魔法
「イリス。お前が本当に古代文字が読めるというのなら…、これに書いてある文字も読めるのか?」
シリウスはそう言って、手にしていた紙を見せた。
「えっと…、そこまで私は詳しい訳ではないんですけど…、」
イリスは紙を受け取り、それに目を通した。
「アケランドラの誓い。我は告ぐ。第一に…、お互いを助け合い、支え合いなさい。そうすれば、汝らはそれぞれの足りない部分を補い合えるであろう。第二に、他人を妬まず、恨んだりしてはならない。それらは人を悪しき道へと誘う身の破滅でしかない。それよりも、他人を愛し、慈しみ合え。…これは?」
イリスは読み上げながらもその内容に不思議そうに顔を上げた。
「アルスティン帝国の崇拝する海の女神が示したとされる教典だ。」
「帝国の?そんな貴重な物が残っていたのですか?」
「古い教会の廃墟から発掘されたものだ。何故、そこにあったのかは不明だ。」
「あの…、シリウス様はどうして古代語を?」
イリスは疑問をぶつけると、
「…船長の命令だ。」
「船長?あのメアリーさんが?」
「船長はアルスティン帝国の財宝…、そして、海の覇者としての権力を得ようとしている。その為には古代語を解読して帝国の居場所を突き止めようと目論んでいるのだ。」
「海の覇者?」
「伝説では帝国を見つけ出した人間には莫大な財宝と同時に強大な力を得ることもできるらしい。その力を手にした者が海の支配者となる。そう言い伝えられている。」
「そんな言い伝えが…?何だか嘘みたいな話…。」
「…お前は帝国が本当に実在すると思うか?」
シリウスは紙に目を通しながらイリスに言った。イリスはキョトンとした後、
「それは…、分からないです。でも、古代文字が残っていることやちゃんと帝国の文献や書物もあるということは…、もしかしたら本当にあったのかもしれないなと思います。もし、本当にあるとしたら…、すごい素敵ですね。夢があって想像力が掻き立てられます。歴史のロマンスを感じます。」
イリスはそう言って、微笑んだ。シリウスは手を止めた。
「アルスティン帝国って魔法が盛んな国だったと聞いてます。国によっては、魔法を禁じていたり、異端視する風習もあるみたいですけど、魔法の国だなんてとっても素敵です。きっと珍しいものや綺麗なもので溢れかえって…、」
「魔法など畏怖と脅威の象徴でしかない。あんな怪しげな術のどこがいいというのだ。」
「シリウス様は魔法がお嫌いなのですか?それは、きっと魔法の魅力を知らないからですよ。」
ピクリ、とシリウスが不快気に眉を顰めた。
「俺が…、魔術を知らないと?イリス。言葉には気をつけろ。」
イリスは口を噤んだ。シリウスはイリスを睨みつけ、
「俺は魔術がどんな影響を及ぼすのか、その危険性もよく知っている。この目で何度も見たからな。魔力一つで大勢の人間を一瞬で殺すこともできる。下手すれば国一つ消し去ることも可能だ。」
シリウスは吐き捨てるようにそう言った。
「お前もミハイルの術を目にしただろう。あれを目にしてもまだそんなことが言えるのか。」
「え…、あれは魔術だったのですか?」
イリスは戦闘中のミハイルの姿を思い出した。黒い影のようなものが蠢いて敵を捕らえて絞め殺していたあの光景を…。人間業ではないと思っていたがあれが魔術だったのかとイリスは驚いた。
「ミハイルは黒魔術と精神系の魔術を得意としている。その人間の最も弱い心を引き出す。ある意味、攻撃系の魔法よりも厄介だ。」
イリスはあまり魔法の事は詳しくないがある程度は知識として知っていたつもりだった。けれど、そんな魔法も存在していたとは初めて知った。
「お前も十分に気を付けることだ。魔法など碌な物ではない。」
「でも…、私はやっぱり魔法は尊いものだと思います。」
シリウスはイリスに視線を向けた。
「魔法は確かに危険な一面もあります。人を傷つけたり、武器になってしまう。でも、使い方を間違えなければ…、人を幸せにすることができる。魔法って、そんな不思議な力を秘めているのだと私は思います。」
「随分と…、知ったような口を聞くのだな。お前は魔法を見たことがあるのか?」
「あの、故郷にいた頃に…、友達が魔法を使えていた子がいたんです。その子は火の魔法が得意で炎のトンネルを作ったり、火で色んな動物の形を作って見せてくれたり、寒い時はその子が魔法で温めてくれたりもしたんです。その子の魔法はとっても優しくて心が温かくなるような素敵な魔法ばかりでした。」
イリスは姉の名は伏せて話した。姉の魔法は素晴らしかった。閉鎖的で保守的な村では魔法を使えることは異端視されるので姉が魔法を使えることは秘密にしていた。だから、姉が魔法を披露してくれるのは二人だけだったがどれも目を奪われて美しかった。思わずイリスは笑顔になった。
「火の属性?」
「はい!でも、それだけではなくて、空を飛んだり、光の粒を一杯に作ってそれを空中に浮かばせて星空みたいな空間を作ったり、指先一つで重い物を動かしたり、火以外の魔法もたくさんできました。ただ、火は水の相性が悪いので水の魔法は苦手だったみたいで…、水の上を歩いたり、水のアーチを作ったりするのはできませんでしたけど。」
「フッ…、」
残念そうに言うイリスにシリウスは微かに笑った。シリウスの笑った顔にイリスは目を瞠った。
「随分と…、子供っぽい夢だな。」
そう言いつつもシリウスの言葉は柔らかくて、いつもの鋭さや冷たさはない。何処となく優しい響きがあった。
「呑気なものだな。普通、魔法は忌避され、厭うべきものだというのに…。お前は全く違う事を言うのだな。そんな人間は初めて見た。」
シリウスはイリスを見下ろした。イリスはシリウスを困惑気に見上げた。
―シリウス様…?
彼のこんな表情は初めて見た。
「変な女だな。お前は。」
そう言って、シリウスは目を細めて笑った。イリスはシリウスの人間らしい一面が見えた気がした。




