり表立った存在はいないらしい。
教会もある意味廃れちゃってたから、讃美歌めいたものもない。
讃美歌って言えば、私が歌ってるものも讃美歌だよね。祈りになってマグダレナ様に届く奴。ただ、あれはラルナダルト家の者しか意味がないらしい。
レーゲンハイム家とラルナダルト家は血が混ざりあってるんだからレーゲンハイムでもいけるのかと思ったらどうやら違うらしい。
このへん祖母に聞いてみよう、きっと知ってるだろうから。
ところで、讃美歌いいんじゃない?
「ルシアン、孤児院の子供達に讃美歌を歌ってもらおうと思うのです」
「讃美歌?」
「えぇ、女神マグダレナを讃える歌です。
たとえ祈りの力を持たなくとも、マグダレナ様がお喜びになられると思うのです」
「……そうですね、それは良さそうです」
なんか間があったけど、何か問題があったかな?
ルシアンの顔色を覗き込むと、笑顔を返された。どうやら大丈夫っぽい?
讃美歌の歌詞についても、祖母に相談したいな!
この前皇城に行ったけど会えてないし。
「お祖母様にお会いしたいわ」
「きっとご賛同下さるでしょうね」
「そうでしょうか?」
「ミチルの提案は、陛下の望む未来の一助となるでしょうから」
讃美歌が? なして?
「讃美歌のことは陛下のご意向を伺うとして、その歌劇やミュージカルを流行らせるのは良いですね。
皇都では夜会を開けませんから、宝飾品やドレスなどの衣装を扱うギルドから納税額の免除についての打診がきているそうです」
「まぁ……」
いくら皇族や公家が夜会に参加しないからといって、あまり派手な催しを行って目をつけられたくない、というのは分かる。
そうするとその関連のお店なんかは、一年間も辛い思いをさせられる。
やってお茶会だろうけど、それも小規模だろうし。
でも、歌劇やミュージカルで衣装を作るし、劇場に向かう貴族はオシャレをする訳ですよ。
平民たちも楽しめる場所が増えるのは良いことだよね。
平民たちの娯楽も限られているだろうし。
「陛下の名で歌劇とミュージカルを。陛下のお許しを得られたなら、聖下の名で讃美歌を教会にて広めていきましょう」
なんだろう? なんかスムーズに話が進んでいくけれども??
「お許しいただけるかしら?」
「大丈夫です。お二人がミチルの提案を断る筈がありません」
……え、そういう理由は駄目じゃない?
止めようとした私に、ルシアンは目を細めて柔らかく微笑む。
「他の公家にも歌劇について提案をしてみようと思います。実に有意義な提案をありがとう、ミチル」
……なるほど、世界征服に使えそうってことですね?
冗談はさておき、適度な娯楽は必要だと思うんだよね! 日常の癒し、息抜き、ともすれば生きる糧!
本もあるにはあるけど、読めるのは貴族と平民の富裕層だからね。
識字率が上がってきたら、図書館とか作って貸し出せば……あー、でもそうすると返してくれない人なんかもいたりとか……?
「平民も利用出来る図書館を作るのも良いかも知れませんわ」
「識字率の向上に役立ちそうですね」
そっか、そういう効果も見込めるのかぁ。楽しいことの為なら頑張れるし、文字を覚えるのも早くなりそう。うんうん、ありですな。
ミステリー作家が増えることも期待したいところです。
「貸し出した本が間違いなく返本されるように、登録制にすると良いかと」
そう言うと、ルシアンが目を細めて微笑んだ。
「平民の扱いが酷い国においては、民の正確な数すら把握が難しいとの報告を受けていたんですが……図書館が登録制になるのは良いですね」
……アレ、なんか私の思ってるのと方向性が……?
「教会としても史実を伝えていく予定ではおりますが、難しい話よりも心動かされる物に人の関心が移るのは当然のことです。
多少脚色し、読み物として楽しめる形にして広めるのはとても効率的です」
……多少?
ルシアンを見るとにっこり微笑まれてしまう。
アルト家の腹黒さはいっそ清々しい程です、えぇ。
アルト家の人たちや祖母、ゼファス様と話していると、自分が如何に平和な世界に生きて来たのかがよく分かる。
転生したこの世界は前世に比べれば厳しい部分はあるにはあるけど、貴族として生まれたのもあったし、虐げられた記憶もないし。いや、アレクサンドリアの家族には虐められてたんだけど、暴力はなかったんだよね。ご飯もきちんと食べさせてもらってたんで肥えに肥えてたんだし……。機能不全家族ではあったけど。
だから辛酸舐めてない私は甘いんだと思う。色々と。世の中のことなんて全然分かってない。
自分の知る世界なんて本当にちっぽけだ。
祖母やゼファス様、公家の人達が目指すものがどんなものなのかは漠然としか分かっていないけど、根底にあるのはイリダやオーリーとの戦争にならない為、内乱を起こさせない為、捻じ曲げられた歴史を正しい形に戻すこと──そういうことだと思うんだよね。
それはリュリューシュとロシュフォールに繋がる。
「ルシアン、私、もう一つ試したいことがあるのです」
「是非聞かせて下さい」
暴走せず、きちんと上司に報告するってことを覚えましたよ!
「こちらの世界の服飾について」
歌劇とかミュージカルはこのままだと貴族や富裕層だけの楽しみになってしまう。
それじゃ何も変わらないと思うんだよね。
「オートクチュールではなく、プレタポルテを広めたいのです」




