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決戦! 魔法少女と蟹

「おわっ!」


 地面をひと蹴りしただけで、俺の小さな体は、とんでもない勢いで体ごと巨大蟹の胴体に突っ込んだ。


 巨大蟹がよろめく。

 巨大蟹に突っ込んだ俺は、その間にどうにか体勢を整える。


 ……痛ってて。

 しかしなるほど、こりゃとんででもない身体能力だ。


 俺はその後、巨大蟹の死角を跳び回りながら、蹴りや拳で巨大蟹に打撃を加えていった。

 跳び上がって頭頂部に踵落としを入れ、比較的柔らかそうな腹部に突進して正拳を放ち、敵の反撃が来ない位置に潜り込めれば全力で乱舞を叩き込んでゆく。


 魔法少女の破壊的なキック力やパンチ力による攻撃は、巨大蟹の硬い殻を割り、徐々に内部へもダメージを与えていく。

 見れば、俺がまだ攻撃していない個所でも、殻が陥没している部分がいくつもあった。

 おそらく、柚子の攻撃によるものだろう。


 だが、敵の方もさるものだ。

 殻や甲羅は極めて硬く、わずかなダメージは許しても、決定打は入れさせてくれない。

 ハサミを振り回す攻撃は、一見ものすごく素早い動きには見えないのだが、体が大きいために絶対的な速さで言えば魔法少女のそれと大差ない。


「しまっ……!」


 そうこうしているうち、俺は巨大蟹の大きなハサミに捕まり、挟み込まれてしまった。


「くっ……うあああああああっ!」


 ギリギリギリ……万力の様な力で大ハサミが俺の胴を締めつけ、圧迫してくる。

 全身の骨が砕かれるんじゃないかと思うような、凄まじい圧力だ。

 しかも、それに屈しそうになる一方で、さらにもう一方のハサミまでが迫ってくる。


「がっ……く、そっ……!」


 一般的な蟹のハサミは、左右で大きさが違う。

 大きい方のハサミは獲物を捕まえるためのもので、ハサミと言っても切れ味はほとんどないらしい。

 だが小さい方のハサミは、まさしく獲物を切断するためのもので、その切れ味は鋭いという。


 自分の手足が断ち切られ、首ちょんぱされる姿を想像してしまう。

 ──冗談じゃねぇぞ。


「うぎぎぎぎぎぎ……!」


 俺はありったけの力で、胴を圧迫するハサミをこじ開け、何とか脱出を達成する。

 小さい方のハサミが到達する直前、まさにすれすれのタイミングだ。


「はぁ……はぁ……」


 しかし、何とか脱出はできたものの、ハサミで締めつけられたダメージは小さくない。

 体中の骨にヒビが入ったんじゃないかという痛みがある。


 このままじゃ、まずい。


「お兄さん、武器をイメージするっす! 手に武器を持ってるイメージっす! お兄さんならできるかもしれないっす!」


 妖精が援護の声を飛ばしてくる。

 その妖精はと見ると、柚子のもとで、傷口に向けて何か光のようなものを当てていた。

 治癒能力でも使えるんだろうか。だとしたら助かるが。


 いや、それはいい。

 今はこっちのことだ。


 武器をイメージしろ、か……。

 手に武器──


 意識を集中すると、手の先の空間に、何か力のようなものが集まってくるのを感じる。

 もうちょっとだ、もうちょっとで──


「うおっ!」


 だが、巨大蟹のハサミが襲い掛かってきて、それの回避に専念したことで、俺の集中は解けてしまう。


 ──だめだ、こいつの相手をしながらじゃ、とてもできやしない。


 その後もしばらく応戦していた俺だが、依然として決定打を与えられないまま──再びハサミの直撃を受けてしまった。


「おぶっ……!」


 大きい方のハサミの薙ぎ払うような一撃を腹部に受け、内臓に大ダメージを受けた感触。

 そして、その勢いで吹き飛ばされた俺の小柄な体は、ビルの壁面に背中から突っ込んでしまう。


「が、はっ……!」


 激突した魔法少女の体は、アスファルトを砕いて、そのまま瓦礫の中に埋もれてしまう。

 背骨がバラバラに砕け散ったようなダメージを受け、それでもどうにか瓦礫の中から這い出る。


 そうしてようやく這い出た俺の眼前には、あの蟹の巨大な図体がいて、ハサミを振り上げて俺にトドメを指そうとしていた。


「──私のお兄ちゃんに、何すんのよぉぉお!」


 そのとき巨大蟹の側面から、小さな体が突っ込んで蹴りを叩き込んだ。

 柚子だ。

 側面からの強烈な一撃に、巨大蟹はバランスを崩し、よろよろと後退する。


「ユズ、無茶しちゃだめっす! まだろくに回復できてないっす!」


 妖精の静止の言葉が飛ぶ。

 見れば、柚子は衣装がボロボロのままなのはもちろんのこと、痛々しい打撲傷などもほとんどが残ったままだった。


「柚子……」

「お兄ちゃん、随分可愛くなっちゃったね」


 そう言って柚子は俺に近付くと、俺の幼女的な胴体にがしっと抱きついてきた。


「おまっ、な、何を……」


 狼狽している俺を尻目に、柚子は俺の胸元に顔を近付けて──すんすんと匂いを嗅いできた。


「えへへー、でもやっぱりお兄ちゃんの匂いだ」

「お、お前なぁ、そんなことやってる場合じゃないだろ……」

「でもね、これで元気いっぱいだよ」


 柚子はそう言って巨大蟹の方に向き直る。


「あいつは私が相手してるから、その間にお兄ちゃんは武器を作って。……私にはまだできないけど、お兄ちゃんならきっとできるって、信じてるから」


 そう言って、柚子は巨大蟹に飛び掛かってゆく。


「お、おい、柚子! ……ああもう!」


 まったく、なんて勝手な妹だ。

 けど、こうなったらしょうがない。

 とっとと武器とやらを作って、あの蟹をぶっつぶしてやる。


 俺は再び、手に武器を持っているイメージを形成してゆく。

 手の先の空間に、何か力が集まってゆく感触がある。


 だが──ぽふん。

 あと一歩という感触のところで、力のイメージが霧散してしまう。


「な、なんでだよ……っ!」


 くそっ、もう1回だ。

 手先に武器をイメージして──


 ぽふん。

 ……だめだ、あと一歩というところで、力が霧散しちまう。


「あああああっ!」


 そのとき、柚子の悲鳴が聞こえてきた。

 俺が手間取っている間に、柚子が巨大蟹の大ハサミに捕まってしまったのだ。

 俺のときと同じように、そのハサミで柚子の胴を締め上げながら、もう一方の小ハサミを近付けてゆく。


 まずい。

 今の柚子に、あの大ハサミから抜け出す力があるとは思えない。


 だけど、今から俺が助けに行ってこじ開けたとして、間に合うのか?

 間に合ったとして、その後どうするんだ?


 決定打が出せなければ、結局は元の木阿弥だ。

 柚子が体を張って作ってくれたこの時間を活かせなければ、どうにもならないだろうが。


 冗談じゃない。

 妹の覚悟を、その成果を、俺が無にするなんて。


 ありえない。

 あってはいけない。


 そんなこと──絶対に許さない!


「うぉぉぉぉぉぉおおお!」


 俺は幼女の声でありったけの叫び声をあげ、全精力を右手の先に注ぎ込む。

 その俺の小さな手の平から、「剣」が形成されてゆく。


 そして──剣が完成した。

 俺の右手に現れたのは、全長1mほどの長剣。

 その剣は、薄っすらと光を帯びている。


 剣を手にした俺は、巨大蟹へと疾駆する。


 跳躍し、右手の剣を一閃。

 巨大蟹の、小さい方のハサミが、蟹の胴から切り離されて落下した。


 その落下するハサミを空中で踏み台にして、もう一方のハサミに跳躍。

 大きい方のハサミも切り落とし、柚子を救出、着地する。


「お兄ちゃん……」

「よく頑張ったな、柚子。あとは──俺に任せろ」


 俺はそう言って、腕の中の柚子の髪をくしゃくしゃと撫でてやる。

 幼女の俺がやっても、様にならんけどな。


 柚子を地面に下ろした俺は、右手の剣を、両手に構える。

 そうすると、全長1mほどだった剣が、全長2mほどの長大な大剣へと姿を変えた。


 ──ははっ、こいつはご機嫌だ。


 巨大蟹のほうを見ると、なんと両手のハサミがあっという間に再生していた。

 おいおい、そんなのありかよ。


 ま、だけど──関係ねぇか。


 巨大蟹の両方のハサミが一斉に俺に襲い掛かる。

 俺は小柄な体躯を跳躍させてそれを回避。

 そのまま高く高く跳んだ俺は、太陽を背に上空から落下し──


「いっけぇぇぇええええ!!」


 力いっぱいに大剣を振り下ろす。

 薄く光を纏った長大な刃は、巨大蟹の硬い甲羅をものともせずに断ち切り、その胴を縦一文字に真っ二つにした。


 真っ二つになった巨大蟹は、大きな地響きとともに左右に倒れ、その後黒い霧となって霧散した。


 何だよ、しばらく蟹三昧できるかと思ったのに、残念なこった。




 さて、そんなこんなで街を救った俺たちだったが、俺にとっては壮絶なオチが付いた。

 事態を目撃した人の記憶なんかは消せるらしいんで、その辺はいいんだが……


「元に戻れないって、どういうことだよ!?」


 俺はフリヒラ衣装を纏った幼女姿のままで、悲痛な叫び声をあげる。


「だからうちはあの状況で言い渋ったっすよ。キスすればいいだけなら、最初から気にしなかったっすよー」

「ぬぐぐぐ……」


 妖精の言い分に、ぐぅの音も出ない。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんがカッコよくても可愛くても、私は気にしないよ」


 そう言って、俺の体に抱きついてすんすんと匂いを嗅いでくる柚子。


「そんなことは心配してねぇよ!」


 それを引っぺがそうとする俺に、眼下の柚子が「それにね、お兄ちゃん」と付け加えてくる。


「魔法少女の力を発揮した後は、私たち、発情しちゃうんだよ。だから私、前にも我慢できなくなってお兄ちゃんのベッドに潜りこんじゃったこともあったけど……」


 柚子は俺の隙を突き、すすす……とその体を俺の背後に滑らせる。


「これからはお兄ちゃんも発情しちゃうから、もう我慢しなくてもいいよね?」

「ふにゃあああんっ!」


 柚子に背後から変なところを揉まれて、まるっきり幼女のような声を上げてしまう俺。


 どうやら今後も、俺の前途は多難なようだった……。




─終わり─


本作に関しては、辛口感想も歓迎いたします。

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