拒絶
「ん…、」
イリスは夜中にふと目が覚めた。あれ?イリスは長椅子にシリウスの姿がいないことに気が付いた。どこに行ったのだろうか?船員の誰かが具合でも悪くして、呼ばれたとか?そう考えていると、不意に扉が開いた。
「あ…、シリウス様。」
シリウスは起きているイリスを見て、呟いた。
「…起きていたのか。」
「あ、はい。何だか目が覚めてしまって。シリウス様はどちらに?」
「少し…、外に涼んでいただけだ。」
「そうでしたか。もしかして、眠れないんですか?でしたら、ハーブティーでも…、」
「いや。いい。大丈夫だ。」
安眠効果のあるハーブティーでも淹れようかとするイリスの提案をシリウスはきっぱりと断った。その様子は何だかいつもと様子が違う。声に張りがないのだ。いつも服装に乱れはないのに今日は何だか服装が乱れ、服の皺が目立ち、胸元の釦も外れて鎖骨や胸元が露になっている。よく見れば、彼の顔色は何処となく悪かった。息が荒く、汗を掻いているようにも見える。
「シリウス様?大丈夫ですか?何だか顔色が…、あの、もしかして、具合でも悪いんじゃ…、」
そう言って、イリスが熱でもあるのではとシリウスの額に触れようとした。すると、シリウスは大きく身体を強張らせ、
「触るな!」
思いっきり、手を叩かれ、振り払われた。イリスが驚いて動きを止めた。こんな感情を露にした彼を見るのは初めてだった。それは、明確な拒絶だった。はあはあ、と息を乱した彼は何処か焦っている様で動揺している様子だった。咄嗟にしてしまった行動なのだろう。彼は叩かれた手を押さえるイリスを見てハッとしたように目を見開いたがやがて、視線を逸らすとイリスに背を向けた。
「…悪い。少し…、頭を冷やしてくる。」
そう言って、シリウスはまたしても部屋を出て行ってしまった。イリスは引き止めなかった。
「痛い…。」
叩かれた手がじんじんと痛む。でも、本当に痛いのは叩かれた手ではない。何だか…、胸が締め付けられるように心が痛かった。近付けていたと思っていた彼との距離が今は遠く感じられた。
むせ返る様な甘い匂い。甲高く、耳障りな嬌声。淫靡で濃厚な淀んだ空気。無遠慮に肌を伝う感触。生殖行為に過ぎないこの行為の何が気持ちいいものか理解に苦しむ。シリウスは重苦しい息を吐きだし、酒を煽った。酒に強い体質がこの時ばかりは恨めしい。幾ら飲んでも目は冴えてしまい、酔う事ができない。いっそ、酔って全てを忘れた方が気が楽だった。脳裏に浮かぶのは叩かれた手を宙に彷徨わせ、傷ついた表情を浮かべるイリスの姿だった。あんな顔をさせるつもりはなかった。寝ていると思っていたイリスがまさか起きているとは思わず、動揺した。しかも、自分に触れようとした。彼女に他意はない。それは十分に分かっている。分かっていたが今の自分には触れてほしくなかった。だから、咄嗟にその手を振り払ってしまった。シリウスはイリスの残像を掻き消すように酒を煽った。




