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秘宝の乙女は海賊に囚われる  作者: 柘榴アリス
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植物の怪物

シリウスは森に入ってすぐ微かに感じた違和感が間違いではないと気づいた。森があまりにも静かすぎるのだ。それは、不気味なほどに。普通、これだけ植物が育った森なら生息している鳥や虫、動物がいてもおかしくない。それなのに、全くそれらの気配を感じない。けれど、それとは別の…、妙な気配だけはする。まるで誰かに見られているかのような…。

「…止まれ。これ以上は進むな。一度来た道を戻るぞ。」

「え?何言ってるんですか?シリウスさん。まだ少ししか…、」

「気づいていないのか?…ここはあまりにも静かすぎる。何かの罠かもしれない。」

シリウスはふと隣にイリスがいないことに気づいた。

「…アラン?どこに行った?」

「はぐれたんですかね。あいつ、森に入った時からついてくるのも必死な感じだったし…、」

呑気な船員の言葉だがシリウスは嫌な予感がした。周囲を見渡すがアランの姿はどこにもいない。確かに足取りは他よりも遅かったがそれでも置いていかれまいと必死にシリウスの後ろをついてきていた。何度か確認したがその都度きちんとイリスは彼のすぐ後ろにいたし、シリウスとの距離を空けることはしていなかった。それに、こんな状況で迷えばどうなるかくらいイリスは理解しているだろう。だから、必要な時はすぐにシリウスを呼ぶ筈だ。なのに、気付けばイリスの姿はいなくなっている。まるで忽然と姿を消したような…。シリウスはすぐにジャミールに連絡を試みた。

「ジャミール。ここは危険だ。すぐに引き返せ。」

『分かってる!けど、こっちは今それどころじゃねえんだ!』

『ぎゃあああ!?』

『ば、化け物!』

ジャミールではない船員達の悲鳴が聞こえる。骨が砕ける様な音や肉が潰れる音まで聞こえる。シリウスが船員達の姿を確認するが数が足りない。数人程、抜けているのだ。シリウスは顔色を変えた。

「うわああああ!」

前方で悲鳴が聞こえた。見れば、巨大な緑色の生き物が船員を捕まえていた。前脚が巨大な鎌状のように変形しており、その鋭利な先端で獲物を切り裂いていく。船員達は我先にと逃げ出した。が、シリウスは彼らとは別の方向に駆け出した。

―何を考えている?あんな女は捨て置けばいい。ここまでして、あんな女に肩入れする必要はない。

そう思っているのにシリウスはこうして、イリスを捜している。イリスはシリウスにとって、爆弾のような存在だ。メアリーにバレればシリウスだってただでは済まない。殺されはしないが厳重な罰は覚悟しなければならない。そんなリスクを抱えてまでイリスを保護する理由はない。メアリーのように美貌や魔力があるわけでもないし、剣や銃の扱いも碌に知らない。唯一、価値があるとするなら古代語を読めるというだけだろう。だが、それだけだ。古代語ならシリウスだって読めるし、イリスがいてもいなくても支障はない。目的の為とはいえここまでする必要はない。姉の件だってそうだ。わざわざ情報屋から聞き出してまで生きているかどうかも分からない姉捜しに協力する必要はない。取引をしたとはいっても、そんな口約束を律儀に守る必要はなかった。それなのに…、シリウスはふと立ち止まった。数メートル先に人影が立っていることに気が付いた。そこには、黒髪の妙齢な女が立っていた。シリウスを見て、嫣然と微笑むと誘い込むように手招きする。シリウスは一度、立ち止まる。そして、目を細めて女を見つめた。そっと懐に手を入れる。次の瞬間、シリウスは女に向かって短銃を向け、容赦なく銃弾を撃ち込んだ。弾は命中したが女の身体に当たった瞬間、ぐにゃり、と女の身体が歪んだ。そして、その身体は巨大な植物の姿へと変貌した。凄まじい轟音のような声を上げながら巨大な植物は長く大きな蔓を無数も伸ばしてシリウスに襲い掛かる。それらの攻撃を避けながらシリウスは銃弾を撃ち込んだ。が、弾は当たっても化け物の身体には傷一つつかなかった。シリウスは一度、大木の影に身を隠した。怪物は身を震わせるような声を上げながら木々を薙ぎ倒していく。シリウスはそれを避けながら怪物を見た。周囲に視線を走らせる。やがて、彼は銃を懐におさめると、一歩踏み出した。そして、ゆっくりと怪物の前に姿を現した。丸腰のシリウスは怪物に太刀打ちできる武器を持っていない。怪物が勢いよく蔓を伸ばしてシリウスを捕らえようとしていく。シリウスはスッと目を細めた。

気付けばイリスは真っ暗闇の中にいた。ピチョン、ピチョン、と水滴の音がする。イリスの身体は水面のような所に浮いているようだった。けれど、水というにはその水は焼けるように熱い。

―熱い…。身体が…、まるで…、溶けていくみたい…。

なのに、身体は動かないのだ。頭がぼんやりとする。ここはどこなのだろう。私は一体…?不意にイリスの遠くなった意識の中で闇夜をつんざくような悲鳴が聞こえる。すると、急に光が射しこんできた。何…?眩しさに目を細めるイリス。僅かに動く指先を無意識に光の世界へと伸ばした。シリウスによって嵌められた銀製の腕輪が光に反射して、キラリ、と光った。悲鳴がまたさらに強くなった。射しこんだ一筋の光程度のささやかなものだったのが段々と大きくなっていく。何かが裂かれていくような、ビシャリと液体が地面に落ちたかのような音がしていく。うっすらと目を開けるイリスの目の前に立っていたのは…、シリウスだった。幻…?イリスは思わず手を伸ばした。来て、くれた…。

「イリス!」

怪物の口から出てきたのはほぼ半死状態のイリスだった。あの時、怪物の口から僅かに見えた銀製の腕輪…。見間違いじゃない。やはり、あれに捕食されていたのか…。シリウスは舌打ちした。まだ完全に消化されていない。胃液に塗れているがかろうじて、身体の形は残っている。が、ほとんど虫の息だった。毒針が身体を回り、神経が麻痺している様だった。いつ捕食されたのか不明だがあまり時間がないのは明らかだった。辺りには引きちぎられた無数の蔓と緑色の液体状の物、散らばった赤黒い固形物が散乱していた。いるのはシリウスと彼に抱えられた意識のないイリスだけだった。シリウスはイリスを抱き上げると怪物の死骸には目も暮れずに走った。近くで見つけた洞窟に入ると、そこにイリスを寝かせた。シリウスはそっとイリスの額に手を置いた。呼吸が浅く小さい。シリウスは青い瓶を取り出すと、イリスの頭を抱えて口に流し込んだ。が、意識のないイリスは飲み込むことができず、ポタポタと口の端から零してしまう。シリウスは眉を顰めて瓶に入った薬を口に入れると、そのままイリスに口づけた。そのまま薬を流し込む。コクリ、と喉が嚥下するのを確認したシリウスはイリスをそっと地面に寝かせた。チャリ、と金属製の物が擦れる音がする。シリウスはふと、イリスの首元に下げられた鎖に目を留めた。留め具を外して、中の物を取り出した。それは、懐中時計だった。金細工の繊細な造りの見事な懐中時計だがもう大分古いのか壊れている。何故、こんな物を…?シリウスはそう怪訝に思いながらも懐中時計を観察していると、懐中時計に施された紋様と文字に目を瞠った。

「これは…、」

シリウスはイリスを見下ろした。

「イリス。お前は一体…、」

そんな呟きが洞窟に反響した。


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