執務室は汚部屋につき
死神協会、回収課。
花形部署、エリート、高給取り。新人は誰もが憧れの眼差しを向け、キラキラとしたイメージを抱いている。
だから、初めて回収課の執務室を見た新人は驚く。その汚部屋っぷりに……
*
冥界にも四季はある。季節は巡り、夏が訪れた。蒸し暑く、死神の制服である喪服を着ているのが辛くなってくる時期だ。
そんな夏、回収課の執務室は地獄だった。壊れかけのエアコン、古い家具、散らかったお菓子のゴミ、あちこちに置かれたストゼロの空き缶。そして、部屋中を飛び回る害虫。
鏡夜は何度も何度も片付けた。虫が大層苦手だったからだ。だが同じ執務室で仕事をする江仁と悔六が、片付けたそばからゴミを散らかす。鏡夜は毎日、2人を怒鳴りつけていた。
やがて、執務室に防虫グッズが増えた。ハエ取り紙やゴキブリホイホイなどが、あちこちに置かれている。
悔六はストゼロを口に含み、何でもないことのように言った。
「気にしなければいいのに。そもそもが汚い部屋なんですから」
「汚いのはともかく、虫が出るのは許せねぇよ」
「鏡夜って潔癖なの?」
「お前らが耐性つき過ぎてるだけだろ」
そう言いながら、腕を這う小蝿をパチン!と叩いた。腕の上で潰れた小蝿がピクピクと痙攣している。鏡夜は顔を顰めた。
*
ある日、執務室で大量の蝿が飛び回っていた。ハエ取り紙では追いつかないほど飛び回っている。
ぶうぅぅん……と耳元で音がする。鏡夜は額に青筋を浮かべた。江仁は気にする様子もなく、椅子に座ってお菓子を食べている。そして、食べ終わったゴミを、ぽいっと床に捨てた。
江仁はいつもこうだ。だから虫が湧くのもわかる。だが、この蝿の数は異常である。
「おい……」
執務室に低い声が響いた。江仁も悔六も顔を上げた。
「掃除するぞ」
2人は露骨に嫌そうな顔をした。散らかるゴミ、ストゼロの空き缶、汚れた壁や床。掃除するとなると丸一日かかるだろう。
だが、鏡夜は譲らなかった。腕に這う虫、うっかり踏み潰してしまった虫、耳元で音を立てる虫、書類の上を走り回る虫。限界だった。
こうして、回収課での大掃除が急遽始まった。
まず3人は、武器や外套を廊下に出した。武器を廊下の壁に立てかけ、その上に外套を引っ掛けている。
掃除開始。背の高い鏡夜が椅子に乗って天井や照明を拭き、次に窓を拭き、床を掃いた。悔六はひたすらストゼロの空き缶をゴミ袋に詰めていた。机の上、下、棚、ソファの横、どこにでもある。
江仁はゴミをまとめていた。お菓子のゴミ、弁当のゴミ、割り箸、化石みたいになった古いカップ麺、次々にゴミ袋に突っ込む。ゴミを集めて執務室内を動き回っていた時、江仁は部屋の隅である物を発見した。動きが止まる。
「どうした」
「え、いや、なんでもない」
江仁は“ある物”にさっと背を向けて隠した。だが鏡夜は江仁を押し退けて、それを見る。鏡夜の足がぴたりと止まった。
口が開いたビニール袋、大量に集る蝿、腐敗臭。鏡夜はそっとビニール袋を覗き込んだ。
封が切られたお菓子、腐って原型を留めていない果物、ジュースの空き缶が押し込まれていた。
「江仁」
「はい」
「何だこれは」
「ゴミ……」
「見たらわかるわ!」
鏡夜はビニール袋を前に頭を抱えた。だがこれで、最近の蝿の大量発生の原因がわかった。少しだけ、ほっとしたような気持ちでビニール袋の口を縛ろうとする。
その時、鏡夜の目に入ったもの。腐った果物に無数に湧く、蝿の幼虫。白くて小さな、幼虫。鏡夜の腕に鳥肌が立った。
鏡夜はビニール袋の口を縛ると、新しいビニール袋にそれを突っ込んだ。二重に密閉。そして、ビニール袋を持って外に出ると、ゴミ置き場にそれを叩きつけた。
執務室に戻った時、江仁は少し申し訳なさそうにもじもじしていた。
「江仁」
「うん」
「生物を放置するな」
「うん」
そんなやり取りをしていた矢先、ストゼロの空き缶を片付けていた悔六が小さな声を上げた。
「あ」
悔六は、小さな冷蔵庫の近くにいた。冷蔵庫の裏を覗き込んでいたが、すぐに顔を離した。
「どうした」
「いえ、別に」
「何かあったのか」
「…………」
悔六は何も言わない。鏡夜は悔六をぐい、と押し退けると、冷蔵庫の裏を見た。地獄のような光景が広がっていた。
なぜか冷蔵庫の裏にまで置かれているストゼロの空き缶。その飲み口に群がるゴキブリ、そして、冷蔵庫の裏に産み付けられた卵。
「気持ち悪いですね」
「お前のせいだろ!!」
「どうするんです」
「お前が処理しろ」
「え」
「お前が蒔いた種だ。お前がなんとかしろ」
悔六は露骨に嫌そうな顔をしたが、渋々、執務室を出て行った。案内・受付・事務課に殺虫スプレーを借りに行ったのだ。
戻ってきた悔六は、飲み口に群がるゴキブリにスプレーを噴射した。ゴキブリが苦しみ、方々に散らばる。だが薬剤を浴びたせいで動きが遅い。悔六はいらない書類を丸めて、1匹ずつ、ゴキブリを退治していった。
そして、問題の卵。悔六は江仁がまとめたゴミの中から、使い終わった割り箸を取り出すと、その割り箸で卵を除去していった。普段は無表情な男が、これでもかというほど眉を顰めていた。
そうして、壁、床、窓の掃除。ゴミ、卵の除去を終え、執務室は以前より綺麗になった。今、飛び回っている蝿もいずれはいなくなるだろう。
窓の外では、もう日が落ちようとしている。鏡夜は満足げに、額の汗を拭った。その背後で、江仁と悔六はぐったりと項垂れていた。




