弟からの手紙
珍しく弟から手紙が届いた。私から送る事はあっても、弟から来る事は少ない。
たとえ来たとしてもそれは家の事であり、手元にあるこの手紙も同様だ。
弟と私の間に特別な諍いは無い。
ルシアンはミチル以外に関しては皆、同じ扱いだ。
誰に対しても平坦で、感情の揺れ幅が極端に少ない弟は、アルト家の次男として有望だった。
余程の事がない限り最初に生まれた男子が嫡子になり、アルト家を継いできた。
二人目以降の男子は嫡子に何かあった際の予備として扱われる事が常であり、アルト家の裏方を務める。
必要に応じ、自ら出向き、時には人の命を奪う。それがアルト家の嫡子以外の者に与えられた務め。その為の訓練を幼い頃より受ける。後顧の憂いを無くす為、子の出来ない身体にされる。
その代わり相手に多少の問題があっても、想う相手を伴侶とする事が許される。
叔父キースの妻はアルト家の一員になるのに不適格だったが、許されたのはその為だ。
本来なら俗物ばかり揃ったアレクサンドリア家出身のミチルも同じ扱いを受ける筈だった──。
ルシアンから届いた手紙と言う名の報告書に目を通した私は、ついため息を漏らしてしまった。
オーリーとイリダの大陸に魔素があるなど俄には信じ難いが、父が認めているのだ。
女神の慈悲が双方の大陸を覆った事もまた事実。その際に女神が魔素も送り込んだとしても不思議はない。
未だ妻帯していないゼナオリアのアスラン王の妃に、皇国の皇族を求めているとの事。
魔素が存在する事を建前として皇国公家と繋がりを持つ彼らの真の狙いは、主神を変える事だろうと父は見ている。……自らの血にマグダレナの血が混じれば、女神へも訴えやすくなる。これまでなら甘いと一蹴されるだろうが、女神の愛し子であるミチルがいる。ミチルを利用して女神の庇護下に入ろうと言うのだろう。
魔素の影響はほぼないとある。むしろそれが不思議でならない。マグダレナの大陸に充満する魔素は、マグダレナの民以外に無害な代物では無い。
長い時間をかけて培われた耐性と言うものがあるからこそ耐え得るのであって、何の耐性も持っていない筈のオーリーやイリダの民が無事なのはおかしいのだ。
その点をルシアンも気にしており、女神の意図が不明であると報告書にも記載されている。
父は平民の血が混じり、皇国皇家としての役割を果たせない皇女シンシアをアスラン王の正妃として送りたいと考えているようだ。
半端な策を弄したゼナオリアへの嫌がらせだろう。
罪を犯した皇族が幽閉される北の離宮に、皇女シンシアはいる。女皇であったエリーゼと、シンシアの弟である皇子アダールと共に。
アレクシア様の気持ちは己が子を持つからこそ分かるが、分かるからこそあの方はその辛苦を飲み込まねばならない。
彼女はようやく手に入れた幸せを失いたくないと抵抗しているのだろうが、父に報告しているのはフィオニアだけではない。彼女の行動は筒抜けなのだ。
子を連れて逃げようとフィオニアに訴えていると言うのだから、父の不興を買ってもおかしくはない。
あの方には人の上に立つ者としての心得を御進講をさせていただいたが、忘れてしまったか、身に付ける事がそもそも難しかったのか……。
ルシアンからの提案を再度読み直す。
相変わらず的確に私の心情を読み切った事を書いてある。その事に思わず苦笑いを浮かべた私に、ダナンが視線を寄越す。
首を横に振る。
「すまない。やはり私はアルトの落ちこぼれなのだと思ってね」
「ルシアン様からの手紙には何と?」
「私の考えている事を見通していたよ」
ルシアンからの手紙を暖炉に焚べる。あっという間に紙は火に包まれて、苦しむように縮みながら黒い炭へと変わっていった。
「父も当然お見通しだろうけどね」
二人を出し抜こうなどとは思わない。
私は自身を大きく見せる事などに関心もない。為すべき事を為せれば満足だ。
「それで、首尾は?」
紙が全て燃え尽きたのを確認してからダナンに向き直る。
「ご用命通り、母子がポリット侯の屋敷に入った事を確認致しました」
ダナンからの報告書に頷く。
思わず安堵の息を漏らしてしまったが、こればかりは許して欲しい。
「やっとか。さすがに解毒剤があるからと言って、登城する度に毒を盛られるのも辛いからね」
しかもイリダの毒は後遺症が残るように作られている為、速やかに解毒しなくてはならず、解毒剤もこれまで服用したものよりも格段に強かった。
「ルフト家の息女が作った解毒剤は効果こそありますが、その後のラトリア様のご気分の乱高下が異常でしたので、もう飲まずに済むのならよろしゅうございました」
「…………本当にね」
クロエの作った解毒剤を飲むと、やたら高揚した気分になったり、生まれて来た事を後悔したくなるなど、無茶苦茶な気持ちにさせられるから、ダナンにも余計な気苦労をさせた。
気持ちを御する事は得意だが、あれは辛かった……。いや、御しきれていたかも分からない……。
「次の登城の前に、偽りの報告をせねばならないね」
ルシアン──ラルナダルト公家から届いた報告書を明日にも両陛下に渡さなくてはならない。
王太子の身に着けていた飾りが海の底から見つかった事と、その証拠である飾りを。
ポリット侯にとびきりの餌を用意した。
彼は歓喜するだろう。
王女と王子を傀儡にする事は不可能だったが、新しい傀儡が手に入るのだから。




