招待を待つ主人
ベネフィス視点です。
本日2つ目です。
前のが短いので。
ルフト家の後継者として教育が始まったのは五歳。
七歳になって直ぐに、父に連れられてアルト家の長男であるリオン様にお目通りをした。
ルフト家からは私、クリームヒルト家、サーシス家、それぞれの長男が集まった。
自身が生涯をかけてお仕えする方──リオン・アルト。
秀才を多く輩出するアルト家においても、齢七歳にして格が違うと言わしめた方。
柔らかな笑顔で我らを受け入れてくれたリオン様を、アルト家当主のリュミエル様が優しい眼差しで見つめてらっしゃったのを覚えている。
あの時から今に至るまで、主人の笑顔は変わらない。
常に無表情と言う訳ではない。表情は豊かな方だと思う。
だが、何を考えてらっしゃるのかは今も分からない。
常に二手三手先を読み、読み違えたとしてもそこからすぐさま挽回する。
まだ幼かった私は、何故そんなにも先々を見通せるのかと幼き主人に尋ねた。
「可能性の話だよ、ベネフィス」
本を読みながらおっしゃる。
「私は神ではないからね。全てを見通す事も思い通りにする事も不可能だよ?」
そう言って笑うが、私の知る限り主人の思う通りに進まなかった事はない。最後は全て、リオン様がおっしゃった通りに収まる。
「どれだけの人間がいようと、どんな手段を用いようと、目指すものがあるならば、必ず終着点はある。
破滅を望む者にだって目的はあるんだよ。滅びというものがね」
読んでらっしゃった本を閉じると、紅茶を召し上がる。
ようやく主人の望む味を出せるようになった頃だった。
「終着点ですか」
そうだよ、と主人は頷く。
「終着点が明確な場合はそこから遡る。見えなければ開始点から辿れるものを見つけ出す。その中でもより実現の可能性が高いものから消していく。私のしている事はその程度のものだよ」
簡単に言ってのけるが、そんな容易な事ではない。
「……では、私もそうします」
どうすれば、この非凡な主人に仕える事が出来るだろうかと考えていた。
努力をした所で同じ高みまでは登れまい。
だが、私は私の終着点から答えを導き出していけば良い。
「貴方が望む薬なら、どんなものでも作れるようになります」
「それは頼もしいね」
父であるリュミエル様をギウスとの戦争で失い、僅か十二の若さで当主になった稀代のアルト家当主。
国難の際にも淡々と指示をし、己の年齢すら武器としてギウスに勝ち得た。
主人はその後、新しい何かを見つけ出した。
その為に私が出来る事。
それは己の領分を越えたものではなく、確実に期待に応える事。
ルフトは毒に長けた一族。私の作る毒も薬も、全てはこの方の望みを叶え、アルト一門を不動とする為のもの。
液体の入った容器を主人はゆらゆらと揺らしながら眺める。
「ラトリアは果報者だね」
かつてイリダが栄華を極めた都──エテメンアンキから持ち帰られた数ある毒物。娘のクロエはその解毒剤を作成した。以前より私を超えると言って憚らぬ娘が作った薬。
まだ荒削りだが、効能はある。
それはルシアン様を通してラトリア様に届けられた。まったく同じ製法で作ったものが、今、主人の手元にある。
「ルシアンがこんなに兄思いだとは思わなかったよ」
そう言って笑う主人は、気分を害した様子はない。
「……ミチル様が悲しまれる事に関しましては徹底的に忌避なされますので」
「そうだね」
容器をテーブルに戻した主人は腹の上で手を組み、目を閉じた。
「ゼファスもこの件については反対しているしね、さすがに三人がかりで抵抗されたらやり辛いかな」
「……第二のアルトを作る事はついでなのでは?」
ふふふ、と目を閉じたまま笑う。
「鋭いね。そうだよ。私とて子を持つ人の親であるし、妻を愛する気持ちは理解出来る。いくら瑕疵のある方だからと言って不幸になれとまでは思っていないよ?」
何処までが、本当のお気持ちなのか分からない。
「元よりアレクシア様でお考えではないのでしょう」
「長く一緒にいるからかな、すっかり私の考えを見抜かれるようになってしまったね」
アレクシア様も、駒の一つではあるのだろう。
主人が考えている方では立ちいかなくなった場合の予備。
「ねぇ、ベネフィス」
「はい」
「負けを知らない存在が自尊心を傷付けられたなら、どんな行動に移すんだろうね?」
「……おっしゃる意味を測りかねます」
ご自身の事をおっしゃってる訳ではないだろうが、負けを知らない存在が誰を指すのかが分からない。
「この世などつまらないと思っていたのだけれどね、どうしてどうして、面白い事が起こるものだ」
答えずにいる私を見上げ、目を細めて笑う。
「よく言うだろう。事実は小説よりも奇なりって。
人が想像し得るものはすべからく事実たり得るんだよ」
この方にはこの先に起こり得る事が見えているのだ。
「今は、招待状を待つとしようか」
「仰せのままに」




