駒
ロイエ視点です。
色んな人物の思惑が動く為、短い話が続きます。
申し訳ありません。
解毒剤はラトリア様の元に届いているだろう。
ラトリア様が新しいアルトの礎となる事を当主が望み、ルシアン様がその為にクロエにお命じになられた解毒剤。
父 ベネフィスを超えると豪語して憚らない妹が作った解毒剤が、ショロトルに服用させたものに効果があったかは不明だ。
ショロトルは女神の慈悲により意識不明の重体から回復したのだから。
「意外にございました」
書類に視線を落としたまま、何の事だ、とお返事を下さった。
「ラトリア様をお助けになるなど」
ラトリア様はルシアン様を大層可愛がってらっしゃるが、ルシアン様の態度は常に平坦、と言うよりは冷え切っている。ミチル様がその点をご指摘なさる度に、特段蟠りなどないと否定される。
事実、幼い頃よりお二人の側に侍ってはいるものの、特筆すべき事はない。
強いて言うならば、ラトリア様がルシアン様を構い過ぎて、純粋に鬱陶しがられているだけなのだが。
「リオン・アルトは真実、第二のアルトを作ろうとしていると思うか?」
先日セラ、ダヴィドとの情報共有においてカーライルでの事が話題に上がった。
セラはラトリア様をルシアン様の系譜となったアルトに何かがあった時の為、もう一つのアルトを作ろうとしているのではないかと言った。
当主も人の子なんですね、とダヴィドは言って笑っていたし、一門の存続を考えると、有り得ない事ではないとも思えた。
「その可能性もあると考えておりましたが、ルシアン様のお考えは異なるのですね?」
手元の書類を避け、次の書類を手になさる。
この様子なら、本日ご予定されている分に関しても恙無く完了するだろう。
「あの若さでリオン・アルトが表から去ろうとする意味は何処にある? まだカーライルでのギルドは磐石とは言えない。俺や兄の資質を問う為だけに宰相職を辞する必要などない」
今回の事が済めばまた、宰相職に戻られるのかと考えていたが……そうではないと言う事か。
「父は兄に失敗させるつもりだろう。第二のアルトは、カーライルに必要なのではない」
イリダにこそ必要だ、とルシアン様は言い切られた。
背筋がぞわりとする。
「……失敗させ、その責を取らせてイリダに?」
思いもよらぬ話に、何と答えて良いのか分からない。
辛うじて言えた言葉は、「何の為にでしょうか」との問いだけだ。
「予想通りアレクシア様は子を手放す事を厭われている」
心理としては分からなくはない事だが、それは許されない。二人が共にいる為の条件だったのだから。
「己が二度と子を産む事が出来ずとも良い、この子を手放したくないと仰せだ」
あの方は……やはり変わらない。それとも、母親とはそう言うものなのか。
最悪、二人とも命を奪われる事もあり得ると言うのに、何故そのような安易な事が言えるのだ。
その際にはその息子すら命を落とすと言うのに。
「兄があちらに渡る時、フィオニアとアレクシア様は処断される」
幼い頃からルシアン様にお仕えする者として切磋琢磨したフィオニアが、よもやルシアン様以上に大切な存在を抱くとは思ってもいなかった。
姫の純粋さに胸打たれたのかも知れないが、彼女はあまりに分別が無さすぎる。
「ゼナオリアは王の妃をお望みだ」
「お待ち下さい、まさか、その妃にアレクシア様をあてがったりは……」
いくらなんでも王の妃には不適切だ。
他の男の子を産んだ元ディンブーラ皇国の女皇を王妃になど。
「ゼナオリアは敗戦国だ。分不相応の望みに対して、瑕疵のある姫を降嫁させるのはあり得ない事ではない」
それに、と一度言葉を区切り、万年筆を置いたルシアン様は顔を上げ、私を見た。
「元女皇が何の後ろ盾もなく、王妃に上がると思うか?」
その為にラトリア様をあちらに……?
「……フィオニアは……」
喜びの涙を堪え、イリダへの船に乗り込んだフィオニアの姿を思い出す。
「帰国させられるだろう、息子と共に」
ルシアン様はため息を吐いた。
「リオン・アルトに普通の感覚を求める事が間違っている。全ての人間はあの人にとってただの駒に過ぎない。息子である俺も、兄も、多少贔屓される程度の駒だ」




