その後の二人 その三
ミチルだって、やる時はやるんです。
でもやっぱり、ミチルはミチルなんです。
音楽が流れ始める。
祖父母が踊り出す。
おぉ、初めて見る。
あの二人、お似合いだなぁ。私もルシアンとあんな風になりたいなぁ。
「ミチル?」
ルシアンに呼ばれた。
「何か良い事がありましたか?」
祖父母を見て微笑んでいたのに気付かれたらしい。
「祖父母のようになれたらと思っていたのです。
年を経ても、あのようにお互いを思い合い、支え合える夫婦と言うのは、憧れます」
こめかみにキスが降って来た。
コラ、ルシアン、ここ、お外だぞ。
「なれると思っています」
その言葉に嬉しくなる。
「私も」
祖父母のダンスが終わる。
皇族達が踊る番だ。
差し出された手に手を重ねて、私達もホールに出る。
目覚めてから、ルシアンとはたまに踊っていたんだけど、もしかしてこのパーティーを見越して?
…………あり得る。
お陰様で久しぶりのパーティーでも何とか踊れてますけれども。
曲が終わり、元の場所に戻ろうとしたら、ゼファス様に手を取られた。
「?!」
「行くよ」
えっ!
引っ張られるようにしてホールに戻る。
「ゼファス様、踊れるのですか?」
「当たり前だよ。皇族を捕まえて働けだの踊れるのかだの、本当に失礼だよ」
いや、皇族でも働こうよ。その考えは変わらないよ?
ダンスは教皇というイメージが強すぎて想像つかなかったけど、元々皇族として生きてきてるんだから、踊れるのか、そうか。
実際の所、ゼファス様のリードは踊りやすかった。
ルシアンとはまた違った踊りやすさ。私がつまずきやすいステップの時に、身体を支えてくれるので、ステップが踏みやすい。
……なんだかんだ、ゼファス様は、いつも私に優しい。
私に向けられるものは、親子の情だと感じる。
私を見守ってくれる。ちゃんと叱ってくれて。フォローしてくれる。
血とかなんとか、そう言う事じゃないんだなって思った。
「あの時、守って下さってありがとうございました」
ふん、と言うだけで答えてはくれない。
本当に、天邪鬼。
こんなに愛情深いのにね。
「今度のお茶会の時、お菓子持ってきて」
催促か! いいけど!
鬼のように作っちゃうぞ!
「分かりましたわ。沢山作りますね」
お菓子と言えば、ルシアンにバレンタインのチョコ渡してなかった。そうだそうだ、倍で、って言われてた。
ずっと寝てたし、その分も込めて作るぞ!
踊り終えてルシアンの元に戻ると、見知らぬ女性がルシアンの前にいた。なんだこの既視感。
……はっ! この人はもしかして、ルシアンの愛人希望者?!
「ミチル」
戻った私の腰に腕を回してくるルシアン。
またそうやって、そんな笑顔を見せちゃうから、世の令嬢を虜にしてしまうのではないのかね?
「戻りましたわ、ルシアン」
私の手の甲を取り、キスをしてくる。
お約束とは言え、女性をガン無視ですね……。
女性はカーテシーをして、私に話しかけられるのを待ってる。話しかけない訳にもいかないんだろうけど、愛人希望者かぁ……。これはやっぱり、本妻として、余裕を見せるべき?
諦めて声をかける。声をかけないのもね、良くないんだろうし……。
「……どなた?」
声をかけると、満面の笑みを私に向ける。
「お目にかかれて光栄ですわ、ミチル殿下。私はビルボワン伯の女、シャマリーと申します」
カーテシーをといたシャマリー嬢は、意思の強そうなお顔立ちの人だった。
ルシアンって、こういう人によく好かれるね。ルシアンの激辛塩対応を乗り越えられる人となると、必然的にこうなるんだろうなぁ……(遠い目)。
それにしてもシンシアよりもアレじゃありません? 何ソノたわわんな胸?! 小玉スイカか?!
●姉妹を思い出した!
「私、ミチル殿下がお目覚めにならない間、少しでもルシアン様のお慰めになればと心を尽くして参りましたの。
こうして殿下がお目覚めになられてよう御座いましたわ」
すっごいな! 愛人希望って、こんなあけすけに言っちゃうなんて! 嫁の行き手がなくなるぞ?!
「ですが、お目覚めになられたばかりの殿下では、ルシアン様もご満足なさらない事もおありかと……」
私が見ていたように、シャマリー嬢もこっちを見ていたらしく、私の胸を見て一瞬笑った……ように見えた。
カチコーーン!
「……よくもまぁ口が回りますこと」
イライラがてっぺんに到達ですよ。
よろしいならば戦争だ、状態です。
「発育されてらっしゃるのはお身体だけじゃなくて、舌もですのね」
扇子を開いて口元を隠す。
「けれど……肝心の場所は育ってらっしゃらないのね?
初対面ですのに、こうまではっきりおっしゃるなんて、豪胆なのかしら? それとも、お考えが足りない?」
馬鹿にするように言うと、シャマリー嬢が顔を赤くさせた。あんな言い方して、怒んないとでも思ったの?
売られたケンカは割と買う方ですよ?
シャマリー嬢はふふん、と鼻で笑うと、「慈悲深いお方と伺っておりましたけれど、違うのですね」と言い返してきた。
隣のルシアンが反応しそうだったのを、止める。
「慈悲深きは女神マグダレナ様ですわ。私ではありません。そのような差すらお分かりにならないのね」
扇子をパチン、と閉じる。
ちなみにコレ、今は懐かしい対シンシア用鉄扇です。セラに何故か持たされたんだよね。
「貴女はお美しいわ、シャマリー様。けれど、人は必ず老いるもの。その時、貴女は私のルシアンに何を下さるのかしら? まさかご容姿だけで側に侍れるとお思い?」
シャマリー嬢の顔色が悪くなってくる。図星っぽい。
美貌で押し切れると思ってたみたい!
「もし私が、ルシアンの側に侍る女性を許すとするなら、容姿は勿論ですけれど、二つ三つ、我がラルナダルト家にとってメリットを享受させてくれる方です。ご理解いただけて? もう少し分かりやすくお話した方がよろしかったかしら?」
言外に、おまえにはないだろー! と言ってみる。
顔を真っ赤にさせ、ぷるぷると身体を震わせたシャマリー嬢は、連れだという男性に引きずられるようにして去っていった。
I won!
胸の大きさでは負けたけど、口では負けないぞ!
ついでにルシアンへの想いだって絶対負けないんだぞ!
心の中でガッツポーズをする。
隣からクスクスと笑う声がする。
見上げるとルシアンが笑ってた。何で?
「頑張りましたね?」
うん、頑張った!
ご褒美を頂きたいぐらい!
「ミチルちゃんのコンプレックスを刺激した時点で、勝敗は決していたわね……。ミチルちゃんは弱いんじゃなくて、相手にしないだけだもの」
私の闘争心に火が着きましたからね!
でも、強くはないよ?
「ミチル殿下は、間違いなくイルレアナ陛下のお血筋ですね」
眉間に皺を寄せながらエステルハージ公が言った。
「やり過ぎました?」
ルシアンに聞くと、いいえ、と首を横に振る。
そっと耳元に顔を近付けると、私にだけ聞こえる声で言う。
「ご褒美は何が良いですか?」
ご褒美!
あっ、そうだ!
「カメラは駄目ですよ?」
先に言われた……。
「特にアリマセン……」
ルシアンが苦笑する。
帰りの馬車の中で、月明かりに照らされるルシアンの横顔を見て、胸にジワジワと、喜びと寂しさが迫る。
平和になったんだ、やっと。
ルシアンと離れ離れになる事はないんだ。
それが、何よりも嬉しい。
ルシアン、ご褒美なんて要らないんだよ。
こうして側にいられるだけで幸せなのです。
ぎゅっと手を握ると、こっちを向いたルシアンの目は、優しくて。
私はもうこんなに幸せだから、ルシアンを幸せにしたいなぁ。
なんだろうな、ルシアンの幸せ?
聞いてもきっと、私と一緒にいる事とか、独占したいとかしか言われなさそうだな……。
あぁ……でも、そうだなぁ。
これ以上ない程に贅沢な願いならもう一つある。
「ルシアン、私、先程のご褒美、思い付きました」
予想外だったみたいで、ちよっと驚いた顔をする。
「何ですか?」
「後でお話ししますわ」
私の中にすとんと落ちて来た願い。
屋敷に戻って、湯浴みも済んで、寝室におります。
ルシアンの手が私の髪を梳いてゆく。
「先程の話ですが」
「はい」
「ミチルは、何か欲しいものがあるんですか?」
「あります」
「それは?」
頰に触れたルシアンの手が、温かくて気持ち良い。
「お子を下さいませ」
ぴた、とルシアンの動きが止まる。
「それは、今日の事に関係していますか?」
首を横に振る。
「ルシアンも私も、貴族として子を持つ義務があります。ですが、そうではなく、ルシアンの子を産みたいのです」
私とルシアンの生きた証。愛の証。何でも良いのです。
誰かの為や家の為に子供を産むのは、自然の摂理なんだろうけど、大事なんだけど、少し受け入れられなくて。
私なんかが親になれるのかなって言う不安もあったし。
でも、大丈夫だ、って思えた。いや、根拠はないんだけど。
少しの間、ルシアンは何かを考えていたようだったけど、頷いた。
「私の子を、産んで下さい、ミチル」
今度は私が頷いた。
「はい、ルシアン」
キスをした。
数えきれないぐらいのキスを。
抱き締め合う。
まぶたにキスをする。食べる。ルシアンが笑った。
触れられてない場所なんて無い。
私の全部をあげる代わりに、ルシアンの全部をもらう。
混じる体温。
混じる香り。
汗をかいた背に手を伸ばす。
いつも涼しげに過ごしてるルシアンが、汗をかく。
それが嬉しい。
いつも余裕な表情をしてるルシアンが、目を細める。
少し我慢するように。
声すら呑まれて。
包み込まれて。
涙が溢れる。
声も、息も、汗も、香りも、なにもかもが溶けていく。
なにもかも。
*****
祖母とゼファス様を交えてのお茶会は、二人が忙しいのもあって、直ぐには開かれなかった。
二ヶ月後にようやく開かれたんだから、二人の忙しさを推して知るべし。
結局、アルト家はカーライルから独立する事になって、宰相の座にはラトリア様が就く事になった。
大丈夫かなと思ってセラに聞くと、大丈夫よ、優秀な方だし、アルトを継がなくていいんだから、それぐらいやらないとね、と言われてた。
セラ先生、厳しめですねー。
セラとオリヴィエの子供は、思っていた通り可愛くて!
ほっぺとか、ほよほよして、ふにゃふにゃで、ふわふわで……!(語彙力!!)
私とルシアンの子供もこんな風かなぁ、とか考えると、恥ずかしいやら、照れるやら。
絶対ルシアンに似て欲しい!
セラとオリヴィエの子は、メルティスと言う名前で、前世の冬季限定チョコを思い出したのは秘密だ。
次に子供が生まれたらゴ●ィバとかどうかな。膨らむ妄想。
「レイ?」
祖母に話しかけられて我に返る。
「どうかしたの? 体調が悪いのなら無理しなくて良いのよ?」
「違うのです。セラとオリヴィエの子のメルティスの事を思い出しておりましたの。とても可愛かったのです」
まだ喋れないんだけどね。
「レイは男の子と女の子、どちらが欲しいのかしら?」
「どちらでも」
本当に、どちらでも。
ショロトルというか、オメテオトルという人の話をね、全部聞いたら、考えさせられてしまった。
思っていた以上に難しい話だったから。
男の子でも、女の子でも、そうじゃなくても、生まれてきてくれるなら、良いなと思うようになった。
簡単な話ではないって事も、分かってる。
「レイに似ても、ルシアン様に似ても、安心ね」
のーのー! ルシアン一択ですよ!
「レイの赤子の時の可愛さと言ったら、女神様が間違えて生まれて来てしまったのかと思った程だったのよ?」
問題発言しまくりだよ!
祖母馬鹿な上に、女神様に失礼だからね! ご尊顔拝した私が言うから間違いありませんよ!
と言う事を伝えて否定しておく。
ゼファス様は会話に参加もせず、ひたすらお菓子を食べてる。いくら何でも食べ過ぎじゃ?
私の視線に気付いたらしく、お菓子を食べるのを中断する。
「兄上が、ルシアンとミチルの子が早く生まれてくれないと年齢差が広がるって心配してたよ」
私の子とシミオン様の子を結婚させるって話、冗談じゃなかったんだ……?
それにしても……なんかちょっと今日は、スッキリしないな。風邪のひき始めだろうか?
ハンカチで口を押さえる。
「レイ……貴女……子が出来たのではなくて?」
──えっ?
屋敷に帰らされた私は、皇室御用達、違うな、御典医に診てもらった。
結果として、妊娠していた。
ルシアンには自分で言いたいから、秘密にしておいてね、と皆にお願いしておく事も忘れない。なんか皆、微妙な顔をしてた。アレかな、ルシアンに黙ってる事がバレたら怒られるとか、そう言う事かな? そうなったら私が庇わないとね。
あぁ、それにしても、何て言おうかなー。
わざとらしく、来年の○○楽しみだね、とか話を振って、二人で見ましょうねとルシアンに言わせ、三人かも、とか言う。
なんてベタな! ベタすぎて恥ずか死ねそうだ!
何て言ったらルシアンびっくりするかなー。
ベッドでゴロゴロ転がりながら、どう切り出すかを考えていたら、何かにぶつかった。
ルシアンだった。
いつの間に?! お帰りなさいするの忘れてた! って言うか、最近ちゃんとお迎え出来てない。
「お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
おでこにキスされる。
「ルシアン」
「なぁに?」
私を抱き上げ、膝の上にのせる。
「あのですね?」
「うん?」
「そのですね?」
「うん」
何て言えばいいんだー!
……いや! 奇をてらうより、こう言う時はストレートな方が良いかも?!
「こ、子が出来ましたの!」
「………………」
…………あれ? 無反応?
ルシアンを見る。無表情。
驚いては……いなさそう?
いや、驚いての無反応、無表情とか?
「知っていますよ?」
「?!」
ほわっつ?!
「むしろミチルが気付いてなかった事に驚きました」
えぇっ?!
「い、いつから気が付いてらしたのですか?」
「少し前からですね。以前と違って、好むものが変わったり、匂いに敏感になっていましたし、他にも色々あるけれど……」
「………………」
「ミチル?」
本人より先に気付くとか。私が鈍感過ぎるのか。それともルシアンが私の事好き過ぎて知り過ぎているのか。
って言うか、えぇ…………。
「ミチルは安静にして、自身の事だけを考えて下さい」
「ハイ……」
……あ、屋敷の皆の微妙な反応、もしかして……。