ミチルの深淵なる悩み その3
炒った大豆をミルに入れる。私この度、電動ミルならぬ、魔道ミルを作りました。正しくは作ってもらいました。
作ったのはアルト家お抱えの研究所。今はラルナダルト領に移動したらしいんだけどね。
優秀な彼らにはこれまでもベビーカーを作ってもらったりもしたのですよ。それで今回は魔道ミルです。
魔石を電池代わりにして、スイッチオンで自動で動いちゃう奴ですよー。文明の利器です!
え? それで何をするのかって?
きなこですよ、勿論!
蓋を開けて大豆を入れ、閉じる。カチッとな。
スイッチオン!
ガリガリガリガリッ、と激しい音をさせながら、魔道ミルの解放部分から、粉になった大豆──きなこがお餅にかかっていく。
「新しい物を開発させたから何かと思えば……」
餅の上にのったきなこを眺めるセラ。
「他の物にも使えるのよ?」
用意された皿は三つ。一つは私。残り二つはセラと銀さんだ。今はアウローラは休憩中。
後でルシアンにも作って持って行こうっと。
「例えば?」
「緑茶を粉にしたり、胡椒や砕いた岩塩、コーヒー豆なども挽けるのではないかしら」
アラ、と言って魔道ミルをマジマジと見つめるセラ。
セラは貴族だから、ミルを回すなんて事をしないだろうから、ありがたみが伝わりづらいかも知れないけど、便利なんだよ? 本当に。
魔石を日常的に使えるのは貴族で、貴族は大抵使用人がいたりするから、この魔道ミルは必要なさそうだなぁ。平民にとって魔石は手の届くものではないしね。
本当はね、コーヒーミルで手動で挽いても良かったんだけど、私がやってると他の人が取り上げるのですよ。
公爵がやる事じゃないって言って。
名ばかり公爵だし、家の中だし、良いじゃないかって思うんだけど、駄目らしいよ……。
それで作ってもらいました!
お餅にきなこだけでは味気ないので、黒蜜もかけちゃう。気分は信●餅ですね。なのでお餅も小さめにしたのだ。
合掌してから食べる。
「美味しいわぁ」
「うむ、この大豆粉が実に細かくて舌触りが良いですな」
セラも銀さんもお気にめして下さったようだ。二人とも甘いものもお酒もイケる口だもんね。
「ニヒト、この大豆を粉にしたものはきなこ、と言うのですよ」と、ドヤ顔する私。
どうだい、きなこ、良いでしょ?
「ほほぅ、きなこですか」
ちなみにこの魔道ミルは、最終確認と言う事でラルナダルト領の研究所から送られて来た奴なのです。
「それにしても」
テーブルに置かれているテスト結果を見て、セラが苦笑する。
「使用可能回数を確認する為の試運転1000回って、凄過ぎるわよ?」
本当は1万回にしようと思ったんだけどね。こっちでのテストは人力だから1000回で我慢した。嫌になって辞められたら困るし。1000回も結構鬼畜だな、とは思ってます、ハイ。
一応販売する予定ですが、大量に販売する気はないです。欲しい人は買ってね程度ですね。
「あちらではもっと検査する回数が多いのですが、こちらでは人力での確認ですから、それで諦めたのです」
「1000回で妥協した数だって言うの?!」
悲鳴のような声をあげるセラ。ま、それが普通の感覚ですよねー。
「ラルナダルトの名で出すのだから、信用ならんと思われてはいかん。それぐらい使えるかの確認は必要であろうな」
そう言って銀さんはお餅を食べていく。レシャンテにも食べさせてみよう、うん。それで緑茶も出したりして、二人並んでほっこりしてもらいたい。縁側ないけど。
「カカオも粉にできますね。ココアが飲みやすくなりますわ。ティラミス食べたいです」
夢が広がってきたーっ!
「太るわよ」
ぐはっ! それは駄目!
「ま、毎日ではありません」
「当然よ。まぁ、食べても良いけど、一緒に筋トレよ」
「ビルドアップは望んでおりませんよ?」
バストアップ情報求ム、ですよ。
ナイトブラは性懲りもなく付けてます。何故か着けた日ばかりルシアンに狙い撃ちされてる気がするけど、きっとキノセイダヨ。
そんな訳でエストロゲンに似てるとか言うイソフラボンを含む大豆を食べているのですよ。
女性ホルモンを活性化? 生成? この際どっちでも良いけど、結果として美しくなるとか、バストアップするとか、バストアップするとか言う効果に期待しているのですよ……!(涙)
はぁ……私はこのまま巨乳族に侮られっぱなし人生なんだろうか。
立場なんかなくても、コイツには勝てない! って思われたいのに。
「ミチルちゃんは今でも妖精姫と呼ばれるだけの美貌を持ってるんだから、気にしなければ良いのに」
「なんと……そのような事で御心を痛めておいででしたか……」
銀さんの目がキラリと光った……ような気がする。
「ミチル様に仇なす者は、私が」
「なりません」
銀さんが不穏な事を言いそうだったから止める。
まったく、レーゲンハイムの人達も、アルト一門の人達も、過保護だと思う。
前からその傾向はあったけど、目覚めてから増した気がする。まぁ、仕方ないのかも知れない。
ようやく見つかったラルナダルト家の跡取りの私が、あんな風にして眠りについてしまって。
セラから諸々聞いたりしたけど、あれは何て言うか、色んな人達の自尊心を木っ端微塵にしたらしい。
皆、優秀な人達で。でもそんな彼等でも手が出せないものが世の中にあるのだと思い知らされたらしいです。
私の欲しい物を作ってくれているのも、実はそこに起因しているとか何とか。
イリダに負けないだけの技術を身に付けるのは当分先だとは思うケドも。
参考にする事はあっても、イリダと同じになってはいけない、と口すっぱく言われているらしいよ。
イリダは王侯貴族があかん奴らだったみたいで、市民はそうでもないみたいだけども。良くある事です。
とりあえずイリダには、カラー写真を作る技術を激しく期待しております。
「最近のミチルちゃんは色々と欲しい物を口にするから、ルシアン様の機嫌が良いのよ」
ナゼ。
いや、言わんとする事は分かってるんですけどね。
あれですよ、妻の希望を叶えるのは夫の役目です、とか言うんです、あのイケメンは。
「先日のベビーカーは順調に売れてるみたいよ」
「それは良かったわ」
ベビーカーは便利だと思うな。基本侍女が世話をするとしても、あって困らないものだと思う。
モニカに送った所、王太子妃が使っているもの! と言う事でカーライルでよく売れてるみたい。
カーライルに戻るつもりでいたのに、アレよアレよと言う間に皇国貴族になってしまって。こんな事になるならもっとモニカと会いたかったよ。
王太子妃になったから、前よりは会えなくはなるとは思っていたけど、物理的な距離の所為で会えなくなってしまった。
引きこもりな私の、唯一と言っても良い友人。現代日本だったなら、メールを送ったりして連絡を取りやすかったけど、こっちでは土台無理な話で。
ギウスによる郵便ギルドがあるから、まだ文通なんて言うものが出来ているけど。
そうだ、この胸の思いを、次の手紙を送る時にモニカに伝えてみよう!
とりあえず、モニカからオススメと言われた本が手に入ったから読もうかな。
恋愛小説を読むのも、女性ホルモンがどうとか言ってた気がするからね! リュドミラのは恋愛を超えた先って言うか……オトナ向けだよね。
オトナ向け(いや、私も十分に大人なんだけど)を読んでるのがルシアンに知れたら、大変な事になりそうだから、駄目、絶対。
きなこ餅を食べ終え、ロシュフォールとリュリューシュがまだお昼寝をしていると言うので、読書をする事にする。
「はい、御所望の品よ」
「ありがとう、セラ」
セラが袋を渡してくれた。モニカおすすめの恋愛小説が入ってるんだよね。タイトルが書いてある紙が同封されていたから、それをセラに渡して買ってきてもらった。
袋に手を入れ、取り出した私は固まった。
顔を上げてセラを見る。
「モニカちゃんオススメの本よ、間違いなく」
え、でもこれ……。
視線を本の表紙に戻す。
"愛して愛して愛し尽くす"
直球過ぎない?! これ、私向けって言うか、ルシアン向けじゃ?!
呆然としてると、セラがため息を吐いた。
「モニカちゃんよ? 彼女は昔から本の選択がおかしかったの忘れたの?」
……ぬ?!
そう言えば、そうだったかも……?
少女が大人になる時、とかそういうちょっとアレな奴を読んでいたような?!
「……私の周囲には、恋愛傾向が極端な方しかいないのかしら……?」
ため息が出て来ました。どうしよう、コレ……。
ミチル、無理。
愛し尽くすて……。
「多分ミチルちゃんには厳しめだと思ったから、もうちょっと優しめなのを選んで買っておいたわ。袋の中に入ってるから見てちょうだい」
えっ?
袋の中を覗き込むと、確かにもう一冊入ってた。取り出してみる。
"花姫は氷の騎士に片想い"
おっ? なんかちょっと、抑え目っぽい?
そして何か、ベタですね!
「恋愛小説なんて買った事なかったけど、初めて自分の見た目が女に見える事に感謝したわよ……」
確かにそうだ。申し訳ない。これだって恥ずかしいと思うけど、モニカ推薦図書、かなりキテるし。
「……次からはエマに頼みます……」
エマなら嬉々として買ってきてくれそう。
表紙をめくる。
書き出しも嫌いじゃない感じ。苦痛は感じなさそうな文章だし、読めそう。
「ありがとう、セラ。読んでみるわね」
まだ読み途中ではあるのの、鈍感だけど一生懸命なお姫様が、護衛をしてくれた騎士に恋をして、好きになってもらおうとアレコレと頑張るんだけど、相手にしてもらえない展開に若干疲れてきた。なにしろ氷の騎士様だから。
あまりの騎士のそっけなさにイライラし始めてキタ。
何がイライラするって、その気もないのに姫の気持ちを煽ると言うか、諦めようとする姫の気持ちが離れないようにしてるって言うか……いや、騎士は己の信念を貫いてるだけなんだけどね、受け入れる気がないなら、嫌われるぐらいの事しないと、いつまで経っても姫が諦められないじゃないか……と、姫に感情移入しちゃったりして。
きゅんきゅんしたくて恋愛小説読み始めたのに、今のところイライラとがっかりしかしてません……。
きっと途中から変わるんだと思うんだけどね。
本を閉じる。今日の所はこの辺で勘弁しといて下さい。
「面白かった?」
ルシアンの声がして、顔を上げると正面のソファに座っていた。いつの間に……?!
「百面相をしていましたよ」
えっ? そんなに?
顔を手で押さえる。
「どんな話なの?」
「恋愛小説です」
「珍しいですね、ミチルが恋愛小説を読むなんて」
言いながら立ち上がって、ルシアンは私の横に座った。
「そうなのです。たまにはと思って読んでいるのですけれど……」
まだ片想いで、両思いになってないからきゅんきゅんしないんだよね。イライラしたりで疲れてしまいましたよ。
ルシアンのお膝の上に自発的に座る。
はぁ、癒される。ルシアンのお膝の上。
寄りかかると大きな手が頰を撫でてくれた。温かくて、良い匂いがして、気持ち良くて、大好き。
キスがまぶたに落ちてきた。小説のじれじれにモヤモヤしていた気持ちが、ルシアンからキスをされるたびに消えていく。
「ルシアン、大好き」
嬉しそうに目を細めたルシアンは、キスをしてきた。
胸がぎゅっとする。
何度しても、ルシアンとのキスはどきどきする。嬉しくて、ルシアンへの気持ちが膨らんでくる。
きゅんきゅんする。
……きゅんきゅん、してますね。リアルで。
もしかして、小説、読む必要ない……? え? いや、でも、リアルとは違ったどきどき感とか……。
「ミチル?」
ルシアンの言葉にハッとする。
「随分、余裕がありましたね」
「そ、そんな事は……」
ちら、とルシアンの視線がテーブルの上にある小説に向けられる。
「私に飽きてしまったんですか?」
「え?」
なして?
「夫との関係が冷めた夫人が、外に恋人を作ったり、それが叶わない場合は恋愛小説を読むと聞いた事があります」
「こ、これはモニカに……」
「モニカ様のお薦めは、"愛して愛して愛し尽くす"ですよね?」
……何故知ってる?
「お薦めを読まず、別の小説を読むと言う事は、そう言う事なのでは?」
「違いますっ! 恋愛小説を読むと、女性ホルモンが!」
「女性ホルモン……?」
慌てて口を手で押さえたものの、言った言葉は取り消せないのでアリマス。ミチル、失敗でアリマス。
手はルシアンによって簡単に剥がされたでアリマス。
「女性ホルモンとは何ですか?」
「詳細を説明出来る程に詳しくありません……」
「ですが、その女性ホルモンによって何某かの効果があるとミチルは信じているから、恋愛小説を読む気になったんですよね? それは、何?」
にっこり微笑むルシアンがめっさコワイです。
これは、アレです。素直に答えないとあかん奴です。
「……女性ホルモンが体内で生成されると、その……」
「生成されると?」
ルシアンの声が優しくなる。頰を撫でる指も優しい。
けどコワイ。
「キレイに……なると……」
恥ずかしくて俯いてしまう。
キレイになって見せたい相手に自白させられるとか、これは何て言うプレイですか……。何故私はいつも失敗するんでしょーか。私がうっかり鈍感だったりしたとしても、ルシアンはちょっと色々と鋭すぎるんじゃないかな?!
「それは、私の為と思って良いですか?」
「……そうです……」
顔を上げさせられて、頬にキスをされた。それから唇に軽く。
「愛しい」
可愛いを飛び越えた!
「恋愛小説を読む事と女性ホルモンの間にあるのは、感情の起伏ですか?」
しかも追求は終わってなかった!
「そうです……あの……どきどきする事が必要なようなのです」
ルシアンが恐ろしくにっこり微笑んだ。
わぁ……身の危険。一気にギアがトップへ。レッドカード十枚ぐらい取得した感じDeath。
誤解を解かねば即死だ、コレ!
「ですがあの……」
「うん?」
「なかなかそうはなりませんでしたし……」
「うん」
さりげなく簪が外されて、リボンが外されていくけど、気にしてはいかん。とりあえず弁解をしなくては。
「ルシアンに、抱き締められて、キスをしていただいた方がその……胸がきゅんと……しました……」
これはこれで即死コースですね! 言わされて恥ずか死ねる奴!
顔色を伺うと、さっきまでの般若から、とろけた顔になっていた。
「きゅんとしたの?」
「はい」
キスが降ってきた。軽いキスから深めのキス。途中に視線が合って、クラクラしてきた。
キスが終わると、抱き締められて、胸に顔を埋める。
「恋愛小説は、必要そう?」
首を横に振る。
素直に白状したから許してもらえただろうか。
「それは良かった」
ですが、お仕置きは必要ですね、と耳元で言われ、やっぱりタダでは済まなかった……。
つまり、たとえ仮想世界の存在で、恋愛をしている相手が別の人間であっても、私が自分以外にきゅんきゅんしちゃ駄目だって事のようだ。
その話をセラにしたら、うんうんと頷かれてしまった。
「猫や人形にすら許さないから、十分にあり得るんじゃないかしらね?」とはセラ。
「相手が私でなくても?」
「ミチルちゃんの気持ちを動かす存在、というものに対しての許容は、かなり厳しいわよ、ルシアン様は」
病んでる……!
あぁ、でもそうでした、そういう人でした、ルシアンは。
「それは半分冗談だとしても、自分を相手に胸をときめいて欲しいっていうのは、程度の差はあれ、妻を愛する夫ならあるんじゃないかしら?」
半分?
「ミチルちゃんはルシアン様から激しくドロッドロに甘やかされてきゅんきゅんしてれば良いのよ」
「セラ、私は胸の為にですね……」
「あ、そうだったわネ☆」
忘れてたな?!
ため息が出た。
きゅんきゅんは、結構前からしてる訳ですよ。ルシアンに。それなのに大きくならないって事は、女性ホルモン、駄目なんじゃ……?(涙)




