その後の二人 その五
後日談の最後になります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ルシアンとミチル、セラやゼファス達の日常はまだこれからも続きます。
不定期で更新すると思いますので、気が向いたら覗いて下さいませ。
「先日生まれたばかりと思っていたのに、もうこんなに大きくなったのですな」
恐々とロシュフォールを抱く源之丞様。
「練習ですわ、源之丞様」
源之丞様はイリダから戻って、両親が決めた女性と結婚した。
どんな方なんでしょうね、とルシアンと聞いたら、芯の強い嫋やかな女性らしい。
"では、多岐様のような方とご結婚なさったのですね"と言ったら、ルシアンは確かに、と答えて苦笑した。
その奥方様がただいまご懐妊なさってるとの事で。
そんな時にここに来てていいの?
そう尋ねたら、あまりに源之丞様が奥さんに構い過ぎるから鬱陶しがられて追い出されたらしい。
やっぱり、多岐様に似てるよね?
ひと足先に親になったルシアンに、色々と聞きたいらしいので、私はロシュフォールとリュリューシュをベビーカーに乗せて部屋を出る。
え? この世界にベビーカーがあるのかって?
勿論ありませんでしたよー! 作ったのですよ!
こう言うものを作りたいのだと周囲に説明したら、さすがのチート軍団です。あれよあれよと言う間に作ってくれました。双子用のも作ってくれたりして。
部屋に戻ると、セラがお茶を淹れてくれた。
エマとクロエがロシュフォールとリュリューシュを抱いてあやしてくれる。
リュリューシュは誰に似たのかとても愛想が良く。あまりぐずらない。ロシュフォールはルシアンに似たようで、反応が薄い。
ルシアンに抱かれて、お互い見つめ合ってた時は吹き出してしまった。似過ぎ!
カウチに座ってお茶を飲む。
「ミチルちゃん、ロシュフォール様とリュリューシュ様の事はワタシ達が見てるから、少し休んだらどうかしら?」
「ありがとう、セラ」
目を開ける。
いつの間にか眠ってしまってたみたい。
髪を撫でられる。この手は……。
「ルシアン?」
起き上がろうとしたら止められた。
「そのままで」
カウチで横になったつもりが、ルシアンに膝枕されてる。
「源之丞様はお帰りになられたのですか?」
「えぇ」
「お見送りもせず、失礼をしてしまいました。申し訳ありません」
「いえ、ミチルが休んでると知った源之丞殿が、そのままで良いと言ったんですよ。疲れているだろうからと」
これだけの人数にフォローされてもヘトヘトだ。
ロシュフォールもリュリューシュも手がかからない方だと思う。それなのに。
「よく眠ってました」
ルシアンの長い指が頰をくすぐる。
「源之丞様とは沢山お話出来ましたか?」
私の質問にルシアンは苦笑した。
「夫として出来る事、してはいけない事、妻が喜ぶ事を事細かに書き記していました」
真面目だからね、源之丞様。
きっと良い旦那さん、良いお父さんになる気がする、うん。
ラトリア様のしくじりが、ちゃんと反面教師として活かされてる。素晴らしいです。
「……今でも、ミチルがここにいる事が夢なのではないかと思う時があるんです。
本当はまだ眠っていて、夢を見ているんじゃないかと」
ルシアンの顔を見る。少し悲しそうな笑顔に、胸が痛くなる。起き上がってルシアンの頭を抱きしめた。
「ごめんなさい、ルシアン」
いつ目覚めるとも知れない私を、ずっと待ち続けたルシアンの、胸の内を分かるのはルシアンしかいないけど、それがどれだけ辛かったかを想像する事は出来る。
ルシアンの腕が背中に回って強く抱き締められる。
「毎日毎日、貴女がまた眠ってしまったらどうしようという不安が消えない。目覚めた貴女を見て、ようやく息がつける」
顔を上げたルシアンのまぶたにキスをする。
「大丈夫です、何処にも行きませんわ。ルシアンのいる場所が私の居場所ですもの」
「……ミチルが子を欲しいと言った時、子がいれば貴女をここに、私に縛り付けられるんじゃないかと思った。貴族としての義務なんてどうでも良いんです。貴女を手放さずに済むなら、何でもします」
病ンデレ度が増した?!
…………私の所為だよね、間違いなく。
「以前、燕国にいつか行こうという約束をしたのを、覚えてますか?」
「覚えてます」
「ルシアン、約束を沢山しましょう。直ぐに出来るものから、時間のかかるものまで、沢山」
じっと私を見つめるルシアン。
ルシアンのこんな顔、久しぶりに見る。いつだったかな。
あぁ、モニカ達の結婚式の夜だ。
「不安は直ぐにはなくならないと思いますけれど、ひとつずつ約束を果たして思い出を作っていきましょう」
「思い出?」
頷く。
「私とルシアンの共通の思い出は、大変だった事の方が多いでしょう? これからは、楽しい思い出を作っていきましょう」
眩しそうに目を細めて、ルシアンは微笑んだ。
「やはり、私はミチルに敵わない」
「そんな事ありませんわ。むしろ私がいつもルシアンに負けておりますのに」
ふふ、とルシアンが笑う。
あ、この笑顔好き。自然と私も笑顔になる。
「ミチル」
「なんですか?」
「愛してます」
胸が締め付けられる。
照れ隠しにキスをする。
「ミチルは?」
言わせたいんだな。
「愛してますわ、ルシアン」
まだ言い慣れていない言葉。
いつかスラスラ言えるようになるんだろうか?
「思い出とは少し話が違うんですが……お願いをしてもいいですか?」
ルシアンがお願いなんて珍しい。
何だろう?
「また、ミチルのオムライスが食べたい」
「そんな事で良いのでしたら、直ぐに作りますよ?」
「お願いします。それから、私も作り方を覚えたい」
予想外の言葉にびっくりする。
「ルシアンが作るのですか?」
「私が作ったものをミチルに食べてもらいたい」
……アレですか、私の身体を形成するものすら自分で作りたくなったとか、そう言う奴ですか。
ヤンデレ度、元々MAXかと思ってたけど、まだ上限に達してなかったか……!
「生まれ変わった時にも、料理が出来た方が便利かとも思いましたし」
それはそうかも知れん。
でも何て言うか、直ぐに料理も出来るようになってしまうに違いない。
そうしたら私がルシアンにしてあげられる事が減る気がして、それは何だか寂しいって言うか、嫌って言うか。
「駄目?」
「駄目ではないのですけれど……」
「何が気になっているの?」
頰にキスされる。
「私がルシアンにして差し上げられる事と言ったら料理ぐらいしかありません。ですから……」
突然ぎゅむっと抱き締められた。
「?!」
「いくら料理が出来るようになっても、私が食べたいのはミチルの料理ですよ?」
顔中にキスが落ちてくる。
なんか、すっごい機嫌良くなってる。
「私の作った料理をミチルが食べて、ミチルが作ってくれた料理を私が食べれば良いんです」
言いたい事は分かるけど、なんかそれ、無駄が多い気がするよ……?
ルシアンは立ち上がると、私の手を引いて立ち上がらせる。
「教えて下さい」
教わらないという選択肢は無いようだ。
冷蔵庫の中には卵と玉ねぎと鶏肉が残念な事に入っていた。作れない方向には持っていけそうにない。
お米もご丁寧に冷凍してあった。小人さんがいるのかな?! 何処までが仕込みかな?!
包丁を持つのが初めてだから、覚束ないだろうなーと思っていた私の予想に反して、教えたみじん切りのコツを早速掴んでいるルシアン。なんでなの。
しかも玉ねぎで号泣する私と違って、泣かないし、この人。私の涙とか鼻水を嬉しそうに拭いてるし。なんなの。
「刃物の使い方は慣れてます」
……深くは聞かない事にしよう、うん。世の中には知らなくて良い事は沢山アリマス。
「泣き顔のミチルも可愛い」
いやいや、めっちゃ鼻水出てるからね。今結構、淑女にあるまじき状況よ?!
鶏肉も小さめに切っていく。
フライパンにバターを落として火にかける。炒める間にお米を解凍にかけておく。
十分に温まったフライパンに玉ねぎと鶏肉を入れ、木べらで炒める。じゅぅっと音がする。良い音。
「火が通ったと判断するのは何処を見るんですか?」
「玉ねぎが透き通って、鶏肉は全体的に白くなります」
なるほど、と言って手際良く炒めていくルシアンに、本当に初めてなのか疑惑。
「いつもミチルが作っているのを見ていましたからね」
いや、それでもね?
火が通ったあたりで塩、胡椒をかけて全体に馴染ませていく。うん、良い匂い。
これだけで既に美味しそう。
解凍されたお米をフライパンに入れて中火にして、お米をフライパン全体に広げる。
「火を弱めたのは?」
「お米に火が入り過ぎて硬くなったら美味しくありませんから」
「確かに、いつも米はほどほどの柔らかさですね」
お米の水分が若干飛んだかな、という所でケチャップを加えて満遍なく炒める。
「良い匂いですね」
嬉しそうなルシアンの顔にきゅんとする。
十分にケチャップがお米と玉ねぎ、鶏肉と絡んだのを確認してから火を止めてボウルに入れる。余熱で焼けちゃうのを防ぐ為に。
別のフライパンに油を落とし、弱火で温め始めておく。
ボウルに卵を割り入れて、ときほぐす。
「チキンライスの時はバターで、卵の時は脂なのは何故ですか?」
「気にしない人は気にしないでしょうけど、バターは火をかけ続けていると焦げて茶色くなるんです。せっかくの卵の色が茶色になって欲しくないだけですから、どっちでも大丈夫ですよ。バターの方が風味も良いですし、塩味もありますし」
納得するように頷くルシアン。
熱したフライパンに卵を入れる。じゅわわ、と音をさせて卵が焼けていく。周りが焼けて、中心部分だけが半熟状態になったので、火を止める。不慣れだとここからの作業で手間取って卵に火が入り過ぎてフワフワ感がなくなってしまう。
チキンライスを卵の中心より手前に、横に細長くなるようにのせる。ギリギリまで乗せちゃうと卵からはみ出ちゃうから、そこまでは乗せない。
フライパンを手前に傾けて、チキンライスののってない側の卵の下にフライパン返しを入れ、卵が破れないようにそっとチキンライスの上にかけてから、フライパン返しで形が崩れないように抑えながらお皿の上に移動させる。
「ケチャップをかけて完成です」
「やってみます」
完コピか、と言わんばかりに手際良く卵を加熱し、チキンライスを包んでいく。
…………分かってた。分かってたけどね?
あっさりと作られてしまって、ミチルのHPが結構削れましたよ?
もー! こうなったらヤケだ!
オムライスの上にケチャップでハート描いちゃうもんね!
それを見てルシアンは笑うと、不意打ちでキスをしてきた。
「可愛い」
「!」
「でも、ミチル」
「なんですか?」
「男は、愛している女性に良く見せたいものですよ?」
きゅんきゅんするから! そう言うのキュンとしちゃうからね!
出来上がったオムライス。私が作ったものはルシアンに。ルシアンが作ったものは私が食べる。
はっきり言いますね。馬鹿夫婦ですね! 言われる前に言っておきます! バカップルですとも!
「ミチル、あーん」
……食べさせたいらしい。
口に運ばれたオムライスを口に入れる。
さすがですね。これが初めて作ったオムライスとか、誰が信じるだろうか、いや、信じない(反語)。
「美味しいですわ、ルシアン」
ルシアンには私が作ったオムライスを口に運ぶ。
「ミチルのオムライスは美味しい。何度食べても美味しいです」
褒めと甘さで死ぬ予感。
さすがにずっと食べさせ合う訳にはいかないので、自分で食べる訳ですが、卵ふわふわに出来てるよ、本当にどうなってんのかな、ルシアンって。
美味しくてぺろりと食べてしまった。
ルシアンの顔が急に近付いてきて、口の端を舐められた。
「?!」
なん……あ、ケチャップ?!
「ケチャップ、付いてました」
対するルシアンの口の周りはキレイなもんです。
「今度は一人で作ってみるので、また食べて下さい」
「勿論ですわ」
次はもっと美味しく作ってきそうな予感。
ルシアンにはこんな風にずっと敵わないんだろうなー。
何でもソツなくこなすもんね。
洗い物を終えて、カウチでまったりする私に、今度はお茶を淹れてくれた。
お茶も美味しいんですよね、知ってます。
……やっぱり美味しかった……。
駄目だ、あかん。完敗だ。ルシアンに勝てるポイントが無い。一つもない。
「ルシアンに勝てるものがありません」
唯一の料理も負けが確定している!
困ったようにルシアンは笑う。
「私こそミチルには勝てませんよ?」
「そんな事ないです」
私の横に座ったルシアンは、私を膝の上に座らせると、頰にキスをする。
「全て出来るようになりたい。ミチルに関連するものは全て私だけで完結させたい」
ヤンデレルシアンめ! 好きだ!
「土台無理な事ですが、そう思う程です」
……ソウ? いけんじゃね?(やさぐれ)
ユーに不可能は無いよ。あるとしたら子供を産む事ぐらいなんじゃないのカナ。
「拗ねているの?」
「拗ねてません」
拗ねて……ないけど拗ねてますね、えぇ。
「拗ねた顔も可愛い。このまま閉じ込めたい」
「ルシアン、私の事好き過ぎです!」
「そうです。誰にも負けません」
そんな事言われたら、拗ねてられない。拗ねてる私が駄目な感じだ!
楽しそうにルシアンは笑う。
「母親になった貴女の表情も好きですが、やはり、こうしてる時の貴女の表情が好きですね」
よく母親の顔とか言うけど、私もそうなってるって事?
ちゃんとお母さん出来てるかな?
「今はまだ二人が小さいので二人だけで過ごせる時間は限られてますが、余裕が出来たら何処かに行きましょう」
「最初は近場が良いですわ。ルシアンと色んな場所に行きたいのです」
「是非」
頷いて微笑むルシアンに、胸がぎゅっとする。
ルシアンには言わないけど、私も今でも、これは現実だろうかって思う時がある。
だから、そんな時はルシアンに抱き付く。間違いなくルシアンがここにいるって確信が欲しいから。
「デートしたいです、ルシアンと」
手を恋人繋ぎする。
「乗馬もまた、したいですわ」
「あぁ、良いですね」
約束をしよう、ルシアン。
いっぱい、いっぱい。
ひとつずつ思い出を作っていこう。
そうしてる内にね、きっと二人とも年を取るんだと思う。
二人の子が育って、色んな悩みを持ったりするのを助けたり見守るのですよ。
シワだらけになってね、髪も白くなっていくと思う。
ロシュとリュリュの子供──孫を見るんだよ。
それでね、今際の際にね、言うね。
また来世で会いましょうね、って。




